情報管理
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視点
研究力強化のための情報統合と分析 リサーチ・アドミニストレーターの立場から
鳥谷 真佐子
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2014 年 57 巻 7 号 p. 490-493

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研究関連情報の集約と活用

前回の寄稿では,図書館の研究情報資源活用について取り上げた。今回は,研究支援のための大学内情報の集約や活用方法について考えてみたい。リサーチ・アドミニストレーター(University Research Administrator: URA)らは研究戦略立案支援や外部資金獲得支援,研究プロジェクトのマネジメント,産学連携支援など,幅広い研究支援を行っているが,これらの支援機能向上のためには,関連情報の収集・分析が不可欠である。以下,2つの研究支援事例を通し,研究支援のための情報集約・活用方法に併せ,その課題についても考えたい。

研究力分析に必要な情報とは

(1) 論文分析

URAが行う研究支援の1つとして,研究力の分析が挙げられる。研究戦略立案を念頭に置いた大学執行部からの依頼を受けて,あるいはURA側から学内施策を提案する際に分析を行うのだが,その際,大学の研究力を知るための指標として,論文数や論文被引用数を用いることが多い。大学全体の状況に加え,分野別の状況や部局別の状況を分析していく。情報サービス企業が提供する論文情報データベースを用いれば,分野別の状況を調べることはたやすいのだが,データベース上の著者所属は表記の仕方がそろっていないことが多いため,部局ごとの状況を調べるためには,学内の教員所属情報と論文情報を何らかの形で統合する必要がある。また学内には論文情報データベースが複数ある場合もあるだろう。たとえば,情報サービス提供企業が一定の基準で全世界から論文情報を収集したデータベースと学内の学術情報の蓄積を目的としたリポジトリ,日本語文献をカバーしているものとそうでないものなど,それぞれに特徴があり,目的や必要に応じて,これらの情報を統合して分析に用いなければならない。

個人的な経験だが,ある部局の教員1人ひとりの論文発表状況を詳細に出してほしいというオーダーが入ったことがある。よく知られる代表的な,英文の学術情報を収録したデータベースAから,その部局の教員1人ひとりの論文リストを作成したのだが,ある教員から「自分が発表した論文がリストに入っていない。この情報は不正確ではないか」とクレームが入った。データベースAよりも広範な論文情報をもっているデータベースBを用いて調べてみると,その教員が発表した論文には,データベースAには収録されていない論文が数点あることがわかった。さらに部局全体を調べてみると,データベースAに掲載されている論文は,データベースBに掲載されている論文の約60%しかカバーしていないことがわかった(データベースAは,独自の基準により収録する雑誌を評価・選択しているため,データベースBより限られた範囲での情報が掲載されている)。もともとわれわれがデータベースAを用いたのは,これが国の研究力分析に用いられているためだったのだが,この一件から,「国が採用する研究力指標における本学の位置づけを向上させるために,今後教員はデータベースAに掲載されている雑誌への論文投稿を意識するべき」という意見も出てきた。この意見に関する是非は別にして,ここで伝えたいことは,異なるデータベースの情報を統合してみなければ見えてこないことがある,ということである。そして,このような分析結果が部局の方針に何らかの影響を与えるということもありうるのだ。今回は英語の学術情報を掲載したデータベースを例に取り上げたが,日本語の学術情報については,学内で作成しているリポジトリを用いるほうが適している場合もあるだろう。目的によっては上記の例のように,2つ以上のデータベースの情報を統合する必要があるかもしれない。

一方,この部局別論文分析の作業においては,すでに退職・異動している教員をリストから除く作業をしなければならず,人事情報と突き合わせる必要があった。この例のように,研究力分析のためには,論文情報などの直接研究に関する情報だけではなく,学内の研究関連以外の情報を必要とすることもある。

(2) 科学研究費補助金(科研費)採択状況分析

次に科研費申請の支援を取り上げる。科研費の採択率,採択件数,それらの年度推移などについての大学全体,部局ごとの分析は,研究推進事務組織が把握しているデフォルトの科研費採択課題情報を用いて行うことができる。これらにより大学全体の科研費獲得傾向をつかむことができ,どの部局が科研費獲得に熱心か,どの種目にてこ入れが必要かが見えてくる。こうした分析をもとに,次年度の大学全体の科研費獲得対策を提案するのもURAの仕事の1つである。学内経費を科研費獲得対策のために用いる場合,それこそが大学の研究戦略につながってくる。

さらに少し踏み込んで,職階別,年代別で科研費獲得状況を調べてみると,どの部局のどの職階/年代のアクティビティが低いのかが見えてくる。こうした分析を眺めていると,各部局の人事など,構造的な問題もかかわっているのではないかと思えてくる。たとえば,60代以上の教授らの科研費獲得率がもっとも低い部局があれば,そもそもシニア層が科研費獲得に熱心でないとか,論文数を稼ぐだけで教授に昇任できる人事を行っているとか,研究以外の何らかの業務が研究を圧迫しているとか,何かしらの問題が潜んでいるのかもしれない。また,科研費を数年間連続で獲得できていない教員の特定など,やろうと思えば個人レベルでの追跡が可能である。こうした個人をどう支援するのか,そもそも支援するべきか否か,何が問題なのか,分析から考えるべきことが見えてくる。

