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座談会
社会と科学のためのオープンデータ
UHLIR, Paul F.LAL, Krishan大武 美保子岩田 修一
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2015 年 58 巻 5 号 p. 333-342

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本稿は,2015年3月3日,科学技術振興機構東京本部で行った座談会を収録し,弊誌編集事務局で編集したものである。

1. 研究データのオープン化の経緯と現状

岩田:オープンデータに関しては,長年,この分野で世界を先導してこられたUhlir博士に口火を切っていただきたいと思います。オープンデータ,オープンサイエンスの実現に向けて,米国や世界で活動なさるようになった動機についてお話しください。

Uhlir:私は法学や社会・人文科学を専攻しましたが,社会に出てからは主に科学分野で活動してきました。科学情報や科学データは学際的かつ国際的であり,私がもっとも興味を抱いていた分野でした。宇宙法を専門とし,米国商務省(Department of Commerce)で気象衛星協定やリモートセンシング規制,スペースデブリ規制,宇宙条約などに関連する仕事を手掛けました。その後はサイバー空間にかかわる法律に携わっています。サイバー空間は際限のないフロンティアで,未知の領域が広がっているという意味で宇宙空間と似ています。このフロンティアは,創造性を働かせれば無限の可能性を開くことができ,人間はいかにかかわるのか,いかに管理するのか,そして何を学ぶことができるのかということを考えるようになったのです。

岩田:1980年代には著作権や知的所有権に関して経済的な利害問題で大きな議論が巻き起こったことがありました。その後1990年代に入って,Uhlir博士はオープン化の取り組みを始めていますね。米国においてもオープン化の政策や取り組みを受け入れたがらない人は多いと思いますが,そうした人々をオープンアクセス,オープンデータ,オープンサイエンスの方向へと向かわせるにはどのように説得すればいいと思われますか。

Uhlir:情報のクローズ化(非公開)とオープン化(公開),公共と私的所有の間に緊張関係があります。また,公的分野であっても,国の安全保障やプライバシーの問題をはじめ,情報を開示すべきでない正当な理由はたくさんあります。

しかし,科学情報と公的資金を受けた科学研究はともに公共の利益が目的であることが前提です。これらが商業的に利用されることもありますが,大部分は教育や人類の知識,社会的利益のためだけに活用されます。情報やデータが公開されていないと,公共セクターの投資に対して社会が受け取る利益がそれだけ少なくなってしまいます。基本原則としてはオープン化すべきというのが私の考えです。公開すべきではない正当な理由があれば,その理由を明らかにしたうえで,非公開とすればよいのです。しかし,多くの政府や機関が,オープン化の原則を受け入れず非公開なシステムを前提としており,その点を変える必要があります。

岩田:ティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)が始めたWorld Wide Web(ワールド ワイド ウェブ,WWW)は,オープン化の方向に進むうえで影響を及ぼしたとお考えですか。

Uhlir:そのとおりです。1990年代初めにインターネットが登場し,人間の知識や人々の交流の仕方,そしてビジネスの方法までが変化しました。たとえば,Googleは情報を囲い込むのではなく,むしろ無償提供することにより莫大(ばくだい)な利益を生んでいるのです。まったく新しいコンセプトで,ある意味,直感に反した考え方ですが,全世界でのコミュニケーションとインタラクションを可能にした革命的な技術進歩のおかげなのです。

大武:私のもともとの専門は機械工学ですが,1998年以降はより物理化学的で分野横断的な電気活性高分子を用いた柔軟ロボットの研究を行いました。インターネットのない時代には難しかった研究がはるかに容易になったことを実感しました。その後,認知科学や人工知能にかかわる別の学際的な研究に取り組んでいます。この種の研究は社会科学にも関連する分野です。さまざまなオープンジャーナルやデータ・知識にアクセスでき,たくさんの研究者とも容易に連絡が取れるようになり,オープンな環境が進んでいるからこそできる研究です。

岩田:結晶学分野においては,ケンブリッジ結晶構造データベース(Cambridge Structural Database: CSD)注1),無機結晶構造データベース(Inorganic Crystal Structure Database: ICSD)注2)や他の組織が,多大な労力を払って非常に有用なデータベースを築いてきました。結晶情報を無料でオープン化するように要請があったとき,Lal博士はどのようにお感じになりましたか。

