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緊急アピール
電子ジャーナルの問題解決のための「3つの提言」
石田 武和
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2015 年 57 巻 10 号 p. 741-746

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物性物理学者の団体である物性グループでは,2014年11月27日に,「電子ジャーナルへのアクセス環境の整備に関する緊急アピール」を発表した。物性物理学は,素粒子物理学,原子核物理学,宇宙物理学,原子物理学などと並ぶ物理学の大きな分野であり,物理学の中では研究者人口がもっとも多い。物性グループには,現在1,000名以上の研究者が任意で参加しており,その中の選挙権を有する200名以上で構成される物性委員会では,各種委員の選出,物性研究の将来計画,共同利用研究所のあり方など重要事項について議論している。本稿の目的は分野を超え,物性グループからの緊急アピールを,多くの方にお知らせすることにある。

大学や研究機関で電子ジャーナルの購読継続が困難になっていると耳にしていた。2014年8月開催の物性委員会幹事会で,物性コミュニティーとして大型計画の是非を話し合っていたときに,「大型計画をコミュニティーから打ち出すのも大切だが,電子ジャーナル問題は,物性物理だけではなく,あらゆる分野がかかわる国としての対策が緊急の課題だ」との強い指摘があり,緊急アピールを出すために起草ワーキンググループを立ち上げることになった。

2014年日本物理学会秋季大会で開催された拡大物性委員会で電子ジャーナル問題に関する討議を経て,緊急アピールを物性グループ・物性委員会として発表する方針が決定された。その後,幹事会を中心に電子ジャーナル問題の詳しい調査研究を続け,2014年11月27日に「電子ジャーナルへのアクセス環境の整備に関する緊急アピール」を公表するに至った。

調査研究の過程で,この電子ジャーナルの問題は,われわれ研究者も正しく勉強してこなかったことを実感させられ,正直反省もさせられた。同時に,多くの提言や報告書も参照した。傾聴に値する提案もたくさんあったが,包括的に解決に至るシナリオは存在しないのではないかと心配もさせられた。反対に,14年前に日本学術会議から素晴らしい提言(緊急アピールの注6)が発信されていることも,初めて知ることになった。

この20年間の学術雑誌購読価格の高騰の年次変化を1に示している。購読価格は,物理学,化学,工学,生物学,農学で異なるものの,自然科学系の平均値上率は7%と大差ない。物理学では,実に,20年間にわたり,顕著な直線性を示すことは驚きである。

図1 電子ジャーナルの20年間の価格推移 ※Library Journalに公開されたPeriodicals Price Surveyのデータに基づき,大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)事務局が作成したものである。

1つの大学あたりで購読している冊子体の学術雑誌と電子ジャーナルのタイトル数(学術雑誌の種類数)の年次変化を23年間にわたり追いかけて示した図(「物性委員会からの緊急アピールに関する参考資料」の資料3)を緊急アピールでは引用した。それによれば,洋雑誌の冊子体は急激に減少し,逆に電子ジャーナルは,2000年以降,急激にタイトル数を増やし,タイトル数は冊子体の全盛期のタイトル数よりも1桁は大きい。電子ジャーナルのタイトル数がどんどん増えて,年々研究者の環境がよくなっていると誤解されそうな統計である。しかし,1つの出版社が刊行している数千タイトルの雑誌を一括して契約するビッグディール契約や,複数出版社の多数の電子ジャーナルをまとめて提供するアグリゲータ契約などが契約タイトル数の統計を押し上げている形式的な統計となっているのであろう。基幹的電子ジャーナルの購読継続が困難とする調査結果は,実際緊急アピールの注3にみることができる。

われわれは,これまで積み重ねてきた議論や努力と対立するのではなく,これまでの議論を尊重し,また取り入れながら,思い切った新機軸や新工夫も打ち出すとのスタンスで,今回の緊急アピールをまとめた。物性グループから発表した電子ジャーナルに関する提言は,2に示すように,重点項目として「3つの提言」を打ち出している。

詳しくは,次に緊急アピール(本文)を示すので,参照してほしい。賛同いただける場合は,いかなる研究分野の方,一般の方からの発信も歓迎するので,物性グループが開設したメールアドレスUrgentAppealForEjournals@ml.osakafu-u.ac.jpへ「YESメール」を送ってほしい。それが大きな力の形成につながるのではないかと考えている。

図2 緊急アピールの3つの提言 ※平等アクセスの環境整備を目的とする。

電子ジャーナルへのアクセス環境の整備に関する緊急アピール(本文)