このように個人ごとの科研費獲得状況の推移を正確に追う必要がある場合には,雇用や退職といった情報を加味しなければならない。たとえば,ある教員の科研費採択数が一見少ないようでも,人事情報と突き合わせてみると,1年前に赴任してきたばかりであったため前所属機関での科研費採択状況が反映されていなかっただけということがわかったりする。科研費の採択状況分析1つ取っても,学内の情報を複合的に利用する必要があるのだ。

さまざまな情報の収集

URAは,論文情報をもとに強みを有する研究分野を特定することはもちろんのこと,部局/研究グループ別,教員の年代/職階別の研究力分析を行うことで,学内の戦略的経費の分配をどのように行うか,研究力強化のための学内施策を,教員人事も含め,どのように設定するかについての判断材料を執行部に提供することができる。さらに一歩踏み込み,分析から考えられる施策を提案することも可能だろう。また,論文情報や特許情報から産学連携の候補企業を選定するとか,国際共著論文の情報から国際連携を活発に行っている教員や部局を同定し,関係の深い海外の大学と共同で行う教育研究プログラムを立案するといったことも考えられる。さまざまな情報を複合的に分析することで,より具体的なアクションにつながる考察を行うことができる。大学の総合的な研究力強化のためには,人事,財務,大学院教育,国際化,産学連携それぞれにどうつなげていくかを考え,必要な情報を収集しなければならない。

研究力強化策提案に必要な情報とは,たとえば,研究者の氏名,所属,職階,男女の別,論文情報,競争的資金情報,採用・退職・異動などの人事情報,年齢,研究者番号,職員番号,特許出願・取得状況,共同研究・受託研究情報ほか,場合によっては教育に関する情報も含め多岐にわたる。また,大学の国際化を進めるうえでは,研究者の国籍,海外機関との共著論文の情報,国際共同研究を目的とした助成金の獲得状況などの情報も必要であると考えられる。

これらの分析を行うにあたって問題になるのは,情報の収集である。たとえば,科研費の採択状況は,研究推進担当の事務部門が把握しているが,年齢や雇用状況を分析のために用いるならば,人事課から情報を出してもらわなければならない。また,産学連携状況を分析するためには,共同研究費の受け入れ状況,特許取得状況などを産学連携課から手に入れなければならない。大学の財務状況における外部資金の位置づけ,推移などを分析するためには,財務情報も手に入れなければならない。

毎回,情報が必要になるたびに,担当部署を訪ねて事情を説明し,部外秘であることの念を押され,この目的以外に用いないことを約束したうえでデータを送ってもらうということを繰り返す。情報は更新していかなければならないため,同じことを毎年繰り返すのだ。このような作業は情報の秘匿性を確保するうえで必要なことなのだろうか,それとももっとほかに方法があるのだろうか?

情報統合システムの構築

金沢大学では,現在,複数の論文データベースの情報を1つのシステムに集約し,学内の研究者情報データベースに情報を移入することを始めている。論文データベースの情報は任意のタイミングで更新される。複数データベースからの情報移入による論文の重複や同姓同名著者論文の除外など,個人個人の論文データの確認をどのように行うかは現在検討中である(同姓同名著者論文の除外等については,トムソン・ロイター社のResearcher ID1)のようなプロファイルサービスを活用することにより,ある程度は解決可能と思われる)。

統合された複数の論文データベース情報と,研究者情報データベースの情報とを統合することにより,著者の所属部局を明確に同定しにくいという論文データベースの欠点を補うことができる。さらにこのシステムから任意の情報を抽出し,URAらが分析を行うことも可能である。

また本学では,研究,教学,人事関連の,学内に分散している情報を統合するためのシステム構築(1)を2013年から開始し,2015年の運用開始を目指している。教員評価システム,研究者情報データベース,教学システム,人事システムなど,学内の既存システム/データベースに入力されている情報と,各部署が取り扱っているExcelで作成した情報,たとえば科研費などの外部資金情報,共同研究・受託研究契約や特許の情報,さらに論文情報などを1つのシステムに集約することを試みる。

ただ,システムという「箱」を構築したとしても,どんな情報を,どのタイミングで,誰が入力・移行するのかを明確にし,毎年確実に情報が更新される仕組みを作らなければならない。また重要なのは,それらの情報へのアクセス権の設定である。情報の利用目的を明確にし,アクセス可能な情報の条件を部署や役職により設定することと,責任の所在を明確にすることが必要である。

すでに山形大学では教学に関する情報を中心にしたIR(Institutional Research)のための全学統合型IRシステムが構築されているようである2)。IRの目的は教学,大学評価,経営などさまざまであろうが,学内情報の統合システムの構築を検討している大学は多いだろう。情報統合システムは,URAに限らず,教学IR関係者,大学評価関係者に共通の関心事項であると思われる。目的を達成した後も相互に課題を共有することで,有益なシステム構築につなげていくことができるのではないだろうか。

図1 金沢大学が構築中の情報統合システム

執筆者略歴

鳥谷 真佐子(とりや まさこ)

2005年大阪大学大学院博士後期課程単位取得退学。同年自治医科大学医学部ポスト・ドクター。2008年より金沢大学フロンティアサイエンス機構博士研究員。2012年より同大学先端科学・イノベーション推進機構助教。

参考文献
  • 1)  トムソン・ロイター. “ResearcherID”. http://ip-science.thomsonreuters.jp/products/rid/, (accessed 2014-08-11).
  • 2)   岩崎 保道. IR(Institutional Research)の実施状況と特徴:国立大学における取り組み状況に注目して. 関西大学高等教育研究. 2013, no. 4, p. 19-27.
 
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