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スーパーコンピュータ「京」の共用 産業利用を中心に
西川 武志
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2013 年 55 巻 12 号 p. 882-890

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著者抄録

2011年6月,11月とTOP500リストで世界一となったスーパーコンピュータ「京」は2012年6月に完成し2012年9月末から共用が開始されている。応用分野でも先駆的な「京」利用者がゴードン・ベル賞を2011年,2012年と2年連続で受賞する等成果を上げ始めている。本報告ではスーパーコンピュータ「京」について,概要,完成までの道のりと現状,運用と共用体制,計算資源配分,利用課題の公募・選定方法と2012年度の採択結果,産業利用のための支援や拠点,利用可能なソフトウェア等,共用がどのように行われているか産業利用を中心に紹介する。

1. はじめに

スーパーコンピュータとは何か,明確な定義は存在しない。一応,政府調達の「スーパーコンピュータ導入手続き」には適用範囲として「1.5TFLOPS以上」の理論性能を有するスーパーコンピュータの導入に適用されるとあるが,「スーパーコンピュータ」とは何であるかについては定義していない。筆者も含めて多くのスーパーコンピュータ関係者はその時代の普通のコンピュータより「スーパー」なコンピュータを「スーパーコンピュータ」と思っており,人によって幅はあるがおおよそ百倍から千倍以上の性能を持つものを「スーパーコンピュータ」と呼んでいる。

スーパーコンピュータを利用した成果はわれわれの日常生活の至る所に存在している。天気予報,地球温暖化予測,地震・津波の被害予測,ロケット,航空機,自動車,高層ビル等の開発というよく知られた用途の他,インフルエンザ薬をはじめとする創薬,鉛フリー釣り用オモリ,開けやすい飲料用アルミ缶,マグネット式ボタン,ショーケース用エアーカーテン,野球スパイク,錠剤等の開発にも用いられている。個別詳細は計算科学振興財団(FOCUS)作成の事例集を参照されたい(http://www.j-focus.or.jp/project/spread.html#h189)。

2. スーパーコンピュータ「京」

理化学研究所(理研)と富士通が共同で開発したスーパーコンピュータ「京」は2012年6月29日に最終動作確認試験を終え完成し2012年9月28日に共用を開始した。

これに先立って2012年5月9日から公募が開始され「京」の計算資源の30%を割り当てる一般公募枠(うち産業利用,若手人材育成にそれぞれ5%程度)に合計227件,提供予定計算資源量の約7倍の要求がなされた。約2か月にわたった選定プロセスの結果,全体で62件(選定率27%)が選定された。うち産業利用には31件の申請があり25件が選定され(選定/申請=81%,全体に対する比率4割),件数の点では,スーパーコンピュータ「京」では産業利用に重点が置かれている。

本報告ではスーパーコンピュータ「京」の共用がどのように行われているか産業利用を中心に紹介する。

図1 高度計算科学研究支援センターの位置,京,理化学研究所計算科学研究機構(京コンピュータ施設)と計算科学センタービル

2.1 「京」の特徴(ハードウェアとソフトウェア)

スーパーコンピュータ「京」は理研と富士通の共同で,文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」計画の下,2012年6月末の完成を目指しての開発を進められてきた。「京」は,高性能・低消費電力のCPUや超大規模構成を可能とするネットワークなど,数々の先端技術を結集して高性能・高信頼を追求した。広く国内外の研究者,技術者の利用に供することを念頭に幅広い範囲のアプリケーションに対応できる汎用性を兼ね備えたスーパーコンピュータである。

スーパーコンピュータ「京」は864筐体からなり,1筐体には計算ノードが96,I/Oノードが6ずつ設置され,1ノードに1CPUが搭載されている。CPUは計算ノードに82,944個,I/Oノードに5,184個の合計88,128個搭載され後述のTOP500では計算ノードとI/Oノードの双方のCPUを演算に利用したが,通常は計算ノードのみを演算に使用している。システム全体のピーク演算性能は11.28ペタフロップス(計算ノードのみでは10.62ペタフロップス)であり,メモリ容量はノードあたり16GB,システム全体で1.26ペタバイトである。

