情報管理
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視点
デジタル化を拒む素材とアウトリーチ 情報メディア学会パネルディスカッションから
江上 敏哲
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2014 年 57 巻 9 号 p. 670-673

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『情報管理』2014年4月号の「視点」では,「デジタルなら海を越えられるか」1)と題し,日本において主に学術資料のデジタル化が進まないこととその影響について,海外の日本研究者を例に考えました。また2014年8月号の「視点」では,「ユーザはどこにいるか」2)と題し,資料・情報を必要としているにもかかわらずそれが届きにくいユーザについて考えました。

この2つの問題意識を組み合わせたようなテーマをもつ催しが,2014年6月に東京で開かれました。情報メディア学会の第13回研究大会注1)です。「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」を基調テーマに掲げたこの研究大会では,パネルディスカッションおよびポスター発表(推薦発表・一般発表)が行われました。パネルディスカッションでは私がそのコーディネータ役を務めました。大会全体の様子はすでに『情報管理』2014年9月号でも報告3)されています。本稿では,そこでは詳しく触れられなかったパネルディスカッション後半の議論部分を踏まえて,参考情報を補いつつ,私自身の視点から各トピックを振り返ってみたいと思います。

なおこのパネルディスカッションの録画がYouTubeにて公開注2)されています。各トピックについて,何分頃から始まっているかを付記しておきますので,ぜひ動画の方もご覧いただければ幸いです。

問:デジタル化はなぜ進まないのか? そして,ユーザはどこにいるのか?

このパネルディスカッションではパネリストとして大場利康氏(国立国会図書館),後藤真氏(花園大学文学部文化遺産学科(シンポジウム開催当時。現在は人間文化研究機構)),茂原暢氏(公益財団法人渋沢栄一記念財団実業史研究情報センター),田中政司氏(株式会社ネットアドバンス)にご登壇いただきました。最初にコーディネータである私から,「デジタル化はなぜ進まないのか」「ユーザはどこにいるのか」という2つの問い,またデジタル化資料を「つくる」「つたえる」「つかう」という3つの観点を提起しました(03:00頃)。それを踏まえ,大場氏からは社会におけるデジタル化のリスクとコストについて(15:00頃),茂原氏からはデジタル・アーカイブの運営を「つづける」ということについて(26:00頃),田中氏からは日本製の商用コンテンツを海外に届けるにあたっての経験や課題などについて(38:30頃),後藤氏からは使う立場からの障壁や問題点について(1:03:00頃),それぞれ発表がありました。

問:「つづける」には何が必要か?

フロアからのコメントで,何人かの方が「デジタル・コンテンツの提供を継続的に続けていくには」という問題意識(1:35:00頃)をもっておられました。つづけること,保存することは,10年先・100年先の未来のユーザへのアウトリーチ活動でもあります。

パネリストからは,認知度,見つけられやすさ,資金確保などがあげられました。機関・組織の存続自体も今後考えていかなければならない中,逆に,機関の永続性によらずともデータ自体がコピーとしてどこかで保存されていればいい,という意見もありました。最近の例では,2014年4月に「データカタログサイトdata.go.jp」試行版が一時閉鎖する4)ということがありました(のちに再開,本格運用も開始)が,“公”であれば永続性があるということは必ずしも言えないでしょう。私企業や中小規模機関のデジタル・コンテンツが,その活動終了によって失われてしまわないよう,代理で保存していくような機関の必要性も指摘されました。

また,デジタル化やそれを「つづける」ためのコストを誰が引き受けるのか,という問題にも触れられました。コストを引き受けるのは,個か,公か,社会か。その合意をどうとるか。この問題は後述の「見つけられやすさ」ともかかわるものと思います。

問:人材はどうすれば育成できるか?

人材育成について(1:52:00頃)も質問がありました。理想を言えば,システムについてもコンテンツについても運営や営業についてもすべて理解しこなせる,という人材が必要でしょう。しかし実際には,特にシステム系の人材育成は難しく,外部の専門家を頼るなどの策がとられているのが現状のようです。また資料の取り扱いやシステムについての知識・技術はともかく,運用や運営については教育で教えられることだろうか,という疑問も提示されました。

これについては立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)注3)の取り組みの例があります。ARCでは海外の美術館・博物館・図書館などへ出向き,所蔵されている日本の美術品や古典籍などを撮影・デジタル化してアーカイブを構築していく,という活動を行なっています。デジタル化には機材・システムに関するスキルのほか,資料の知識,修復技術も必要となります。長年の活動で蓄積されてきた実践的・総合的なノウハウを,「ARCモデル」として国内外の学生や研究者にワークショップなどで学んでもらい,デジタル化活動の遂行が可能な人材を育成するということも行なっています。同文学研究科には2014年から文化情報学専修も新設され,実際のプロジェクトへの参加など実践的な研究・教育が行なわれています。

問:ユーザにもデジタル化を促すことができるか?

