2013 年 55 巻 12 号 p. 865-873
これまでの消費社会からコミュニケーション社会(狭義の情報社会),そしてこれから到来すると考えられる「創造社会」への移行とともに,創造活動を支援する「クリエイティブ・メディア」の重要性が増してくる。本稿では,クリエイティブ・メディアの1つとして,デザインにおける経験則を記述する「パターン・ランゲージ」を取り上げ,その可能性を考察する。もともと建築デザインのために考案され,後にソフトウェア・デザインに応用された方法を,人間活動のデザインに応用した事例として,ラーニング・パターン,プレゼンテーション・パターン,コラボレーション・パターンを紹介する。また,それらの人間活動のパターン・ランゲージを,パターン・ランゲージの進化における第3の波ととらえて「パターン・ランゲージ 3.0」と名づけ,その特徴をデザインの対象,デザインの特徴,ランゲージの使い方の観点から比較・検討する。
社会がこれからどのような時代に入っていくのかを考えるとき,過去・現在・未来という時代の推移を見ることで発想するという方法がある。過去から現在の流れをとらえ,そこから未来のイメージへとつなげていくのである。
過去と現在のとらえ方にもいろいろな可能性があるが,筆者が採用するのは「消費社会」から「コミュニケーション社会」(狭義の情報社会),すなわち,人々が受信者である社会から,発信者となった社会への変化である。別の言い方をすれば,多くの人が消費(consumption)をしている時代から,コミュニケーション(communication)をしている時代へ変化したととらえる。
それでは,その先の未来,すなわちコミュニケーション社会の後に来るのはどのような時代だろうか。筆者の予想では,それは「人々が何かの創造(creation)をしている」という時代である。「受信」から「発信」へという推移の次に,「コミュニケーション」(つくられたものをやりとりする)から「創造」(つくる)への推移が来ると予想される。本稿では,創造が中心となる社会を「創造社会」(creative society)と呼ぶことにしたい(図1)。
本稿では,最初に,創造社会とはどのような社会なのかを概観する。そして,創造社会を支えるメディアとして「パターン・ランゲージ」に注目し,筆者がこれまでに作成したものを取り上げる。最後に,パターン・ランゲージというメディアが近年どのように発展しているのかについて,最新動向を紹介する。
創造社会は,人々が自分たちで自分たちの認識・モノ・仕組み,そして未来を創造する社会である。創造社会は,企業等の組織だけでなく,一般の個人が「創造」を担う点に特徴がある。
かつてP.F.ドラッカーは,「知識社会」の到来を指摘したが,そこでの主眼は企業・組織と労働者をめぐる社会的変化であった1)。創造社会においても,知識社会と同様に「イノベーション」が重要であることは変わらないが,創造(つくること)が企業・組織の内にとどまらず,また労働と切り離してとらえられるという点で,よりラディカルである。
そう考えると,「創造社会」,ひいてはそこに至るまでの「社会の創造化」は,企業・組織の現象ではなく,社会の現象としてとらえるべきである。そのような観点で考えるとき,公文俊平の「情報社会」の議論が参考になる2),3)。オープンソース・ソフトウェア開発やWikipediaの編集などでは,従来の組織とは異なるかたちでコミュニティが形成されている。情報技術の発展により,人々は活動のなかで自由につながり組織化されていくのである。
同様に,本稿でいう「創造社会」では,これまで企業・組織で行われてきた創造行為が広く一般に解放されることを意味する。「創造社会」においては,人々の創造活動の過程で社会的なネットワーキングがなされ,コミュニティが形成される。つまり,「組織によって創造がなされる」ことから「創造の過程でコミュニティが形成される」ことへのシフトが生じるのである。
もちろん,企業・組織が無くなるというわけではない。しかしながら,創造社会における企業・組織のあり方は,人々が創造的な活動をすることを踏まえたかたちに変わっていくだろう。従来は,個人と企業・組織の関係は「労働」や「商品・サービス」の関係に限定されてきたが,創造社会においては創造活動の協働的なパートナーシップが個人と企業・組織の間で築かれることになるのである。
そうなれば,企業・組織における知識や情報の蓄積や管理のあり方も変化を迫られることになる。創造活動が組織的な境界を超えて縦横無尽に展開されるようになるため,それらを囲い込むことはできなくなり,また囲い込むことが戦略上不利になる可能性が高くなる。
そのため,暗黙的であれ形式的であれ,企業・組織内に蓄積される知識・情報をどのように記述し,共有し,外部と未来に開いていくのかということは最重要な課題となるだろう。特に,創造に寄与する知識の記述と共有は,重要なテーマとなる。