Lal:結晶学は100年もの歴史がありますが,DNAの構造を扱うようになって,進歩が加速しました。ただ商業的側面があり,たとえば,ケンブリッジのデータは,無料でアクセスできるわけではなく,たいていの場合,結晶学関連機器を購入すれば,その中にデータベースが含まれています。粉末回折計を用いてサンプルを分析すれば,相もわかります。混合物であればその組成までわかるのです。プロファイリングも可能ですし,トレンド分析等の分析を行えばおおまかな構造も決定できるのです。

しかし,完全にオープンアクセスにはなっていません。たとえば,私のグループのデータが標準データの中に組み入れられたことは誇りで,自分の研究が評価されることでもあります。同時に,資金のない新人はデータにアクセスできない状態が続いていることも真実なのです。

結晶学のデータベースの有用性は,製薬業界,特に新薬開発において,大きな意味をもつようになり生物学やライフサイエンスでもかなり重要なものになってきています。こうして,さまざまな分野における進歩や発展が組み合わされていくのです。しかし結局,それらすべてを包括するデータが,信頼性の高いデータでなければ進歩もありません。

岩田:信頼性の高いデータを作り出すためには,その道の専門家が携わりデータを公開する必要がありますが,そうした資金を誰が提供するのでしょうか。政府はデータベース構築やデータ編集にさほど気前よく資金を提供しません。

Uhlir:オープンデータの財政的な持続可能性は重大な問題で,激増するデジタル情報を適切に管理・保存し,公開し続けるためには公的資金が必要です。持続可能な方法で資金を調達するための新たなモデルが必要です。おそらく誰もがこの重要性を認識していますが,米国の諸機関は,現在公的資金を投じていないデータに資金提供を始めることに対して,極めて消極的です。データの保存や新たなデータセンターの設立にいったん資金を提供し始めれば,将来にわたって際限なく経費がかかる一方であろうと危惧しているからです。人々の期待と現実の予算との間にギャップがあり,官民パートナーシップやコンソーシアム,さらには国際的な解決策も活用して,新しく創造的な方法を模索する必要があります。

岩田:Uhlir博士のお考えどおり,知的所有権を過剰に保護しても,科学の振興にはあまり効果がなく,むしろオープン化を進めることによって,総体としての科学は強化され,ひいては私たち全員がその恩恵を受けることができるのですね。

Uhlir:著作権や特許権,企業秘密などの知的所有権の役割を頭から否定するわけではありませんが,知的所有権として保護すべきものと,パブリックドメインとすべきものとをしっかりと区別する必要があります。たとえば,米国政府はいかなる情報の保護も行っておらず,その活動の中で作り出された情報を著作権で保護していないのですべてパブリックドメインです。もちろん,国家安全保障やプライバシーなど,さまざまな理由で保護されている情報もありますし,その中には,政府が特許を取るための知的所有権も一部含まれています。しかし,連邦政府の情報やデータに,著作権は設定されていません。

2. オープン化における科学アカデミーの役割

岩田:もう1つの課題は,異なる分野間での相互のデータの利用可能性をどう調和させるかです。データに対する社会のニーズと,好奇心に突き動かされて科学者が作成したデータとの間には大きなギャップがあります。もし,私たちが,社会が求めるさまざまなデータの作成・編集支援をデータ科学者に依頼できれば,科学者に対する社会の信頼が高まるのではないでしょうか。オープンサイエンスの時代には,全体像をいかにつかみ,データ流通に対するバランスの取れた見方をいかに確立し,公共のデータインフラを構築するデータ専門家に,いかに適切な評価を与えるか,といった事柄を議論しなければなりません。科学者が好奇心に基づいて集めたデータだけでデータコレクションを構成すれば,社会全体にとってはさほど有用なものではなく,ある意味社会からの期待を裏切ることにもつながりかねません。

次のステップとして,社会のためにいかにしてデータを整理し,それを実現する枠組みをいかにデザインするかについて,透明性のある議論が必要となるでしょう。まだ夢のような話ですが,社会全体の利益につながる明確な使命を掲げ,新たなニーズを見いだせるように,ミッション主導型やシーズ主導型だけでなく,データ主導型のアプローチも社会全体に対して利益となるべきです。