  • 2014年11月27日
  • 物性†グループ・物性委員会

大学は,日本の高等教育と研究を担う中核機関であるとともに,社会貢献,地域貢献,産業創成など多岐に亘り,社会に対して多大の貢献を果たしています。したがって,大学は高度な公共性を持ち,社会に対して開かれた存在であることが求められています。大学での教育・研究成果を社会に対し公開し,知識技術を還元することは大学の責務です。研究成果が論文として公開される学術雑誌は,研究者の間で学術情報を共有するための必須手段であることはもちろん,研究機関と社会をつなぐ重要なコミュニケーションのツールでもあります。今日,ほぼ全ての学術雑誌は電子版(電子ジャーナル)となっており,購読・アクセス環境が確保できれば,世界のどこにいても,直ぐに,最新の情報を共有することができる時代となっています注1)。研究者が最新の正しい情報を基に教育・研究・様々な社会貢献の活動を行うためには,電子ジャーナルに平等にアクセスし閲覧できる環境は必要不可欠です。

しかしながら,近年,大学の予算削減と学術ジャーナルの価格高騰により,研究機関がこれらの電子ジャーナルを図書として個別に購入し研究と教育に携わる研究者がこれにアクセスすることが困難になっています注2)。全大学の購入支出は約230億円(2012年度実績)の規模ですが,契約できる基幹的な電子ジャーナルのタイトル数(学術雑誌の種類数)が大幅に減り,それでも値上げが継続する悪循環になっています注3)注4)。研究機関によっては,それぞれの分野において世界中で最も良く読まれている中心的な学術雑誌の電子ジャーナルでさえ,購読契約ができない危機的状態になっています。このままでは,日本の高等教育・研究機関に属する研究者は世界から孤立し,大学に期待されている社会の信託に応えられない事態になってしまいます。この状況は,規模を問わず,あらゆる研究機関で起こっており,もはや個々の組織の努力では解決できない国家的規模の緊急事態と考えられます。

この問題は,文科省や日本学術会議でも大きな問題として取り上げられ,日本独自のオープンアクセス学術ジャーナルの育成などの解決の方策が検討されてきましたが注5)注9),根本的な解決には至っていません。その中で,大学が個別に雑誌購読契約をする代わりに,学術情報を安定的・継続的に提供するために大学図書館の連合組織(大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE))を作り,そこで契約交渉をする新しい考えが生まれてきました注10)注11)。海外の多くの国では,実際に,このような連合体を中心として国全体で購入費用に対して責任を持つナショナル・サイト・ライセンスという方法が実施されてきています注12)注15)。日本でも試験的に導入され,限定的にですが実施もされています注16)注17)。しかしながら,このような新しい体制はまだ,その設立基盤も弱く,十分に機能を発揮しているとは言えない状況です。

私たちは,研究者がどの機関に所属していても,基幹的に位置づけられる電子ジャーナルが提供する学術情報に平等にアクセスできる環境を整備することが学問の健全な発展に不可欠であるとして,その実現を提言いたします。具体的に,(1)JUSTICEを基軸とし,その機能と権限を飛躍的に強化した,情報インフラストラクチャーの基盤的整備を実施し,国際協力にも対応可能な「包括的学術誌コンソーシアム」へと発展させることで,ナショナル・サイト・ライセンスの部分的導入も含めた新たな情報アクセス体制を確立すること,(2)電子ジャーナルの安定購入のため,これまでの文教予算の枠組みを超えた新たな財源確保の措置が検討されること,(3)次の5カ年間の科学技術政策を国としてまとめる第五期科学技術基本計画注18)の中で,すべての研究者が電子ジャーナルの提供する学術情報に平等にアクセスできる環境の整備が実現目標として明示されること,の3つを重点項目として挙げます。

私たち物性グループ注19)は,すべての日本の大学が直面する危機の解決に,広く皆様の賛同と支援の輪が広がることを念願して,物性物理学コミュニティーの声として,ここに,緊急アピールを発表します。

物性委員会からの緊急アピールに関する注
†   ここで「物性」とは「物性物理学」の略で,素粒子物理学,原子核物理学,原子物理学,宇宙物理学などと並ぶ物理学の分野であり,物理学の中では研究者人口が最も多い研究分野となっている。研究対象として物質(固体,液体)を扱うことが特徴である。

注1)  学術文献は電子ジャーナルの形が主流となり,出版社や学会出版局に蓄えられた論文データをインターネット経由で閲覧する。購読契約型の電子ジャーナルの論文閲覧は研究者の所属する研究機関が出版社や学会出版局と電子ジャーナルの購読契約をしている場合のみ可能となる。

