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デジタルサイネージの動向
中村 伊知哉
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2013 年 55 巻 12 号 p. 891-898

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著者抄録

デジタルサイネージは,かつて電子看板と呼ばれていたが,屋内でも,小型の画面でも使われ,広告以外の多様な情報も発信されるようになり,新しいメディアとして発展が期待されている。最近の動向としては,(1)パーソナル:家庭にも普及を始めている,(2)パブリック:学校,病院,役所などで公共的な情報の共有手段になりつつある,(3)ポップ:目を引く楽しいコンテンツが増加している,の3点が挙げられる。さらに,(1)べんり=役立つメディアへの進化,(2)つながる=ネットワーク化,(3)みんな=ソーシャルメディアとの連動,という傾向を強めるとともに,自動販売機,ケータイ,カラオケなど日本が強みを持つ機器・ビジネスとの連動も目立っている。

1. はじめに

駅前ビルの壁にある巨大なディスプレイに広告が流れている。デパートの入り口,タテ型の薄い液晶画面では催しもののお知らせ。電車の中では,次の停車駅を案内する画面のとなりの画面で,クイズ映像が放映されている。商店街の居酒屋の前では本日のスペシャリティが表示されている。

街のあちこちで,大小のディスプレイを用いたさまざまな映像が目につくようになった。気がつけばさまざまなディスプレイが屋外にも屋内にも埋め込まれていて,いや応なく映像が視界に飛び込んでくる。

こうした新しいメディアを総称する言葉が「デジタルサイネージ」だ。本稿では,デジタルサイネージの現状と発展動向について俯瞰するとともに,日本の特性を活かした進展の可能性を述べる。

2. デジタルサイネージとは

2.1 デジタルサイネージの来歴と現在

デジタルサイネージは,現在,成長産業として注目を集めている。広告・マーケティング業界,家電業界,通信業界などが,この分野を新しい有望ジャンルとしてとらえている。

それは,従来のテレビや新聞とは異なる,時間と場所を特定したメディアだからである。インターネットやケータイとも異なり,街や店舗で接するメディア。新しい広告メディア,新しいマーケティング手法,新しいデジタル産業,そして新しい文化として期待されているのだ。

この新メディアを発展させるため,2007年に「デジタルサイネージコンソーシアム」を結成した。そのころには,電子看板,アウトオブホームメディア,電子ポスター,デジタルポップなど,さまざまな呼び方があったが,現在ではほぼ「デジタルサイネージ」というぼんやりした呼称に統一された。看板ではない非広告タイプのものも多く,屋外ばかりでなく屋内のディスプレイも多く存在する。まだ概念が固まらないぼんやりしたメディアなのだ。だが,急速にその利用範囲を拡大している。

2.2 デジタルサイネージの典型例

(1) JR渋谷駅ハチ公前の大型ビジョン

デジタルサイネージの典型例は,都会の真ん中にあるビルに設置されている大型ビジョンである。JR渋谷駅ハチ公前に4機並ぶ大型ビジョンでは,待ち合わせ中の学生や交差点を横断する人々が,新発売のCDの情報や星座占いといったコンテンツを見ている。1日平均30万人が通行するという。

(2) 東京ミッドタウン

3つのゾーンに分かれる施設内に大小合わせて150枚のディスプレイが並べられている。画面にはイベント告知,施設案内,アート情報,天気予報,ニュースが流れている。タッチパネル式のものも多く,場所柄コンテンツも外国語対応になっている。

図1 東京ミッドタウンの館内案内サイネージ

(3) 六本木ヒルズ

2003年オープンの円形の建物「メトロハット」では,さまざまなデジタルサイネージが活用されている。壁面には500インチのLED(発光ダイオード)アストロウォール,内側には200インチのLEDアストロビジョンが据えられている。このほか,プラズマ,液晶など300台のディスプレイが据えられており,光LANで結ばれている。

(4) 丸の内

丸の内には76台のサイネージが設置されている。そして,これらがネットワークのシステムとしてつながっている。いつどの面にどんな情報を流すかがコントロールされている。また同様のサイネージ64台が赤坂サカスにも設置されている。

(5) 電車の中の液晶モニター

電車で通勤・通学する人にとって最も身近なデジタルサイネージは,電車の中の液晶モニターであろう。JR東日本の「トレインチャンネル」,JR西日本の「WESTビジョン」などがその代表例だ。次の駅まで3分といった運行情報もあれば,一般企業のコマーシャル,天気予報やニュース,英会話のミニレッスンなども放映されている。トレインチャンネルは平日平均1,000万人が接する人気メディアで,テレビを上回る広告効果を上げているという1),2)