CPUには富士通が開発したスカラ型のSPARC64 VIIIfx(8コア,クロック2GHz,ピーク性能128ギガフロップス)が採用され,ノード間のネットワークには6次元メッシュ/トーラス結合(ユーザービューは3次元トーラス)で構築されたTofuネットワーク(5GB/s×10接続×送受信双方向=100GB/s)が採用されている。CPUと通信コントローラは水冷システムで効率良く冷却し消費電力を削減するとともに空冷よりも低い温度で動作させ故障率の低減を図っている。

ストレージシステムにはLustreファイルシステムを拡張したFEFS(Fujitsu Exabyte File System)を採用し数百ペタバイト超級まで拡張可能な高機能・超大規模ファイルシステムを用い,グローバルおよびローカルファイルシステムから成る2 階層ファイルシステムを構成し,ローカルファイルシステム10ペタバイト,グローバルファイルシステム30ペタバイトのユーザー領域を提供している。2つのファイルシステム間のファイル移動には事前予約型の自動ステージング機能を提供している。

さまざまな研究者・技術者が「京」を容易に利用できるようにLinuxをベースとしたOS,並列化用の標準ライブラリであるOpenMPやMPI等のサポートに加え,言語環境として科学技術分野で広く使われているFortran,C/C++などの言語環境とノード内自動並列化機能を提供し,汎用性と高いスケーラビリティを提供している。

「京」についての詳細は理化学研究所計算科学研究機構(理研AICS)が提供するWebページ(http://www.aics.riken.jp/jp/k/)をご参照いただきたい。

3. 「京」完成までの道のりと現在まで

2005年10月に文部科学省により理研を開発主体として「次世代スーパーコンピュータ」プロジェクトが開始された。2006年1月には理研に次世代スーパーコンピュータ開発実施本部が設置され,同年9月に概念設計を開始し,2007年3月には立地地点を神戸に決定した。2007年9月にアクセラレータ・ベクトル・スカラの三複合システム,ベクトル・スカラの密結合システム,ベクトル・スカラの疎結合システムの中からベクトル・スカラの疎結合にシステム構成が決定された。富士通がスカラ部を日本電気・日立製作所がベクトル部をそれぞれ担当することになった。

その間,日本の産業界では2005年12月にスーパーコンピューティング技術産業応用協議会を設立し次世代スーパーコンピュータへの期待はプロジェクト開始当初から高かった。さらに,2008年1月にはFOCUSが兵庫県,神戸市,神戸商工会議所の出資で,次世代スーパーコンピュータをはじめとするスーパーコンピュータの利用促進を図るため,産学官の連携協力により設立された。2008年4月には関西経済界の構成企業が中心となり,次世代スーパーコンピュータ利用推進協議会が,産学官が一体となって次世代スパコンの利活用を推進しFOCUSの活動を支援することを目的として設置された。

ところが2009年に次世代スーパーコンピュータ開発プロジェクトに2つの暗雲が立ちこめた。1つは5月に日本電気がリーマンショックに端を発した世界的不況の結果,経営的観点から理研に対して製造段階には参加できないと申し入れ,次世代スーパーコンピュータのシステム構成を見直すことになったことである。もう1つは後に「2位じゃだめなんでしょうか」発言で有名になった行政刷新会議ワーキングチーム「事業仕分け」第3ワーキンググループで2009年11月13日に「予算計上見送りに近い縮減」と「凍結」判定を受けたことであった。特に後者はプロジェクトの命運を左右する影響があるとともに,科学・技術について理解のあるさまざまな人々から反駁の声が上がった。11月17日には当時の川端文部科学大臣により予算確保方針が表明され,11月20日には当時の菅副総理兼国家戦略担当大臣が衆院内閣委員会で「スパコンは極めて重要なためもう一度考えなければならない」と事業仕分けの判定を見直す考えを述べた。その後,12月9日に総合科学技術会議が次世代スーパーコンピュータ開発事業について「必要な改善を行いつつ推進」と評価し,12月11日に文部科学省が当初の開発計画を変更した。完成時期を半年遅らせ,開発者の視点から利用者視点へと転換し導入された枠組みが現在のHPCI,革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラの構築である。

