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インフォプロによるビジネス調査-成功のカギと役立つコンテンツ 第1回 ビジネス調査とは
上野 佳恵
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2014 年 57 巻 1 号 p. 38-42

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1. はじめに

この20年ぐらいの間に,インフォプロを取り巻く環境は大きく変わった。かつては,情報源に通じ,データベースの特徴を押さえ,検索の技術をもつインフォプロとそうでない者の間では,手に入る情報の量も質も大きく異なっていた。

しかし今では,インターネット検索でキーワードひとつ打ち込めば誰でも世界中の情報を手に入れることができるし,SNSでひと言つぶやけば誰かが教えてくれさえする。そのような中で,インフォプロに求められることやインフォプロの役割も変化している。その変化の1つが,広範なビジネス調査ニーズへの対応と言われている。

だが,ビジネス調査と言っても明確な定義があるわけではない。これまでは,研究開発のための文献の検索,特許情報の分析などでよかったところに,市場動向や競合企業の動き,消費者意識までの情報を集め,企業活動全体を見通せ,経営部門に貢献せよと言われても,何をすればよいのか,どんな知識をもてばよいのかわからないという方も多いのではないだろうか。

そこで,今回の連載では12回にわたって,筆者の長年にわたるビジネス調査業界での経験を踏まえ,ビジネス調査のノウハウをお伝えし,ビジネス調査に役立つコンテンツを整理して紹介していくこととしたい。

2. ビジネス調査とは?

(1)幅の広さ

まず,今回と次回は,ビジネス調査を成功に導くためのカギを考えてみよう。

そもそも,ビジネス調査とは何なのだろうか。

「自社のもつ○○技術を応用した消費者向け製品の市場可能性」「次世代××発電システムの市場見通しと競合状況」「研究開発部門の業績評価と最適人員配置の他社事例」等などである。

あえて定義付けるとすれば,ビジネス全般で必要とされる情報を入手するための調査,ということになる。となればその内容には,業界動向はもちろん,企業情報,製品情報,特許情報や技術情報までが含まれ,非常に多岐にわたることになる。業界動向といっても,自社の関連業界だけで済む話ではない。新規事業のための調査であれば,鉄鋼メーカーであっても外食産業の情報が必要となることもある。

また,調査を依頼してくる部門や情報のユーザーも幅広い。開発部門から製造,販売,マーケティングなど事業部門はもちろん,人事などのスタッフ部門でも,新たに導入を検討している人事制度の先行事例調査などが必要になったりする。

情報のユーザーも,調査の依頼者も,必要とされる情報の内容も範囲も…とにかく「広い」。この「広さ」が,ビジネス調査の最大の特徴なのである(1)。

図1 ビジネス調査の範囲

(2)「どこまでやればよいのか?」

そして,この「広さ」ゆえに,ビジネス調査に携わるすべての者には共通の悩みが発生する。それは「どこまでやればよいかわからない」ということである。

前述のような,市場動向から技術情報まで,すべての分野についてどこにどんな情報があるかを把握しているというのは事実上不可能である。これだけのインターネット社会の中では,自分が考えてもいないところからビジネスに使えそうな情報が出てきたりもする。たとえば,マーケティングの大家と言われる大学教授が,ある新製品の特長や販売方法の独創性について自身のブログにコメントを書いていれば,それも重要な情報の1つとなりうる。個人のブログはビジネスで使う情報源ではない,と断言はできない世の中になっているのである。

会社の全部門から調査依頼がくるとすれば,自分にまったく知識がない分野のことを調べなくてはならないケースも増えてくる。ある程度知っている分野のことであれば,「ここまでチェックすればよいだろう」とか「これだけの情報が出てくれば十分だ」という見当がつく。しかし,全体感がイメージできなければ,「もっと適切な情報があるかもしれない」「もっとたくさんの情報が出てくるはずだ」と不安感が募り,Googleの検索結果を何十ページも見たりして,情報検索に多大な時間を使うことになる。

(3)見極めの難しさ

仕事に求められるスピードが増している中で,自分の気が済むまで検索を重ねることなどできうるはずはなく,どこかで見切りをつけなくてはならない。しかし,どこでどう見切りをつければよいのか,その見極めの仕方がわからない。

ビジネス調査というと,なんとなくとらえどころがないように感じられたり,わかりにくい,難しい,と思うことがあるとすれば,その原因は,この見極めの難しさにある。

3. 調べごとの手順

(1)「調べる」行為は共通

確かに,情報の見極めは難しい。ひと言で「こういう場合にはここまでやればよい」と規定することはできない。しかし,何をどうやって見極めていけばよいかという,考え方と手順は存在する。

それを理解するために,まずは「調べる」という行為に伴う思考と行動を追ってみよう。

何かを調べようとしたとき,それが新しくオープンしたレストランのことであれ,連休の旅行先選びであれ,経営企画部から依頼があった太陽光発電市場の現状であれ,ある技術の関連特許情報であれ,何らかの情報が必要になったとき,私たちは知らず知らずのうちに一連の流れに沿って物事を考え,作業をこなしているものである。

