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相対化と相互作用の図書・図書館史
佐藤 翔
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2014 年 56 巻 12 号 p. 885-888

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「古代から中世にかけての本の読み方は,現代の皆さんとは決定的に異なっていました。何が違っていたと思いますか?」

2013年に同志社大学に着任し,はじめて司書科目「図書・図書館史」の授業を受け持つことになった。冒頭の問いはその初回授業で学生に投げかけたものである。

「図書・図書館史」を受け持つにあたり,自分に対し2つの課題を設定した。1つは全体のテーマを初回で説明し,それに沿って授業を構成すること。もう1つはそのテーマを受講者の興味を引くようなものにすることである。学生時代の自分は,その授業のテーマ,あるいは受講する意義がわからなければ面白みを感じず,また面白くないと判断すれば寝てばかりいた。そんな自分でも興味を持って起きていられるような内容にしたいと考えたためである。

実際の初回授業では,多くの受講生が思い浮かべるようなメディアや図書館のあり方を相対化することと,社会と知識・情報の共有体制は相互作用しつつ変化してきたことを示す,という2点をこの科目のテーマとして説明した。現在の相対化は歴史を学ぶ意義の1つでもあり,今のメディアや図書館のあり方を当然と思っている学生の,固定観念を崩すような話ができればよいと考えた。また,受講生の中には司書資格の取得を目的としない,必ずしも図書館について詳しく知っているわけではない者もいる。彼らの興味を引くには,単にメディアや図書館の世界にとどまらない内容を扱う必要がある。社会の変化がメディアのあり方を変えるだけではなく,メディアのあり方もまた社会に対し大きな影響力を持ってきた。その変遷を示す,いわばメディアと図書館から見直す世界史,という内容であれば,必ずしも図書館に興味のない受講者にとっても今と違った視点を提供でき,興味を引く授業になるのではないかと考えた。

これらのテーマは複数のメディアや図書館の歴史に関する史料を読む中で着想を得たものだが,その中でも決定的だった1冊が『読むことの歴史 ヨーロッパ読書史』である。古代ギリシャからローマ,中世,ルネッサンス期,近代そして現代に至るまで本書には,ヨーロッパにおける読書の歴史に関する14の論文が収められていて,まさに今とは違う読書のあり方があったこと,それがどのような要因でどう変化し,その変化が知的生産や社会のあり方をどう変えてきたかを描き出すものとなっている。

『読むことの歴史 ヨーロッパ読書史』ロジェ・シャルティエ,グリエルモ・カヴァッロ編;田村毅,月村辰雄,浦一章,横山安由美,片山英男,大野英二郎,平野隆文訳;Roger Chartier 原著 大修館書店,1999年,6,000円(税別)
http://plaza.taishukan.co.jp/shop/Product/Detail/20893

冒頭の問いに戻ろう。現代と古代・中世における「読み方」の最大の違い,それは専ら音読をする世界と,黙読をする世界の差である。古代,書かれたテキストとは声を再生するための楽譜のようなものであり,声を出さない黙読は存在はしていたものの,「できる人もいる」程度のものであった。ヨーロッパで黙読が普及するには多くの変化,とりわけそれまで単語同士の切れ目なく書かれていたテキストを単語ごとに空白で区切る,という分かち書きをはじめとする記法の変化,そして章立てを行ない,注を入れるという書物の構成の確立が必要だった。このうち記法の変化は中世ヨーロッパにおいてキリスト教世界が成立し,ラテン語に馴染(なじ)みの薄いアイルランドやグレートブリテン島にも修道院が建てられ,写本作成が行なわれるようになったことが要因である。必ずしもラテン語が得意ではない写字生たちがより読みやすくするために工夫した産物が,分かち書きなどの新たな記法であった注1)1)。章立て等の構成の確立はより後の時代,注釈書があふれるスコラ学の隆盛の中で生まれた。古代ローマ崩壊以後,落ち込んでいた農業生産力の回復が,交易の増大,人口増加へとつながり都市を生む。都市においては著作活動が活発化し,聖書や古典を読む際の手助けとなるような注釈書や参考図書の数が増える。それら多量の書物を処理するためには「早く読む」ことが必要となり,書物には目次,索引,概要などが整備され,読みやすく黙読できるようなものになっていく。

さらに黙読ができるような記法の成立は,単語を区切らずに書く特殊な記法を身につけていない人間にも文字を書くことを促し,自著の習慣を産み,それまでの執筆方法の中心であった口述筆記では口に出せないような内容が書かれることにつながっていく。その中から社会の変化に結びつく思想も生まれていく。

