情報管理
Online ISSN : 1347-1597
Print ISSN : 0021-7298
ISSN-L : 0021-7298
 
(株)ダイセルにおける情報調査活動 調査チームの取り組みと調査担当者の役割
山崎 登和子
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 55 巻 1 号 p. 21-28

詳細
著者抄録

調査業務の質を安定・向上させるために,業務標準書の作成を始め,ヒアリングシートと調査報告書フォーマットの新設,ダイセル版検索式リストの作成に取り組んできた。作成を通して,これらの取り組みが調査担当者のスキルの共有化・伝承にもつながることが見えてきた。また,調査担当者に求められる新たな役割に対応していくためには,個々人のスキルだけでなくチームとしてのスキルを上げていくことが必要である。

1. はじめに

株式会社ダイセル(以下,当社と称する)は,1919年にセルロイド会社8社が合併して創設された。化学技術をベースに,化学の枠を超えて,さまざまな分野で事業を行っている(http://www.daicel.com)。

事業分野は,液晶光学フィルムやたばこ用フィルターなどに用いるセルロース誘導品,酢酸とその誘導体を中心とする各種有機合成品,エレクトロ二クス材料向けなどの高機能化成品,液晶ポリマー(LCP)などのエンジニアリングプラスチック,樹脂コンパウンド製品,発射薬や航空機乗員緊急脱出装置等の防衛関連製品,自動車エアバッグ用インフレータなど多岐にわたっている。従業員数(単独)は約2,000人,売り上げは連結で3,536億円(2011年3月期)である。人や環境にやさしく安全な「モノづくり」の基盤を築き,独自の技術・ノウハウを駆使して「社会が求める機能」を具現化していく“The Best Solution”で広く社会の成長・発展に貢献することが基本理念となっている。

「世界ナンバー1」と認められる強みのある技術群を持つためには,研究開発をはじめとしてさまざまな場面で情報調査が必要になる。この情報調査において,当社がどのような取り組みを行っているか,また情報調査の専任者として業務に携わる調査担当者の役割について紹介する。

2. 調査チームの主な業務と調査担当者の役割

当社の情報調査体制は図1の通りである。

図1 当社の情報調査体制

調査解析チーム(以下,「調査チーム」と略称する)は,知的財産センターの中の知的財産戦略グループに属し,数名の調査担当者で全社からの調査依頼への対応をはじめとして情報入手・提供に関わるさまざまな業務を行っている(図2)。

図2 調査チームの担当業務

調査依頼への対応は調査チームの業務の中でも大きなウェイトを占めており,知的財産に関する情報だけでなく,一般技術調査を含め幅広く依頼を受けるというスタンスを取っている。調査チームでは,この根幹業務の品質の安定および向上を目指して,いくつかの取り組みを行っている。この取り組みについて次の項から詳しく述べる。

調査依頼への対応のほかに,研究者(エンドユーザー)が自分の必要な情報を自分で入手できるように調査の支援を行っている。

具体的な例として,特許を調査するためのツール,日本パテントデータサービス株式会社のNew Client Server System(以下,「NCSS」と略称する)を全社に提供し,その使い方を含めて調査に関する教育・サポートをエンドユーザーに対して行っている。ちなみに,エンドユーザーは研究者だけでなく知的財産センターの知財担当者(出願等の担当者)も含まれる。知財担当者は研究者と接する機会が多いため,知財担当者の調査スキルが向上すれば,調査担当者が研究者に行うサポートを一部担ってもらえる。

エンドユーザー自身が調査を行うと,必然的に調査チームに質問が寄せられることが増えてくる。これらの質問に答えるヘルプデスクの役割も調査チームの業務の1つである。

上記目的のため,調査チームでは調査に関するマニュアル等を載せたデータベースを全社公開しており,このデータベースの中にQ&Aコーナーがある。全社の誰でも質問を入力できるようになっているが,実情は調査担当者がメールや電話などで質問を受けるケースが結構ある。受けた質問とその解決方法は,調査担当者自身が必要に応じてQ&Aコーナーに入力していることが多い。

また,それ以外の業務としてはSDI(Selective Dissemination of Information/情報の選択的配信)および注目特許の監視支援が挙げられる。SDIは電子データでの提供,紙での提供など要望に応じて提供形態を分けており,検索式の見直しも含めて定期的に利用者の声を聞くようにしている。