デジタル化を促すか,あるいは阻むかについて,ユーザからの反応やフィードバックも大きな要因になるのではないか(2:01:00頃)と思います。

「つくる」「つたえる」立場のパネリストからは,マスメディアにのると反響が大きくなる,海外からプラスの評価をもらえると励みになるなどの意見がありました。反面,インターフェースを変えると不満が出る,多くの反応が一過性でじきに話題にされなくなる,というつらさも聞かれました。リリース後の営業・発信はやはり大事で,ブログなどでコンテンツを発信する,ユーザと直接接して意見を聞く,“エゴサーチ”で要望や不満を拾って改善につなげる,などの努力がなされているようです。

印象的だったのが,満足している人は何も言ってこないので,喜びの声はあまり聞こえない,という意見でした。デジタル化を拒み抵抗する要素というのは組織・機関内部にも必ずといっていいほどあるものですが,その抵抗を乗り越えるためにも,ユーザからの「何に満足したか」「次はどんなコンテンツを収録してほしいか」という前向きな声が言葉にして届いてくれることが必要ではないかと思います。満足したということを,できれば組織の上の方や,さらに上位の組織の方に伝えてもらえるとありがたい,という切実な意見もありました。

問:「見つけやすい」とはどういうことか?

ユーザに反応してもらうにしろ,つづけるコストに同意してもらうにしろ,デジタル・コンテンツをいかに「見つけられやす」くできるかが課題となります(2:16:00頃)。それは,アウトリーチ,すなわち,資料に届きにくい人の手元にも届きやすくするということでもあります。

パネリストからは大きく分けて,アナログな方法とデジタルな整備の2種類が提案されました。前者は,サーチエンジンでは見つけられない/見つけづらいというユーザや資料について,人の手や目や言葉を介して,対面の案内や,個々のコンテンツの紹介をするというようなものです。

たとえば,ニュースサイト「ITmedia」上で,2014年6月から「それいけ! デジコレ探索部」注4)という記事が連載されています。これは国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている資料をピックアップしてその画像とともに内容や魅力を紹介する,というものです。明治時代に邦訳されたグリム童話や平凡社の実用書など興味深い資料が取り上げられており,ふだん国立国会図書館のデータベースを使わないという人にも資料やデジタル・コンテンツへの理解が得られやすかったのではないかと思います。また別のパネリストからは,ある博物館のWebサイトへのアクセスを分析すると,Googleでヒットした所蔵資料の解説ページを経由したものが多かった,という例も紹介されました。

一方,メタデータやデータベースなどのシステム面を整備してヒットされやすくすることも重要な対策としてあげられました。データ自体をWebの表層に出す,整備したメタデータを複数のデータベースに収録・統合してもらって検索されやすくする,などです。たとえば,個々の機関のデジタル・コンテンツが幅広いユーザの目に触れるデータベースやサーチエンジンに統合されヒットするようになると,ユーザにも個々の機関にも統合する方にもそれぞれメリットが生まれるのではないでしょうか。JapanKnowledgeを例にとれば,2014年3月にはJapanKnowledgeとその電子書籍のメタデータがOCLCのWorldCatで5),同4月にはJapanKnowledgeの項目が国立国会図書館サーチ内でそれぞれ検索できるようになる6)という連携も実現しています。

今後重要になってくるのは,いわゆるディスカバリーシステムへの対応でしょう。そしてそこで問題になるのが,「デジタルなら海を越えられるか」1)でも触れた日本製e-resourceの少なさです。「ウェブスケールディスカバリーと日本語コンテンツをめぐる諸課題:海外における日本研究の支援を踏まえて」7)では「枕草子」で検索すると中国語コンテンツが上位を占めるという現状が指摘されています。

「ユーザはどこにいるか」2)でも触れましたが,日本の資料・情報を必要としている海外のユーザは,日本研究の専門家だけではありません。初学者や日本が専門ではない研究者にとっては,Googleやディスカバリーシステムのような“広い”場所で日本の資料・情報が見つけられないのであれば,ハードルが高い,または存在しないのと同じということになってしまいます。デジタルの特性を活かし,さまざまな事情をもつユーザに届くよう,できるだけオープンに,ほかと連携しやすくつながりやすいのが望ましいのではないかと思います。

執筆者略歴

江上 敏哲(えがみ としのり)

国際日本文化研究センターにて図書館司書として勤める(情報管理施設資料課資料利用係長)。京都大学(1998年~),ハーバード・イェンチン図書館(在外研修・2007年)を経て,2008年より現職。また玉川大学,立命館大学,同志社大学にて非常勤講師。著書に『本棚の中のニッポン:海外の日本図書館と日本研究』(笠間書院,2012年)。

本文の注
注1)  情報メディア学会. “第13回研究大会開催のご案内”. http://www.jsims.jp/kenkyu-taikai/yokoku/13.html.

注2)  “情報メディア学会 第13回研究大会 パネルディスカッション「デジタル化を拒む素材とアウトリーチ」”. 情報メディア学会公式チャンネル. https://www.youtube.com/watch?v=qpq9zqf9V1I.

注3)  立命館大学アート・リサーチセンター. http://www.arc.ritsumei.ac.jp/.

注4)  “それいけ! デジコレ探索部「第1回 知られざる桃太郎」”. ITmedia eBook USER. http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1406/20/news037.html. 他

参考文献
 
© 2014 Japan Science and Technology Agency
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