注2)  日本学術会議物理学委員会物性物理学・一般物理学分科会からの提言“物性物理学・一般物理学の学術研究のさらなる振興のために”(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-22-t192-1.pdf)で基盤的経費と競争的資金の「デュアルサポートの充実」の達成度分析から問題点を指摘している。これまでは,基盤的経費が電子ジャーナルの購読料支払の主たる原資と考えられている。

注3)  文科省から2013年度「学術情報基盤実態調査」(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/03/1345298.htm)の調査結果が公表されている。2012年度は国立86大学総額92.75億円,公立86大学総額11.04億円,私立603大学総額123.68億円となっている。調査では,84%の大学が外国雑誌及び電子ジャーナルの購入予算の確保が課題とし,31.8%の大学が購入種類の減少を挙げている。東京新聞に「学術雑誌の電子版高騰 大学購入費8年で3倍」(2014年6月2日)が掲載された。

注4)  「物理学関係の雑誌の情報入手が困難になってきている状況が中小の大学等で顕著」との調査結果が日本物理学会の研究費配分に関する教育研究環境検討委員会から日本物理学会誌(Vol. 65, No. 1, pp. 49-51(2010))に報告されている。

注5)  文科省研究振興局「ジャーナル問題に関する検討会」報告書(http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/1351120.htm)が,ごく最近(2014年8月26日),プレス・リリースされた。報告書は,ナショナル・サイト・ライセンスには慎重で,オープンアクセスの整備を推進する論調となっている。オープンアクセス化の推進での新たな問題は,電子ジャーナル購読費用の機関負担の問題は低減されるが,著者に論文出版加工料(APC=Article Processing Charge)の負担が発生する。そのため,APCを収入源とした商業誌の参入,APCと購読料2重払い(ダブルディッピング)など複雑で,放置できない新しい課題となってきている。

注6)  日本学術会議は,14年前(2000年6月26日)に「電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急の提言」(情報学研究連絡委員会 学術文献情報専門委員会)を出している(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/17youshi/1768.html)。緊急提言では,欧米諸国の研究機関を越えた共同購入やナショナル・サイト・ライセンス契約等が採用されている現況に言及し,日本の研究機関の個別契約の状況を対比し,事態の緊急性の認識と関係機関の相互協力を求めている。また,改善策として,文部省(当時),科技庁(当時),及び関係機関に対して,直ちに必要な予算および組織体制の措置を行うこと,各国の商業出版社の差別価格的要求に対処することを求めている。提言に書かれた危機と課題は現在も未解決のままであり,緊急提言には今回の物性委員会の緊急アピールとも共通する趣旨が読み取られ,今も提言へのフォローアップが必要な状態が継続している。

注7)  日本学術会議 学術誌問題検討分科会から4年前(2010年8月2日)に,提言 学術誌問題の解決に向けて―「包括的学術誌コンソーシアム」の創設―(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t101-1.pdf)が出されており,電子ジャーナルの平等アクセス(学術誌をはじめとするさまざまな学術情報に,国内の全ての学術研究機関から平等に閲覧できる環境)実現の重要性が繰り返し強調されている。

注8)  日本学術会議「日本学術誌問題検討委員会」(http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/journal/)では,学術誌問題に関して,外国学術誌の高騰化への対応方策,日本の国際学術誌の強化の必要性,オープンアクセスへの対応方策,学術情報の発信・流通プラットフォームシステム等について,現在も継続して審議がなされている。

注9)  数学分野では「epijournals」というオープンアクセス誌(http://current.ndl.go.jp/node/22758)が創刊されている。

注10)  国公私立大学図書館協力委員会と国立情報学研究所(NII)との連携・協力により発足した大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)がある(http://www.nii.ac.jp/content/justice/)。日本の大学における教育・研究活動に必須である電子ジャーナルをはじめとした学術情報を,安定的・継続的に確保して提供するための活動を推進している。平成25年度には65社と94回の交渉をして53社と合意に達した。JUSTICEが果たしてきた役割は大きいが,同時に,価格交渉の対応の限界も指摘されている。

注11)  高エネルギー物理学分野では,「SCOAP3」というコンソーシアム(http://scoap3.org/scoap3journals)が設立されている。

注12)  ロシアの場合,「ロシア基礎科学財団がElsevier社のScienceDirectを契約し,150の研究機関で利用可能に」と紹介されている(2012年2月3日)(http://current.ndl.go.jp/print/20092)。

