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「整理すること」の楽しさ
南山 泰之
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2015 年 58 巻 2 号 p. 154-156

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大学図書館業界において,目録にかかわる人員の削減,それに伴うスキルの低下の問題が叫ばれて久しい。今さら目録に興味のある人間は絶滅危惧種,と揶揄(やゆ)されたりもするが,図書館の仕事といえば本の整理,と学生時代に恩師から薫陶(くんとう)を受けてきた身としては,いまだにもっとも興味のある分野である。コンピューターが情報を収集し解釈する時代,従来は人に対してのみであった目録サービスの在り方が,セマンティックWebの構想に引き継がれた……というのはまったく根拠のない戯言(ざれごと)だが,個人的には図書館の奉仕対象にコンピューターが加わってくるだけで,行うべきサービスの根幹は同じ,という印象をもっている。果たしてどれだけの方に共感してもらえるのか疑問ではあるが,「整理する」という行為は普遍的なものであるとの考えから,学生時代特に刺激を受け,今でも折に触れ読み返している本から2冊と,最近読んだものから1冊をピックアップした。「整理する」ってどういうことか,どうすれば「整理した」ことになるのか,を考える楽しさを共有できれば幸いである。

2001年に出版された本書は,著者曰(いわ)く「科学技術とは何かを理解しなければならず,そのためにどのようなことを考える必要があるかを明らかにすることを目ざしている」ものである。上記の趣旨からは「整理」とどうつながるのかがまったく見えてこないが,一般に理解しにくいとされる科学技術を理解するために,情報を「整理」して「説明」する,という行為そのものの構造について,かなりのページを割いて論じられており,「整理」自体が科学の重要な一部であることが実感できる。以下,図書館での整理に引き付けつつ,特に関連のあるところを紹介していきたい。

まず,2章の「科学的説明とは」の中で,「演繹(えんえき)的説明」「帰納的説明」および「記述的説明」という区分が紹介されている。ざっくり言えば,「演繹的説明」は「A→B」を証明していく説明の方法,「帰納的説明」は多くの事実に共通する「C」をくくり出し,公式として説明する方法,「記述的説明」は複雑な問題を解決し説明するために,ある課題を構成要素に分割し,分割された世界でそれぞれの説明を行うことによって全体の説明ができたことにする,という方法である。これらの説明方法に優劣があるわけではなく,複数の説明方法を用いることによって,答えの正しさをさまざまな視点から保証することになる。

さて,図書館の世界においては,利用者に対する説明は目録(メタデータ)の提供が最初の入り口となる。では,図書館員が作成する目録(メタデータ)はどのような説明の方法で情報提供しているのか,といえば,帰納的説明と記述的説明の2通りが該当するだろう。帰納的説明の部分としては,書名,著者,出版者などの書誌情報を正確に記述すること。記述的説明の部分としては,その本がもつ主題を分類表などの既存の体系に沿ってカテゴライズすること,となるであろうが,ここで実務上特にやっかいなのはこの記述的説明の部分である。「分割されて異なる部分に属したもののあいだの相互関係が,多くの場合無視されてしまう」ことのないように,網羅的な説明を加えていく必要があるが,視点1つでいく通りもの用語に分割ができそうな「著作」をどう説明すればよいのか。本文中にも示されているとおり,そこで頼りになるのは,やはり定義である。4章「言葉を理解する」の中で詳しく触れられているが,「類似の言葉の意味を比較検討し,その区別・差異がどこにあるかを意識的に明確化」した言葉を前提にしなければ,どの組み合わせがもっとも正確に著作を表現できるのか,を検討できない。一見大変面倒な作業にみえるが,複雑な構造をもつ「著作」という概念を,厳密に定義された用語を用いてできるだけ単純化するための方法であり,科学の一部であることを考えれば,整理とは実に創造的な仕事である。ともすると非常に単調になりがちな「整理」の仕事ではあるが,その意義をあらためて見直すという観点からも,実際に今目録を担当されている方々に本書をお勧めしたい。

『「わかる」とは何か』長尾真 岩波書店,2001年,700円(税別) http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-430713-9