HPCIと同じく「事業仕分け」の影響として現在も続き,「事業仕分け」の良好な成果と筆者が思っているのが2012年12月に11回目を迎えた「知る集い」(当初は「次世代スパコンについて知る集い」,現在は「スーパーコンピュータ「京」を知る集い」)である。「知る集い」では,一般の方を対象に「京」の価値や利用分野やスーパーコンピュータを利用した成果,大きく広がる科学・技術の可能性等,事例を交えて紹介している(http://www.aics.riken.jp/jp/library/shirutsudoi/)。

2010年4月12日に理研は次世代スーパーコンピュータに,多くの方から親しみを持ってもらえるよう,愛称を一般公募し,5月28日までの募集期間に1,979件の応募があった。その中で,メールと葉書の重複等を含む無効52件を除いた有効応募数1,927件から同名重複を除くと純粋な候補数は1,529件で,厳正なる第一次選考,第二次選考,最終選考を行い,次世代スーパーコンピュータの愛称は「京」と決定し英語表記は,“K computer”となった。そして,「次世代スーパーコンピュータ」は「京」の次のスーパーコンピュータを指すことになった。また理研は愛称決定からしばらく「京速コンピュータ「京」」と呼ぶとしていたが,2012年12月現在,スーパーコンピュータ「京」または「京」と呼ぶようになっている。

2010年7月には理研AICSが設立され,10月には拠点が東京から神戸に移された。2010年9月末から兵庫県神戸市ポートアイランド2期地区に建設された理研AICS“京コンピュータ”施設に搬入を開始し,2011年8月末に864筐体すべての搬入・据付が完了した。その間,大規模システム環境下におけるオペレーティングシステム(OS),ジョブマネージャ,並列化ライブラリなどシステムソフトウェアの整備・調整を行った。その調整中の成果としてスーパーコンピュータの性能ランキング「TOP500」では,2011年6月,11月と世界第1位を2期連続で獲得するとともに,2011年11月にはHPCチャレンジ賞を4部門すべてでの首位獲得,ゴードン・ベル賞の受賞も果たし,実アプリケーションでも高い性能を実現できることを示した。

その後は,システム調整と並行して,国が戦略的に重要と定める分野で画期的な成果を早期に創出するため,「グランドチャレンジアプリケーションの研究開発」や「戦略プログラム」に参加している研究者に対し,「京」の一部の計算資源をシステム完成後,試験的に提供し,2012年9月28日の共用開始に備えてきた。2012年11月にはTOP500では3位となっていたもののHPCチャレンジ賞を4部門中3部門で首位獲得,ゴードン・ベル賞は前年から連続受賞を果たした。特にゴードン・ベル賞では,2012年6月にTOP500で世界一となり2012年11月には世界2位となっていたセコイアを使った2グループが実行演算性能では11ペタフロップスと14ペタフロップスを達成していたにも関わらず,筑波大学計算科学研究センター石山研究員,理研AICS似鳥研究員,東京工業大学牧野教授のグループが5.67ペタフロップスの演算性能で「計算方法が優れていたため」受賞した。「京」を利用したグループと14ペタフロップスのアルゴンヌ国立研究所のグループは同じ宇宙初期における重力進化計算でダークマター粒子のシミュレーションを行ったが,1粒子・時間ステップあたりの演算数が「京」利用グループが15万程度だったのに対して,セコイア利用グループが84万演算程度を必要としていた。その結果,シミュレーションの実行時間では約2.4倍も「京」利用グループが高速であったことが評価された。「京」のシステムだけでなくそれを使いこなす人材育成でも大きな成果を上げていることが2年連続のゴードン・ベル賞受賞で示されたと言える。