(2)日常生活の中での調べごと

たとえば,身近な例としてロボット掃除機の購入を検討するというケースはどうだろう。

「最近仕事が忙しくて,趣味の映画を見に行く時間もあまり取れない。週末の家事の時間が減らせられれば,土日にも出かけられるのに…。そういえば,隣の課のAさんが昨年末ロボット掃除機を買って,すごく助かる! と言っていた。夏のボーナスで買おうか。でも安いものではないし…」こんな背景である。

まず,この場合の最終的な目的を確認しておくと,ロボット掃除機を夏のボーナスで購入するかどうかを決める,ということにある。

その決定を下すにあたって,解決すべき疑問・問題は「実際いくらで買えるのか?」「使い勝手は本当によいのか?」「買っても珍しいうちだけで結局使わなくなるのでは?」など。

そして,これらの疑問に答えるために必要な情報はというと,実売価格,電力消費量・電気代,機能・仕様,性能,実際に購入した人の感想・使い方,等など。

これらの情報を手に入れるには,インターネットの価格比較サイトや口コミサイトで情報を仕入れるのが手っ取り早そうであるし,メーカーの商品紹介サイトも見た方がよいだろう。家電量販店に行って実際に見てみるというのも1つの手である。

そして,実際にWebサイトを見て得た情報について「従来型の掃除機との電気代の比較は,使う頻度も違いそうだし意味がない」「メーカーのWebサイトのユーザーの意見は,よいことしか書いていないので参考にならない」「店頭で実際の動きを見てみないと隅々のゴミまで取れるのかがよくわからない」などと考え,決断に役立つ情報を選んで集める。

目的が,「購入するかどうかを決める」ことなので,情報をもとに決断ができれば今回の調べごとは終わりである。しかし,購入には家族の同意を得なければならないとしたら,「フローリングの隙間のチリまでかき出してくれるので家が格段にきれいになる」とか,「本体価格は高いけれど,節約できる時間を考えれば安い」と相手が納得できるような情報を伝え,納得してもらう必要がある。

購入決定までのプロセスは以上だが,今回使った情報源についての評価が自分の記憶の中に残る。「価格比較サイトの口コミは家電オタクが書いている感じで実はあまり参考にならなかった。今後,家電の口コミを見るときは○×のWebサイトを最初に見てみよう」というように。この記憶は,次の家電製品購入検討の際に,どの情報源にあたるのか,どのWebサイトを最初に見るのか,を決める経験値となる。

4. 調べるサイクル

(1)調査の手順

インフォプロにとっては,検索依頼を受け,ヒアリングして相手の細かいニーズを探り,必要な情報を具体的にリストアップし,どのデータベースからどのような検索式で情報を入手するかと考えたうえで実際の検索に入る,といった手順は当然のものだろう。だが,この手順は,上記の例で見たように,どんなことを調べる際にも実は共通している。これが,「調べるサイクル」である(2)。

図2 「調べる」行為の思考と行動

(2)検索の前段階

何か知りたいこと,わからないこと,解決しなければならない問題に直面したときに,まず,問題は何なのか,何が明らかになればよいのか,どんな情報があれば問題の解決に結び付くのかを考えているはず。これが「①知識ギャップの認識」である。

次に,①で認識した,問題を解決するために必要な情報について,どこからどうやれば入手できるかを考える(②自分の情報源リストとのすり合わせ)。当然「ググる」「インターネットで調べる」といった漠然とした入手方法ではない。誰が,どんな機関が情報をもっているのか,までを具体的に考えなくてはならない。

(3)情報の取捨選択

そして,実際に情報を集め(「③情報の獲得」),それらを読み込みながら使えそうか,役に立ちそうかを判断し,取捨選択し,まとめていく(「④検証・判断」)。調べるサイクルではこの2つのステップを分けているが,実際には情報を手にすると同時に,それが必要かどうか,役に立ちそうかどうかをその場で考え,要るもの・使えそうなものだけを手元に残していくという,同時並行的な手順を経ていることだろう。

(4)伝え方次第

「⑤伝達」は,自分自身が情報のユーザーである場合には不要なのだが,インフォプロの仕事の場合には,誰かに頼まれた調査であったり,その調査結果をもとに何らかの提案や企画などを説明する相手がいる場合がほとんどだろう。伝達はプラスアルファの要素と考える方もいるかもしれないが,情報の価値は伝え方次第で倍にも半分にもなる。情報“サービス”という限りは,相手の満足度を高める必要があり,そのためにはレポートやプレゼンテーション資料の作成も重要となる。もちろん,どんなに美しいプレゼンテーション資料を作ることができても,中身の情報に価値がなければ意味がないことは言うまでもない。

