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連載
研究・実務に役立つ!リーガル・リサーチ入門 第1回 法情報の世界
岩隈 道洋
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2012 年 55 巻 7 号 p. 511-515

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1. 連載を始めるにあたって

今回から十数回にわたる本連載は,企業の資料室や図書室で,実務調査の支援を日々行っているインフォプロの方々や,研究開発部門でリサーチを業務の一環として行っている方々をメインターゲットとして,法情報に関する調査の基本的な知識と方法をお伝えすることを目的とする。

一口に法と言ってもその対象領域は多岐にわたり,また他の分野とは異なる独特な情報や文献の分類を持つ分野でもある。そのような法情報調査をめぐる困難を解決するために,法情報をどのように調べ,読み解くかということを,段階を追って考えてゆきたい。連載全体としては,法情報の種類を把握し,それらはどのような資料(アナログ・デジタル)を参照すれば入手できるのか,どう役立てるのかということを,実践例も含めて解説する予定である。ロー・ライブラリアン研究会1)のメンバーの中から現職のライブラリアンが中心となり交代で執筆を行う。執筆陣は「法情報コンシェルジュ養成講座」の活動を通じて一般市民向けの法情報提供にも造詣が深く,実際的でわかりやすい連載をめざしている。

初回である今回は,読者が個別の法情報にあたる前段階で,予備知識として身につけておくべき法情報の体系的な特徴を解説する。筆者が理工系大学や専門学校で法律科目を担当したときに,法律を専門としない学生諸君が共通して「とっつきにくい」と感じる傾向にあった部分である。企業のインフォプロや研究開発部門の実務に携わる方々にも,法情報のとっつきにくさを解消する糸口となろう。

2. 法の役割分担

2.1 法的問題処理の3系統

法的な問題には,民事事件・刑事事件・行政事件の3つの系統がある。それぞれの分野ごとに法も役割分担しており,民事法・刑事法・行政法と呼ばれる。

(1) 民事事件と民事法

民事事件とは,一般市民や民間企業の間で発生する,主に財産や家族をめぐる紛争と,その解決過程のことをいう。「貸した金銭が返ってこない」,「車にひかれて怪我したので治療費を請求したい」,「離婚するが子供の世話は父親と母親のどちらが見るのか」といった市民生活上のトラブルが典型である。また,「自社が発明し,特許を取った技術が,他社製品に無断で使われている」,「ネット上で誹謗中傷され,職場や交友関係に悪い影響が出ている」というようなケースもまた民事事件として取り扱われる。法的な解決の方法としては,損害賠償と原状回復が典型である。これらの問題を解決するために,民法・商法・会社法・民事訴訟法・破産法といった主要な法律をはじめ,知的財産関連の諸法律(特許法・実用新案法・意匠法・商標法・著作権法・不正競争防止法など)などが機能しており,民事法と総称される。

(2) 刑事事件と刑事法

刑事事件とは,あらかじめ国会が制定した既存の法律によって犯罪と規定されている行為を行った者に対し,警察官等が捜査を行い,検察官が処罰を裁判所に対して求め,証拠に基づいて被告人の有罪無罪を決定し,有罪の場合は処罰する一連の過程をいう。殺人・窃盗・詐欺などといった典型的な犯罪は,刑法に個別の規定がある。そのほか,犯罪を行ったと疑われる者に対する捜査や裁判の手続きについて定めている刑事訴訟法や,未成年者の犯罪や非行に関する手続きについて定めている少年法,被疑者や被告人を拘束したり刑罰を執行するための施設(拘置所や刑務所)について定めている刑事施設法などが機能しており,刑事法と総称される。その他にも麻薬及び向精神薬取締法,ハイジャック処罰法,著作権法,証券取引法など,刑法以外にも,個別の政策目的を達成するために罰則が設けられている法律は数多く,まとめて特別刑法と呼ばれる。

(3) 行政事件と行政法

行政事件とは,国や地方自治体の責任者(行政庁)が,法律によって与えられた政策目的を達成するための権限に基づいて,国民(個人や企業)に対して行った指導や命令・処分(許認可など)に対し,国民に不服がある場合に,行政庁を相手として処分等の取消を請求し,また国や自治体に対して損害賠償を請求する,行政機関と国民との間の紛争とその解決過程をいう。薬事法・医師法・医療法といった医事関係の法令や,建築基準法・都市計画法・農地法・景観条例といった不動産に対する規制関係の法令,水質汚濁法・大気汚染法・容器包装リサイクル法といった環境保全関係の法令など,理工系の実務担当者が専門的な立場から接する法令・法規の多くは,許認可に関わるもので,行政法と総称される。

2.2 交通事故を例に考えてみよう

Aさんが自動車を運転中,おしゃべりに夢中になって前方への注意がおろそかになり,青信号で横断歩道を渡っていたBさんをひいて全治6か月の重傷を負わせたとしよう。この交通事故は1回の出来事だが,法的な責任は3方向から考えなければならない。

