2020 年 98 巻 2 号 p. 455-462
アンサンブル変換カルマンフィルタ(ETKF)では第一推定値の摂動を線形変換することで解析値の摂動を生成する。この線形変換を表現する行列をアンサンブル変換行列(ETM)と呼ぶ。全ての妥当なETMはアンサンブル空間における解析誤差共分散の行列平方根でかつアンサンブル平均を保存するものである必要があり、ETKFではETMとして正定値対称平方根(主平方根)Tsを用いる。この選択は、Tsが全ての妥当なETMの中で恒等行列Iとの差のフロベニウスノルムが最小のものであるという性質から正当化される。このノルム最小性とは別に、Tsにはその対角成分の大きさが非対角成分と比べ1桁以上大きいという性質(対角成分卓越性と呼ぶ)があるが、これまで経験的にしか知られていなかった。 本稿ではTsの対角成分卓越性を説明するためにまずTsのノルム最小性の厳密な証明を与える。この性質はETKFにおけるETMの選び方に正当性を与える重要な性質であるが、これまでデータ同化研究の文脈では厳密な証明が与えられていなかった。次に、この証明における議論をスカラー行列全体(Iの任意の定数倍)に拡張することで、Tsがスカラー行列Dと密行列Pの和に分解できDとPのフロベニウスノルムがそれぞれTsの固有値の平均と標準偏差に比例することを示す。これらのノルムは通常、大きく異なることはないが、Pの非零要素の数がメンバー数の2乗に比例するのに対し、Dのそれはメンバー数だけであることから、PとDの各要素の大きさに大きな差が生じる。対角成分卓越性は経験的な性質であり全てのTsが自動的にもつ数学的な性質ではない。対角成分卓越性を満たさないTsは存在しうるが、そのためには観測空間のすべてのモードで背景誤差が観測誤差より2桁以上大きいという非現実的な条件が必要となるため、実用上、対角成分卓越性を満たさないTsはほとんど発現しない。