注目特許の監視は,特に日本特許の監視では以下の3つを連携させた仕組みを構築している。

  • •   特許ウォッチングデータベース(特許ウォッチング依頼の受付およびその業務の管理用)
  • •   当社の特許管理システム
  • •   特許調査ツール(国内特許の審査経過ウォッチングにNCSSを活用)

特許ウォッチングデータベースに案件が登録されると,自動的に特許調査ツールに経過情報を取りにいき,経過情報が自動メール配信される。これと同時に,経過情報が特許管理システムに書き込まれる仕組みになっている。

3. 調査依頼対応業務の質向上の取り組み

3.1 取り組みを始めた背景

先に述べたように,調査依頼への対応は調査チームの重要かつ根幹の業務であるため,その品質の安定と向上を目指していくつかの取り組みを行っている。

この取り組みを始めるきっかけになったのは,調査チームの提供する調査結果に一部のユーザーが不満を持っているということが伝わってきたためである。

それまでは,各調査担当者の業務経歴が長いこともあり,それぞれが担当する調査案件は受付から報告まですべて調査担当者に任されていた。

10年以上前から,依頼の受付は社内の調査依頼データベースの中で行っており,どのような検索式で調査を行ったか,またどのような結果を依頼者に提供したかなどが記録されている。ただし,記録の仕方は調査担当者によって異なるため,詳しく書かれている案件,大雑把な案件などさまざまで,後になって調査の参考にするため参照しても,「この依頼内容に対してなぜこのような検索を行ったか」という疑問が湧くことも少なくなかった。

そのような折,調査結果に対する不満だけでなく,調査の重要性や新規事業創出への特許情報の活用に期待する声が他部門からあった。

しかし,それまでの業務のやり方のままでは期待に対して満足な結果が出せないのではと考え,改善策を探っていた際,INFOPRO2009のプログラム「トーク&トーク」で三井化学株式会社の菅原好子氏のご報告を聞き,同社が取り組んできた「業務標準書」の作成が当社の調査業務の改善にも有用であると確信した1),2)

3.2 業務標準書の作成

業務標準書は,ごく大まかに言ってしまえば「調査担当者のための調査業務マニュアル」である。その作成と業務への取り込みによって狙った効果は主に3つある。

  1. (1)   どの調査担当者に依頼しても,提供する調査結果はある一定の品質が担保でき,それより低くなることが避けられる。
  2. (2)   各調査担当者が業務経験から得た知見を盛り込むことで,知識やスキルの共有化と将来への継承ができる。
  3. (3)   業務の根幹である依頼調査への対応を改善することで,他の業務も連鎖的に改善される。

これ以外に,調査担当者が全員で作成することで,互いに相談・協力しやすい雰囲気が生まれ,チームとして良い結果を生み出す土壌が作られることも期待できる。

業務標準書の作成にあたって最も懸念した点は,業務標準書をどのような形で取り込めば業務に根付くか,ということであった。前述の通り各調査担当者は業務経歴が長いため,今さら業務標準書を見なくても業務はできてしまう。しかしそれでは作成以前と変わらないだけでなく,業務標準書が単なる飾り物になってしまい,その価値も半減しかねない。そうならないために,調査を行う際には必ず業務標準書を見る・目に付くところにいつも業務標準書があるといった工夫が必要になる。チームで議論した結果,調査依頼データベースの各依頼書に,何らかの形でリンクさせることを考えた。詳細については後述する。

3.3 ヒアリングシート

業務標準書は,調査依頼の受付から報告までの業務の流れに沿って,どのステージで何を行うか・何を考慮すべきかなどが盛り込まれており,例えば,以下のように作成されている。

  1. (1)   先行技術調査,特許の無効化資料調査,権利侵害調査といった調査の目的ごと
  2. (2)   化合物調査のように特有のスキルが要求されるものや,企業名・人物名での調査のように留意点の多い調査ごと

調査依頼対応の中でも特に重要かつ難しいものは,「依頼者が本当に必要とする情報は何か」をできる限り細かく正確に聞き出すヒアリングのステージであると考える。このヒアリングを調査担当者がうまく行えるかどうかが調査の質に大きく影響するが,業務標準書でヒアリングについて注意を促すだけでは不足だと気づいた。