4. 「京」の運用と共用体制

「京」の利用について述べる前に,あまり世間一般に知られていない「京」の運用と共用体制について述べる。「京」は2005年から文部科学省すなわち国がプロジェクトを推進し,2006年から理研が主体となって開発し,FOCUSが2008年から産業利用推進活動を行ってきた。「京」完成後,「京」の運用は理研AICSが担っているが,「京」の利用について,2012年4月から高度情報科学技術研究機構(RIST)が一般利用課題の選定,一元的情報提供窓口,利用者支援等の利用促進業務を「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」および同法第4条第1項の規定に基づく「特定高速電子計算機施設の共用の促進に関する基本的な方針」に基づいて登録施設利用促進機関として選定され実施している。RISTはまた「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)構築事業(HPCIの運営)」委託業務のHPCI運用事務機能を担う機関(運用事務局)として,HPCIシステムの利用促進業務を推進する機関の1つとして,課題選定および共通窓口による利用促進,東のアクセスポイント(利用者支援拠点)における産業利用促進などを推進している。

FOCUSはRISTと連携して「京」の産業利用推進活動を従前通り実施するとともにHPCIの運営委託業務として西のアクセスポイント,アクセスポイント神戸の運営とそこでの高並列計算の支援や大規模データの入出力の支援を行っている。

4.1 FOCUSの支援

FOCUSの使命は,スーパーコンピュータ「京」の活用を図るため,研究開発や産業利用の推進ならびに広く普及啓発を行うことにより,計算科学分野の振興と産業経済の発展に寄与することである。

2008年の設立以降,地元の主要大学や経済界との密接な連携・協力のもと,産業利用の推進や,普及・啓発に関わる事業を着実に実施してきた。2010年度までの3年間の活動では,企業に対するコンサルテーションにより潜在的なHPC利用需要を掘り起こすとともに,企業のシミュレーション技術の高度化を支援してきた。また,実践スクールや研究会などを通じて,企業技術者のHPC技術の習得・向上に貢献し,コミュニティ形成に向けた基盤の構築を行ってきた。2011年度からは,高度計算科学研究支援センターを活動のインフラとして,より本格的に事業を展開している。またHPCIの構築・運用の制度設計に産業界のニーズ反映を図り,産業利用の促進に努めてきた。

FOCUSの活動の3つの柱である「京」の産業利用の促進,シミュレーション技術の普及による産業活性化,普及啓発活動を展開していくために,高度計算科学研究支援センターの運営と研究教育拠点(COE)形成の推進を行っている。

高度計算科学研究支援センターは2011年4月に,企業のスーパーコンピュータやシミュレーション利用による技術高度化の拠点として,「京」コンピュータ施設に隣接した計算科学センタービル1・2階部にFOCUSによって開設,運営されている。産業利用に特化したFOCUSスパコンをはじめとするさまざまな機能が同センター内に備えられている。

また計算科学センタービルは2階でAICS(京コンピュータ施設)と接続され,3~7階には兵庫県立大学大学院が同居している。また神戸大学統合研究拠点,甲南大学が隣接地にあり,京コンピュータを中心とした,計算科学クラスターを形成している。

研究教育拠点(COE)形成推進では「京」の立地効果を最大限に活用し,防災・減災や創薬など地域の課題解決等に資する分野において,「京」を活用した最先端の研究への助成を行うとともに,研究成果の地域への還元を図るための普及啓発を通じて,「京」を中核とする計算科学分野の研究教育拠点(COE)の形成と,計算科学分野の振興を図っている。助成対象とする研究テーマは,「京」を中核とする計算科学・計算機科学の研究教育拠点の形成に資する研究で,原則として「京」の活用が相当程度の確度を持って見込めるものであり,かつ,地元の大学・研究機関・企業等との連携や地元への成果還元など,地元への貢献が可能な研究としている。

事業期間は2011年度から2016年度を予定しており,理研AICSの推薦する研究課題について,外部有識者を含む審査委員会で審査を行い,審査の結果,助成対象として,表1の5件の研究課題を採択した。