米国ではそういった議論が行われているのでしょうか。

Uhlir:1つは,技術の進歩とその技術を管理する社会システムの進歩との関係です。社会や人間による技術の管理は技術力の進歩に常に後れを取っています。人間はあまり秩序立っておらず,物事の管理が上手ではありません。その1つが技術を規制する法的側面です。物事を管理することによりそこから最大の価値を引き出すこと,この場合でいえば,情報に対する公的投資からできるかぎりの社会的利益を生むことです。

米国は特に個人主義的傾向が強いので,科学をトップダウンで監督することに対して抵抗感が強く,非集権的・分散的です。とりわけ政府官僚に指図されることを嫌います。個人的な創造性に基づく活動や好奇心に突き動かされた科学は活発だと思います。上から監督・統率して,社会的利益追求のために科学者のエネルギーを一定方向に向けさせるタイプのプログラムは少ないのです。さらに表現や行動の自由と組織構造やプログラムの社会的便益との間に,対立があります。米国は個人的な行動を重視する方に傾きすぎていると思いますが。科学が管理されることに対しては大きな抵抗が必至です。

岩田:その意味では,米国科学アカデミー(National Academy of Sciences: NAS)が非常に重要な役割を果たしてきたと考えます。開かれた議論の中で,科学の方向性を論じる優れた枠組みを作り,予算の策定に影響を及ぼしたり,新しいプロジェクトを提案したりと,日本に比べるとバランスの取れた方法が準備されています。

ではLal博士,インドの科学アカデミーや政府のポリシーについて,また,学術界と政府の関係についてはどのようにお考えですか。

Lal:インドの優れた点は科学アカデミーの独立性がとても高く,政府から学術界に圧力がかかることはありません。にもかかわらず,1968年にインド政府はインド国立科学アカデミー(Indian National Science Academy: INSA)だけを指名し,公式に国際科学会議(International Council for Science: ICSU)注3)の方針を順守し,国際的に科学活動を発表するよう求め正当性を与えました。今日でも,INSAのフェローになるのは難しく,約50万人の科学者の中から850人しか選ばれません。INSAはインド政府から個別のプロジェクトに対し資金の提供を得て行うこともあり,たとえば,デリーの鉄柱注4)のような歴史の解明に関する委託事業に資金提供を受けています。

しかし一方で,その時々の政府によって方針が少しずつ違うので,私たちが独自に報告書を提出することもあります。私が2013年までINSAの会長を務めていた間に二三,問題がありました。たとえば,実験動物に関して,特に製薬目的,医学研究,大学の教育目的で使用される動物にまで圧力がかかるようになり,私たちは厳しいガイドラインを忠実に守るよう注意していました。しかし,NGOの中には極端な主張もあり,考えられないほど厳しい法案を作るよう政府に強要しました。そこで,私たちは反対派だけでなく産業界や政府の関係者にも呼び掛け,周到な準備をして会合を開きました。元最高裁判所裁判官を招待し法的観点から純粋に法律的・憲法的に分析してもらいました。またメディアの注目を集めるために有力なジャーナリストに,最後の総括セッションで私と一緒に共同議長を務めてもらいました。これをきっかけに政府も重い腰を上げたのです。

アジア科学アカデミー・科学協会連合(Association of Academies and Societies of Sciences in Asia: AASSA)注5)も,同様に科学的観点から公平な考え方を提示しています。現在,約150の科学アカデミーが協力してグローバルに重要な問題に取り組み,たとえば,農業,食物,栄養の安全に関する新たなプロジェクトを開始したところです。能力開発にも取り組み,中でもアジアにおける女性と科学への取り組みは,各国の関心も高く極めて大きなインパクトを及ぼしています。

他の分野,たとえば,サイエンスコミュニケーションでは,教育指導方法の改善や知識普及による教育の向上,さらに科学者育成のためのプログラムです。現在,インターアカデミーパネル(InterAcademy Panel: IAP)注6)の共同議長,フォルカー・ター・ミューレン(Volker ter Meulen)教授が中心となって,世界中のさまざまなネットワークと協働して農業実践に関する情報を総合的に扱っています。

私の仕事の1つはさまざまな地域から専門家を集め,その専門家に提言を行うことです。科学アカデミーは,提起された問題に対して科学的知識に基づいて公正な立場から提言を行います。私たちの提言が政府を拘束することもなければ,逆に,政府のいうことに私たちが従わなければならないわけでもありません。このため,私たちは政府からあまり多くの資金援助を受けることができませんが,自分たちの独立性を誇りに思い,独立性の維持を重視しているのです。

