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情報論議 根掘り葉掘り
3Dプリンターでペンローズ三角形は作れたが…
名和 小太郎
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2013 年 56 巻 7 号 p. 477-479

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ペンローズ三角形という奇妙な図形がある。ライオネル・ペンローズとロジャー・ペンローズとが1958年に「不可能なオブジェクト:幻覚の特殊な類型」というタイトルで『英国心理学ジャーナル』に投稿した論文にある。それは2次元の画像であったが,これを3次元空間のオブジェクトとして実現することはできなかった。つまりM・C・エッシャー流の図形であった。

このペンローズ三角形,実は1934年にスウェーデンのグラフィック作家オスカー・ロイタースバルトが作成していた。ペンローズは独立に作成したといわれている。この独立性が著作権法の求める「オリジナリティ」になるので,双方ともに著作権をもつことになる。

ところがペンローズ三角形を3Dプリンターで作ることができるという人が現れた。これが著作権の関係者に,ついで特許権の関係者に波紋を生じた。2010年のことであった。

ここで3Dプリンターについて紹介しておこう。まず,1980年代にCAD(Computer Aided Design)が実用化された。それは,「製品の形状,その他の属性データからなるモデルを,コンピュータの内部に作成し解析・処理することによって進める設計」(JIS B 3401)であった。つまり,CADの出力は3次元の物理的な製品モデル(以下,3次元オブジェクト)の設計図であり,それはコンピュータの内部にデジタル形式のファイル(以下,CADファイル)として保管されるものとなった。

このCADファイルは,かつてはそのまま紙に印刷され,あるいは工作機械への入力として使われた。だが,これから直接,3次元の物理的オブジェクトを出力したいという要求が生じ,これに応えた発明が3Dプリンターとなる。3Dプリンターの機能をはしょって言えば,それはCADファイルを2次元の断片にスライスし,そのスライスを3次元オブジェクトとして積み上げるものである。

3Dプリンターは,当初,その高コストのために,航空機産業,自動車産業などが試作品の製作に使っていた。だが,ゼロ年代後半,ここに3Dプリンターのオンライン・サービス事業者が参入してきた。たとえばシェイプウェイズ社があり,その価格表には1オブジェクトあたり50~150ドルとあった。

状況はさらに進む。3Dプリンター自体のコストが低下したのだ。それは2,000ドル――キットではその半額――にもなった。

その結果,どんなオブジェクトであっても,CADファイルを手にすることさえできれば,だれでも自宅でそのレプリカを製作できるようになった。それは,デジタル・コンテンツとしてインターネット上で送受され,DIYの道具として万人に共有される可能性をもつものとなった。

ここで問題が生じる。3Dプリンター用ファイルはいったいどんな権利で保護されるのだろうか。3Dプリンターは「ミッキーマウス」のレプリカを作ることもできれば,「アイボ」の模倣品を作ることもできるはず。前者であれば著作権の,後者であれば特許権の保護対象になる。ここに,まず,ペンローズ三角形が割り込んできた。

2011年1月,ユーリッヒ・シュヴァニッツは,3次元オブジェクトを積み上げ,それを特定の方向から見ると2次元のペンローズ三角形になるというアルゴリズムを発見した。彼はそれをCADファイルとしてシェイプウェイズ社に送り,3週間後にその3次元オブジェクトを受け取った。このあと,彼はその作品をビデオに撮ってインターネット上に公表した。

これを見たアルツール・チョウカノフは,彼自身のペンローズ三角形を考案し,それをアルゴリズムとともにシンギヴァース社のサイトへ投稿した。そのサイトは「デジタル・デザインを共有し,それによって現実に物理的オブジェクトを製作できる場所」であった。その共有のためのルールとしては,クリエイティブ・コモンズのライセンス――オープン・ソース契約の一類型――を採用していた。

だからか,シンギヴァース社には,さらにチルドというユーザーがペンローズ三角形をアップロードした。ここでシュヴァニッツは行動を起こした。彼はシンギヴァース社に,そのうえにある2人のペンローズ三角形の削除を求めた。彼はデジタル・ミレニアム著作権法(以下,DMCA)にその根拠を求めた。

DCMAには「ノーティス・アンド・テイクダウン」というルールがある。今回のケースについてみてみよう。このときシンギヴァース社はシュヴァニッツの要請にただちに応えることはできない。彼が嘘をついているかもしれないから。といって,黙殺することもできない。無視すれば侵害者に加担することになるかもしれないから。このときにWeb側のとるべき手順を定めたものが上記のルールである。

この事件は呆気なく終わった。シンギヴァース社はシュヴァニッツの要請を放置したままで通し,シュヴァニッツはその要請を撤回したからである。なぜか。およそ著作権はその作品が独立して創作されていれば与えられる(前述)。シュヴァニッツはこれに気づいたのかもしれない。だが,これは問題の発端にすぎなかった。