(6) 集積度を誇るJR大阪駅

2011年5月にリニューアルオープンしたJR大阪駅では,350面を超えるデジタルサイネージが整備された。206インチ相当のマルチディスプレイや,12面を横一列にし,幅9メートルの大きさで,インパクトがあるものが設置された。集積度は日本でも最大級とされる。

(7) 店頭の小さいサイネージ

スーパーや薬局の棚には小さいサイネージがたくさん置かれている。薬局のマツモトキヨシでは化粧品売り場に小型ディスプレイを設置しCMを流している。イトーヨーカドーの食品売り場ではケータイぐらいの大きさのディスプレイでヨーグルトの商品案内をしている。

2.3 どこにでも入り込めるサイネージ

このようにデジタルサイネージは配置される場所もさまざまだ。具体的には電車やバスの車内,駅ナカや商店街,学校・病院・役所といった公共施設,ライブハウス,スタジアム,イベント会場。自動販売機,公衆電話,公衆トイレ,オフィスビル。屋外でも屋内でも,商業施設でも公共空間でも,パブリックでオープンな場所でもプライベートな密室でもどこでもサイネージのテリトリーになりうる。大きな画面も小さな画面も,入り込む余地がある。

銀行の看板,学校の掲示板,電車の中吊りなどは,どれも大きなサイネージになりうる。スーパーの値札,宝くじ売り場の売り出し情報,マンションの表札は,どれも小さな画面のサイネージになりうる。そして,それらのすべてがネットワークで結ばれる。

2.4 ユビキタス社会を実現する手段

「いつでも,どこでも,だれとでも」という情報社会の発展像を描く「ユビキタス」注1)という言葉がある。時間,場所,相手を問わずコミュニケーションができるという意味だ。

サイネージはまさにこの「ユビキタス」社会を実現する手段なのである。外でも屋内でも,あちこちで,大衆向けのテレビと,個人向けのケータイの両方の特徴を併せ持ち,間に立って情報をつなぐ。

ただし,サイネージは,「いまだけ,ここだけ,あなただけ」に伝えるメディアであり,明確な目的をもち効果を伴って情報を送り届ける手段なのである。

2.5 デジタルサイネージの概念

デジタルサイネージの概念は広い。デジタルサイネージコンソーシアムによれば,デジタルサイネージの定義は,「屋外・店頭・公共空間・交通機関など,あらゆる場所で,ネットワークに接続したディスプレイなどの電子的な表示機器を使って情報を発信するシステム」とされる。

つまり,電子看板にイメージを代表される「屋外の大型画面による広告」にとどまるものではない。屋内でも,小型の表示システムでも,広告以外のコンテンツでも,さまざまな情報がデジタルでつながって流れる。そうしたトータルな環境を称する概念なのだ。

既に,ホテルのコンシェルジュのような案内&相談ツール,駅や空港での運行情報の掲示板としても使用されている。株価情報を金融機関の店内で表示したり,食品の値段をスーパーの画面で知らせたりしている。また,壁,地面,噴水をサイネージ化して,街をメディア化していく試みもなされている。都市景観や風景を向上させたり,アートとして地域の価値を上げたりすることにも活用される。今後は,ビルのオーナーやデベロッパーが土地や建物の価値を上げるためにデジタルサイネージを取り入れていくことも考えられる。

2.6 デジタルサイネージをとりまく技術開発

技術開発も進んでいる。まず,映像ディスプレイの開発である。さまざまな大きさや形態の映像ディスプレイが開発されることで,今までにはなかった場所に新しい広告需要が生まれる。薄さ3mmというディスプレイも登場し,これまで物理的に映像ディスプレイを置くことが難しかった場所にも設置できるようになっている。

もう1つは音声に関する開発である。指向性の高いスピーカーを開発し,通行する人にピンポイントでささやく「音のサイネージ」も導入されている。ヤマハは,布や紙のように薄くて曲げられるスピーカーを開発し,駅を通過する人に催し物を案内したり,モーターショーでエンジン音を聞かせたりするといった利用が進んでいる。ポスターはあるが,どこから音が出ているのだろう,という驚きがその場にいる人の注意を惹きつける。

さらに今後は,五感に訴える楽しく臨場感のある情報表示も追求される。聴覚,触覚,嗅覚,味覚。触るサイネージも登場する。NTTコミュニケーションズでは,映像と連動した「香り」を発生させて嗅覚に訴える「香りサイネージ」も開発している。