岩田:科学アカデミーは透明性を確保する必要があり,議論をオープンに保ち,排他的でないことを心掛けなければならないと思います。米国では,大型プロジェクトを行う場合は一般に歴史学者に参加してもらい,中立の立場からそのプロジェクトの記録を取ってもらい,これをアーカイブすると聞いたことがあります。そうして残された研究の記録が,歴史の評価を受けられるようにオープンになっていることは素晴らしいですよね。ジャーナリストに依頼したりもするそうです。そうしたレポートは,将来的に歴史の評価を受けられるでしょう。

Lal:この点について,NASは他の国よりもうまく実施できていると思います。インドでも2年ほど前からオーラルヒストリーのアーカイブに取り組んでいますが,あまりうまくいっているとはいえません。科学者は新しい研究に取り組むことで頭がいっぱいなので,しばらく記録を自分の手元に残した後に学生や同僚研究者に継承してもらうことが多いです。実際にそのような方法で科学は進歩してきたのです。科学者は,素晴らしい研究結果が出たといっては,すべて論文に書きます。もっと研究を先へ進めたい,どうやればもっと先へ進めることができるかもわかっている,でも記録をきちんと残さなければいけない,この点がバランスの取りどころです。

岩田:Lal博士,あなたから伺った数々の心に残るお話の中でも一番印象に残っているのは,「相手が誰であっても,たとえ大統領でも首相でも,何でも思ったことを自由に言える」とおっしゃったことです。そして,それが学問に携わる者の役割だと。私もそう思います。また,政治家は歴史に対して責任を負うべきです。その意味で,私たちも科学者として歴史に責任を負うべき立場にあるのです。

Lal:科学者が独立性,客観性,誠実性,深い分析性を保ち続ければ,周りの人たちは信頼してくれます。

岩田:Uhlir博士は,NASでアーカイブ活動をたくさん目にしてきた経験をおもちですが,現在の状況をどのように総括なさいますか。

Uhlir:NASはLal博士がおっしゃっていたのとよく似た方法論や価値観で取り組んでいます。独立性と誠実性,そして信頼が重要で,政府に対する私たちの独立性を担保しつつ,政府に助言を行うために,さまざまな方法を実行しています。アーカイビングに関しては,保存すべき文書の種類についてかなり詳細な規定や組織内規則を設けています。さまざまな種類の研究関連文書を保存し,研究の進捗状況,資金提供者,委員会での主な決定の内容,そしてもちろん研究そのものも保存しています。NASは報告書をオンラインで無料公開した世界初の組織の1つでした。1995年からすべての報告書をオンラインで無料提供し,過去のものもすべてデジタル化しています。委員の任命から最終的に報告書をどう処理するかまで,すべて厳格なルールに則って行っています。政府に提言を行い,情報を広く社会に提供しようという科学アカデミーの役割がおわかりいただけると思います。

岩田:日本では,プロジェクトが決定されても予算が足りなくて結局実現できない場合もあります。するとボランティアでやってくれる人がいたりしますが,プロジェクトの維持は非常に難しいです。

Uhlir:NASは幸運で,アーカイビングを行うために連邦政府からの資金だけではなく,寄付,企業資金,各種基金からの資金など十分な財源が確保できています。しかし,これらの資金は固定した財源ではなく,個別プロジェクトへの研究助成金や契約金として提供される流動的な資金です。ですから資金額は変動しますし,政府予算にかかる各分野からの圧力などによっても影響されます。政府機関によって優先課題が異なるので資金提供する研究も異なってきます。

雇用しているスタッフが1,000人ほどで,専門家や上級職の科学者や政策立案者などから成るボランティアのコミュニティーがあります。こうした人たちは委員に指名されて報告書を作成したり,会合で意見を述べたりする役割を担います。しかし,すべてのプロジェクトや研究はスタッフが監督しており,またアーカイビングや研究プロセスの管理などを行うのもスタッフです。