(1) 民事事件として

民事事件としては,Bさんは民法709条に基づいて,Aさんに対して,全治に要した治療費(直接損害)と,治療期間中得られたであろう収入(逸失利益),さらには痛みや恐怖といった精神的な苦痛に対する補償(慰謝料)を請求することができる。

(2) 刑事事件として

刑事事件としては,刑法211条2項に基づいて,Aさんは自動車運転過失傷害罪で逮捕・起訴され,有罪となったら7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金が,刑罰として科せられる。

(3) 行政事件として

行政事件としては,Aさんは道路交通法103条に基づいて,自動車運転免許を受けた都道府県の公安委員会から,運転免許の取消や停止の処分を受ける場合がある。

2.3 まとめ

このように,事実としては1回の出来事だが,責任は民事・刑事・行政の3つの方向から発生し,それらを取り扱う手続きの流れも別々に存在することは,留意すべきである。また,事件によっては,民事責任が発生し刑事責任は発生しないなど,組み合せは多様であり,事案に応じたリサーチが必要となる。

3. 法のシステム

3.1 法典と単行法

(1) 法典

各法分野の骨格を作り上げている法律は法典と呼ばれる。民事法の分野では,民法という法律と,民事訴訟法という法律が,法分野の骨格を作り上げている。同じように刑事法の分野では刑法と刑事訴訟法が,行政法の分野では日本国憲法や地方自治法,行政事件訴訟法などがそれにあたる(図1)。法典は,当然,条文の数も多く,また数多い条文が相互に参照し合って機能する場面も多い。

図1 法律の分野別体系(1)

(2) 単行法

これに対して,それぞれの分野で,法典がリストアップしきれない個別の問題事例に対応するために,個別的な法律が数多く制定されている。これらの法律を法典に対して単行法と呼ぶ。例を挙げると,民事法の分野では著作権法や特許法,利息制限法など,刑事法の分野では航空機の強取等の処罰に関する法律や麻薬及び向精神薬取締法など,行政法の分野では食品衛生法や道路交通法などがある(図2)。

図2 法律の分野別体系(2)

(3) 一般法と特別法

上に述べたような法典と単行法の関係は,【より一般的な概念を定めている法律=一般法≒法典】と,【より個別具体的な内容を定めている法律=特別法≒単行法】とも言うことができる。ただし,まったく同一の概念ではないことには留意が必要である。例えば,民法典に対して,会社法という法律を考えると,民法が一般法で会社法が特別法という関係に立つが,この関係は相対的なものである。すなわち,会社法(一般法)に対して,NTT法(日本電信電話株式会社等に関する法律)やJT法(日本たばこ産業株式会社法)は特別法の関係にあることになる。また,条文上は1つの出来事に,一般法と特別法が同時に適用できるように読める場合がしばしば発生する。この場合は,特別法が一般法に優先して適用される。

(4) パンデクテン・システム

法典は,それ自身が階層的な構造を持っている。図3では,刑法典を例に示している。まず法典の前半部分に「総則」と呼ばれる規定群が置かれている。ここでは,「共犯」や「違法性阻却事由」「責任阻却事由」(正当防衛・心神喪失などの無罪や減刑を考慮し得る場合)といったすべての犯罪に共通して発生し得る問題で,抽象化したルールを置いておくことが効率的な規定を置いている。これに対し,後半部分は「罪」と呼ばれる規定群が置かれている。ここでは,「殺人罪」「窃盗罪」「強盗罪」「詐欺罪」などといった,個別の犯罪類型に対して,どのくらいの刑罰を科すかということが,カタログ状に並べられている。刑法典の「罪」の規定群の中に実社会で発生し得るすべての犯罪を予想してリストアップできていることが理想だが,人間の想像力の限界と,犯罪を含む社会現象の変化速度の問題が相まって,完全には不可能である。と同時に,個別の政策を実現するために作られた道路交通法や麻薬及び向精神薬取締法のような法律の中には,刑事法としての側面もあるが,行政法としての側面も兼ね備えたものもある。こういった法律は,当然刑法典の外側に「罪」を作ることになる。しかし,例えば,麻薬の売買は組織的に行われることが多く,これを処罰するためには共犯の取り扱いも考慮しなければならない。そうすると,麻薬及び向精神薬取締法によって麻薬売買の共犯を処罰する際には,刑法典の共犯規定も併せて参照することになる。このように,個別事項を定めた規定を法典の後半や単行法・特別法に置き,抽象的・一般的な共通項となるべき規定を法典の前半に置くという条文の編集の仕方を,古代のローマ法大全の編集方針になぞらえて,パンデクテン・システムと呼ぶ。民事法・行政法でも同様である。

図3 パンデクテン・システム(法律の階層構造)

4. 法情報の存在形式

4.1 法令(制定法)

