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オープンサイエンスが目指すもの:出版・共有プラットフォームから研究プラットフォームへ
林 和弘
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2016 年 58 巻 10 号 p. 737-744

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著者抄録

欧州を筆頭に日本でもオープンサイエンス政策に関する関心が高まっている。オープンサイエンスの定義はいまだ明確には定まっていないが,現状を1つのムーブメントとしてとらえ,その本質を,今より研究成果の共有を進め,研究を加速ないしは効率化し,研究者の貢献を認めやすくすることとすれば,オープンサイエンスはさまざまな可能性をもつ。特に研究論文の出版という研究活動の一部のオープン化から,データのオープン化に対象が広がったことで,研究活動全体のエコサイクルを踏まえたサービスの構築とそれを念頭においた活動が進んでいる。現在の世界中のイニシアチブを俯瞰(ふかん)してみるに,これまで構築されてきた出版・共有プラットフォームが拡張され,より上位レイヤーの研究プラットフォームの構築に向かっていると解釈することが可能である。オープンサイエンスとその先にある科学技術・学術研究の新しい展開を見通しつつ,各ステークホルダーの能動的な変化が求められる。

1. はじめに

欧州を筆頭に世界中でオープンサイエンス政策に関する関心が高まっている1)。日本でも公的資金を得た研究成果をよりオープンにして利活用を促進し,新しい科学技術や産業の可能性を模索するという文脈で,内閣府のオープンサイエンスに関する検討会の報告書2)が2015年3月に公開され,それを受けた第5期科学技術基本計画の答申素案3),ならびに文部科学省の第8期学術情報委員会の中間まとめ案4)が公開された。あるいは,平成27年版科学技術白書5)においてもオープンサイエンスの可能性が紹介されており,日本学術会議でもオープンサイエンスの検討6)が行われている。そして,2015年になって科学技術・学術政策をつかさどる行政のトップクラスから関連の論考7)9)が続いていることも注目に値する。一方,政策的にみれば,オープンサイエンスの前にはオープンアクセスが大きなトピックであった。オープンアクセスはもともと概念としてはオープンサイエンスの文脈を元から含みながらも,実効性のある政策としては,学術雑誌に掲載された研究論文への自由なアクセスと再利用の観点に結果的に絞られてきた1)

本稿では,オープンアクセスからオープンサイエンスに拡張している政策の背景にある動向をレビュー,俯瞰しつつ,その先の展望についてプラットフォームの観点からまとめ,考察を述べる。

2. ムーブメントとしてのオープンサイエンス

オープンサイエンスの定義は2015年現在,いまだ明確には定まっていないが10),政策的観点からは,冒頭に述べた公的資金を得た研究成果の利活用促進という文脈に従った定義でオープンサイエンスが議論されることが多く,実際,Horizon 202011),内閣府の報告書2),OECD12)のレポートのいずれも,市民科学(citizen science)13)14)の可能性には触れつつも,現在各国・地域が多額の資金を投じている科学技術・学術研究の成果の利活用に対する施策により力点が置かれている。ここで,その定義に関して議論することには一定の価値はあるものの,いまだ混沌(こんとん)とし,紆余(うよ)曲折がこれからもほぼ確実に続く現状をまずは1つのムーブメントとしてとらえることが肝要である。そして,オープンサイエンスに関して,特に「オープン」という表現に対してはもっともな懸念と指摘15)がもたれている中で,オープンサイエンスの本質を,今より研究成果の共有を進め(相対的オープン化),研究を加速ないしは効率化し,研究者の貢献を認めやすくすることとすれば,オープンサイエンスはこれまでの科学技術・学術研究活動をいたずらに傷つけることなく,さまざまな可能性をもつ10)

3. オープンサイエンスのドライビングフォース

定義が定まってもいないオープンサイエンスがなぜこれほど注目を集めるか,オープンサイエンスを推し進めるメタ要素,あるいはドライビングフォースは何かを考えてみると,既存のフレームワークがもたらすひずみが考えられる。

商業出版者を中心とした学術ジャーナルの寡占と高騰化の問題,論文と被引用数に結果的に偏重しがちな研究評価の問題,査読(ピアレビュー)の限界,知財に関する特許制度の疲弊,透明性が高く定量的な研究評価手法開発のニーズ,科学に対する社会の信頼性など,Webが本格的に活用される前から学術情報流通と研究評価に関する種々の問題,課題が存在していた。それに対して,これまで学術ジャーナルを中心にデータベース化,電子化,ネットワーク化等技術を用いて漸次的な改善を加え諸課題に対応ないしは改善を加えてきたともいえる。しかしながら,これらは「~化」という表現に象徴されるように,既存の情報流通フレームワークに依拠した漸次的対応に過ぎない。Webの特性を十分に生かした情報流通フレームワークを踏まえ,その将来のフレームワークに最適化するような非連続な変革が求められ,実際に局所的には起きている。17世紀に起きた学術ジャーナルの発明によって生まれた,紙と郵送のインフラで情報流通の最適化を行い,その情報流通インフラを基盤に培われた研究インフラそのものが非連続性をもって変わろうとしていると考えるのが妥当である16)