表1 研究教育拠点(COE)形成推進事業採択課題
研究課題名 研究代表者
1.計算構造生物学による生体超分子解析と創薬応用研究 粒子系生物物理研究チーム
杉田 有治
2.関西地域を対象とした都市防災の計算科学研究
―地震津波と集中豪雨被害のハザードマップの作成―
複合系気候科学研究チーム
富田 浩文
3.京コンピュータ利用による新材料設計 量子系分子科学研究チーム
中嶋 隆人
4.超並列プログラムの開発・利用環境技術の展開と人材育成 プログラミング環境研究チーム
佐藤 三久
5.ポストペタスケールにむけたアプリケーション・アルゴリズム・アーキテクチャーの融合型開発 粒子系シミュレータ研究チーム
牧野 淳一郎

4.2 RISTの支援

RISTは登録施設利用促進機関として中立公正な立場から「京」利用者の支援を行っている。支援の窓口としてヘルプデスクを設置しており,ⅰ. 申請前の事前相談,ⅱ. 利用相談,ⅲ. 技術支援,ⅳ. 情報提供,ⅴ. 利用講習会の実施の5つの主要な業務を担っている。申請前の事前相談では,応募手続きについての相談,課題申請書の記入方法相談,「京」の計算機環境(ハードウェア,ソフトウェア)への質問等に答えている。利用相談では,コンパイルエラー,実行時エラー等,他システムからの移行,ライブラリ,ツールの使用法等,利用者プログラムの性能情報採取方法,実行結果不正等に答えている。技術支援では,利用者からの高速化支援依頼への対応,重点的に支援するプログラムの選定,プログラムの性能情報採取,ボトルネック調査(通信特性分析,インバランス評価,単体性能評価)等を行っている。情報提供では,一元的に各種の情報をポータルサイト(https://www.hpci-office.jp/)で提供し,HPCIシステムの提供機関と計算資源の一覧,各種お知らせ,課題募集開始,説明会,講習会の案内や講習会資料等や高速化ノウハウ等を提供している。利用講習会の実施では「京」の利用講習会を適宜開催し,利用環境,開発環境,システムの説明,性能分析手法,高速化ノウハウ等の講習を行っている。

5. 「京」の利用

「京」の利用については重点的利用枠と一般利用枠がある。前者は国が決定し登録機関に通知し利用料は無償であり,以下の4枠から構成されている。(1)戦略機関が提案した利用希望課題について,国が配分内容を決定する戦略プログラム利用枠,(2)政策的に重要で緊急な課題のための重点化促進枠,(3)一般利用枠や戦略プログラム利用枠で実施中の課題へ追加配分のための成果創出・加速枠,(4)理研が,「京」の安定運転のためのシステム調整,利用者利用支援のための研究開発,幅広い分野の利用者の利用に資する高度化研究を実施する京調整高度化枠である。

一般利用枠は以下の3枠から構成されている。(1)課題の公募を行い,学術・研究機関等から一般的な利用課題を募集し成果を公開し無償の一般利用枠,(2)同じく学術・研究機関から39歳以下が一人で実施する利用課題を募集し成果を公開し無償の若手人材育成枠,(3)産業界から利用課題を募る産業枠である。産業利用枠は,さらに3枠から構成されており,公募は随時受付で利用は3か月で成果公開のため無償のトライアルユース枠,公募は原則年1回で利用は年度単位で成果公開のため無償の実証利用枠,公募は原則年1回で利用は年度単位で成果非公開のため有償の個別利用枠が存在する。トライアルユース枠は産業利用だけに設けられ「京」を試用して,研究課題への適用が可能か,有効な結果が得られそうか等を評価した後に,本格利用(実証利用・個別利用)が行える規則である。公募期間に関わらず,随時公募であり,審査は迅速に行われ,速やかに結果を申請者に通知する。利用期間は3か月間,資源量は5万ノード時間積,利用ノード数は24ノード以上であり,無償で利用できる。十分な成果が得られなかった場合はトライアルユースに再応募可能である。

5.1 計算資源配分

2012年度「京」の計算資源量は,一般利用枠に30%程度(うち,産業利用5%程度・若手人材育成5%程度),成果創出・加速枠に5%程度,戦略プログラム利用枠に50%程度,重点化促進枠に当初は0%,必要に応じ設定し上限は10%程度,京調整高度化枠に15%程度が割り当てられている。