依頼対応では「この依頼内容」だから「この調査」を行ったというように,依頼内容と実施した調査が正しく対応している必要がある。その両方をセットで記録することで,依頼者が不満足な調査結果しか得られなかった時や,適切でない調査を行ったために事業や研究に深刻な影響を与えた時に,原因を探ることが容易になる。また類似案件の調査を行う際のヒントにもしやすい。

依頼者が調査依頼書に入力する依頼内容の詳しさは,人によってさまざまである。入力されたものだけでは依頼内容の把握が充分にできないことがあるし,依頼者に確認したいことも出てくる。そこで,できるだけ充実したヒアリングを行うため,依頼者から聞き出すべき事を列挙したヒアリングシートを新設した(図3)。

図3 ヒアリングシート

このシートにある項目を埋めるようにヒアリングすれば,聞き落としも減ってヒアリングをスムーズに進められることが大きな狙いである。ヒアリングシートは個別の依頼案件ごとに作成されるようになっていて,項目ごとにヒアリングして入力していく。

ヒアリング項目は,依頼内容についての詳細な技術内容や背景だけでなく,依頼者がすでに知り得ている特許や文献,会社名,人物名などを聞き出し,さらに調査対象とする情報の種類や年代,網羅的な結果が必要か少しでも見つかればよいかを尋ねる。

また,調査目的をあらためて確認する項目を設けている。調査目的は依頼者が指定することになっているが,必ずしも調査目的を正しく指定していないケースがある。例えば,本来は権利侵害調査として依頼しなければいけないのに,先行技術調査として依頼したような場合,ヒアリングで真の目的を探り出すことを意図している。

ヒアリングシートを新設したもう1つの理由として,ヒアリングを充実させることで依頼者が調査依頼を入力する負担をできるだけ減らしたいということがある。以前の調査依頼データベースは,依頼者が入力する項目が今より多かった。現在のデータベースでは項目を減らして,その分をヒアリングでカバーできるようにヒアリング項目を設定している。

ヒアリングシートはすべての調査目的で同じものを使っているため,調査目的によっては聞く必要のない項目もある。空欄のままのヒアリング項目があっても構わない運用にしているが,いつも空欄になってしまう項目や,入力しづらい項目があればチーム内で相談して見直すことにしている。

なお,ヒアリングシートは依頼者も見ることができるため,ヒアリングシートを見た依頼者から内容について追加・修正の指示を受けることもあり,調査内容の理解に効果があることを実感している。

ヒアリングシートでもう1つ重要な点は,業務標準書をヒアリングシート内にリンクしたことである。依頼書ごとに何らかの形でリンクしておけば,業務標準書を必ず見るようになると期待したことは前述の通りである。どこにどのような形でリンクさせれば効果的か考えた末,ヒアリングシート内が適当との結論に至った。ヒアリングシートは必ず調査担当者が入力するので,目に付きやすいというのが大きな理由である。業務標準書の参照をさらに促す工夫として,ヒアリングシート内に業務標準書をリンクさせた上で,参照が必須であることを示す「業務標準書のどれを確認しましたか?」という問いをヒアリングシートの項目に追加して,出願前調査や化合物調査など参照した業務標準書のいずれかにチェックを入れるといった仕様にした。

3.4 調査報告書フォーマット

3.1で述べたように,過去の依頼案件は,調査方法や記録の残し方だけでなく調査報告の形式などもすべて調査担当者ごとに異なっていた。蓄積された記録の中には,調査記録と結果が整理されていないものもあり,最終的にどの調査結果を報告に用いたのか,またどの段階で調査を終わらせたのかがわからず,調査記録の蓄積として好ましい姿とは言えなかった。

そこで,統一した調査報告書フォーマットを設け,すべての調査担当者がそれを使って調査報告することとした。調査報告書フォーマットに盛り込む項目は,各調査担当者が日頃どのような内容を依頼者に報告しているか出し合い,次のように定めた(図4)。

  • (1)調査の種類(目的) (2)調査の観点 (3)使用DB (4)検索期間 (5)検索対象 (6)検索式 (7)検索結果 (8)注意事項(検索の過程で気づいた点など) (9)検索式に使用した検索キーの意味 (10)検索式の概念(A×B×C) (11)備考

図4 調査報告書フォーマット

報告書は依頼者が見るものなので,どういう調査を行ったか,またどのような考えに基づいて調査したか,調査できなかった部分や気になった点等を依頼者がわかるように伝えることが必要である。依頼者への報告のために調査履歴や結果をわかりやすくまとめたものは,自ずと調査記録の蓄積にも適した形になっており,報告書フォーマットを用いることで報告・蓄積の2つの課題が解決できることになる。

