デジタルオブジェクト識別子(Digital Object Identifier: DOI)登録機関(Registration Agency: RA)として世界で最大規模のCrossRefの2013年年次総会に参加した。同総会は隔年で米国,イギリスで開催され,今年は米国マサチューセッツ州ボストンで開催された。参加者は世界各国の出版社や学術団体から160名程であった。ジャパンリンクセンター(JaLC)はCrossRefと同様に,DOI登録機関として主に日本語のコンテンツへのDOI登録を行うとともに,CrossRefの会員として日本国内の英文のコンテンツを中心にCrossRefにDOI登録を行っている。今回はJaLC事務局として,今後のサービスの示唆を得るべく情報収集・意見交換のために出席した(図1)。
CrossRefのコンテンツ数は堅調に増加し,2013年は6,300万件に達している。その内訳は,81%がジャーナル論文,12%が書籍,6%が会議録である。CrossRefには4,633の機関と2,005の図書館が参加している。会員の82%が年間の出版等収入が100万ドル未満の小規模団体であり,彼らもDOIの登録により自らのコンテンツの電子流通を促進させようとしていることがわかる。また,今年,CrossRefには新たなスタッフが3人加わり,総勢25名となった。CrossRefは戦略的に次々と新たなサービス(たとえば,CrossCheck,CrossMark,FundRefなど)を立ち上げている(図2)。図2の矢印方向がサービスの成熟度を表しており,矢印の先端に位置するCrossRefやCrossCheckはおおむね成熟してきたことを表している。一方,CrossRef metadata search,FundRef,Prospectなどのサービスは,ユーザーからのフィードバックを踏まえつつ今後も成熟させていくことを表している。
この背景として,世界にDOI登録機関が9機関となり,さまざまな機関がDOI登録を開始した状況下,CrossRefは差別化を図ろうと工夫を凝らしていることが挙げられる(図3)。世界で最初にDOI登録を開始したCrossRefから見れば,まさに“The DOI space is getting crowded”(DOIの世界が混雑してきた)である。
とは言えども,たとえば,CrossRefは学術的な研究コンテンツや雑誌論文・図書等に,DataCiteはデータセットなどに,mEDRAはインターネット上の文書に,JaLCは和文の学術論文に,それぞれDOI登録を行っており,世界のRA間で一応の棲(す)み分けはできている。なお,図3の中心にあるCrossRefロゴ直下の“doi”のロゴは国際DOI財団(The International DOI Foundation: IDF)のロゴであり,DOIレゾリューション(DOI名の前に「http://dx.doi.org/」を付すと,URLのようになり,電子コンテンツの所在にたどり着くことができる),DOI登録機関の管理,ポリシーの策定を行っている(IDFに直接DOIをデポジットすることはできない)。
CrossRefは2014年に,学術文献のテキスト・データマイニング(TDM)関連サービスである“Prospect”をリリースする予定である。このサービスは,研究者が出版社のWebサイトからフルテキストコンテンツをリクエストできるインターフェースであるProspect Common API(PCAPI)と,研究者に対し,出版社のTDM条件をクリックスルーで提示するレジストリであるProspect License Registry(PLR)とからなる。
剽窃(ひょうせつ)チェックサービスであるCrossCheckには,527の出版社が参加し,10万以上のタイトルから3,800万件以上のコンテンツが収録されており,2013年の1~9月の間には76万件以上の利用があった(前年同期の1.5倍以上)。今後,ビューアー画面・機能のリニューアルおよびファイルサイズ制限の緩和(40MB),チェック対象から特定セクション(抄録,手法等)や些細(ささい)な類似を外すなどのオプションが追加される予定である。
また,2012年4月から試験提供が始まった論文の更新情報提供サービスCrossMarkでは,オンライン論文のPDFに所定のロゴマークを付し,そこをクリックすることにより,その論文の更新履歴が確認できる。CrossMarkには27万件の更新情報が登録され約40万件の閲覧があったが,情報更新(訂正や撤回,版の更新等)は2,700件となっている。
公的資金が投入された研究成果論文などには,その旨を謝辞(acknowledgements)等に表示することが通常義務付けられている。しかし,謝辞の書き方には統一された方式が定められていないため,論文の中でさまざまな書き方がなされている。そのため,たとえば,資金配分機関(funders)ごとに研究成果論文を抽出してまとめようとする際に困難が生じていた。