日本は,明治時代の近代法制定期に,まずドイツやフランスといった制定法を中心とする大陸法文化圏の法制度を研究し,自らの法システムに取り入れた。現行の法システムもこれを継承している。従って,法律問題を考える際には,まず対象となる法令を探し出す必要がある。法令(制定法)とは,文書で書き表され,一定の手続きに従って制定・公布された法をいう。日本の現行制定法は,1947年に施行された憲法典である日本国憲法を頂点とする,効力の階層構造を持っている。以下に,代表的な制定法の形式を示す。なお,実際のリーガル・リサーチにこの階層構造を応用する際に必要な各法令間の上下関係については,連載第2回で詳述する。

(1) 憲法

統治機構と国民の基本的権利について定めた国家の基本構造を示す根本法であり,日本国憲法を指す。

(2) 条約

国家間あるいは国際機関と国家との間の法的合意。日本国内法上は,内閣が外国政府または国際機関と条約を締結する前または後に,国会において内閣の締結行為の承認を受けることにより,制定法としての効力を発する。

(3) 法律

日本国憲法第59条に定められた手続きによって,国会で可決された法案は,法律となる。議会制民主主義を基本原理とする日本国憲法下において,国の権力行使を規律し,国民の権利義務関係を明らかにする最も基本的な制定法の形式。

(4) 命令

国会が制定した法律の範囲内で,法律の執行その他の政策遂行のために内閣を頂点とする行政機関が定める制定法の形式。制定権者によってその形式も多岐にわたる。特に,内閣が制定したものを政令,内閣府の長官たる内閣総理大臣が制定したものを内閣府令,国家行政組織法上の省の長官たる大臣(行政大臣)が制定したものを省令,内閣府や各省の外局である庁の長官や独立行政委員会などの合議制の外局が制定したものなどを規則と呼ぶ。

(5) 条例

広い意味で,「条例」とは,地方公共団体がつくる制定法で,住民を拘束するもの(地方議会の条例・都道府県知事や市町村長等の規則)を総称する場合がある(この意味で言うときは,「例規」と言い換えることもある)。狭い意味では,地方議会が定めた制定法のみを「条例」と呼ぶ。法律を中心とする国の法令の範囲内でのみその効力を持つ。

4.2 判例

(1) 判例とは何か

制定法は,実際に社会の中で発生した紛争事例に適用されて,初めて「活きた法」となる。裁判所に事件が係属した場合,裁判所の最終的な判断(判決)は,その後の類似の紛争事例において,しばしば参照されるようになる。特に,ある法的争点について初めて裁判所の判断が示された場合や,裁判所が今までと異なった判断を示した場合は,後の裁判所の判断に大きな影響を与えることもあるので注目される。

(2) 判例の必要性

制定法の条文の解釈が一義的でなかったり,事例が複雑で制定法が答えを出し切れていないようなとき,判例が制定法の解釈を方向づけたり,事実上その分野の新ルールを提唱する結果となることがある。このように,法令からは当然読み取れないルールを宣言した判例は,判例法と呼ばれることもあり,法制度の運用実態を正確に知るためには,判例の情報が不可欠といえる。

(3) 判例のリサーチと訴訟手続

日本の裁判制度は,原則として三審制を採っている。したがって,1つの事件が3回の裁判として争われる可能性がある。自分が調べようとしている判例が最終的な結論(確定判決)に至っているかどうかや,最高裁判所の判決が出ているのに高等裁判所や地方裁判所の判決だけを見て満足していないかどうかを確かめつつ判例を調べる必要がある。併せて,そのような裁判手続の流れを知り,正確に判例検索ができるようになるためにも,裁判所法や民事訴訟法,刑事訴訟法,行政事件訴訟法といった裁判手続に関係する法律に関する基礎知識を獲得しておくことも重要である。

4.3 二次資料

制定法と判例が日本の法の生の姿を現している(そのため,法令と判例を併せて,「法源」とか「一次資料」と呼ぶことが多い)が,専門的な法学の訓練を受けていない人がそれらの資料のみを頼りとして,法情報の調査を進めることは難しい。通常は,一次資料について,弁護士や法学者などの専門家が解説した教科書や論説資料,逐条解説などを参照することからリサーチを始めることになる。とはいえ,二次資料のほとんどは,一般の書籍や大学・学会の紀要および商業誌の体裁で発行されるため,形式ばった出版形態をとりがちな一次資料に比べると,法とは直接関係のない出版物と混在する中から目的となる資料を探し出さなくてはならず,膨大な資料の海の前に立ちすくんでしまうことが多い。今後の本連載で紹介されることになろうが,論文や判例評釈などの専門的な法律文献を探すためのツールとして,法律専門の,あるいは学術情報の書誌(文献リスト)を知っておくことが重要だろう。

参考文献
 
© 2012 Japan Science and Technology Agency
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