3. 最近の発展動向

3.1 3つのP:Personal, Public, Pop

ここ数年,サイネージは大きな変化を遂げている。それを象徴するのが3つの「P」,Personal,Public,Popである。

(1) Personal(パーソナル)

モールや高級ブティック,金融機関などのハイエンドから,鉄道,商業施設などのミドルエンド,そして個人商店や一般オフィスなどのローエンドへと普及が進んできたサイネージ。屋外の大型ディスプレイから屋内の小型ディスプレイまでをカバーする広がりを見せている。

それが今度は一足飛びに家庭の中にも進出し始めた。フォトフレームやタブレットPCをブロードバンド・インターネットにつなぎ,茶の間に情報を届けるサイネージが商用化されている。テレビ,PC,ケータイとは別の「第4のメディア」が家の中にも居場所を見つけて,24時間スイッチオンという,テレビ,PC,ケータイとは異なる機能を発揮しようとしている。光ファイバーが浸透している日本が世界に先行する形でサービスを開発している。

放送の電波も使われる。エフエム東京では,地デジの電波に情報を重畳させて,家庭内の小型サイネージ端末に緊急情報を送るシステムを開発している。

図2 エフエム東京開発の家庭内小型サイネージ

(2) Public(パブリック)

サイネージは当初は広告メディアだと目されていた。しかし昨今では広告媒体として使われるだけではない。電車での運行情報,銀行での金利情報,ホテル入り口での催し案内などはCMではなく来場者への情報サービスの提供手段として使用されている。一般のオフィスでも,職員の情報共有のためにサイネージが活用されつつある。

特に近年は,学校,病院,役所でも急速に利用が広がっている。授業の情報や就職案内をディスプレイ表示する大学。診察室への誘導,支払いや投薬の情報を画面で表示する病院。街路の画面で防災情報を流す自治体などが現れ始めている。「みんなで見る」サイネージはパブリックな利用から先行的に広がっていく可能性も十分にある。

現在,広がりをみせる学校や病院のサイネージを形成するハードウェアやネットワークの原資は,広告費ではなく,学費や医療費である。日本はこれらパブリックな分野の情報化が遅れているが,教育・医療コスト計50兆円の1%がデジタル化投資に向けられれば,それだけで一産業となる。

(3) Pop(ポップ)

ポップカルチャーの国,日本ならではのモデルも現実化してきた。アニメやゲームのキャラクターを登場させた目を引くコンテンツがその特徴である。ゲーム機やカラオケ,パチンコと連動したサイネージは,海外ではあまり見られないギャグ風の仕組みをもつ遊び心をもつサイネージである。これは楽しく発展する可能性がある。

3.2 新たなトレンド:べんり,つながる,みんな

そして,2011年3月11日に発生した東日本大震災を機に,デジタルサイネージ業界は,あらためて自分自身を見つめ直すことになった。東京電力福島第一原子力発電所の事故による節電の要請や自粛ムードで灯火の消える都会。そんな中でサイネージはどう身をこなせばよいのか業界は悩み,考え,議論を重ねた。

当時,首都圏では一斉にスイッチを落としたサイネージも,世間が平静を取り戻すにつれ,徐々に点灯していった。被災地および全国で必要な情報を届けられるよう努めた。平時でも災害時でも社会の役に立つメディアへ成長したいと考えたのである。

そこで,2011年以降,日本のサイネージには,またも新たなトレンドが重畳した。「べんり+つながる+みんな」の3傾向である。

(1) べんり=役立つ

国民,ユーザーの役に立つメディアになりたい。街のあちこちで災害情報や電力消費状況を表示したり,学校や病院でも公的な情報を発信したりしている。エンターテインメントから,働くメディアへの拡張だ。震災直後には,報道番組で埋められたテレビが止められることはなかった。デジタルサイネージは電力節約に協力して消灯されたが,これに対する反省である。そして現在,地方自治体は,デジタルサイネージの情報発信機能に注目している。町のどこにいても緊急の情報を届けることができるメディアが求められているためである。

図3 街中の緊急情報サイネージのイメージ図(画:ピョコタン)

(2) つながる=ネットワーク

ネットワークでつながっていなければメディアではない。従来は孤立した看板型が多かったのだが,近年ではブロードバンドや地デジとつながって,街を面的に覆うシステムになっている。オフィスや家の中もマルチデバイスが連結する。