そこで,CrossRefはサービスの一部としてFundRefを立ち上げた。CrossRefに論文のメタデータをデポジットする出版社等は,メタデータ項目の1つとして,funderを登録することができる。これによる追加費用は発生しない。本年次総会の開催された2013年11月の時点で,44,000程度のDOIがfundingメタデータとともに登録されている。
FundRefの検索サービスは一般にも公開されており(http://search.crossref.org/fundref),資金配分機関名(funder name)で検索をすることができる。また,CrossMarkの表示窓中にもFundRef情報が表示される仕組みになっている。
米国エネルギー省(DOE)の科学技術情報局(OSTI)は,DOEにおける研究成果への永久的なアクセスを可能とする責任を有している(Energy Policy Act of 2005)。DOEは米国におけるエネルギー分野の研究への研究費の助成を行っており,予算規模は年間100億ドルである。OSTIは2005年からCrossRefの会員となり,テクニカルレポート等にDOI登録を行っている。OSTIは,収集・保存しているDOE助成の研究成果を,複数のWeb経路でパブリックアクセスできるようにしている。Science Acceleratorは,DOEのさまざまな研究成果の複数の情報源を一元的に検索できるWebサイトである。また,米国連邦政府関係機関による科学技術情報のポータル,Science.govや,世界70余国の政府の科学技術データベースやポータルにアクセスできるWorldWideScience.orgは,OSTIが中心となって運営している。
OSTIの使命にはDOEが助成する研究成果(図書・モノグラフ,会議録,プログラム文書,テクニカルレポート,学位論文等)の収集・索引付与・流通・保存があるが,DOEの助成した研究成果の雑誌論文にどのようなものがあるのか把握できていないという問題がある。また,2013年2月に米国科学技術政策局(OSTP)は,連邦政府機関に対して,助成を受けた研究成果へのパブリックアクセスを促進させるための計画案を策定するようにとの指令を出した(2013 OSTP memo - Increasing Access to the Results of Federally Funded Scientific Research)。このmemoはピアレビューを経た出版物もパブリックアクセスの対象(エンバーゴ期間は基本12か月)としている。このmemoの効力そのものは出版社には及ばない。出版社自体は連邦政府から直接の助成を受けているわけではないからである。そうすると,問題は「Science」や「nature」などの出版社の雑誌論文へのアクセスを確保することである。これらは基本的に出版社の財産であるため,パブリックアクセスの保証には大きなギャップ(間隙)があった。
CrossRefのおかげで,このギャップが狭められることとなった。出版社・学協会などによる官民イニシアテチブであるCHORUS(Clearinghouse for the Open Research of the United States)は,政府の助成を受けた研究成果論文へのパブリックアクセスの実現をめざしている。CHORUSは,FundRefを利用して助成を受けた研究成果の雑誌論文を見つけ,その助成した政府機関に雑誌論文や更新情報の存在を知らせる。また,CHORUSが提供するAPIサービスによって,政府機関は雑誌論文のメタデータやDOIを自機関のシステムに追加し,分散型のパブリックアクセスモデルを構築し,最新バージョンの雑誌論文へのアクセスを提供することができる。
今や電子的なフォーマットがコンテンツの主流となっており出版社の倒産や災害時等に備え,デジタルコンテンツへのアクセスの確保のため,第三者の保存機関の取り組みが求められている。
Portico,CLOCKSSはいずれもデジタルコンテンツの恒久的な保存(preservation)を目的とするサービスで,商業的なホスティングサービス,アグリゲーター,ジャーナルプラットフォーム等とは,一線を画しているものである。デジタルコンテンツを扱う出版社等は,いずれのサービスともそれぞれに契約を取り交わし,コンテンツの登録と保存活動分担金を支払うことで利用することができる。
JaLCは,CrossRefの会員であるとともにCrossRefと同様のDOI登録機関の1つである。今回,CrossRef年次総会に出席し,CrossRefの運営状況,CrossCheck,CrossMark,FundRef等のアップデート情報,2014年にリリース予定の新サービスである学術文献のテキスト・データマイニング(TDM)“Prospect”の報告を受けるとともに,参加者との意見交換や,DOI登録機関同士の連携についてCrossRef担当者とのミーティングを行った。今後もDOI登録機関間で密に連絡をとり,DOIの利便性を向上させていくこととなった。
(独)科学技術振興機構 土屋江里,余頃祐介)