ただし調査報告書フォーマットに従って報告書を作成することは,ある程度の手間と時間を要するため負担が軽いとは言えない。そのため結果だけを取り急ぎ仮報告し,報告書の形にまとめるのは後回しにすることもたびたびある。しかし,報告書を作成する過程で自分の行った調査をあらためて見直すことになるので,頭の中が整理されるだけでなく,足りなかったところやミスに気づくチャンスが増える点でも有意義だと考えている。

3.5 ダイセル版検索式リストの作成

業務標準書の作成を始めた当初は,その作成と業務への取り込みだけを行うつもりだったが,作成を進める過程で気づくことや見えてくることが多々あり,それがヒアリングシートや報告書フォーマットの新設などにつながったと考えている。

それぞれの取り組みは,必要に応じて知的財産センター内の知財担当者などの意見も聞きながら進めたが,その意見の中に「調査対象の技術分野がいつも変わらないテーマは,見本になる検索式を用意しておいてほしい」というものがあった。例えば,事業が立ち上がってから長年経つような事業テーマでは,注目すべき技術分野はほぼ一定で,その中の何に興味があるかという点がその時々で異なるといったテーマがいくつかある。検索式で言えば,母集合を作る検索式はほぼ同じで,その母集合から絞り込む条件が都度変わるといったイメージである。母集合を作る検索式ができていれば,あとは絞り込みの部分を考えるだけでよいので,検索に慣れていないエンドユーザーでも十分に検索できる,というのが意見の趣旨であった。

この意見には2つの理由で賛成した。1つは意見の趣旨が妥当であること,もう1つは,調査担当者が自分の担当ではない調査テーマを手がけるときや,検索式の作成に手間取るような分野の調査を行う際,母集合を作る検索式リストがあれば助かるのではないか,と考えたためである。

この検索式リストを作るにあたって,以下の点を考慮した。

  1. (1)   どのテーマの式を作るか。
  2. (2)   全テーマを全社公開して差し支えないか。
  3. (3)   調査担当者,エンドユーザーの両者が使いやすいものにするにはどういう形にしたらよいか。

議論の結果,(1)は各調査担当者がリストに含めるテーマをまず挙げて,チーム内で要否を決めることにした。例えば,頻繁に調査依頼のあるテーマや,複数のテーマに共通する概念(例えば,材料は異なるが,製品はフィルムである等)が候補として考えられる。また,出来上がった式もチーム全員で評価し,適宜修正することとした。

(2)については,全テーマを全社公開するのではなく,まずは知的財産センター内のみに公開し,その中で知財担当者から公開の指示があったテーマや,公開しても差し支えないことが明らかなテーマなどに限って,全社公開する方針とした。

(3)は,特にエンドユーザーが使いやすいものにするにはどう作ればよいかとの点で解決が難しかったが,まずは調査担当者が見れば理解できる形で作ることにした。これはエンドユーザーにとっては難解になる可能性がある。そこでエンドユーザーの使いやすさを考慮し,全社展開している前述のNCSSのフォーマットにした検索式を別途作ることで決着した。

3.6 それ以外の取り組み

当社の調査担当者は,それぞれ1人で調査業務にあたることが多く,複数の調査担当者が共同で業務を進めるケースはそれほどない。また,各調査担当者が経験によって得た知見やリスクを共有化することにもあまり積極的ではなかった。

得た知見やリスクを個人のスキルとして持っているだけではもったいない。それをチームで共有化すれば,より良い結果の提供につながるのではと考え,いくつかの試みを行っている。

1つは,「調査のヒヤリハット事例・うっかり事例の共有」である。例えば,正しい方法を知らなかったために検索漏れしてしまったとか,ある検索キーの適応年代が限られた範囲だけだったことに気づかず,それ以外の年代のヒットがなかった等,調査を行う過程でうっかりミスをしてしまうことがある。調査チームでは,やってしまったミスと,どうすれば良かったのかをセットにして任意で申告・蓄積している。蓄積したものはチームミーティングで適宜報告し,共有化を図っている。他の調査担当者への注意喚起になり,その結果さらにより良い解決策につながるコメントをもらうこともできる。また,汎用的な事例であれば業務標準書の中に盛り込んで,調査の際の留意点とすることもある。自分のミスを申告するのはためらいがあるかも知れないが,それによって得られるものは大きいと考える。

