2014 年 57 巻 6 号 p. 423-428
2014年5月21,22日,イリノイ大学(米シカゴ)にてORCIDアウトリーチ・ミーティング(以下,ORCID シカゴ会議)注1)が開催された(図1,図2)。
ORCID(オーキッド)(http://orcid.org/)とは,Open Researcher & Contributor IDの略称で,世界中の研究者に一意の識別子を与えることを目指す国際的な非営利組織である1)。そのORCIDが主催する ORCIDアウトリーチ・ミーティングは,研究機関や学術系出版社・研究助成機関・研究者などが,導入事例報告等を情報共有することを目的に年に2度,欧米で交互に開催されている。今回7回目(表1)となったORCIDシカゴ会議には,大学図書館員を中心に約160名の参加があった。
著者は2013年8月に国内初となるORCIDアンバサダー注2)(ORCID普及を促すボランティア)に認定され,同年秋に開催された図書館総合展でポスター発表注3)するなどORCID普及を後押ししてきた。今回,ORCID シカゴ会議開催を記念して開発した,文献管理サービスMendeleyとORCIDの統合ツール「Mendeley to ORCID」のポスター発表を目的にORCIDシカゴ会議に参加した。ORCIDシカゴ会議には著者を含め11名のORCIDアンバサダーの参加があり,彼ら/彼女らとの交流をはかるのも目的のひとつであった。なお,本稿執筆時点で27か国に83名のORCIDアンバサダーがいる(アジア環太平洋地域16名,ヨーロッパ・中東およびアフリカ27名,南北アメリカ40名[2014年7月現在])。
本稿では「ORCIDとは何か」を改めて確認した後に,発表されたORCID導入事例を一部紹介する。また,同時に開催されたコードフェスト(ハッカソン)の様子や,著者自身によるポスター発表についても報告する。
開催数 | 開催時期 | 開催場所 | 備考 |
第1回 | 2011年5月18日 | 米国ボストン(Boston, USA) | |
第2回 | 2011年9月16日 | スイス欧州原子核研究機構(CERN, Switzerland) | |
第3回 | 2012年5月17日 | 米国ボストン(Boston, USA) | |
第4回 | 2012年10月17日 | ドイツ ベルリン(Berlin, Germany) | |
第5回 | 2013年5月23,24日 | 英国オックスフォード(Oxford, UK) | コードフェスト開催 |
第6回 | 2013年10月30日 | 米国ワシントン D.C.(Washington D.C., USA) | |
第7回 | 2014年5月21,22日 | 米国シカゴ(Chicago, USA) | コードフェスト開催 |
出典:http://orcid.org/about/events
初日は,アルフレッド・P・スローン財団(以下,スローン財団)およびイリノイ大学の開会挨拶で幕を開け,主催のORCIDよりローレル・ハーク氏(エグゼクティブ・ディレクター),レベッカ・ブライアント氏(コミュニティー・ディレクター),ローラ・パリオーネ氏(テクニカル・ディレクター)の3名からORCIDの現状や今後のプラン,コミュニティー活動や開発体制などについての報告があった(図3,図4)。
それらの発表から,あらためてORCIDとは何かをまとめる。
ORCIDは,研究者の名寄せ問題を解決しようと立ち上がったプロジェクトである。同姓同名や婚姻による姓の変更により同一人物を特定できないことなどが問題意識としてあった。ORCIDの類似サービスとしてResearcherID(トムソン・ロイター)(http://www.researcherid.com/),国内であればresearchmap(科学技術振興機構・国立情報学研究所)(http://researchmap.jp/)などが挙げられる。ORCIDは国際標準としてこうした既存のIDサービスを連携・統合し,ユニバーサルな研究者IDとして機能することを目指しており,出版社・研究機関を中心にそれを実現可能にするAPI公開・導入事例が広がりをみせている。
ORCIDは2012年10月からID(以下,ORCID iD)取得受け付けをWebサイトで開始しており,誰でも無料で簡単に取得できる(公式サイトには,「30秒で取得できる」と記載されている)。ORCID iDは16桁の数字で構成されており,たとえば著者のORCID iDは次のとおり(下線部分の16桁)である。
http://orcid.org/0000-0003-0485-8891
ORCID iD取得後は自身のプロフィールや業績データを登録することができる。公開・非公開の情報設定がきめ細かくでき,どのような助成を受けたのかといったファンディング情報も入力可能である。ORCID iD取得受け付け開始から約1年半たった2014年7月,80万人を超える研究者がORCID iDを取得している。