(5)経験の蓄積

調べるサイクルの最後「⑥自分の情報源リストの整備」は,その後の情報収集の効率を左右する重要な要素となる。「②自分の情報源リストとのすり合わせ」では「ここにありそう」「××が出していそう」「△△研究所なら調べているかもしれない」などと,自分のもっている知識をベースとして,情報の在り処について想像力を働かせなくてはならないのだが,そのもとになるのは,見たり聞いたり調べたりしたという経験の蓄積である。Webサイトの中に埋もれていた情報,業界通の人にヒアリングしたこと,定義がわからなくて苦労したデータ,このような経験を知識として蓄えるのか,使いっぱなしにしてしまうかで,次の調査の効率は大きく変わってくる。

(6)調べるサイクルへの意識

ロボット掃除機購入の例でみたように,日常の些細(ささい)な調べごとにも,実は「調べるサイクル」は回っている。ただ,普段そんなことは気になどしてもいないだろうし,わざわざ意識する必要もまったくない。

しかし,ビジネス調査はどうだろう。与えられる時間は限られている。その中で最大限の効果を出さなくてはならない。もちろん,手にする情報が間違っていてはならない。効率的,効果的な情報収集を行うには,回り道に感じられるかもしれないが,「調べるサイクル」を常に意識し,それぞれのステップをきちんと経るべきである。

これだけ大量の情報が溢れているのだから,インターネットを探せば何か出てくるはずだと,思い立ったらまずインターネット検索でキーワードを打ち込んではいないだろうか。もちろん“何か”は出てくる。だが,それが正しいものなのか,それで足りるのか,ほかにないのか,漫然とインターネット検索を始めてしまっては,それを判断するのは非常に難しい。だが,「調べるサイクル」の手順を踏んでいれば,目的の達成のために必要十分な情報が何なのかを見極めることも可能となるのである。

5. 情報の見極め方

(1)何のための情報か?

ロボット掃除機の購入に反対している家族を説得しなければならないとき,その反対理由によって必要な情報は異なるだろう。掃除機に何万円も出すなんて,と思っている家族に対しては,実売価格や,電気代など費用に係る情報が重要だ。しかし,反対の理由が「どうせすぐに使わなくなるのに」だとしたら,今現在どんなに安く手に入るかという情報を集めて提示してもあまり意味はない。

ビジネス調査においても同様である。たとえば,「A社について調べて」と依頼してきた人の所属が,提携先を探している経営企画部門なのか,自社製品を売り込みたいと考えている営業部門なのか,A社の販売戦略を学びたいと考えているマーケティング部門なのかによって,必要となる情報,ポイントとなる情報が異なることは明らかだろう。

その情報をもって何をしたいのか,何のための情報なのかという目的によって,具体的にどんな情報が必要なのか,どの程度の深さ・量の情報があればよいのかは絞り込まれてくるはず。

どこまでやればよいのかは,情報を手にする前,実際に検索を始める前にほぼ決まっているのである。

(2)プランニング

目的を明確にし,必要な情報を洗い出す。それはまさしく,調べるサイクルの入り口,①知識ギャップの認識,にあたる。情報調査の肝となるのは,今も昔も,技術情報でもビジネス情報でも,実際に検索をする前の準備段階,プランニングなのである。

プランニングといっても,事業計画のような綿密なものが必要な訳ではない。ビジネス調査においては「何をどうやって」調べるかということが明確になっていれば十分である。しかし,大量の情報が瞬時に検索できてしまうがゆえに,それさえ考えなくなってしまっている。

しかし,プランニングがしっかりできれば,その情報調査は半分終わったと言っても過言ではないことは,インフォプロの皆さんであれば理解いただけるであろう。

以上,連載のはじまりにあたって,ビジネス調査の特徴とそれを成功裏に進めるための考え方を述べてきた。ビジネス調査を成功に導くためのカギは,「調べるサイクル」の入り口の部分,プランニングにある。このプランニングの要素のうち,「何を」は目的が明確であれば自ずと明らかになる。では,「どうやって」を決めるものは何なのか。

次回はこの「どうやって」「どこから」情報を得るのか,ということについて考えてみたい。

執筆者略歴

津田塾大学国際関係学科卒業後,株式会社日本能率協会総合研究所マーケティング・データ・バンクで会員企業向けの情報提供サービスに携わる。その後,マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンに転じ,国内外コンサルタント・クライアントに対するリサーチ・情報提供サービス,コンサルタントに対するリサーチトレーニングなどを担当。

2001年にリサーチ関連サービス,コンサルティングを行う有限会社インフォナビを設立。現在は, 各種のリサーチ・コンサルティングプロジェクトに携わるとともに,企業の新入社員から戦略スタッフまでの情報調査力研修,情報力スキルアップセミナー等を担当。

著書:『情報調査力のプロフェッショナル』(ダイヤモンド社,2009年),『「過情報」の整理学』(中央公論新社,2012年)

 
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