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視点
ユーザはどこにいるか 海外の日本研究を支援するために
江上 敏哲
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2014 年 57 巻 5 号 p. 340-343

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問:なぜ夏にカウンターがにぎわうのか?

毎年6月も半ばを過ぎるころになると,私が勤める国際日本文化研究センターの図書館カウンターはにわかに慌ただしさを増してきます。海外の多くの大学が学年末を迎え,各国の学生・研究者たちが夏休みを利用して日本へ,そしてこの図書館へ文献調査にやって来るためです。メールで来館希望を伝えてきたり,所蔵資料の有無や利用法を問い合わせてきたりといったことも多くなります。梅雨が明けるころには国内の学生・研究者もこれにくわわり始めます。館内はいろいろな国の,いろいろな立場の,いろいろな分野のユーザでにぎわいます。

国際日本文化研究センターは,日本の文化・社会についての研究,特に海外の日本研究者・学生による研究活動を支援する機関です。1987年に大学共同利用機関として設立され,現在専任教員・研究者・大学院生(総合研究大学院大学博士課程)など計50名ほどが在籍しています。

国際日本文化研究センター図書館

当センターの活動には「研究活動」と「研究協力活動」の2つの柱があります。研究協力として重要な活動のひとつが海外からの研究者の受け入れです。毎年40~50名ほどの海外の研究者たちが客員や来訪としてセンターに在籍し,3か月から1年の滞在で研究成果をあげていきます。大学院生の約半数は留学生です。

また協力活動の最たるものと位置づけられているのが図書館利用です。当センター図書館では,在籍する外国人研究者や留学生だけでなく,国内の他大学・他機関の外国人研究者や学生,そして冒頭のように来日して文献調査やフィールドワークを行なう海外からの研究者・学生も,支援すべき“ユーザ”として,資料・情報の提供を行なっています。

当館の“ユーザ”,海外の日本研究者・学生には,多種多様な人々がいます。

たとえば「日本語がどれだけ堪能か」というひとつをとってみても,古典籍を当たり前のように読む人もいれば,ベテランの日本文学研究者でも片言しかしゃべれない人もいます。社会・美術などの分野ではほとんど,英語・欧文文献しか使わない人もいます。日本語の本を読むために来館する人でも,われわれとの会話やメールは英語でしかできない,という人もよく見かけます。そして中国・韓国などの歴史を専門とする人で,日本語の文献や研究成果を参照する必要があるために日本語を学んでいる,という人もいます。

は日本研究者の日本語能力に関する調査結果です。

表 日本研究者の日本語能力(北米・2005)注1)
聴く 話す 読む 書く
できない~
日常的使用まで
15.9% 16.7% 11.8% 31.7%
必要に迫られての学術的使用~
ネイティブ並み
84.1% 83.3% 88.2% 68.3%

問:日本語の本を読むのは“日本専門家”だけか?

ユーザの“リテラシー”――日本語の習熟だけでなく,日本の文献調査や検索に慣れているか等――はさまざまです。日本語資料を必要とする人,日本を研究しようとする人が,必ずしも日本を“専門”にしているとは限りません。

かつて,ある特定の国・地域を専門にして焦点をあてるというやり方をとった「地域研究」ですが,昨今では互いに融合・協力したり広い視野で見渡したりする研究手法がとられる傾向にあります。たとえば,貿易史・交易史をテーマとして日本からアジア・アフリカ・ヨーロッパまで対象を広げていくような人もいます。また,中国芸術を専門にしていた人が,東アジア全体を視野に入れるにあたって日本語文献が必要になってくる,ということもあります。共同研究やプロジェクトとして学際的・グローバルな研究が行なわれる場合,他分野・他地域の専門家が研究の過程で日本“も”対象に含む,視野に入れることになります。個人の研究でも,都市工学や福祉を専門分野とする研究者が“対象”として日本を(日本“も”)扱う,ということもあるでしょう。そして3.11以降の原子力発電その他の地震被害に関しては,対象が日本かどうかを問うまでもなく重要な研究課題となりえます。

ユーザ像は決して一様ではありません。国・居住地はもちろん,主たる専門分野・地域,専門性のレベル・職種・業種,学際的・横断的な研究かどうか,日本“を”なのか,日本“も”なのか,たまたま日本なのか。そして,現地の研究環境の違いや社会情勢。日本を研究することがどう評価されるのか,むしろ評価されないのか。どの要素も多種多様で相関することはほぼありません。われわれとしては,それぞれの事情をできるだけ把握し,理解し,対応を変えつつ支援していきます。

問:アウトリーチの対象は誰か?