注13)  ドイツの場合,DFGはライセンス契約拡大のための費用として合計990万ユーロを供出し,これで合計1,010のデータベース,コレクション,アーカイブ等をナショナルライセンスで提供している(http://current.ndl.go.jp/print/11472)。具体的な電子ジャーナルのタイトルはhttp://www.nationallizenzen.de/angeboteで分かるが,例えば,物性物理学分野に限っても相当のタイトルがカバーされている。大学図書館職員短期研修(2010年10月8日)(http://www.nii.ac.jp/hrd/ja/librarian/h22/)で,先進国としては日本と似通った状況にあるドイツのNSLに関する肯定的な詳しい紹介があり,同著者による「ドイツにおける,電子ジャーナルの戦略的な供給・流通の動向」(http://current.ndl.go.jp/ca1828;2014年9月20日)でも,ドイツでは,バックファイルの恒久アクセス権を国が買い取り,大学・研究所や希望する国民に自由アクセス環境を提供していることが分かる。

注14)  カナダの場合,論文(X. Zhu, "The National Site Licensing of Electronic Resources: An Institutional Perspective," Journal of Library and Information Studies 9:1 (June 2011) pp. 51-76)にCanadian National Site Licensing Project(CNSLP), the United Kingdom's National Electronic Site Licensing Initiative(NESLI)の詳しい分析がなされている。この論文の参考文献やURLリストは詳細で各国の電子ジャーナルの状況を知るのに有用である。(http://jlis.lis.ntu.edu.tw/article/v9-1-3.pdf)

注15)  LIBLICENSEサイト(http://liblicense.crl.edu/licensing-information/national-site-license-initiatives/)には,オーストラリア,カナダ,オランダ,ニュージランド,トルコ,英国などの新しい情報(2014年3月28日)があり,National Site License Initiativesの豊富なリンクからアクセス可能である。

注16)  船渡川清,「ナショナル・サイト・ライセンスによる電子ジャーナル・サービス導入の試み」大学図書館研究Vol. 59, pp. 16-25, 2000-09 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000250874。国立情報学研究所(平成12年3月まで学術情報センター)は15年前(1999年度)に,IOP英国物理学会の電子ジャーナルのナショナル・サイト・ライセンスを試験提供した実施例を紹介している。

注17)  国立情報学研究所のNII-REOから現在も利用できるナショナル・サイト・ライセンスとして,Oxford University Press 200誌 1996-2003のバックファイル・アーカイブがある(http://reo.nii.ac.jp/oja/info/oja_db.html)。

注18)  科学技術基本法(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/kagaku/kihonkei/kihonhou/mokuji.htm)に基づき,科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図り,5年間の科学技術政策を具体化するため政府が策定する。2016年度からの第5期科学技術基本計画の準備が開始されている。

注19)  物性グループ(http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/)には,日本各地の物性物理学に携わる研究グループが参加している。各グループから選出された物性委員は,物性研究の将来計画やあり方など重要課題を議論するため物性委員会を組織している。現在200名以上の物性委員,1,000名を越える研究者が物性グループに参加している。物性委員会の幹事会は,物性委員の選挙で選ばれ,日本学術会議や学会と連携して,物性物理学研究者コミュニティーの意見をとりまとめる活動を行っている。

物性委員会連絡先:

Bussei_Gr_Office@pe.osakafu-u.ac.jp http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/

 

緊急アピール掲載:

http://www.pe.osakafu-u.ac.jp/busseiG/appeal.html

 

緊急アピール賛同とコメントの「YESメール」受付アドレス:

UrgentAppealForEjournals@ml.osakafu-u.ac.jp

 

物性委員会起草ワーキンググループ:

石田武和 物性グループ物性委員長(大阪府立大学),田中 智 物性グループ事務局長(大阪府立大学),

村田惠三(大阪市立大学;WG長),石原純夫(東北大学),伊藤正行(名古屋大学),大塚洋一(筑波大学),

早川尚男(京都大学),中西 秀(九州大学)

謝辞

本稿をまとめるにあたり,物性委員会幹事会,起草WGの多大なる貢献があった。緊急アピールの内容の事実関係の点検では,JUSTICE事務局,文部科学省学術基盤整備室,大阪府立大学学術情報センターなど,多くの方々のお世話になった。日本物理学会兵頭俊夫会長にも貴重なご意見をいただき,また,同学会事務局会議室で記者発表会を開催することについて,同会長を通じて同学会理事会の了解を得ていただいた。物性グループが設けた賛同メール(YESメール)にすでに多くの声を寄せてくださった方々がいる。ここに,深く感謝する。

 
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