本書は,「ものを考える」ということに向き合う読者のために,著者の考え方の型を提示することで,読者自身の型を意識するきっかけを作りたい,という意図の本といってよいだろう。エッセイの形式を取っており,随所に著者の精錬された言い回しがちりばめられている。冒頭のグライダーと飛行機のくだりなどは特に一読をお勧めしたいが,今回は個別の部分には踏み込まず,「知識の整理」という点に絞って紹介したい。

本書では,整理することを「抽象のハシゴを登って,メタ化していくこと」と表現している。つまり,抽象化によって,一次情報である知識をまとめて相応(ふさわ)しい場所に並べることができるのみならず,共通項をくくってまとめた事例に関しては,次の作業の邪魔にならないよう忘れることも可能になるわけである。では,どこまで抽象化すればよいのか。著者による回答は「表現をぎりぎりに純化してくると,名詞になる」というくだりに示されているが,ここで職業柄つい分類表を想像した。まさにこの「表現をぎりぎりに純化」する作業が分類であり,その集成が分類表である。つまり,分類は思考の整理そのものといえるだろう。

また,著者は「整理」するにはとにかく書いてみる,ということを勧めている。「書く作業は,立体的な考えを線上のことばの上にのせること」であり,「思考は,なるべく多くのチャンネルをくぐらせた方が,整理が進む」ということである。例によって分類作業に置き換えれば,関係しそうな用語の組み合わせをまず書き出して矯(た)めつ眇(すが)めつすることで,抽象的な「著作」を定義した用語の区画にきちんと振り分けていくイメージだろう,と考えていたところで,ふと疑問が湧いた。「定義した用語の区画」の射程範囲は,『「わかる」とは何か』でも触れられていたとおり「分類表がどのような観点から作成されているか」によるが,果たして自分は分類表がもつ観点をきちんと読み込んで分類できているのだろうか。分類表における用語の定義や使われ方が微妙に異なることは,いくつかの分類表を使用した経験のある方々には自明のことかと思うが,そこには作成元の価値観がダイレクトに反映されている。実際に付与される段階においても,実務に携わるコミュニティーや担当者によってさらに解釈の幅があるわけだが,大本の価値観と乖離(かいり)していないか,あらためて確認するのも面白い。さて,本書の魅力を紹介していたはずが,個人的な感想に流れてしまっていることに遅まきながら気づいた。ここまで読んでいただいて大変恐縮なのだが,これも本書が意図する楽しみ方の1つであろう,ということでご容赦願いたい。

『思考の整理学』外山滋比古 筑摩書房,1986年,520円(税別) https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480020475/

本書も『思考の整理学』同様エッセイ集であり,雪の研究者として名高い著者の文章を集成したものである。内容に関しては,著者の学生時代の思い出から映画製作の苦労話に至るまで幅広い話題を含むものの,本書において今回のテーマである「整理」についてはほとんど話題として取り上げられていない。わずかに「科学以前の心」や「機械の恋」といった短編の中で現れるのみである。ではなぜ今回紹介するのか,といえば,著者の文章そのものが「科学的」,すなわちわかりやすい定義に基づき,単純なロジックによって構成されている,まさに「整理された」文章であり,ぜひともご一読いただきたいとの思いからである。「科学的」な思考とは「なにかをするまえに,ちょっと考えてみること」であり,「ちょっと気がついたときに,すぐ直して,いつでも整備した状態で保っておく」ことで,「いちばん単純で簡単なものの考え方」ができるようになる,というプロセスが紹介されている。この思考そのものが体現された文章は,実に無駄がなく美しい。著者は,科学的なものの考え方をするための「生活の科学化」に言及している。自分を顧みるに,生活どころか「仕事の科学化」もおぼつかないところではあるが,目標は高くもちたいものである。

『科学以前の心』中谷宇吉郎著,福岡伸一編 河出書房新社,2013年,700円(税別) http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309412122/

執筆者略歴

  • 南山 泰之(みなみやま やすゆき)

2005年より国立極地研究所情報図書室に勤務。2007~2008年,第49次日本南極地域観測隊に参加。その後,東京大学駒場図書館(2011~2014年)を経て現職に戻る。

 
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