2013 年 55 巻 12 号 p. 935-938
私は大学院時代,中国の宗教である「道教」の護符に関連する研究を行っていました。護符には漢字が護符を構成する部分として使用されているものがあり,一字の漢字にさまざまな意味が付与されていることから,漢字について興味を持つようになりました。
この「漢字」は,古来中国から伝来したもので,今でも文字で人に情報を伝える際には欠かせないものとなっています。
また,「漢字」は,紙の普及という記載媒体の普及や使用者の拡大に伴って変化していますが,これは現在のインターネットの普及による変化と相通じるものがあるのではないでしょうか?
本稿では,情報伝達の媒体と伝達内容の変化という観点から,4冊の本をご紹介します。
私たちが文章を記す時,今も使用している「漢字」。この漢字について,その成立から時代による変化,近代における簡略化・表音化の試みについて紹介しているのが本書です。現在広く使われているローマ字等の表音文字とは異なり,漢字は表意文字であり,一字一字が異なる意味を持っています。そのため,言語への関心がまず一字の漢字に集中されることとなり,中国では古くから漢字についてさまざまな分析が行われ,辞書が編纂されてきました。本書では漢字の成立について,まずその創造に関する伝説と一般に広がる過程での簡略化について述べています。また,漢字の意味に従って分類した辞書である「義書」,漢字の韻に従って分類した「韻書」,漢字の構造に従って分類した「字書」,といった3種の辞書を紹介し,漢字の成立・語源や構造の探求がどのように行われてきたかを紹介しています。
漢字は誰によって作り出されたものでしょうか? 本書では,古代中国の伝説において,漢字の創造がどのように書かれたのかが紹介され,また,漢字の普及の過程における文字の変化について,順を追って解説されています。秦による中央集権国家の樹立に伴い漢字の書体の統一が行われ,またその後民間で行われた簡略体が普及し,さらに簡略体の整理が行われ,楷書へと姿を変えるという漢字の形の変化は,社会の情勢の変化に従っていることが読み取れます。「漢字」を,情報を表現するツールとして考えてみると,社会の変化に合わせて起きたこの漢字の形の変化の在り方(簡略化の流れ)という動きは興味深いものです。
また,近代における簡略化やローマ字化の試みなど,情報流通の在り方と合わせて文字が変化してきた流れを追うことができ,現在使用している「漢字」という文字について考えることができる一冊です。
故事成語は,中国の古典に記された故事を基に成立した熟語です。しかし,これらの語はその成立の過程で,原文にはない表現で表されるようになったもの,あるいは,原文の意味とはまったく異なった意味を持つようになったものなどがあります。
文章は伝達の過程において,引用や省略の過程を経ることで,本来その文章が意図していたものとは異なる意味でとらえられることがあります。
本書では,故事成語の中から「杞憂」「落雁沈魚」「朝三暮四」「塞翁が馬」について,故事成語として成立するまでの過程とその中での意味の変化について解説しています。これらの語は私たちもよく知っている(と思っている)故事成語であると思います。しかし,これらの語の中には,故事成語として成立する過程で原文から意味・表現の変容を遂げていることがあります。
例えば,本書で一番初めに紹介されている「杞憂」は広辞苑(第6版)では「[列子(天瑞)](中国の杞の国の人が,天地が崩れて落ちることを憂えたという故事に基づく)将来のことについてあれこれと無用の心配をすること」1)とされています。しかし,この「杞憂」の基となった故事は3段から構成され,第1段ではよく知られた杞人の話,第2段ではその杞人の話を否定し天地は壊れる時が来れば壊れるとする人の話となっています。そして第3段で列子は前に挙げた両方が間違っており,天地が壊れるかどうかは人にはわからず,だからそうしたわからないことに心を働かせたりしないとしており,「杞憂」の故事成語は原文の意味とは異なるものとなっていると言えます。
本書では,故事成語が成立し,意味を確立していく過程をたどる糸口として,書物の中から重要な記載を引用し,項目ごとに分類した百科事典的な書物である「類書」を使用しています。各時代の類書において,その故事の基となる文章がどこに分類されているか,またどのようにどの範囲で引用されているかを比較することで故事成語として成立する過程,また意味の変容の過程について考察を行っています。
ところで中国では古来,文字は主に竹簡という細長い竹の札に記され,これを紐で括ったまとまりが文章となっていました。しかし,漢代に入り紙が発明されたことで文字・文章の記載に変化が生まれ,また版木による印刷技術により大量印刷されるようになり読者が拡大することとなります。
「類書」もまたこれらの技術革新により読者層が拡大し,それによって「類書」の利用用途が変化することとなります。そして,それが故事成語の意味の変化につながっていると著者は指摘しています。紙による大量印刷という形態をとることで,読者層が皇帝などの限られた人から,広範な読者層となります。そして,読者層が拡大することで,科挙という官僚試験や詩文作成のための資料集としても使用されるようになり,使用用途が変化していきます。「類書」はそれに合わせた配置や引用を行うようになり,意味の変容に影響を与えたと推測しています。
「紙」という新しい技術により,読者や情報流通が変化し,それにより情報の記載の仕方,意味の取り方が変化していくということは,現代の情報流通の在り方を考える上でも参考になる一冊です。
今では,何かを調べようとする時には,インターネットを使用する人がほとんどではないでしょうか? このインターネットは情報の生成・流通,また社会の在り方にも大きな影響を与えています。本書では,インターネットによって,「時間」や「距離」など従来の情報流通で存在していた制約を感じることがなくなり,また「無限」の情報と「無限」大の人とのつながりを個人が持つことができるようになったと述べられています。
現代は,情報を伝達する新たな媒体であるインターネットの登場により,情報のとらえ方や情報利用の在り方が大きく変化している時代であると言えます。
本書は,これからの社会の中での情報の生産・流通の在り方を示唆するとともに,変化の激しい時代の中で,どのような姿勢で働き・学ぶべきであるかを示唆してくれる一冊です。
それでは,インターネットという技術の登場によって,情報発信側はどのように変化するのでしょうか?
本書は,情報ニーズの変化に対応し新聞・テレビなどの従来型のマスメディアに代わる新しいメディアを「スマートメディア」とし,どのようなものが求められるのかをまとめたものとなっています。この「スマートメディア」は,スマートフォン等の端末上で展開し,インターネット上の膨大な情報と個人とを双方向に結び付けるメディアであり,多様で細分化した個々人とその人が必要とする情報を結び付けるものであるとしています。
インターネットの登場により,人々の情報収集力が高まることで,情報の作り手と受け手の間の情報格差がほとんどなくなり,また情報ニーズも多様化・細分化が進んでいます。そして従来のマスメディアはこの変化に対応できなくなってきています。ではインターネットがあればよいかと言えば,Googleなどの検索エンジンでは,ピンポイントで欲しいものを検索するには適していますが,何となく「好み」のものを探すには,不向きです。そこで個人のニーズに合わせた情報を入手することができるメディアが必要となると言えます。
インターネットにより情報伝達や情報の価値が大きく変化している中での,情報の受け手の変化とそれに対応する発信側の変化を考える助けとなる一冊です。
早川 美彩(はやかわ みさ)
新潟県上越市出身。筑波大学大学院図書館情報メディア研究科 博士前期課程卒業。2010年より,日本原子力研究開発機構にて勤務。現在は機構職員の論文発表情報等の管理を担当している。写真は昨年開催された14th International Conference on Grey Literatureにて発表した際,併せて訪問したCERNで撮影したもの。Web発祥の地であることを示すプレート前にて。