2016 年 58 巻 11 号 p. 862-864
DOI(Digital Object Identifier)を用いた引用文献リンクでよく知られているCrossref(前表記はCrossRef)は2000年1月27日に設立され,2月から出版社ハーコート・ブレース社で仕事を開始した1)。筆者はその年にCrossrefを訪問し,Ed Pentz所長(当時)にいろいろ話を伺い,そのまとめを報告した2)。
Crossrefの仕組みは大成功を収め,現在引用リンクの仕組みは確固としたものになった。科学技術振興機構(JST)が運営する電子ジャーナルサービスJ-STAGEもJapan Link Center(JaLC)を通じてCrossref DOIを登録している。
Crossrefはその後サービスの範囲を広げ,被引用文献リンク(Cited-by Linking),剽窃(ひょうせつ)検知ツール(CrossCheck),論文の更新情報通知(CrossMark)なども行っている。CrossCheckはJ-STAGEの電子ジャーナルでも活用されている。
Crossrefの強みは,学術情報が公開されるまさにその時点でさまざまな情報を収集できることである。近年オープンアクセスの義務化の進展により,研究助成を受けた学術論文の追跡が重要となった。CrossrefではFundRef3)という仕組みを通して研究助成機関と助成研究情報を収集している。この情報は,出版社の共同プロジェクトであるCHORUSとリンクされ,出版社や研究助成機関で活用されている。
Crossrefは非営利機関であり,米国ボストンと英国ロンドンの1年交代で会員総会を開催している。2015年はボストン開催の年であり,11月17日から18日にかけてボストン・パブリック・ガーデンに面するタージ・ホテルで総会が開かれた(図1)。会員総会といっても非公開ではなく,短時間で終わる総会議事の他は,Crossrefの最新動向の説明や,記念講演からなっており,学術情報分野の人なら誰でも登録して参加できる。ここでは現地で取材したCrossrefの動向について簡単に紹介する。なおここで紹介する内容の一部は,2015年12月3日にJSTを会場として開催されたDOI Outreach MeetingでCrossrefのChuck Koscher氏からも報告された。
Crossrefの全コンテンツ数は7,735万6,876件で2014年の10%増となっている。会員数は5,322機関で,2015年だけで1,345機関が加入した。ただし,最近の新規加入者は小規模出版社や開発途上国が多く,多くは年会費免除,ないしは年会費最低額(275ドル,年間収入が100万ドル未満)となっている。2016年の予算は収入720万ドル(2015年の7%増),支出700万ドル(2015年の21%増)である。支出の増加はスタッフ増,Webサイトやブランドの更新,新規プロジェクトなどのためである。
出版社がCrossrefにデポジットする基本メタデータ(必須)は論文の著者名,タイトル,巻号ページ,出版年などの書誌データである。その後サービスが拡大するにつれ,引用文献データ(被引用文献リンクに必要),研究助成情報(FundRefに必要),ORCID iD(著者の識別子)4),記事の権利情報,テキスト・マイニングのための全文アクセス情報,CrossMarkのメタデータ(論文の訂正や撤回),抄録などもオプションで集めるようになった。集められたメタデータはCrossref APIを使うことにより誰でもアクセス・入手できる。また一般の利用のため,このAPIを使ったCrossref Metadata SearchやFundRef Searchでも検索できる。このAPIを使うと,たとえば出版社ごとの投稿審査期間の違いを調査することも可能である(該当データがデポジットされている場合)。
近年オルトメトリクスと称して,論文がFacebook,Twitterなどのソーシャルメディアで紹介された数を論文の評価の一基準として取り上げる動きがある。Crossrefでは,こうした動きを支援するため,DOIがソーシャルメディアで紹介されたケースを収集する実験を始めた。これがDOI Event Tracker(DET)であり,対象としてはMendeleyのbookmark,Facebook,Wikipediaなどである。特にWikipediaについては,記事中でDOIが引用されると直ちにCrossrefに通知される仕組みがすでに稼働している。この情報の一部は無料で誰でも利用できる。
Crossrefでは創立時からロゴが変わっていなかったが,今回新しくOutreach & Brandの部長に就任したGinny Hendricks氏により,新しいブランドとロゴが制定された5)。Webサイトなども順次更新される予定である(図2)。
新しいブランド戦略では,まず従来のCrossRefという表記をCrossrefに変更,またサービス名の付け方を整理する。とりあえず従来FundRefと呼んでいたものは実際はサービス名でなくデータベースであるので,Crossref Open Funder Registry(研究助成機関データベース)とFunding Data(研究助成データ)と呼ぶこととした。CrossCheckとCrossMarkの名称は当面このままであるが,変更される可能性もある。
また同時に5つの標語が制定された。すなわち,Rally(学術情報コミュニティーと共に歩む),Tag(メタデータを構造化し処理する),Run(検索,リンク,引用,評価のためのインフラストラクチャーを運用する),Play(問題解決のため議論し,技術を試す),Make(研究コミュニケーションを促進するためのツールとサービスを開発する)である(図3)。
会議には延べで200名ほどの学術出版関係者が集まった。Crossrefも創業15年となり,創設に尽力した人々で現役なのは,現事務局長のEd Pentz氏の他は,現在CHORUSを進めているHoward Ratner氏(元ネイチャー)くらいとなった。財政的には安定しており,次の飛躍を準備中ということができる。なおこの会議には,日本からはCrossrefの会員であるJSTからも出席があったことを申し添えておく。
(東京大学大学総合教育研究センター 時実象一)