1は内閣府のオープンサイエンスに関する報告書用2)に作成した図を拡張したものである。図の左側は,オープンアクセスからオープンサイエンスに概念が広がる中で,アカデミア側,公共側,双方からさまざまなステークホルダーが関与し,オープンサイエンスにかかる活動が生まれていることを示している。この求心力のドライビングフォースを既存の枠組みからくるひずみととらえれば,そのひずみが解放された先にみえるものは,科学研究,知財,教育の仕組みの再構成となる。

図1 オープンサイエンスのドライビングフォース

4. 研究データのオープン化がもたらした概念拡張

ここで,より現実的な観点からみたときに,研究論文から研究データのオープン化に議論が拡張したことは,いわゆる出版のオープン化という限定的な範囲から議論を解放する結果となった。すなわち,研究データは論文のような研究成果を固定させる段階にとどまらず,さまざまな研究の段階で発生するものであり,その管理,保存と公開の在り方の多様性を問うことになった。たとえば,研究データの粒度がさまざまである点が重要である。オープン化すべき研究成果はどの研究プロセスにおいていつのものであれば適当か,公開にあたっては,データ整形はどの程度まで行うのが適当か,専門性を同じくする研究者向けから助成団体,あるいは一般市民向けまで幅広い利用者に応じた研究成果の加工の必要性やそのための標準化の議論を巻き起こす。これらのことは結果的に研究プロセス全体に対して,研究データ作成に誰が何の貢献を行ったかを把握する必要性を想起させることになったといえる。

すなわち,研究論文の出版という研究活動全体からみれば一部の活動のオープン化から,研究データのオープン化に対象が広がったことで,研究活動のエコサイクルを踏まえ,研究活動全体を意識した各種サービスの構築が必要となる。

5. 出版・共有プラットフォームから研究プラットフォームへ

このような概念拡張を念頭に置いたととらえることが可能な活動は世界中ですでに進んでおり,日本でも検討が行われている。その例を1に示す。あるいは,いわゆる論文を書く以外の多様な貢献の在り方については,MozillaのOpen Badgesというテクノロジーを活用し,その役割を14種類定めたContributorship badgesが開発されている。Web上で簡単にその貢献を把握できるこのバッジを活用することで,論文執筆以外の,研究の着想,資金獲得やプロジェクトマネジメント等研究成果に対しておのおのが何の貢献をしたかをマシンリーダブル(機械可読)な格好で,すなわちwebometricsを活用して定量的に把握することが可能となった17)。また,ORCIDの利活用によって,学術ジャーナルのピアレビューの貢献を見える化し,ORCIDの各研究者プロファイルに査読に貢献したことを書き記す試みも行われている18)。これからの時代は研究活動に対する貢献を効率よくより広い範囲で定量的に把握し,評価につなげることが可能になっていく。

このような世界中のイニシアチブを俯瞰してみるに,1つの見方として,これまでの約20年の間に電子ジャーナルを通じて構築されてきた出版・共有プラットフォームが拡張され,あるいは,それとは独立した新しいイニシアチブが生まれ,それらをモジュールとして内包したより上位レイヤーにある研究プラットフォームの構築に向かっていると解釈できる(2)。現在は研究データの共有と利活用を中心に開発と実装が進んでおり,いずれ,さらに研究サイクル上流工程の研究関連活動が見える化することになる。電子ジャーナルの論文とは異なる研究成果や,アイデアの着想から研究成果が生まれる過程の見える化が行われることになる。

この研究プラットフォームのレイヤーを設定し,研究活動の貢献者とその貢献内容を幅広く見える化することで,先に述べたWeb以前から検討されてきた各種の課題解決に新しい展開を与えることになり,解決に向かう可能性をもつ。すなわち,アイデアの着想段階に始まり,仮説の検証,実験,データ整理やプロジェクトマネジメント等,誰が何の貢献をしたかが,ORCID等研究貢献者識別子とDOI等の研究成果に対する識別子と共に追跡可能な形式で研究活動が行われ,その貢献がログとして見える化することになれば,論文を書く,あるいは論文誌の編集をするといった研究成果の「出版」以外の研究に対する貢献を測り,単なる論文数や被引用数だけに限らない多様な評価につなげることが可能となる。