5.2 2012年度課題募集・選定スケジュール

募集開始は5月9日で電子申請締切が5月15日,郵送締切が5月22日であった。募集開始に先立って4月から課題募集説明会が行われた。募集締切から約2か月を費やして課題審査選定を行い,8月末~9月末にかけて選定結果の通知,対面認証,アカウント配布等を行った。共用開始は9月28日からであり,トライアルユース以外の利用期間は2014年3月末日までとした。

5.3 課題選定

一般利用枠の産業利用以外の課題は表2にまとめた課題選定基準に従い,専門分野の学識経験者の課題評価を行い,その結果を取りまとめた課題選定・資源配分案を課題審査委員会が審査した。審査結果をもとに選定委員会がその結果を審議し,最終的に登録機関であるRISTの理事長が課題の選定と決定を行った。

表2 「京」課題選定基準
選定基準 一般利用 産業利用 トライアル 若手育成
1)科学的に卓越し,又は社会的に意義が高くブレークスルーが期待できる課題であること。
2)京が有する計算資源を必要としていること。
3)ソフトウェアの効率性(並列性),計算処理,データ収集,結果の解析手法等が十分に検証済みであるとともに,各種資源の利用計画や研究体制が妥当であること。
4)提案課題の実施及び成果の利用が平和目的に限定される等,科学技術基本法や社会通念等に照らして,当該利用研究課題の実施が妥当であること。
5)産業利用 イ)自社内では実施できない解析規模や難易度の課題であること。
ロ)産業応用の出口戦略が明確な課題であること。
ハ)産業利用の開拓に向けた波及効果(社会への貢献)が十分期待できる課題であること。
ニ)実利用に向けた計画や展望があること。
6)若手人材育成課題
利用研究課題応募年度の4月1日現在で満39歳以下の利用者が一人で行う研究課題であること。将来の発展が期待できる優れた着想を持つ研究計画であること。

産業利用課題は課題審査委員会に設置された産業利用ワーキンググループが課題選定・資源配分案を作成し,課題審査委員会に提示し,以降は一般利用課題と同一プロセスで決定された。

5.4 公募結果

公募に対する申請は一般利用枠に合計227件,提供予定計算資源量の約7倍の要求がなされた。約2か月にわたった選定プロセスの結果,全体で62件,うち産業利用には31件の申請があり25件が選定された。一方で一般枠は申請138件中選定29件,若手人材育成枠は申請58件中選定8件であった(表3)。

表3 選定結果:全体件数
全体件数 申請件数 選定件数 選定率
一般 138 29 21%
若手人材育成 58 8 14%
産業(トライアルユース) 4 3 75%
産業(実証) 22 17 77%
産業(個別利用非公開) 5 5 100%
合計 227 62 27%

「京」産業利用における分野別の選定件数と資源配分量の比率を表4にまとめた。比較のために表5に一般利用枠の一般課題の分野別の選定件数と資源配分量の比率を示す。

表4 選定件数と資源配分量の比率(産業利用)
分野別(産業) 選定件数比率 資源配分量比率
物質・材料・化学 32% 37%
バイオ・ライフ 24% 32%
工学・ものづくり 40% 31%
環境・防災・減災 4% 0%
表5 選定件数と資源配分量の比率(一般利用)
分野別(一般) 選定件数比率 資源配分量比率
数理科学 7% 12%
物理・素粒子・宇宙 17% 12%
物質・材料・化学 28% 45%
工学・ものづくり 7% 4%
バイオ・ライフ 31% 17%
環境・防災・減災 0% 0%
情報・計算科学 4% 1%
原子力・核融合 3% 9%
その他 3% 0%

一般利用でも産業利用でも日本の競争力が高い,あるいはこれからの発展が期待される「物質・材料・化学」と「バイオ・ライフ」の選定件数が多い結果となった。一方で一般利用と産業利用の違いは産業利用で「工学・ものづくり」と「環境・防災・減災」に現れた。産業利用では何と言っても日本の製造業の国際競争力の高さから「工学・ものづくり」が選定件数の40%を占める一方,一般課題では7%にとどまった。東日本大震災に襲われた結果,産業利用では「環境・防災・減災」が件数で4%を占めたにもかかわらず,一般利用では0%となった。これは「環境・防災・減災」の分野では日本国内の大学・研究機関に所属する人々は,ほぼすべてが「京」の計算資源量の50%程度を配分する戦略プログラム利用枠の分野3「防災・減災に資する地球変動予測」に所属するため一般利用枠に応募せずとも十分な計算資源の割当を受けているためと推測される。