(3) みんな=ソーシャル

Twitter,mixi,Facebookなどのソーシャルネットワーキングサービスと連携したり,誰もが簡単にコンテンツが作れたりするメディアへ進化する。プロが作るコンテンツから,みんなで作るコンテンツへの展開だ。タッチパネル式のデジタルサイネージも急増。見るだけの片方向メディアから,双方向に「参加する」メディアへと変身しつつある。

3.3 新たなトレンドへの対応

こうした新しいトレンドへの日本企業の対応は早い。東日本大震災から3か月後の2011年6月に開催された展示会「デジタルサイネージジャパン2011」でも,早くもその対応を明確に見ることができた。

役立つ系では,大日本印刷や凸版印刷などが大学,病院,行政,オフィス向けのサイネージを提案し,PDC社は災害時にも働く太陽電池のサイネージを展示した。

つながる系では,家庭内を対象とするNTTの「ひかりサイネージ」や,日立製作所の「クラウドサイネージ」など,サイネージがインターネットメディアであることが鮮明に示された。地デジの電波で配信するモデルも複数見られた。

みんな系では,Twitter災害情報の表示システムなど,ソーシャルメディアと連動したモデルやサイネージ向けコンテンツ制作ツールなどが提案されていた。

この傾向は2012年以降も変わらず,「役に立つ,参加型のネットワークメディア」へと進展している。

4. 日本型モデル

4.1 日本の強み:ネットワーク,ディスプレイ,コンテンツ

デジタルサイネージは欧米先行型で普及してきたが,日本には,欧米にない多くの持ち物がある。それは光ファイバーなど世界最先端のデジタルネットワークである。モバイルや自販機と連動してビジネスを広げられる可能性も大きい。また,薄型ディスプレイの製造力も残る。そして,ポップで愉快で軽快なコンテンツを制作する力もトップクラスである。

このように,日本はネットワーク,ディスプレイ,コンテンツの3つを自国内で生産・調達できる数少ない国なのだ。「日本のサイネージは世界トップ」と評価する声も多い3)

筆者は世界50を超える都市のデジタルサイネージを見て回っているが,もはや欧米だけでなく,アジア各国でも多数のディスプレイが面的に敷き詰められ,それらがネットワークでつながって表示されるシステムは当たり前になってきた。つい先日,北京を訪れた際にも,空港内に大型のLEDや液晶ディスプレイが何面も敷き詰められて観光案内を流しており,天安門広場では巨大なLED画面が2基,国威発揚映像を放映していた。つい数年前にはなかった光景だ。世界の至るところで増殖している。

そのような中でも日本のデジタルサイネージは高度で,スマートで,ポップな進化を遂げている。強いてライバルを挙げれば,韓国であろう。韓国もまた,ブロードバンド,ディスプレイ,コンテンツの3点セットを併せ持つ。

韓国も日本に遅れること5年,2012年に政府の支援のもとで業界団体「テレスクリーン協会」を設立,活動を始めた。われわれ日本のデジタルサイネージコンソーシアムとも対話をしている。アジアがこの分野を牽引することを互いに期待している。

4.2 日本の発展シナリオ

デジタルサイネージには,日本ならではの発展シナリオがあり得る。

例えば,その一例として自動販売機が挙げられる。日本は自販機王国である。国内に600万台が設置されているという。最近は,その自販機の中に液晶画面が埋め込まれていて,商品やキャンペーンの情報が流されるものも多い。24時間,電源オンで,インターネットでつなぐこともできる。その自販機がサイネージ機となっていく。

JR東日本の駅で展開されているサイネージ自販機は,全面にジュースなどの商品見本ではなく47インチのスクリーンがあるだけで,しかもカメラが備えられており,購買者の年齢や性別が判別できるようになっている。自販機の前に誰もいないときはコンテンツを配信し,人が自販機の前に立って商品を購入しようとすると,年齢や性別を判定してオススメ商品を表示する。

図4 サイネージ自販機

自販機以上に期待のかかるのがケータイとの連動である。モバイル通信を利用するという点では,日本が世界をリードしている。ケータイコンテンツのビジネスは,日本では「ガラパゴス症候群」と揶揄されるほど世界にない高機能なシステムが普及している。

今後これがサイネージと合体するのだ。マス向けの大型ディスプレイと,個人の手のひらのケータイ端末とを連動させて情報を流す。ケータイのもつ課金機能を活かして購買にもつなげる。サイネージ+ケータイのビジネスがどのように発展するのかが国際的にも注目されている。

