情報管理
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視点
情報解析と著作権
末吉 亙
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2012 年 55 巻 6 号 p. 434-437

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1. はじめに

知的財産という観点からの情報保護法である知的財産法は,情報をある知的財産の枠組みですくい上げ,法的に保護する。例えば,著作権法は著作物という観点ですくい上げている。

前回「データベースと著作権」(本誌本年5月号)では,データ自体は著作物ではないが,「データベースの著作物」という著作物があり,これが実際にどのように保護されているのかをみた。ただしこの保護の実際の範囲は,極めて限定的であった。

今回は,情報解析において,一見すると著作権侵害になりかねないものが,どのようにして著作権侵害にならないように手当てされているのかを検証する。

ちなみに,「情報解析」と「著作権」のキーワードを掛け合わせて判例データベースを検索してみると,該当判例はゼロである。つまり,情報解析がどんな場合に著作権侵害になるのかについての判例法の展開は,今後の課題なのである。

2. 情報解析のための複製等

そもそも,著作物を複製すると,著作権侵害,すなわち著作権の一種である複製権の侵害になる。それでは,例えば,新聞をすべてデータ入力し,これをもとに,コンピューターを用いて情報解析することは,著作権法上許されるのか。新聞に著作物が含まれることには争いがない。

実は,平成21年(2009年)著作権法改正前は,情報解析には著作権侵害の恐れがあった。しかしこの改正で著作権法47条の7が新設され,情報解析のための複製などが著作権侵害にならないように手当てされたのである。同条は,次のとおり規定する。

(情報解析のための複製等)

第47条の7 著作物は,電子計算機による情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から,当該情報を構成する言語,音,影像その他の要素に係る情報を抽出し,比較,分類その他の統計的な解析を行うことをいう。以下この条において同じ。)を行うことを目的とする場合には,必要と認められる限度において,記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行うことができる。ただし,情報解析を行う者の用に供するために作成されたデータベースの著作物については,この限りでない。

ここで,情報解析技術には,例えば,画像・音声・言語・Web解析技術等の分野がある。これら技術は,本人認証,自動翻訳,社会動向調査,情報検索など多くの場面で用いられている。

この情報解析の過程では,情報をコンピューターに蓄積した上で,必要な情報を整理し,抽出することが行われている。これらの行為は,著作物の表現そのものの効用を享受する目的で行われるものではなく,情報を収集し,統計的に処理する目的で行われている。したがって,複製等の行為に該当するものがあるとしても,いずれも著作権者を保護すべき著作物利用としての実質を備えていないものである。このため,平成21年(2009年)改正では,こうした行為について,情報解析の社会的意義等と,その利用に伴い著作権者の利益を害する程度が低いこととを考慮して,著作権を制限することとしたのである。

3. 日本版フェアユースへの期待

今年,さらに,平成24年(2012年)著作権法改正がなされた。もともと,これは,東日本大震災などで1年遅れた積み残し分の改正であった。ここでは,権利制限規定として新たに「日本版フェアユース」が立法化される予定であり,次の3類型が想定されていた1)

  1. A   その著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴い付随的に生ずる当該著作物の利用であり,かつ,その利用が質的又は量的に社会通念上軽微であると評価できるもの。
  2. B   適法な著作物の利用を達成しようとする過程において合理的に必要と認められる当該著作物の利用であり,かつ,その利用が質的又は量的に社会通念上軽微であると評価できるもの。
  3. C   著作物の種類及び用途並びにその利用の目的及び態様に照らして,当該著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受するための利用とは評価されない利用。

特に,C類型は,「著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受するための利用とは評価されない利用」を著作権の一般的な権利制限とするものであって,例えば,情報解析に類するが上記47条の7の規定には該当しないものであっても,今後,C類型による権利制限の対象となるであろうことが期待されていた。

もともと,現行著作権法は,著作物を「見る」「聞く」といった表現の知覚を通じてこれを享受する行為それ自体に権利を及ぼすものではない。こうした表現を享受する行為の前段階の行為である複製行為や公衆送信といった著作物の提供・提示行為に着目して権利を及ぼしている。しかし,デジタル化・ネットワーク化の進展に伴い,一見,著作物の複製等の形態が生じているものの,著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受することに向けられたものと評価できない利用形態が存在するようになった。ここにギャップが生じている。