国別の利用状況の割合は圧倒的に米国が高く(全体の16%),次が中国である(10%)。中国では漢字表記からアルファベット表記にした際に同姓同名となるケースが非常に多い。ORCIDが研究者とその関係者の問題を解決してくれるものとして受け入れられたと想像する(後述)。
ORCID公式サイトのローカライズも進んでいる。スペイン語・フランス語・中国語・韓国語のほか,ポルトガル語・ロシア語・日本語が順次公開の予定で,文字どおり世界中に広まってきている。
エルゼビアやネイチャー・パブリッシング・グループといった大手学術系出版社が論文投稿の際に,あるいは研究助成機関大手のウェルカム・トラストが助成申請の際にORCID iDの入力を求めるなどORCID対応が進む一方,大学における導入事例も相次いでいる。今回のORCIDシカゴ会議でも事例発表の目玉となったORCID登録採用・実装支援プログラムや,英国情報システム合同委員会(The Joint Information Systems Committee: JISC)が支援するORCID試行プロジェクト注4)がそれである。
2.2 事例報告:ORCID登録採用・実装支援プログラム2日間のORCIDシカゴ会議における話題の中心は, 2013年10月に発表されたORCID採用・実装支援プログラム(ORCID Adoption and Integration Program)参加の9機関による導入事例報告であった(表2)。
機関名 | 導入事例 |
ボストン大学 (Boston University) |
研究者プロフィールプラットフォーム Profilesとの統合 |
コーネル大学 (Cornell University) |
学際的研究ネットワークVIVOとの統合 |
ノートルダム大学 (University of Notre Dame) |
機関リポジトリ(Hydra stack/Fedora Commons)との統合 |
パデュー大学 (Purdue University) |
共同研究支援システムHUBzeroとの統合 |
Reactome | 生物学的プロセスやパスウェイに関する情報を含むデータベースとの統合 |
北米神経科学学会 (Society for Neuroscience) |
学会管理システム(Association Management System: AMS)Personifyとの統合 |
テキサスA&M大学(Texas A&M University) | 電子学位論文(Electronic Theses and Dissertations: ETD)システムVireoとの統合 |
コロラド大学 (University of Colorado) |
学部情報システム(Faculty Information System: FIS)との統合 |
ミズーリ大学(University of Missouri) | 機関リポジトリ(DSpaceベース)との統合 |
出典:http://orcid.org/blog/2013/09/27/announcing-orcid-adoptionintegration-program-awardees
ORCID採用・実装支援プログラムは,スローン財団から得た助成金を,公募により募集・審査のうえ採用決定した大学・研究団体等に対し(北米のみ対象),ORCID採用・実装を資金面でサポートするものである。本プログラムの実行により導入事例報告や開発コードのオープンソース化を推進し,その他の機関におけるORCIDの潜在ニーズを高めることを目的としている。
著者が特に注目したのは,機関リポジトリ(ノートルダム大学・ミズーリ大学)との連携である。現在,世界中に2,600以上存在する機関リポジトリのうち,約42%がDSpaceをベースに構築されている注5)。ミズーリ大学が取り組んでいるのは,このDSpaceによって構築された機関リポジトリとORCIDの連携で,実現された機能が2014年秋以降,他のDSpace利用機関にも開放される予定である。機関リポジトリで圧倒的なシェアを誇るDSpace利用機関へのORCID普及が期待できる。
国内に目を向けると,日本には約350の機関リポジトリが存在する注6)。OpenDOAR上では,日本の機関リポジトリ登録数は145で,その約68%がDSpaceを利用している。一方で,国立情報学研究所の共用リポジトリサービス「JAIRO Cloud」注7)への参加申請機関が200以上と半数を超えている。
2014年5月21日,まだJAIRO Cloudが存在しなかった2007年にDSpaceで機関リポジトリ「つくばリポジトリ」(Tulips-R)を構築した筑波大学が,JAIRO Cloudに移行した。運用・資金面からも今後多くの機関が筑波大学と同様の動きをみせる可能性がある。したがって,JAIRO CloudのORCID対応が進めば,日本はORCID対応先進国としての期待が高まる。
