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過去からのメディア論
明治時代における版権と著作権
大谷 卓史
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2013 年 56 巻 2 号 p. 120-122

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江戸時代においては,著作物の複製を禁止・許諾する著作者の権利という意味での著作権思想は存在せず,版木の所有権である「板権」の考えがあったことはすでにみた1)。明治時代に入ってから,「板権」思想はどのように展開したのだろうか。

明治2年(1869年),明治新政府は出版條例(以下,出版条例)を定めた。この法律は,図書を出版する者に専売権を認める代わりに,出版免許(官許)を受けることを規定していた。専売権は複製をコントロールする権利としての著作権とはまったく異なっている注1)。明治5年(1872年),出版条例は改正され,出版免許の手続きが簡素化された2)3)注2)

明治8年(1875年),出版条例は大きく改正され,30年間の図書専売権として「版権」を定めた。図書を著作する者および外国の図書を翻訳して出版する者は,事前に届け出を行うことが義務付けられた(第1条)。また,版権は自動的に与えられるわけではなく,願書を提出し免許を申請した者に与えられた(第2条)注3)

この変更は,出版免許制から,内務省への届け出を要件とする方式主義注4)による著作権保護への転換と評価する者もある4)。しかしながら,「版権」の内容が専売権であったこと,免許申請が必要だったことを見る限り,必ずしも明治8年出版条例による版権保護は,方式主義による著作権の制度と見ることはできない。

明治20年(1887年),出版条例から版権に係る内容が分離され,版権條例(以下,版権条例)が成立する。この法律では,版権は著作者に属し,著作者死後は相続者に帰属すると定められた(第7条)。また,版権の売渡,譲渡も認めた(第8条)ほか,法人著作や著作者人格権,編集著作権,親告罪などの規定を含み,著作権法を先取りする内容と言える。一方で,版権の内容は,文書図書を出版してその利益を占有する権利とされており(第1条),現在の複製をコントロールする権利とは大きく異なっていた3)5)注5)

このように,明治2年の出版条例から明治20年の版権条例まで,「版権」は出版の専売権もしくは出版の利益を占有する権利と理解されていた。版木の所有権という意味は版権にはなかったものの,近代的な著作権と呼ぶことはできない。むしろ中世ヨーロッパのギルドや,江戸時代の株仲間の営業権に近いものだったことがうかがわれる。ギルドや株仲間などの同業者団体にまったく拠らずとも,国家がこの営業権を保護するとした点に,明治時代の出版条例・版権条例の新しさがあった注6)

版木に係る慣習でも,江戸時代の名残が見られる。明治10年の日付がある出版契約書では,著作者のもとに版木を1枚置いておき(留版),製本の都度検印を押し,出版者が勝手に増し刷りできないようにする条項が見られる。これは,浅岡邦雄によれば,江戸時代に複数の版元が共同出版を行う場合に取られた慣行である3)

このように,明治時代になっても,現代的な著作権思想はすぐには登場せず,江戸時代における株仲間の特権や板権の慣習を考え方として色濃く残す制度ができあがっていた。

その一方で,著作者が自らの権利を守るため,版権を所有する傾向もあった。ある出版物について,誰が版権を有していたかは,官報による版権所有者の公告のほか,奥付によってもわかる。奥付の慣行は江戸時代以来続いており,著述・出版・印刷の責任者を明らかにする意味があった6)

明治20年版権条例以前,奥付に,「著訳者兼出版人」,「著述出版人」として著訳者,編者の氏名が記載されている場合,版権が著訳者・編者に帰属している2)。医書に関する浅岡邦雄の研究によれば,医書は著訳者が版権を所有するケースが多かったが,これは,医書の場合江戸時代から著訳者が書物の版木を所有するケースが多く,その名残だとされる7)

明治32年(1899年),著作権法が公布・施行された。この背景には,不平等条約改正の交換条件として,ベルヌ条約およびパリ条約への加盟と外国人の特許・著作権の保護が要請されたことがある。内国民待遇などを定めた両条約に適合する特許法・意匠法・商標法および著作権法が,同年制定されたのである。明治32年著作権法は,無方式主義を採用し,版権を著作権と改め,著作物の保護範囲なども規定した注7)。現代の著作権法に大きく近づいた8)

しかしながら,現在も「版権」という言葉がときに使われるように,必ずしも著作権法に定められた著作権概念と一般人の著作権思想は重なっているとは言えないケースも見られる。著作権が理解しにくいとされる理由には,有体物とは違う情報の性質とともに,過去からの文化的な残滓の影響もあるかもしれない。

本文の注
注1)  「書籍准刻事務ヲ学校ニ属シ出版条例ヲ定ム 明治2年5月13日 行政官」『法令全書』近代デジタルライブラリー<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787949/124>(accessed 2013-03-15).

注2)  「出版条例改正 明治5年正月13日 文部省無号」『法令全書』近代デジタルライブラリー<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787952/649>(accessed 2013-03-15).

注3)  「出版条例更定 明治8年9月3日」『法令全書』近代デジタルライブラリー<http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787955/143>(accessed 2013-03-15).

注4)  著作権の方式主義とは,著作者が著作権を享受するのに,登録などの手続きを必要とする制度を指す。一方,無方式主義とは,登録などの手続きを一切必要とせずに,著作者に著作権が発生する制度をいう。現在の日本国著作権法および日本国著作権法の著作物の保護水準を規定するベルヌ条約は,無方式主義を採用する。

注5)  「版権条例(明治20年12月29日勅令第77号)」『日本法令索引』近代デジタルライブラリー<http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/787970/331>(accessed 2013-03-15).

注6)  享保の出版条令では,本屋仲間の公認と併せて,政府による統制が定められた1)

注7)  「著作権法(明治32年3月4日法律第39号)」『日本法令索引』近代デジタルライブラリー<http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788011/61>(accessed 2013-03-15).

参考文献
 
© 2013 Japan Science and Technology Agency
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