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情報論議 根掘り葉掘り
バーチャル・ストリップ・サーチ 対 憲法修正第4条
名和 小太郎
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2013 年 56 巻 1 号 p. 52-53

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2010年12月30日午後2時,リッチモンド国際空港でその事件は起こった。学生のアーロン・トビーが空港のセキュリティ用チェックポイントで黙って着衣を脱いだ。その胸には黒のマーカーで米国憲法修正第4条の一部が書かれていた。

不合理な逮捕捜索に対して,安全を保障される人民の権利は,これを侵害してはならない。

空港の職員はトビーの行動を制止した。だがトビーがそれに従わなかったので,その身柄を運輸安全管理局(TSA)の職員に引き渡した。トビーは90分ほど身柄を拘束されたが,そのあと自由の身になった。

9.11事件のあと,連邦議会はTSAを設置し,それを国土安全保障省(DHS)の所管とした。TSAは,その役割の1つとして,国際空港において航空機への搭乗者すべてとその荷物とをスクリーニングすると定めた。

そのスクリーニングは2つの手順からできていた。まず全員は金属探知機を通過しなければならなかった。ついでランダムに選ばれた搭乗者はAIT(Advanced Imaging Technology)のスキャニングを受けるか,あるいはパットダウン・テスト――手触りによる全身検査――を受けるか,そのどちらかを選ぶことになっていた。どちらも着衣のままの検査であった。

AITは全身の透視イメージを撮影する機器である。これによって撮影された人は,その肢体を細部にいたるまで写されることになる。人工の医療機器を体内に埋め込んだ人は,それをそのまま露わにされてしまう。トランスジェンダーの人はそのプライバシーを暴かれてしまう。

これが論議を生じた。TSAはAITの記録は検査直後に消去して保管しない,と言っていた。だが,だれの仕業であるか不明ではあるが,TSAの研究部門の責任者のAIT画像がインターネット上で流れている。これを見ると,その責任者の性別まで明らかにわかる。

人権保護団体のACLU(American Civil Liberties Union)やEPIC(Electronic Privacy Information Center)はAITの導入に反対した。ACLUはこの装置を「バーチャル・ストリップ・サーチ」と呼んだ。英国の「ガーディアン」は,この装置が児童のわいせつ画像の制作と流通を禁じた児童保護法を侵害するのでは,との懸念を示した。

トビー事件にもどる。彼は空港の職員とTSAの職員を憲法修正第1条と憲法修正第4条を侵害したといって告訴した。自分がその胸に書いた修正4条の文言を脱衣して示すことを阻まれたことを修正第1条の侵害として,また,AITによる検査それ自体が修正第4条侵害であるとして。なお,修正第1条は言論の自由を保障するものであり,修正第4条は令状なしの捜査を禁止するものである。

この訴訟はバージニア東部地区地方裁判所,そして第4巡回控訴裁判所で審理された。トビーの訴状は無邪気なものではあったが、核心を突いていた。かれは主張した。自分は空港職員に怒鳴ったわけでもなし,いわんや暴行を加えたわけではない,だが拘束された,と。また,空港は,そこでピケットを張ったりビラを撒いたりすることを許している。自分の行動はこれよりおとなしいものであった,だが阻まれた,とも。

まず,修正第1条について。どちらの法廷も修正第1条の侵害ありと認めた。ここでは控訴審の判決が引用したベンジャミン・フランクリンの言葉を示すにとどめておこう。

些細な一時的な安全を得るために,本質的な自由を棄てるものは,自由も安全も得ることができない。

つぎに,修正第4条について。いずれの法廷もトビーの主張を認めなかった。空港の職員もTSAの職員も,その職務を定められた規則にしたがって実施していた。とくにトビーを選別してAITテストを強制したわけではない。トビーはパットダウン・テストを選ぶこともできた。したがって,ここでは「行政執行のための例外」(後述)が認められる,と。

TSAはAITを2007年から米国の国際空港に導入しつつあった。2010年には全空港への設置を決定した。2009年のクリスマスにテロリストによるノースウェスト機への攻撃未遂事件が発覚したためであった。

ここで問題になったのは,修正第4条の条文が示す語句にあった。トビーがその胸に書いた文言に続いて,そこには,

令状はすべて……,信頼するに足る理由にもとづいてのみ発せられること……,

とあった。AITに関する争点は,まず令状が不可欠か,ついで「信頼するに足る理由」――「相当な理由」ともいう――のもとで実施されているのか,ここにあった。

ここで修正第4条の解釈が問題になった。この点についてはすでに多くの判例があった。歴史的にたどると,まず,修正第4条は私的空間に対する侵害を禁止するという判例があり,公衆電話のブースがそうであるとした。空港のセキュリティ・エリアは私的空間か。

ついで,特別な場合には例外を認めるという判例が生まれた。例えば,学校の安全の緊急性について,また廃棄物処理場における盗難車の探索について,あるいは自動車運転手への飲酒検査について,など。空港のセキュリティ・チェックは特別な場合か。

さらに,行政執行のための例外を認める判例もできた。例えば質屋の倉庫から銃器を探すこと。ここで捜索の狙いは犯罪証拠を得ることよりもセキュリティの確保を重視することへと広がった。この先に空港でのセキュリティ・チェックがあると解されるようになった。このような法的な環境のなかでトビー事件が起こったことになる。

話はさらに広がる。米国の法学雑誌を対象とし,「修正第4条」というキーワードで検索してみると,修正第4条に触れるかもしれない新技術がAITのあとに目白押しに並んでいる。いわく「パーフェクト・シチズン」,いわく「GPSトラッキング」,いわく「ウィキリークス」と。

パーフェクト・シチズンは,重要インフラに対するサイバー攻撃について,公的セクターにあるか私的セクターにあるかを問わず,その攻撃者を特定するシステムである。その存在は2010年に『ウォールストリート・ジャーナル』がすっぱ抜き,翌年,DHSが追認したものである。GPSトラッキングとウィキリークスについては説明を省く。

法学分野のジャーナリスト,そしてコメンテーターとして著名なジェフリー・ローゼン――ジョージ・ワシントン大学教授でもある――は,修正第4条と新技術とのもつれについては,それを法廷も議会も行政も解くことはできない,それができるのは人民によるアクティビズムのみだ,とアジっている。

 
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