もっとも,技術の急速な進歩への対応やインターネット等を活用した著作物の利用の円滑化を図る措置として,最近の法改正により手当てされた個別権利制限規定にはこうした観点から権利制限の趣旨を説明できる部分もある。47条の4(保守,修理等のための一時的複製),47条の5(送信の障害の防止等のための複製),47条の6(送信可能化された情報の送信元識別符号の検索等のための複製等),47条の7(情報解析のための複製等)および47条の8(電子計算機における著作物の利用に伴う複製)はこのように説明できる部分を含んでいる。しかし,これら規定だけでは必ずしも充分ではない。そこでC類型に属する著作物の利用行為に関し,これを一定の包括的な要件の下で,一般規定による権利制限の対象として位置付けることとしたのである。これにより,例えば,(ⅰ) 研究開発の過程で複製等が不可欠な各種の技術開発行為や,(ⅱ) 特にネットワーク上で複製等を不可避的に伴う情報ネットワーク産業におけるサービス開発・提供行為等に含まれる一定の著作物の利用行為が,いずれも,著作権法上権利制限の対象とされ得ることとなり,法令遵守上の疑義等の解消,およびこのような著作物の利用の円滑化にも資するものと考えられた。

4. おわりに:日本版フェアユースの挫折

ところが,実際に立法化されてみると,上記3類型はまったく姿を変えていた。具体的には,次のような条文になっていた(上記Aが30条の2に,上記Bが30条の3に,上記Cが30条の4および47条の9に,それぞれ対応する)。

(付随対象著作物の利用)

第30条の2 写真の撮影,録音又は録画(以下この項において「写真の撮影等」という。)の方法によつて著作物を創作するに当たつて,当該著作物(以下この条において「写真等著作物」という。)に係る写真の撮影等の対象とする事物又は音から分離することが困難であるため付随して対象となる事物又は音に係る他の著作物(当該写真等著作物における軽微な構成部分となるものに限る。以下この条において「付随対象著作物」という。)は,当該創作に伴つて複製又は翻案することができる。ただし,当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該複製又は翻案の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。

2 前項の規定により複製又は翻案された付随対象著作物は,同項に規定する写真等著作物の利用に伴つて利用することができる。ただし,当該付随対象著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。

(検討の過程における利用)

第30条の3 著作権者の許諾を得て,又は第67条第1項,第68条第1項若しくは第69条の規定による裁定を受けて著作物を利用しようとする者は,これらの利用についての検討の過程(当該許諾を得,又は当該裁定を受ける過程を含む。)における利用に供することを目的とする場合には,その必要と認められる限度において,当該著作物を利用することができる。ただし,当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は,この限りでない。

(技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用)

第30条の4 公表された著作物は,著作物の録音,録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合には,その必要と認められる限度において,利用することができる。

(情報通信技術を利用した情報提供の準備に必要な情報処理のための利用)

第47条の9 著作物は,情報通信の技術を利用する方法により情報を提供する場合であつて,当該提供を円滑かつ効率的に行うための準備に必要な電子計算機による情報処理を行うときは,その必要と認められる限度において,記録媒体への記録又は翻案(これにより創作した二次的著作物の記録を含む。)を行うことができる。

もともと,日本版フェアユースは,著作権の権利制限を「個別具体的」ではなく,日本で初めて「一般的」な権利制限規定としようとするものであった。なぜか。それは,著作権改正作業には時間がかかり,権利制限規定の必要が生じてから個別具体的な権利制限規定を立法していたのでは,立法ニーズに追いついていけなくなったからである(どうして「日本版」なのかというと,例えば米国著作権法107条ほど「一般的」な規定ではない,限られた範囲内での一般的な規定だからである)。

今年の改正では,例えば,「著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受するための利用とは評価されない利用」(C類型)という一般的な規定が,「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための利用」(30条の4),および「情報通信技術を利用した情報提供の準備に必要な情報処理のための利用」(47条の9)という個別具体の規定に変身している。つまり,あくまで現在想定出来る範囲内のみの個別具体的権利制限となったわけである。

この後退は,とても残念である。読者諸賢はどうお考えだろうか。私としては,情報解析の専門家から,著作権の権利制限の必要性をさらに強調して情報発信していただきたいと心から願う注1)

執筆者略歴

末吉 亙(すえよし わたる)

1956年10月11日生まれ,1981年3月東京大学法学部卒業,1983年4月弁護士登録。現在,潮見坂綜合法律事務所所属。文部科学省文化審議会著作権分科会法制問題小委員会委員,知的財産戦略本部コンテンツ強化専門調査会委員,東京大学法科大学院非常勤講師。

本文の注
注1)  この著作権法改正を議論した審議会等でまったく議論されていない刑事罰が,国会での修正動議という形で同時に立法化された。著作権法119条3項(私的使用の目的をもつて,有償著作物等の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を,自らその事実を知りながら行って著作権又は著作隣接権を侵害した者は,2年以下の懲役若しくは200万円以下の罰金に処し,又はこれを併科する)である。これは違法ダウンロードを刑事罰化するもので,暴走だと思う。

参考文献
 
© 2012, Japan Science and Technology Agency
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