本書ではほかにも社会とメディアの変化の相互作用の例が多く記されている。われわれの思う当たり前が,いかにある時代の特有のものであったのか,そして現在に至る歴史の中でメディアの変化がどれだけの影響力を持ってきたのかの一端を示してくれる1冊である。

『<読書国民>の誕生 明治30年代の活字メディアと読書文化』永嶺重敏 日本エディタースクール出版部,2004年,2,800円(税別)
http://www.editor.co.jp/press/ISBN/ISBN4-88888-340-8.htm

再び授業に話を戻すと,そのクライマックスは近代的な国民国家が成立し,その中に公立図書館が置かれる19世紀である。出版資本主義が国民国家の成立に与えた影響についてはベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』2)を引きつつ紹介する。日本においても明治以降,鉄道や機械的大量印刷技術が導入され,現在へと続く出版流通体制が確立される。そうして成立した全国一斉の活字メディアの流通環境が全国的な問題を共有する「国民」を形作ることにいかに貢献してきたのか,その全体図を描くのが永嶺重敏の『<読書国民>の誕生 明治30年代の活字メディアと読書文化』である。本書は第1部で活字メディアの全国流通網の形成,第2部で移動中・旅行中の読書習慣・環境の形成(特に鉄道内での読書)とその影響,第3部で読書装置としての図書館の国家による発見・普及と「図書館利用者公衆」の誕生について扱い,以上の帰結として生まれた<読書国民>について論じている。国家が国民の統合における読書の意義を発見し,公立図書館も読書を通じた国民統合の役割も期待されるものとして数を増していく。当時の日本の社会状況を背景に,その社会に変化を促す目的で日本の公立図書館の設置は進んだわけで,社会とメディアの相互作用という授業全体のテーマは本書と『読むことの歴史』から決まったと言ってもよい。それだけに本書に基づいた回の授業にも力が入ったようで,受講者の中からはじめて貸出希望があったのも本書であった。なお,このテーマに関しては山梨あや『近代日本における読書と社会教育』3)も近年出版されたもので忘れてはならない1冊であると思うが,2011年と比較的最近の出版であるにも関わらず,現在新刊の入手は困難なようである。書店等で見つけたら迷わず購入しておきたい。

2013年度の授業には間に合わなかったが,来年度はぜひ活かしていこうと考えているのが『インフォメーション 情報技術の人類史』である。シャノンの情報理論確立を中心軸に置きつつ,「情報の通史」を描こうという意欲作で,前半では専ら情報理論確立に至るまでの情報に関わる発明とその特徴,そして社会への影響を述べ,後半では情報理論の成立とそれが他の学問領域にどのような転回を促したかが中心になっていく。このうち前半部で扱われている内容を相対化/相互作用というテーマの中に位置付けるのは容易だろう。例えば第2章では書き言葉が論理的な思考を生み出したとする説などが紹介されており(記録に残らず後でチェックできない話し言葉では論理的な議論展開が大きな意味をもたない),すぐにでも授業に取り入れられそうである。一方で数学や物理学,分子生物学,心理学等と「情報」の関わりを追う後半部を,うまく授業の中に取り込めないか,次年度の自分への課題として苦闘することになりそうである。

『インフォメーション 情報技術の人類史』ジェイムズ・グリック著;楡井浩一訳 新潮社,2013年,3,200円(税別)
http://www.shinchosha.co.jp/book/506411/

最後に『インフォメーション 情報技術の人類史』から,次年度初回授業で扱おうと考えている話題を1つ。情報過多,といえば現代に特徴的な問題のようにも聞こえるが,「多すぎてとても読めない」という感覚は16世紀,印刷機が登場した当時すでに表明されていたという。さらに遡れば12世紀にはすでに情報過多の問題は取り沙汰されていたそうで,それは前述の「早く読む」ために書物の形態が整備されていった時期でもある。もちろん現代の情報過多については,インターネットの双方向性・接続性等,これまでと異なる点も多いことは本書中でも指摘されているが,情報過多と対応するためのテクノロジーの相互作用,という観点から人類史を見直すのもまた面白いかもしれない。

執筆者略歴

佐藤 翔(さとう しょう)

1985年生まれ。2008年筑波大学図書館情報専門学群卒業,2013年筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程を修了。博士(図書館情報学)。2013年4月より同志社大学社会学部教育文化学科助教,国立国会図書館関西館非常勤調査員。所属大学では主として図書館司書課程を担当。専門は学術情報流通,情報探索行動,大学図書館,機関リポジトリ等。最近更新が滞り気味のブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」(http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/)管理人でもある。

本文の注
注1)  なお,黙読の成立については本誌に掲載された参考文献1)の論考でも詳しく取り上げられている。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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