そもそもCADファイルは著作物なのか。これについては判例がすでにある。2008年,米国の第10控訴審はそのような判決を示した(翌年,連邦最高裁はこの判決を黙認した)。それはメッシュベルクス社が米国トヨタ自動車販売(以下,トヨタ)を訴えたものである。トヨタはその製品群――乗用車,トラックなど――の3次元モデルの寸法データ――3次元オブジェクトに相当――をメッシュベルクス社に渡し,メッシュベルクス社はそのデジタル・ファイル――CADファイルに相当――を作成し,それをトヨタに納入した。トヨタはそれを第三者に使わせた。この行為は著作権侵害である,とメッシュベルクス社が訴えたのである。

メッシュベルクス社は,まず,メッシュ・モデルのデジタル・ファイルは自社の著作物である,と主張した。その作成にあたり,トヨタから提供されたデータのみでは不十分であり,それを補うために相当量の創意や労力を費やした,と。

メッシュベルクス社はつぎのようにも主張した。写真技術は被写体をそのままに写すものであるが,その写真には著作権が付与されているではないか。自社のデジタル・ファイルとトヨタの3次元オブジェクトとの関係も同じである。

メッシュベルクス社はさらに付け加えた。そのデジタル・ファイルは新しい技術の成果であり,それを著作権の対象から外すという理由はないだろう。写真も,かつては新しい技術であったはずだ。

だが,法廷はメッシュベルクス社の主張をすべて拒否した。まず,メッシュ・モデルの創作性について,法廷はファイスト出版の訴訟に対する最高裁判決(1991年)を参照し,そこから作品が著作権をもつための条件を見つけていた。それは,オブジェクトの表現について,わずかでもよいからオリジナリティをもたなければならないというものであった。このファイスト判決にてらしてみると,メッシュベルクス社のメッシュ・モデルには「わずかなオリジナリティ」すらない。あるものは表現の創作行為ではなく,単なる労働の投入にすぎない。

なお,ファイスト判決は電話帳データベースの著作権を否定したものであり,それまでは「額の汗」――単なる労働の投入――にも著作権は認められていた。

ついで法廷は1世紀以上もまえのサロニー訴訟に対する最高裁判決(1883年)を参照し,そこに写真は著作物であるが,その被写体は単なる事実にすぎない,とする意見を見つけていた。そこには写真には写真家の創作性――照明,ポーズ,構図,背景など――が付加されているから著作物である,と示されていた。だが,メッシュベルクス社のデジタル・ファイルは単なる事実にすぎない。

なお,サロニー判決はN・サロニーの撮ったオスカー・ワイルドの肖像写真をバロー・ギルス工房が版画として無断コピーした事件に対するものであった。

メッシュベルクス判決は触れていないが,サロニー判決は1802年法によって裁かれており,その1802年法に写真は著作物として定義されてなかった。1802年に写真術は発明されてなかったから。だが,サロニー判決は写真を著作物として認め,それをつぎのように正当化していた。1802年法には,書籍が著作物として定義されている。その書籍は著者の原稿から導かれた多数のコピーとして作られるが,写真も1枚のネガから多数のポジをプリントすることができる。

この点についてメッシュベルクス判決は慎重であった。法廷は,新しい表現の成果物が新しい技術によって生じることは認めるが,それを決めるのは法廷ではなく連邦議会である,と示した。

メッシュベルクス判決は,3次元オブジェクトは著作物であり,そのCADファイルはコピーであるということを,3次元プリンターの入力側で示したものにすぎない。だが,この論理は3次元プリンターの出力となる3次元オブジェクトに対しても適用可能となるはずだ。

ペンローズ三角形はたまたま遊びの対象にすぎなかった。だから,複製が生まれても,まあ,だれかが気分を害するといった程度でことは済んだ。

だが,もし,ここに3次元のオブジェクトがあれば,それを3次元スキャン――これもDIYになる――してCADファイルとすること,さらにそのファイルをインターネット上にアップロードすることは容易になる。あとは不特定多数のユーザーがそれをダウンロードして元の3次元オブジェクトのレプリカを作ることになる。

その3次元オブジェクトはあるいは著作物であり,あるいは特許製品であるかもしれない。もしそれがミッキーマウスのミニチュアであれば著作権侵害の,それがアイボのレプリカであれば特許権侵害のリスクを生じるだろう。だが,判例は,いまのところ著作権に関するメッシュベルクス判決のみである。特許侵害に関するものは,まだ,ない。

どう対応すべきか。米国の法学ジャーナルには「3次元プリンター由来の特許侵害に対抗して」といった論文が投稿されるようになった。だが現在のところ,悲観的な論調のもの,あるいはフリー礼賛のものが少なくない。著作権制度も特許制度も,思いがけないところで,その足を掬(すく)われかけている。

3Dプリンターは,当面は実用品――ネジ,コップ,玩具など――を作るだろう。だが,いずれは,3次元プリンター自体,そしてパソコンさえも作るようになるだろう。

 
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