また,依頼調査を行う上で悩みやすいこととして,「どの時点で調査を終了すればよいか,そのタイミングが難しい」「提供した結果は役に立ったのか,その評価を得にくい」「ある依頼案件と関連する依頼が来たとき,新規案件として起案してもらうか,既存の案件の追加依頼として処理するか判断に迷う」などがチーム内で挙げられ,それについて話し合うこともあった。このように,調査チーム内(調査担当者間)の話し合いを通じて,それまで各調査担当者が互いにあまり相談することなく自己判断で業務を進めてきたことが見えてきた。

これらの課題(悩み)に対して,自己判断のままでよいものはそのままにし,チームとして統一しておくべきと判断したものは方針を決めて統一することとした。

4. 調査担当者の新たな役割と課題

4.1 調査担当者の新たな業務範囲

インターネットが普及し,今では誰でも簡単に「検索」できる環境にある。これに伴い,依頼者が調査担当者に期待することも徐々に変化してきた。

ある程度の情報は依頼者が自分で入手できるので,調査担当者のもとに来る依頼は必然的に対応の難しいものが多くなる。また,単に検索結果を提供するだけでなく,ある程度のスクリーニングをしてノイズの少ない結果が欲しいとか,もっと進んで結果を技術内容ごとに仕分けしてまとめるところまでやってほしいというニーズもある。特許マップに期待する声も多い。

このようなニーズに調査担当者がどこまで応えるか,明確な結論は出せていない。ニーズに応えると仮定した場合,調査担当者では難しいと感じるのは,(1)技術知識に不安がある,(2)1人の調査担当者が複数のテーマを担当しているので時間に余裕がない,といったあたりが主なものだと思われる。ただし,まったく対応できないことばかりではない。研究開発や事業のステージによっては,機械的に作った特許マップがその分野を俯瞰するのに有用である等,それほど時間と手間をかけなくても提供できるものもある。そのように対応しつつ,少しずつでもニーズに応える方向に進められるとよいのではと考える。

4.2 より良い調査結果を提供するために

頻繁ではないが細々と行っていることとして,1件の依頼案件を2人の調査担当者で相談しながら対応するという試みがある。依頼者へのヒアリングや検索式の作成など,すべて2人で一緒に行う。病院で1人の患者に対してチームで治療にあたるのと近いイメージである。2人で対応することで,見落としたり気づかなかったところを補い,より質の高い結果を出すことができる。また,調査担当者としても,他の調査担当者のやり方から学ぶ良い機会となる。調査担当者はそれまで1人で業務にあたることが多かったため,2人で協業することに慣れていないなど課題も残るが,メリットも多いので,続けていきたい試みの1つである。

先に述べたように,良質の情報提供に対する期待は大きく,要求されるレベルも高いのが現状である。これに関して,「個人の力だけで解決できる案件は少なくなってきている。チーム力で解決することが重要と考える」という牧野和彦氏の意見3)に大いに賛成する。

各調査担当者の持つスキルを統合して用いることで,提供できる結果の質も上がる。あらためて考えると,今回紹介した取り組みはいずれも,各人のスキルを目に見える形にして,活用につなげるための工夫であるとも言える。

5. おわりに

本稿では,当社の業務標準書の作成に始まり,ヒアリングシートや調査報告書フォーマットの新設,ダイセル版検索式リストの作成など,いくつかの取り組みを紹介した。また,調査担当者の新たな役割について述べた。いずれも試行錯誤を繰り返しながら進めているので,狙い通りの成果が得られるかどうかはもうしばらく続けてみなければわからないが,これらを通して言えることが1つある。チームで相談したり議論したりすることで,調査担当者のスキルが共有化でき,調査担当者が互いに学び合えることに加えて,話し合いの中で1人だけでは思いつかないような優れたアイデア・解決策が得られるということである。

「チーム力」を上げていくために,やるべきことはまだまだある。周囲の変化に応じて,調査担当者自身も柔軟にステップアップしていく必要がある。

本稿で紹介した当社での取り組みが,調査業務を担当される方々の参考になれば幸いである。

6. 謝辞

業務標準書の作成にあたり,三井化学株式会社の菅原好子氏,望月聖子氏にさまざまな助言を頂いた。両氏に対してここに深謝の意を表する。

参考文献
 
© Japan Science and Technology Agency 2012
feedback
Top