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印刷術の変遷が学術界にもたらしたもの
山田 久夫
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2014 年 56 巻 10 号 p. 730-732

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『学術出版の技術変遷論考-活版からDTPまで-』中西秀彦 印刷学会出版部,2012年,6,800円(税別)
http://www.japanprinter.co.jp/

私の専門分野でよく用いられる,日本語の医学用語とくに解剖学用語は,読んだり書いたりするのに難しいものばかりである。たとえば,橈骨の「橈」の字を「とう」と読めず,「ぎょう」と読んでくれる学生が多い。「嚢」という字などはあらかじめ思い浮かべていないとうっかり板書を間違う。チツにはハがない(医学用語として正しいのは「膣」ではなく「腟」である)1)ことも覚えておかねばならない。「頚」を「頸」と書き間違わないようにするのにも気を使うし,同じ読みでも脛骨の「脛」,鼠径の「径」など部分的に似た漢字があって紛らわしい。そういえば,「幹」細胞も「肝」細胞も「間」細胞も読みは全く同じなのに,全く異なる細胞である。

ふと医学図書館を思い浮かべると,レファレンス業務での利用者との対話や館間相互貸借業務で他館とやり取りをうまくこなすために,司書さんたちはどのようにしてその読み書きに熟練したのだろうと感心する。私が用語を調べる場合は,パソコンで調べるのではなく,たとえば日本解剖学会が監修した「解剖学用語」2)などの書物を手にとって,目次や索引から目的の用語に近づいていく。そうすれば似た語との違いも理解できるうえ,手書きで写すことで記憶にも残りやすく,板書でもパソコン入力でも間違えない。つまりページを開けて調べることによって,それぞれの漢字に分類や優劣を加えながら,頭の中でシソーラスを構成し,文字をコード化しているのである。

学術出版の現場では,今でこそDTP化・デジタル化されているが,活字を拾っていた時期には文選職人さんはどのようにしていたのだろうか,私には超能力の持ち主だとしか思えない。また活字棚はどれほど大きかったのだろうか,などと空想してしまう。そして,印刷という技術の中で,どのようにして活字からデジタル出版に切り替わっていったのだろうか,このような空想や疑問に答えてくれたのが,この本である。

著者の中西秀彦氏は,印刷文化を専門とする情報社会学者で,多くの書を著す執筆家としても活躍しているが,実は京都の印刷会社で専務取締役をしておられる。学術出版がいかに技術変遷を遂げてきたかを論じているこの著書は,学術出版を主に手掛けているご自身の会社の「事例紹介」をもとに書かれている点で理解しやすく読みやすい。

私が,印刷物の用語集を見ながら,シソーラスや文字コードを頭の中に形成した過程は,まさに印刷の技術向上史に一致する。漢字コードについては,その概念は活版の時代にもあり,それは活字を入れる箱に縦と横のます目を想定すると理解しやすい。この文字コードは,写植の時期に発展する。実は私,写植やオフセット印刷という単語は知っていたが実体がどんなものか知らなかった。東洋の漢字や音符記号(声明博士(しょうみょうはかせ))の付いた経典などの印刷には木版が向いていたが,字幅の一定でない西洋のアルファベットは活版活字が向いていたという話をどこかで聞いたことがある。この本を読んで,写植というのが等幅の文字を扱うのに優れていて,日本で発明され発達したことを知った。そしてこの手動写植から電算写植へと移行していく過程で,体系の異なるコード間の変換や個別外字の問題などいくつかの問題を抱えながら文字コードが変遷し,DTPの時代になりUnicodeへ収斂(しゅうれん)してくる様子がまざまざと実感できた。

そもそも学術出版というものは字体が多いはずである。生命科学の領域でも漢字・かな文字(日本語)およびアルファベット系文字(英語・仏語・独語・ラテン語など)に加えて,単位などでギリシャ文字などが必要で,さらにイタリック,ボールドや文字サイズの違いなどを考えると気が遠くなる。数学の論文などになると組版がもっと大変そうだ。活版印刷終了時の自社の体験で,西夏文字を含むアジア文字の活字5万本をお蔵入りさせたことや,随分あとのデジタル時代に手作りの外字フォントを拡張した話など,学術出版社ならではの展開を,興味をもって読んだ。

本書のタイトルに「論考」とあるように,終章の前段で「電子書籍時代の印刷会社」,終章では「学術情報流通の電子化」や「出版社と印刷会社の機能」を論じた後,「今後の研究課題」で終わっていて,学術書としても完成された書である。

『図解PubMedの使い方-インターネットで医学文献を探す 第6版』岩下愛;山下ユミ著,阿部信一;奥出麻里監修 日本医学図書館協会,2013年,1,800円(税別)

ところで医学生命科学領域の学術情報というものは,もちろん古い情報も活用されるべきではあるが,一般的には常に最新の情報が入手できないと意味がない。書物を手にとって理解しなければならないときもあるが,多くの場合デジタル化されたデータベースから引っ張ってくる方が都合がいい。そんな理由で,医学生命科学領域は,学術出版物のデジタル化・オンライン化が早かったし,普及率も高い。デジタル化されていればコード化された文字列から簡単に検索できることになる。

医学生命科学領域では,便利なことにPubMedというものが検索によく活用されている。PubMedは,米国国立医学図書館(National Library of Medicine: NLM)のサービスの1つで,医学関連分野のデータベースであるとともに検索サイトでもある。世界中のどこからでもインターネットを通じて医学関連文献(論文)が検索でき,それらの抄録(オープン化された論文やジャーナルでは全文)を閲覧することができる。検索も閲覧も無料である。

そこでお勧めなのが本書である。実は「簡単に検索を!」と言うのであれば,一般向け検索サイトを利用している人なら誰でも簡単にできるはずで,“and”,“or”,“not”の集合関係を一から説明するのはある種意味がない。しかし検索法解説本ではその項目は避けて通るわけにいかない。本書では,PubMed自体の概説から始まり検索法も書いてあるが簡潔なまとめ方が上手である。

私にとっては,「PubMed活用テクニックQ & A」の章の後半に記載されているevidence-based medicine(EBM)の項目,および,「MeSHを使った検索」の章が一番面白く感じられた。MeSHとは,Medical Subject Headings(医学件名標目表)の略で,索引用語集のことである。MeSH用語は検索対象語には違いないのだが,奥深い意味があって,論文(研究)の分類と考えることができる。各論文のMeSH用語を理解することによって,たとえば,ヒトを対象とした研究なのか動物実験なのか,あるいは培養細胞を使ったのか,特定の臓器だけに当てはまることなのか,介入試験なのか観察研究なのか,結果からどこまでのことが言えるのか,といった当該研究の位置づけを明らかにすることができる。驚いたことに,このMeSH用語をふるのはNLMの人的作業であるらしい。

PubMedでは,このような階層的見出し語集,すなわち「シソーラス」を用いることによって,単なる全文検索では味わえない深みを出している。これらのことが概説され,全体をつかむのに適しているのが本書である。

執筆者略歴

山田 久夫(やまだ ひさお)

1952年大阪生まれ。京都府立医科大学・助手および講師,滋賀医科大学・助教授を経て,2000年7月から関西医科大学・教授(解剖学第一講座)医師・医学博士。専門は「神経解剖学」・「組織化学」。所属大学で,産学連携知的財産統轄室長,附属図書館長,関西医科大学雑誌編集長,医学部学生部長などを歴任。2006~2009年 日本医学図書館協会・会長,現在は理事。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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