日本語資料・情報の入手や扱いが困難・不慣れであっても,それを必要としている人たちに対し,どのようにしてスムーズに届けられるか。リクエストを満たせるか。場合によってはこちらからニーズを掘り起こしに行けるか。そこで問題になるのが,4月号「デジタルなら海を越えられるか:海外の日本研究を支援するために」1)で取り上げた,日本のデジタル資料・日本製e-resourceの少なさ・アクセスのしにくさです。

海外から国を越えて資料・情報にアクセスしようとすると,それだけでユーザには時間的・金銭的・精神的に大きなコストがかかります。距離や輸送の負担,言語の違い,わかりにくさなどです。それらの大幅な解消を期待できるのがデジタル資料・e-resourceです。しかし,欧米や中韓の文献ならデジタルでスムーズに手に入る環境にあって,日本の文献だけが紙で入手せざるをえない,となると,日本研究のハードルだけがいびつに高くなってしまいます。

このように,何らかの事情で資料・情報へのアクセスに障壁があるユーザに対し,図書館は「サービス対象の無限定性」にもとづき,アウトリーチ活動を行なっています。アウトリーチ活動の代表的な対象には,高齢者,障がい者,入院患者,受刑者などがあげられます。それぞれの利用者層に特有の障壁や事情・ニーズに合わせて資料へのアクセスがしやすくなるよう配慮するという活動です。

問題は,その“アクセスに障壁があるユーザ”とはどこの誰であるか,というアウトリーチの対象設定が,柔軟かつ幅広く,多様性や社会情勢に応じて対応できているか,ではないでしょうか。

海外の研究者という“ユーザ”についていえば,日本にある資料・情報であればどの機関・どの業種・どの地方のものであっても,入手・アクセスしたいというニーズが発生しえます。しかし,当センターのようにそれらを前提としていなければ,海外からの利用をデフォルトで念頭に置いている図書館・機関はそう多くはないでしょう。むしろ“見えないリスク”に躊躇(ちゅうちょ)して「海外発送不可」「国内からのアクセスに限る」などのフレーズを無意識に使うことが多いのではないでしょうか。図書館に限らず,国内のあらゆる地域・種類の文化・学術機関,企業,官公庁・自治体等々に,海外のユーザも対象たりうる,と認識し対応してもらえるかどうかが,資料・情報の入手・アクセスの成否を左右します。

問:研究者は大学にしかいないのか?

西洋史若手研究者問題検討ワーキンググループというところが,2012年から西洋史分野の若手研究者を対象とするアンケート調査を行なっていました。その成果の一環として発表された「若手研究者問題と大学図書館界」2)では,若手研究者が大学図書館の資料・サービスを利用できなくなってしまうという問題が指摘されています。研究者としてのキャリアパスの過程において,博士課程後,大学の籍から一時的にはずれることになる人は少なくありません。ですが,大学に所属をもたないため,研究活動に不可欠な大学図書館の蔵書を利用できない,他機関への紹介・取り次ぎもされない,契約もののe-resourceにアクセスできない,といった困難が生じます。もちろん,研究者でなくても専門的な資料・情報を必要とする専門家や市民は大勢いるでしょう。

所属者でない以上“ユーザ”とは見なせない,対応に限界がある,ということもあるとは思いますが,それによって研究者の研究活動が進まない,既存の資料が有効活用されないのであれば,それは“ユーザ”と“アウトリーチ”の設定に失敗していることになるのではないでしょうか。リソースを抱えた大学や公的機関が社会的役割をどう果たすのか,ということが問われているのだと思います。

問:スタバになら来館するユーザにどこまで向き合えるか?

この問題を広くとらえるなら,われわれは,自分たちの想定の中だけの“ユーザ像”にもとづいて,図書館その他のあり方やサービスを設計してしまっているのではないか。そのことを意識的に,反省的に考えたいと思います。

佐賀県武雄市に蔦屋書店やスターバックスを併設した新しい公共図書館ができた,ということについては,ニュースやネット記事などでご覧になった方も多いと思います。目新しいキラキラとした図書館のあり方について多くの人が議論し,賛否両論が出されています。たとえば「この図書館が気に入らない人は,よそへ行けばいい」という言説については,公共の機関としてはふさわしいあり方ではないでしょう。ですがそれと同時に,従来の図書館のあり方についてもまた同じように反省しなければならないだろうとも考えます。蔦谷書店やスターバックスがある図書館にだったら行く,行きたいと思う,という多くの人々のことを,そうではないこれまでの図書館は,どれだけ“ユーザ”として想定できていたのか,真摯(しんし)に向き合えていただろうか。そのことを反省的にとらえることが,「ユーザはどこにいるか?」を考える第一歩ではないかと思います。

執筆者略歴

江上 敏哲(えがみ としのり)

国際日本文化研究センターにて図書館司書として勤める(情報管理施設資料課資料利用係長)。京都大学(1998年~),ハーバード・イェンチン図書館(在外研修・2007年)を経て,2008年より現職。また玉川大学,立命館大学,同志社大学にて非常勤講師。著書に『本棚の中のニッポン:海外の日本図書館と日本研究』(笠間書院,2012年)。

本文の注
注1)  『Japanese studies in the United States and Canada : continuities and opportunities』。Japan Foundation, 2007. よりTable3.4を参照して作成。

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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