コンビニのデジタルサイネージがケータイにフェリカをタッチさせているように,大画面で見せて手のひらに誘導するモデルは定着した。逆に,ケータイからサイネージに情報を発信するモデルが注目されている。

さらに秋葉原のヨドバシカメラ前では,ケータイを手にしたアベックが巨大ディスプレイに向かって数字を打ち込むゲームをしている。ケータイからTwitterでサイネージ表示するシステムもある。老若男女がモバイルで発信する情報リテラシーの高さは,日本が10年以上の歳月をかけて育ててきたものであり,今後,スマートフォンが広がる世界市場に向けて,今のうちにビジネスモデルを構築しておくことが戦略となる。

4.3 日本的なサイネージの例

他にも以下のように日本的なサイネージはたくさんある。

(1) カラオケ

客が入っていても3分の1の時間はカラオケに使われていないという。歌っていない間のディスプレイは絶好のCMメディアとなる。

(2) パチンコ

最近のパチンコ台は中央にディスプレイが埋め込まれていて,アニメや特撮ドラマを題材にしたタイアップ機や,著名芸能人が監修またはモチーフとするものもある。

(3) ゲームセンター

スロットマシンは筐体が動画メディア化している。パチスロ「俺の空」や「バーチャファイター」は,数字やチェリーが回る周囲が皆動画を表示するスクリーンとなって,一体としてエンターテインメントを提供している。

(4) 男子用トイレ

セガは男子用便器の上部にディスプレイを設置し,用を足すユーザーの尿量でゲームをするという「トイレッツ」なるサイネージ商品を開発している。隠れた本音を言い当てる「尿内チェッカー」や,尿量で対戦する「溜めろ!小便小僧」など,トイレで遊ぶふざけたコンテンツばかりなのだが,トイレを遊びのメディアにするという発想は,斬新なエンターテインメントを作り続けてきた日本ゲーム産業の面目躍如と言えよう。セガはこれを輸出商品にしたいと目論んでいる。

図5 トイレッツ

(5) 「ミク」サイネージ

秋葉原駅構内に置かれたディスプレイの前に立つと,映し出された自分が「初音ミク」に変身させられてしまう。デジタルサイネージコンソーシアムが行った実験である。うれしくなって足を止めると,「献血に行こう」という呼び掛けが表れる。赤十字社と連携したポップ献血キャンペーンだ。結構な数の献血が集まったのは,「ミク」サイネージとアキハバラの土地柄との相性であろう。

(6) 大阪の「だるまビジョン」

大阪の千日前に「だるま」という店がある。巨大なヒゲおじさんの立体看板の下にある電子看板「だるまビジョン」では,浪速のロッキー・赤井英和さんが「二度づけ禁止!」と訴える。地元民は,おっ串揚げ屋か,と認識する。大阪の串揚げ店ではソースの壺が共用で,食べかけたものを二度つけるのはご法度であることが常識として共有されているからだ。けったいな,でもナルホドとうならせるコテコテのローカルサイネージである。

5. おわりに

筆者は内閣官房・知財本部のコンテンツ調査会長を務めており,日本のコンテンツを世界で展開する方策を多くの省庁とともに練っている。そのポイントは,技術力と文化力のドッキングだと考える。

ケータイ,自販機,カラオケ,これら「ものづくり」の力=技術力と,「ポップなコンテンツ」=文化力のドッキングが威力を発揮する。世界に打って出るには,この「ハード」と「ソフト」を合体した力が必要である。その両方をもっているのが日本の強みなのだ。

ハードとソフトを合体したデジタルサイネージは,その力を発揮できる分野であろう。サービスとビジネスを開拓しつつ,世界市場で展開する構図を描いていきたい。

本文の注
注1)  ユビキタスとは,元は,神々が遍在する,という意味のラテン語で,コンピューターが至るところにあるというイメージで使われているのだが,一神教の欧米より,やおよろずの神々が棲むニッポンのほうがしっくりくる。

参考文献
  • 1)   中村 伊知哉,  石戸 奈々子. デジタルサイネージ革命. 朝日新聞出版, 2009, p. 106.
  • 2)   中村 伊知哉,  石戸 奈々子. デジタルサイネージ戦略. アスキー・メディアワークス, 2010, p. 100.
  • 3)   中村 伊知哉,  石戸 奈々子. デジタルサイネージ革命. 朝日新聞出版, 2009, p. 25, 218.
 
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