このような創造社会においては,創造を支える新しいメディアが求められ,重要な役割を果たすことになる。消費社会における生産・流通・販売のメディアや,情報社会における通信のメディアのように,創造社会においてもその時代ならではのメディアが不可欠なのである。ここでは,創造社会において創造を支援するメディアを,「クリエイティブ・メディア」(creative media)と呼ぶことにしよう。クリエイティブ・メディアは,人々の創造性を刺激し,誘発し,拡張するメディアであり,それは個人のみならず,組織,社会もエンパワーする。
このようなクリエイティブ・メディアとして筆者らが現在最も有力視しているのは,「パターン・ランゲージ」(pattern language)である。パターン・ランゲージは,創造における実践知を記述する言語であり,それが人々の創造を支援するメディアとなるのである注1)。
パターン・ランゲージは,もともとは1970年代に建築家クリストファー・アレグザンダーが,住民参加型のまちづくりの支援のために提唱した方法である。彼は建物や街の形態に繰り返し現れる法則性を「パターン」と呼び,それを「ランゲージ」として記述・共有することを提案した6),7)。
アレグザンダーが目指したのは,街や建物のデザインについての共通言語をつくり,誰もがデザインのプロセスに参加できるようにすることである。まちづくりをする際に,外部からやってきた都市計画家がトップダウンで決めてしまうのではなく,住人が自分たちで自分たちのまちをつくることを可能とするためのメディアとして,パターン・ランゲージを考案したのである。
パターン・ランゲージでは,デザインにおける経験則を「パターン」という単位にまとめる。各パターンには,デザインにおける「状況」(context)と「問題」(problem),そしてその「解決」(solution)の発想がセットになって記述され,それに「名前」がつけられている。パターン・ランゲージの利用者は,自らの状況に応じてパターンを選び,そこに記述されている抽象的な解決法を自分なりに具体化して実践する。
建築の分野でパターン・ランゲージが提唱されてから10年ほど後に,パターン・ランゲージの方法はソフトウェア・デザインの領域で応用され,普及した8)。その後,インタラクション・デザインや組織デザイン,教育デザインなどにも応用されるようになった。筆者らも,学びやプレゼンテーション,コラボレーションなど,「人間活動」という新しい領域に,パターン・ランゲージの方法を応用してきた。
パターン・ランゲージは,それが対象とする領域のデザインについての「共通言語」として用いることができる。つまり,パターン・ランゲージは「コミュニケーション・メディア」としての機能を果たす9)。これまで指し示すことができなかった実践的なコツ・秘訣について言及できるようになるため,それらについてのコミュニケーションを活性化することができるのである。
加えて,パターン・ランゲージは,創造を誘発する「クリエイティブ・メディア」としても機能する10)。創造性が刺激され,想像力が拡張されることで,発見の連鎖が次々と起こりやすくなる状況が生まれる。このように,創造社会において,パターン・ランゲージはコミュニケーション・メディアとクリエイティブ・メディアの2つの機能によって創造の支援を行うのである。
実践知を記述すると言っても,パターン・ランゲージは,マニュアルやハウツー本とは異なる。パターンは,「これをこの手順でやるべきだ」という1つの大きな枠にはめ込むのではなく,「いまの自分のやり方をベースとしながら,少しずつ拡張していくことの手助け」をする。パターン・ランゲージは,各自の現状を肯定しながら成長していくためのクリエイティブ・メディアなのである。
人間活動のパターン・ランゲージとして,慶應義塾大学・井庭崇研究室では,2009年にラーニング・パターン(Learning Patterns)を,2011年にはプレゼンテーション・パターン(Presentation Patterns)を,2012年にはコラボレーション・パターン(Collaboration Patterns)を制作・発表してきた(図2)。創造的な学び,創造的プレゼンテーション,創造的コラボレーションが,創造社会における基本スキルだと考え,この3つの領域を選んだ。以下では,これら3つのパターン・ランゲージについて,その概要を紹介する。
ラーニング・パターンは,「創造的な学び」の秘訣をまとめたパターン・ランゲージである。学びの状況においてどのような問題が生じやすく,それをどう解決すればよいのかのヒントが書かれている。このようなパターンを共有することで,個人の自律的で創造的な学びの支援と,学びのコミュニティの活性化を目指している。
流動的で複雑な時代だからこそ,自分が何をどのように学ぶのかを各自が考える必要がある。学び方にもいろいろな方法があるが,よい学びをしている人には暗黙のうちに実践している秘訣がある。そこで,その学び方の秘訣から学び,それらを組み合わせながら,自分の学びをデザインすることを支援したい。そのためにまとめられたのが,「ラーニング・パターン」である。ラーニング・パターンは,創造的な学びを実現するための40個のパターンで構成されている。ラーニング・パターンの全パターンは,Webサイト(http://learningpatterns.sfc.keio.ac.jp/)で公開されている。