3. 研究データのオープン化に向けての提言

岩田:最後に,今後のデータ活動について皆さんのご意見を伺います。皆さん自身,あるいは所属組織のデータ活動は,この先どのような方向に向かうべきか,お話しください。

私が実現したいことの1つは,データの独立性です。データコレクションをさまざまな視点から見ることができ,また,さまざまなミッションを実行でき,そこから価値を抽出できるようにするためには,ある種の中立性が重要になります。現状では,たとえば,放射線が人の健康に及ぼす影響に関するデータの多くは厳密にはサンプリングの段階からある種のバイアスがかかったデータであり,人々の健康状態を改善するという目的では効果的に利用されていません。分子生物学や遺伝子分野の研究者は,どちらかといえば自分の専門分野の分子や遺伝子に焦点があり,細胞や生命への関心はあっても人々の健康状態にシームレスに関係付けた研究は知られていません。医者も,患者のある特定の状態だけを見ていて,低線量の放射線が身体全体に及ぼす頻度の低いイベントの連鎖の影響を見ることには困難があります。コミュニティー全体へのメンタル面でのケアも必要です。それぞれの専門性で的確に評価されたデータが必要です。そして,理想としてはデータはもっと異なる視点をつなぐという重要な役割を果たすべきであり,公共の福祉,個のケアに配慮したバランスの取れたデータコレクションが必要です。データ・ニーズに関する社会的な議論はクラウド環境とリンクすべきだと思います。その意味で,データが社会の利益のために,欠けている部分や異なる分野をつなぐ橋の役割を果たせると考え,実現したいのです。現段階ではまだ夢のような話ですが。

Lal:第1にデータの品質の確保が極めて重要です。現在では優れた国際的な測定システムが確立されているので,基本的な規格に関連付け,標準に照らして検証するべきです。国際標準に基づくトレーサビリティーと同時に,データへのアクセシビリティも重要です。

第2にビッグデータの時代にあたり,莫大な科学データを管理できる専門家が必要です。インド政府は,ビッグデータ関連の活動への取り組みに熱意をもち,ガバナンスという視点からも関心をもっています。医療や社会福祉,農業といったセクターへの利用も考えています。産業界もビッグデータがもつ将来的な可能性に大きな期待をかけています。莫大なデータを総合的に検討する必要があります。たとえば,加速器による粒子衝突実験で生成される高精度データは信じがたい量で,検出したい粒子反応の1回の衝突の確率は100万分の1です。膨大な量のデータを集めて,ようやく閾値を超える信頼水準で,信号が存在するといえるのです。このような研究に,いかに多くの検出器を使用して,いかに多くのデータを生成しているか,本当に驚くべきものです。また,宇宙研究ではビッグバンを理解するためのデータを集めようと衛星でさまざまな観測を行っています。こうしたデータも莫大で,心躍る新たな発見に満ちています。さらに気候変動についても,莫大な気候データを総合的に検討しなければなりません。

大武:私の研究は,国内外で多くの人々が苦しんでいる,加齢による認知機能の低下を防ぎたいという実際の社会ニーズに基づいています注7)。収集する大量のデータには個人情報が含まれているので,情報共有や公開のためには,データのクリーニングを行い,再利用可能な形に加工するかなりの労力が必要になります。この問題を解決するため,私の研究に興味をもつ研究者たちとの共同研究を通じ,利用目的に合わせて,データをクリーニングし再利用していただいています。生データの共有は難しいですが,研究協力することにより社会のニーズに対応する道が開けることがあります。

研究者によって関心が異なり,必要となるデータの処理方法も違います。新たな処理技術を考案してもとのデータを処理できれば,データをもっと公開できるようになります。そもそもは好奇心に突き動かされて科学者が集めたデータ,社会のニーズに供するための1つの方法だと思います。

生データをより使いやすくする新たなタイプの研究,もっと課題解決型の研究が必要です。研究設計や収集するデータの種類などに基づいて,そのデータをオープンにすべきか否かを判断しますよね。もし最初からデータのオープン化を意識して研究を設計すれば,患者さんとの会話のテーマを設定するなどの工夫により,最初からもっとオープンにしやすいデータを得ることができるのです。最近では,会話の一部を公開してもよいかどうかを尋ね,公開できるような会話をするようにしています。たとえば,日本文化などに興味をもつ海外の人々と情報を共有する場合,会話の中で,そうした面も意識するようになれば,最初からより再利用しやすいデータを得ることができます。

オープン化を前提にデータ収集する方法と,収集したデータを加工してオープンにする方法の2つの方法が必要で,私の研究ももっと社会に役立つ研究にするために工夫している段階です。

