2020 年 98 巻 1 号 p. 235-255
本研究では、2018年7月5–8日に西日本広域に豪雨をもたらした降水システムの特性と、降水システムの後面に停滞した対流圏上層トラフが果たした役割とを調べた。まず、全球降水観測主衛星搭載の二周波降水レーダ観測によると、豪雨をもたらした降水システムでは、高度10 kmを超える降水頂の雨は少なく、7–9 km程度 の降水頂の雨の貢献度が大きかった。また、広大な層状雨域を伴っており、層状雨域の中に対流雨が埋め込まれていた。これらは良く組織化した降水システムの特徴を示している。次に、気象データを用いて大規模環境場を調査した結果、日本広域にわたって、大気成層は気候値に比べて比較的安定で、対流圏全体が非常に湿潤であったことが示された。このような大規模環境場条件は、先行研究で示されている極端降水イベントの統計結果と整合的であった。
詳細な解析の結果、トラフは降水の組織化に好都合な環境場の維持に重要な役割を果たしたことが明らかにされた。トラフに伴う力学的上昇流によって対流圏中層および上層で鉛直水蒸気フラックス収束が生じ、水平水蒸気フラックス収束と共に、対流圏全体を加湿していた。対流圏下層が対流不安定のとき、対流圏中下層が湿潤であれば深い対流の発達が促される。一旦深い対流が生じると、対流自身の非断熱上昇流により対流圏中上層が加湿され、自由対流圏全体が湿潤化する。これらの力学的効果と非断熱的効果とによって良く組織化した降水システムが維持され、日本広域で非常に強い降水がもたらされた。