研究プラットフォーム上で行き交う情報は研究活動計量学とも呼ぶべき学問でおのおのの貢献者のインパクトアセスメントがオルトメトリクスをさらに拡張させる形で議論されることになる19)。そして,新しい研究,研究者評価の在り方が模索されることになる。当然,計量書誌学や科学計量学が発展,昇華することになるだろう。出版という行為の在り方も変わりうる。わざわざ論文として書き直すことなく,研究プラットフォーム上において研究遂行上で作成した文書を整え公開するように設定を切り替え,その文書に対して査読が行われればよい,となる可能性もある。研究成果の生まれ方が根本的に変わることになれば,そのプラットフォームを介したビジネスも,現状の論文誌の世界で起きているような商業出版者の独占的な寄与が少ないより健全なものになる可能性もある。

なお,このような研究活動全体を包括して改革する考え方は,概念的には,「科学技術コモンズ」20)や「学術システム」21)などとして日本でも繰り返し議論されてきたものである。これらが,いよいよ実装段階,少なくともシステムの要件定義レベルの検討段階に入ってきたともいえる。欧州委員会(EC)ではEuropean Open Science Cloud22)と冠してこの概念を含むプラットフォームの実装に向けた活動を開始した。日本学術会議でも,同様の概念を念頭に置いた科学データ共有・利用の新たな姿を検討する学術フォーラム等23)24)を開催し,また,総合研究開発機構から日本の研究プラットフォーム構築に対する報告書が発行されている25)

さらにRDA(Research Data Alliance)の第6回Plenary Meetingに先立って行われたワークショップでは,まさに,この研究プラットフォームの構築を目指してさまざまな報告が行われている26)

オープンサイエンスが目指すものは,単に論文やデータの共有や再利用ではない。新しい研究活動パラダイムを生み出し,科学技術・学術研究や産業,文化の新たな発展を目指すものである27)。今回提示した研究プラットフォームやさらにその先にある学術システムを通じてさまざまな研究成果の管理や研究活動をモニタリングすることがその基盤となる可能性は十分にある。オープンサイエンスとその先にある科学技術・学術研究の新しい展開を見通しつつ,各ステークホルダーの能動的な変化が求められる。

表1 研究成果の共有から利活用を指向したプロジェクトの例
図2 出版,データ共有から広がる研究プラットフォームと貢献者

6. 慣性と進む世代交代

自動車や新幹線がブレーキを踏んでも止まるまでには一定の距離を進んでしまう。動いているものには慣性が働いているため,それを止めるには相当のエネルギーが必要である。物事が変わろうとするときにもすぐには変わらず,一定の時間が必要であり,技術の発展などで,新しく革新的なサービスやプラットフォームが誕生しても,それがコミュニティーに受け入れられるまでにはラグが生じて相当の時間を要する。この受け入れまでのズレと受け入れのタイミングを見計らうことが重要となることは,たとえばPDFファイル,電子書籍リーダーやスマートフォンの浸透の経緯をみても明らかである。ここで,2015年になってWebベースの電子ジャーナルが創刊されてから20年以上がたち,その頃大学院生だった世代が研究活動の中核を担い始め,ほどなくSNS世代も本格参入する。いわゆるパラダイムシフトに大きな影響を与える世代交代が,着実にかつ,急速に進んでいる。このことは,一般社会においても,たとえば週刊誌の発行部数が近年減少し,特に最近では激減していることからも推察される28)29)。オープンサイエンスの本質を踏まえ,21世紀中盤以降の科学技術・学術研究の在り方を念頭に,研究者コミュニティーを中心とした各ステークホルダーの幅広い見識と自律性に基づく,本来の活動目的に立ち戻った抜本的改革が今後あらためて求められることとなるだろう。その際,初期の電子化,Web対応に慣れ親しんだ世代がもはや相対的には守旧派となる点には留意する必要がある。来るべき真のWebベースの研究活動インフラが整うまで,過渡期にいるわれわれは次の世代にどうつなぐかを考え,自ら変わっていく必要がある。

執筆者略歴

  • 林 和弘(はやし かずひろ)

東京大学大学院で有機化学を専攻しながら,1995年頃に行った日本化学会ジャーナルの電子化をきっかけに,学術情報流通の変革に取り組む。2012年より現職。科学技術予測と共に学術情報流通と研究者のコミュニケーションの将来に関する調査研究を行い,現在はオープンサイエンスや研究活動の新しいメトリクスに関心をもつ。

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
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