岩田:社会的意義を考えないで好奇心だけに基づく科学に偏重すると,科学のバランスが失われてしまいます。それぞれは知的好奇心から始まった研究でも,その成果の最終的な形態は,次世代のための公的な知的財産として優れたデータコレクションを築くことではないかと思います。

Uhlir博士,NASのこれまでの活動を要約していただけますか。また,今後の活動について,データ関連活動の方向性について,米国の人々だけでなく世界中の人々に向け,アドバイスをいただけませんか。

Uhlir:NASを代表して話す立場にはないので,個人的な見解として話します。本日ご出席の皆さんがすでにあげた優れた視点について繰り返しになりますが,少し付け加えたいと思います。

第1に,データを統制するという意味ではなく,データの生成からデータの処理,アーカイブ,利用可能性に至るまでのすべてのプロセスに注目し,品質管理を徹底することにより,プロセスの透明性や確実性を確保する必要があります。データは,政策や社会にもっと役立ち,社会が十分な情報を得たうえで,データに基づいて行動できるように,現在よりはるかに使い勝手がよく,信頼性が高く,高品質なデータでなければなりません。例をあげると,気候変動は人類が直面する最重要課題の1つですが,人々は気候変動を示すデータについて,あれこれあら探しをしては,その価値を否定しようとします。ですからデータは品質管理や処理を徹底的に行って,データにクレームをつけられたりそこから導かれる結果を疑われたりする余地がないようにしなければなりません。他の分野においても同じことがいえます。信頼性の高いデータを生み,信頼できる方法でデータを使用しなければならないという科学者の責任は,さらに重みを増すのです。

第2は,データ・ディバイド(データ活用にかかわる格差)の問題で,ビッグデータ時代の能力開発の問題ともいえます。発展途上国は,大量のデータを生成し,ビッグデータに基づいて意思決定を行ううえでも後れを取ってしまう危険性があります。ビッグデータを生成し,大規模なデータセットを財政や政府の意思決定,環境管理,病気予防等に利用できる能力や手段をもっている社会は,もたない社会に比べ,ますます格差が拡大することになります。このことはデータ活用の能力開発だけでなく,データの利用方法の管理という点にもつながります。これはまた別の議論になりますが,国家の安全保障であれ,財政であれ,非常に大きな問題です。

第3は,データの国際相互運用に向けた標準化です。データの相互運用性および学際的利用を促進し,全体的な視点を得ること,つまり特定の問題について包括的な視点を確保するため,さまざまな角度からデータを集め,よりよい意思決定を支えるという議論です。すると,データの標準化が,俄然(がぜん)重要になってきます。政策的見地からデータ管理方法だけでなく,技術的な相互運用性や,セマンティックという意味での相互運用性まで,標準化を通じたデータの相互運用の実現が大きな課題となってきています。

最後に,財政的な持続可能性です。あらゆる場面でデジタルデータが急増している今日,データの活用を支える十分な資金が確保できないと大きな無駄が生じてしまいます。データを収益化する新たなモデルが必要です。保存すべきデータをいかにして選択し,データの保存や管理にかかる費用をどうやって捻出するかです。データへのアクセシビリティをあまり制限したり,データ利用を特定の目的に限定してしまったりすると,データの収益化はうまくいかないでしょう。パートナーシップを活用して,データを収益化するクリエイティブな方法があるはずです。あるいは,ビットレートに応じて少額の課金を自動的に行う方法も考えられます。たとえば,音楽や映画については,著作権管理団体が組織され,商業的に収益を生む仕組みができているように,同じような仕組みがデータの国際取引にも応用できると思います。

そのためには,協定を結んだり,制度化したりする必要があるでしょう。こうした方向性は,私が希求するデータへのオープンアクセスには,一見反しているように思われるかもしれませんが,データ量が莫大にあるので,データ利用の単価を非常に低く抑えたとしても,相当な額のお金を生み出すことができるでしょう。

さらに情報の再利用に対する制約の問題があります。いったん料金を支払いデータを取得したのなら,そのデータは再利用できるようにするべきです。情報の価値は,それが自由に利用できるところにあるのですから。

岩田:皆さん,どうもありがとうございました。

(写真左から,大武美保子氏,Krishan Lal氏,Paul F. Uhlir氏,岩田修一氏)