4.2 プレゼンテーション・パターンプレゼンテーション・パターンは,「創造的プレゼンテーション」の秘訣を言語化したものである。創造的プレゼンテーションとは,単なる伝達ではなく,聴き手の新しい発想や発見を誘発するプレゼンテーションのことである。
自分が持っている知識やアイデアによって未来に変化をもたらしたいと考えているとき,それらを単に伝えようとするだけでは,聴き手の心を動かしたり,行動を促したりすることは難しい。「理解する」ことは必ずしも「信じる」ことではなく,「信じる」ことなしに自発的に行動に移すことはないのである。
そこで,プレゼンテーションを,「伝達」の場ではなく「創造」の場であるととらえ直し,聞き手の想像をかき立て新しい発想や発見を促す「創造的なプレゼンテーション」となるようにプレゼンテーションをデザインするのである。そのための秘訣をまとめたものが,プレゼンテーション・パターンである。
プレゼンテーション・パターンは,全部で34個のパターンで構成されており,Webサイト(http://presentpatterns.sfc.keio.ac.jp/)で公開されているほか,書籍としても出版されている11)。
4.3 コラボレーション・パターンコラボレーション・パターンは,「創造的コラボレーション」の秘訣を言語化したものである。創造的コラボレーションとは,成果だけでなく,それを生み出すための「方法」もつくり,自分たちも成長するようなコラボレーションのことである。
単に「複数人で何かをつくる」というだけで本当によいものを生み出すことは難しい。複数人で分業すると,部分を足しあわせたような成果になってしまいがちで,そのような分業ではモチベーションを維持することも難しくなる。
そこで,メンバーが互いに高め合いながら成長し,個人には還元できないチームレベルの創発的な勢いを生み出し,それに乗りながら,世界を変えるような成果を生み出す。そのようなコラボレーションのデザインにおける視点や方法をまとめたものが,コラボレーション・パターンである。
コラボレーション・パターンは,全部で34個のパターンで構成されており,Webサイト(http://collabpatterns.sfc.keio.ac.jp/)で公開されている。
ラーニング・パターン,プレゼンテーション・パターン,コラボレーション・パターンをはじめとする人間活動のパターン・ランゲージは,建築やソフトウェアにおけるパターン・ランゲージとは異なる特徴をもっている。そこで,パターン・ランゲージがどのような進化を遂げてきたのかを振り返り,それぞれの特徴を明らかにしたい。
筆者らの考えでは,パターン・ランゲージの進化は,「3つの波」としてとらえることができる12),13)。ここで「波」と呼ぶのは,このパターン・ランゲージの進化が断絶的な移行を意味するのではなく,段階が進むごとに新しい特徴が加わっていく加算的な発展であるためである。
ここでは,これらの波それぞれに便宜上の名前をつけることにしたい。アレグザンダーによって提案された建築分野でのパターン・ランゲージを「パターン・ランゲージ 1.0」,その後ソフトウェアの領域に輸入・展開されたときのものを「パターン・ランゲージ 2.0」,そして,人間活動のパターン・ランゲージを「パターン・ランゲージ 3.0」と呼ぼう。この3つの波は,「デザインの対象」「デザインの特徴」「ランゲージの使い方」という3つの視点で比較することで,それぞれの特徴が明らかになる(図3)。
3つの波をとらえる第1の視点は,「デザインの対象」である。まず,パターン・ランゲージ 1.0では,建築という「物理的なもの」がデザインの対象であった。そして,パターン・ランゲージ 2.0では,ソフトウェアや組織という「非物理的なもの」が対象として加わった。パターン・ランゲージ 3.0では,人間活動がその対象になっている。具体的には,学び14)~16),教育17),プレゼンテーション18),コラボレーション,組織変革19),社会変革20)などである。
パターン・ランゲージ 3.0における最大の特徴は,デザインする対象(客体)がデザインする主体自身であるということである。パターン・ランゲージ 1.0やパターン・ランゲージ 2.0では,そのデザイン対象はあくまでもデザイン主体とは別のものであった。しかし,パターン・ランゲージ 3.0では,デザインの主体自身がデザインの対象となる。このことが「デザインの特徴」と「ランゲージの使い方」にも大きな影響を及ぼすことになる。
5.2 デザインの特徴第2の視点は,「デザインの特徴」である。パターン・ランゲージ 1.0のデザインでは,建物や街をデザインする段階と,そこに住人が住むという段階を明確に区別することができる。つまり,デザインの事前と事後がはっきりしているのである。もちろん,パターン・ランゲージを考案したクリストファー・アレグザンダーは,住人が建物や街を漸進的に育てる重要性を強調してはいた。しかし,建物や街という「物理的なもの」は,一度つくられてしまうと,それらを全面的につくり直すことは極めて困難であるため,デザインの事前と事後には「切断」があると考えられる。