詳細な選定結果についてはポータルサイトの選定結果のWebページを参照されたい(https://www.hpci-office.jp/invite/adoption.html)。

5.5 産業利用のための拠点(アクセスポイント)

「京」を含むHPCIの産業利用のため,関東と関西の2か所にHPCIシステムの利用拠点(アクセスポイント)を設置している。それぞれのアクセスポイントは事前申込により,無料で利用可能である。

アクセスポイントは以下のような機能を有している。

  • •   ICカードによる入退室管理等セキュリティに配慮した個室(2室)
  • •   HPCIを利用するための端末等の機器が利用可能
  • •   HPCIのネットワーク基盤に高速にアクセスすることが可能
  • •   専任の技術スタッフによる利用相談・利用支援

HPCIアクセスポイント東京(AP東京,http://tokyo.rist.jp/ap-tokyo/)は関東の利用拠点で,東京都品川区に設置されRIST東京事務所が運営している。「京」とはSINET4経由で1Gbpsで接続されている。HPCIアクセスポイント神戸(AP神戸,http://www.j-focus.or.jp/ap-kobe/)は関西の利用拠点で,兵庫県神戸市に設置され,FOCUSが運営している。「京」とは10GbpsイーサネットのLANで直結されており毎秒数百メガバイトでデータ転送を行うことが可能である。利用者は自らの手元やAP東京から比較的小さなデータを転送し,「京」で計算した結果等の大規模データをAP神戸で転送するという利用シナリオを想定している。

5.6 「京」で利用可能なソフトウェア

「京」で利用可能なソフトウェアは先に述べた開発環境の他,PerlやPython等のLinux上で一般的なツールの他,「京」が次世代スーパーコンピュータと呼ばれていた頃から開発が進められてきた公的なソフトウェア群がある。次世代ナノ統合シミュレーションソフトウェアの研究開発(研究開発拠点:分子科学研究所,以後,分子研)では「京」で稼働するソフトウェア46本を開発し,分子研ポータルサイトPAL(http://pal.ims.ac.jp/pal)で公開している。

中核アプリ(実空間密度汎関数法:RSDFT,動的密度行列繰り込み群法,大規模並列量子モンテカルロ法:ALPS/looper,高並列汎用分子動力学シミュレーションソフト:Modylas,RISM/3D-RISM,フラグメント分子軌道法)は「京」での高並列化対応済みである。

次世代生命体統合シミュレーションソフトウェアの研究開発(研究開発拠点:理研)では,京で稼働するソフトウェア34本を開発し理研ポータルサイト(http://www.islim.org/islim-dl_j.html)で公開している。

イノベーション基盤シミュレーションソフトウェアの研究開発(研究開発拠点:東京大学生産技術研究所)では「京」での利用も想定した高並列化構造解析・流体解析および材料解析向けソフトウェア11本を開発し,ダウンロードサイト(http://www.ciss.iis.u-tokyo.ac.jp/dl/index.php)で公開している。

戦略5分野に関連するソフトウェアの最新情報,ISVソフトウェアやオープンソースソフトウェアの「京」での動作実績情報等も順次HPCIポータルサイトで提供される予定である。

6. まとめ

「京」は本格利用が始まって本稿執筆時点でまだ3か月であるが先駆的な利用成果が出始めている。2013年3月には中間成果報告会が予定されているのでHPCIポータルサイトを確認されたい。今後は2013年3月以降に「京」の利用研究課題の追加募集,2013年10月~2014年3月に2012年度選定課題利用終了と最終成果報告会が予定されている。「京」の利用に興味を持たれた方はHPCIポータルサイトおよびFOCUS Webサイト(http://www.j-focus.or.jp)までアクセスされたい。

 
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