執筆者略歴

  • Paul F. Uhlir氏 略歴

米国科学アカデミー(National Academy of Sciences)所属の研究者,研究データ政策・管理を専門とする国際的なコンサルタント

科学・技術・法律のインターフェースにかかわる問題,特にデジタルデータおよび情報政策・管理を主たるテーマに活動。1985年から同アカデミーの宇宙研究委員会(Space Studies Board),国際S&T情報プログラムオフィス(Office on International S&T Information Programs)等を経て2008~2014年研究データ情報委員会(Board on Research Data and Information: BRDI)および米国科学技術データ委員会(U.S. CODATA)のディレクター。地球観測に関する政府間会合(Group on Earth Observations),研究データ同盟(Research Data Alliance: RDA),CODATA等をはじめとするさまざまな国際団体の委員長や副委員長を歴任。米国学術研究会議(National Research Council)の特別業績賞(Special Achievement Award),科学・技術データ分野国際CODATA業績賞(International CODATA Prize for Outstanding Achievement in the World of Scientific and Technical Data)を受賞。サンディエゴ大学で法学博士号と文学修士号(国際関係論),オレゴン大学で文学士号(歴史学)を取得。

  • 大武 美保子(おおたけ みほこ)氏 略歴

千葉大学大学院工学研究科准教授

NPO法人ほのぼの研究所代表理事,科学技術振興機構さきがけ「大規模会話データに基づく個別適合型認知活動支援」研究代表,日本学術会議情報学委員会国際サイエンスデータ分科会CODATA小委員会委員。

2006年,認知症の祖母との会話をヒントに,写真を見て双方向に会話をする「共想法」を考案。高齢者を支援する実用的な技術を,高齢者と共に創るため,2007年研究拠点「ほのぼの研究所」を設立,翌年,NPO法人化。平均年齢74歳,最高91歳の市民研究員をはじめ,福祉,介護,医療関係者,行政,企業と協働して,会話による認知活動支援技術を開発。1998年,東京大学工学部卒業,2003年,東京大学大学院工学研究科修了,博士(工学)。2014年,科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。主著は『介護に役立つ共想法』(中央法規出版,2012)。

  • Krishan Lal氏 略歴

Association of Academies and Societies of Sciences in Asia(アジア科学アカデミー・科学協会連合)会長

インド国立科学アカデミー(Indian National Science Academy)前会長。専門分野は,固体物理学,材料特性化,結晶成長・格子欠陥,高解像度X線回折,計装,品質管理,認証標準物質,材料向けデータなど。1963年インド国立物理学研究所(National Physical Laboratory)に入所し,1990年所長級科学者(Director Grade Scientist),2000~2003年所長。CODATA委員長,国際科学会議(International Council for Science: ICSU)議長をはじめ国際団体の要職を歴任し,研究・開発,科学分野の指導,国際協力の促進に貢献。アグラ大学で理学修士(物理学),デリー大学で理学博士号(固体物理学)を取得。

  • 岩田 修一(いわた しゅういち)氏 略歴

事業構想大学院大学教授

東京大学名誉教授,日本学術会議連携会員,日本工学アカデミー会員。工学博士。核燃料,合金,材料,人工物,環境に関するデータと設計についての原理を研究。

CODATA President, Editor-in-Chief, Data Science Journal,東京大学人工物工学研究センター長,工学部・工学系研究科・新領域創成科学研究科の助手,講師,助教授,教授。FIZ-Karlsruhe客員研究員,中部大学客員教授。国立科学博物館客員研究員,金属材料技術研究所客員研究官他を歴任。

本文の注
注1)  ケンブリッジ結晶構造データベースについては以下を参照。 化学情報協会 https://www.jaici.or.jp/wcas/wcas_ccdc.htm

注2)  無機結晶構造データベースについては以下を参照。 化学情報協会 https://www.jaici.or.jp/wcas/wcas_icsd.htm

注3)  国際科学会議(International Council for Science: ICSU)http://www.icsu.org/

注5)  アジア科学アカデミー・科学協会連合(Association of Academies and Societies of Sciences in Asia: AASSA) http://aassa.asia/

注6)  インターアカデミーパネル(InterAcademy Panel: IAP)http://www.interacademies.net/

注7)  「本を通して人に会い学問を創る:老年言語学,回想法,そして共想法」. 情報管理. 2015, vol. 58, no. 4, p. 322-325. doi: http://dx.doi.org/10.1241/johokanri.58.322

 
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