パターン・ランゲージ 2.0のデザインでは,デザインは断続的に繰り返される。ソフトウェアという「非物理的なもの」を,全面的につくり直すことは,物理的なものと比較すれば,はるかに容易である。そのため,「バージョンアップ」と「リリース」というかたちで何度もデザインのやり直しが発生する。このように,デザインは断続的に繰り返されることになる。
パターン・ランゲージ 3.0のデザインでは,継続的にデザインが行われる可能性がある。人間活動のデザインでは,1か月ごとでも,1週間ごとでも,1日ごとでも,デザインをして実践することができる。人間活動のデザインの場合には,自分で自分の行動をデザインすることになるので,デザインと実践はかなり密接につながり,その境界も曖昧になる。こうして,パターン・ランゲージ 3.0では,継続的なデザインが可能となるのである。
このように,ひとえに「デザイン」といっても,パターン・ランゲージのそれぞれの波によって,時間のなかでの特徴はまったく異なるのである。
5.3 ランゲージの使い方3つの波をとらえる第3の視点は,「ランゲージの使い方」である。あまり認識されていないことだが,実はパターン・ランゲージ 1.0から2.0に移るときに,パターン・ランゲージの使い方は大きく変わった。アレグザンダーは,デザインする人(建築家)とその結果を享受するユーザー(住人)の橋渡しをするために,パターン・ランゲージを考案した。しかし,パターン・ランゲージ 2.0になると,デザインする人(エンジニア)のなかで熟達者と非熟達者の差を埋めるために,パターン・ランゲージが使われるようになった。熟達者の技を学ぶために,パターン・ランゲージを読んで学ぶということが行われるようになったのである。そこには,デザイナーとユーザーのコラボレーションという視点はない。
このように,パターン・ランゲージ 1.0とパターン・ランゲージ 2.0は,使い方において大きな違いがあるのである。しかしながら,どちらの場合も,実践知の伝達がパターンによって目指されているという点では一致している。これに対し,パターン・ランゲージ 3.0では,人々が暗黙的に持っている経験に光を当て,それをとらえ直し,語ることを支援する「語りのメディア」もしくは「対話のメディア」として,パターン・ランゲージが使用される21)。
興味深いことに,この「語りのメディア」・「対話のメディア」としてのパターン・ランゲージは,熟達の度合いや経験の多少に関わらず機能する。それぞれ経験しているパターンが異なるため,パターンを介してお互いの経験について語る機会が生じるのである。抽象的に書かれたパターンの具体的な経験談を集めることで,そのパターンの内容を深く理解し,今後自分が実践するときのことを想像することが容易になる。
このように,パターン・ランゲージ 3.0では,それぞれ異なる経験を持つ多様な人々(行為者)をつなぐために,パターン・ランゲージが使用される。なお,ここで「行為者」という言葉を用いたのは,パターン・ランゲージ 3.0では,デザインの主体と客体が不可分になり,デザインする人と使う人という区分自体が曖昧になるためである。
本稿ではパターン・ランゲージを,コミュニケーション・メディア,もしくはクリエイティブ・メディアとしてとらえてきたが,もう1つ,世界をある視点から見るための「認識のメガネ」としてとらえることもできる。この「認識のメガネ」をかけることで,これまで注目してこなかったことが浮かび上がって見えるのである。
例えば,コラボレーション・パターンという「認識のメガネ」を通して自分たちのチームを眺めてみることで,自分たちが何をやっているのか,そして,何ができていないのかが見えてくる。しかも,よりよいチームにするために何をするとよいかのヒントも見えてくる。
興味深いことに,「認識のメガネ」としてのパターン・ランゲージは,使っているうちに身体の一部になっていく。そうなると,メガネを意識的に使う必要はなくなるのである。その意味で,パターン・ランゲージは消えゆくメディアなのである。
パターン・ランゲージという「認識のメガネ」は,つくられたものを使うだけでなく,つくることもできる。つまり,自分たちで自分たちの新しい「認識のメガネ」をつくることができるのである。今後筆者らは,創造社会の実現に向けて,自らが新しい領域のパターン・ランゲージ(認識のメガネ)をつくるとともに,パターン・ランゲージをつくる人(認識のメガネ職人)の育成や支援も行っていきたいと考えている。
そして,パターン・ランゲージというクリエイティブ・メディアをつくる人が増えることで,創造社会における創造の展開がより加速することになる。以上が,筆者が見据えているこれから四半世紀の大きな社会変化の波である。本稿で提示したものは1つのとらえ方に過ぎないが,何らかのかたちで読者のみなさんの発想の刺激となれば幸いである。