これに加えてresearchmapとの連携や,KAKEN(科学研究費助成事業データベース)・CiNii(NII学術ナビゲータ[サイニィ])におけるORCID対応にも期待したい。著者は特に,約23万人以上の研究者登録があるresearchmapのORCID対応を待ち望んでいる。現在はORCIDからの情報取り込み機能しかないが,researchmapからORCIDへの情報移行・同期機能などが実現されれば,日本人研究者にとっても情報を何度も登録する手間が省けるなど,利用を後押しするのではないかと考える。researchmapを運用面・開発面から支える科学技術振興機構と国立情報学研究所はともにORCIDのメンバー機関であり,大いに期待したい。
2.3 アジアで存在感を示す中国:清華大学の報告アジア勢においてもっともORCID対応に意欲的だと感じたのは,9名もの参加があった中国の清華大学である(図5)。名寄せ問題を痛烈に感じている中国ならではの事情があるからであろう。発表された清華大学のイェン・シュワイ教授によると,たとえば図書館情報学における59名の有名な研究者について調べたところ,11名もが「王芳」(Wang Fang)という名前だったという。同じ分野で11名も同姓同名となると,どの王芳(Wang Fang)先生が自分の知りたい先生なのか混乱してしまうことが容易に想像できる。
一方,中国の論文数が世界2位,中国の研究者数倍増といった話題がある。世界全体の論文数に占める各国の論文数・割合(論文数シェア)でみると,1990年代後半からは中国における論文数が飛躍的に増加し,中国の論文数シェアは2008年において10.5%と世界第2位(日本の同年における論文数シェアは7.0%で5位)である。その背景にある2001年と2008年の研究者数を比較すると,日本は,研究者数に変化はほとんどなくほぼ横ばいで約65万人であるのに対し,中国の研究者数は,2001年から年々増加傾向にあり,2008年には約2.1倍となっている。論文数も研究者数も,数が増えれば増えるだけ研究者の同姓同名問題が頭痛の種になるわけである。
そこでORCIDに問題の糸口を見いだし,その結果,現実にORCID iDの発行数でいえば中国が世界第2位となることも納得のいく話である。
清華大学ではまだ特にORCID実装をしたわけではないが,イェン教授が発表されたサーベイから,中国におけるORCID普及の可能性は日本より高いことが理解できる。
コードフェスト(CodeFest)とは,普段はインターネット上でのやり取りのみで,直接話し合う機会があまりないハッカーたちが1か所に集い,自由にソースコードを持ち寄って顔を合わせて議論しながら開発を進めるイベントである。昨年(2013年5月/英国オックスフォード)に引き続き2回目の開催となり,こちらは静かに,しかし熱く開発が進められた(図6)。
昨年は11のプロジェクトから「OrcidLIVE!」というORCIDとGoogleマップをマッシュアップしたサービスが優勝した。今回もどんなコードが披露されるのか楽しみにしていたイベントの1つである。今回は6つのプロジェクトがエントリーされ,ORCIDの更新情報をツイートする「Orcid Social」やブログサービスWordpressのプラグインなど,身近で旬なコードが開発された(図7)。
ORCIDシカゴ会議ではイベント・プログラムのほかに,会場内外でポスター発表や企業ブース展示があった。ポスターは10の発表があったが,そのうちの1つが著者のものであり,MendeleyとORCID双方のAPIを利用して開発したサービス「Mendeley to ORCID」(http://m2id.org/)を発表した。これほど短期間で多くのORCID iDの発行があった背景には,ORCIDが早期にAPIを公開したことと,ScopusやfigshareなどのサービスによるORCID統合ツールが普及してID取得を後押したことがあると著者は考えている2)。
そこでORCIDアンバサダーとして,さらなるORCID iD取得を促すことを目的に,300万人を超える世界中の研究者が利用するMendeleyに着目してORCID統合ツールを発案した。Mendeleyユーザーの多くが自身の出版物情報を含むプロフィールを管理していると想定し,ORCIDシカゴ会議直前に,Mendeley のPublicationsをORCIDのWorksへ簡易に連携させるツールのサービスを提供するに至った3)。
ポスターの前で事前に用意したペンを参加者に渡し,ポスターに直接コメントや名前のサインをお願いしてコミュニケーションをはかった。ORCIDアンバサダーや会議参加者たちと大変有意義な時間を過ごすことができた(図8,図9)。
会議当日の資料は映像とともにすべて公開されているほか,ORCID理事のお一人であり国立情報学研究所の武田英明教授によるTwitterのまとめ注8)も公開されているので参考にされたい。
次回のORCIDアウトリーチ・ミーティングが,国立情報学研究所の協力のもと,2014年11月4日に東京で開催される注9)。これまで欧米でしか開催されなかった本ミーティングが初めてアジアで開催されるとあって,アジア太平洋地域の国々におけるインテグレーター・研究機関・国の機関や研究者から注目されている。導入事例を学び,関係者との交流を深めるよい機会になることを,現地プログラム委員の1人として強く願っている。
(ORCIDアンバサダー 坂東慶太)