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オントロジー強化型シソーラス 工学者のための発想支援型情報検索を目指して
溝口 理一郎古崎 晃司來村 徳信
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2015 年 58 巻 5 号 p. 361-371

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著者抄録

有用な情報をいかにして手に入れるかという問題は古くて新しい問題である。異分野交流の典型であるバイオミメティクスではそれが顕著に表れる。バイオミメティクスでは,生物が実現しているさまざまな機能を模倣することによって,これまでにない有用な機能を革新的な方法で実現することを目指している。しかし,生物学に不案内な工学者が生物に関する有用な情報を入手することは容易ではない。本稿では,そのような工学者を支援するための新しいシソーラスであるOntology-Enhanced Thesaurus(OET)に関する概要を解説する。OETは,オントロジーという一般的で抽象度の高い概念群を従来のシソーラスの上位に位置付けることによって,異分野間に存在するギャップを埋めることを目指している。オントロジーやシソーラスの解説も含めて,OETの構成やキーワード探索自体を支援するツールに関してわかりやすく説明する。

1. はじめに

情報の価値がますます高まっている。問題を解くためのヒントになる情報,解くべき問題の部分問題に関する情報などいろいろあるが,運がいい場合には,異分野においてすでに解決されている場合もあるので,それらの情報が得られれば,利用者は満足する。しかし,情報洪水の時代において,大量の情報の中から適切な情報を得ることは決して容易ではないのが現実である。

情報を得るための手段として情報検索があるが,情報検索といえばまず思いつくのがシソーラスである。シソーラスは同義語や類義語などを体系的に集めたものであり,情報検索におけるキーワードを豊富にすることで,検索の質の向上に貢献する。ところが,「有用な情報」がほしいと思っているだけで,具体的に何が「有用である」のか,情報を入手しようとしている人にはわかっていないケースが散見される。したがって適切なキーワードを思いつけないという問題に直面している。

このような問題は異分野交流が不可欠な分野では特に顕著となる。異分野交流の1例として知られているバイオミメティクス(生物模倣技術)1)では,工学者が生物学の成果の中で,自分が開発すべき新材料の実現に「有用な」情報を見つけることを支援することが強く望まれている。

本稿では,「有用な情報」を得るための技術というコンテキストにおいて,そこで重要な働きをするシソーラスとオントロジー,そして,オントロジーを用いて強化された「オントロジー強化型シソーラス(Ontology-Enhanced Thesaurus: OET)」(以下,OET)に関する話題を,バイオミメティクスを例に解説する。

2. シソーラスによる情報検索

バイオミメティクスとは,工学者が設計したい新しい人工物を実現する際に,すでにそれに近い機能を実現している生物を模倣して,これまでにない革新的な機能実現を目指す技術である。バイオミメティクスでは工学と生物学の交流がその本質である。

工学は新しい機能を実現することが使命であり,生物学は生物の進化過程の結果,さまざまな機能実現に関する知見をもつ。その実現方式を参考にして,これまでにない新しい,あるいはより優れた機能を工学的に実現できる可能性がある。そのためには,まず参考になる機能を実現している生物種を知ることが問題となるが,そこには情報を得る問題が横たわっている。工学者は生物学に関する知識をもち合わせていないからである。仮に,何らかの方法で適切なキーワードが見つかったとしても検索がうまくいく保証はない。「用語の揺れ」の問題が控えているからである。

情報検索における用語の揺れの問題を組織的(Systematic)な方法で解消するものがシソーラスである。シソーラスは類似した意味や関連する事柄を表す単語を組織的に整理したものであり,1つのキーワードで検索する代わりに,そのキーワードと類似した概念を表す複数のキーワードと併せて検索することで,より多くの関連情報を検索することができる。

科学技術分野における優れたシソーラスの具体例として,科学技術振興機構(JST)が長年かけてつくりあげてきた「JST科学技術用語シソーラス」がある2)。JSTのシソーラスは強力であるが,バイオミメティクスの技術者が求めている情報を生物データベース(生物DB)から見つけるのは容易ではない。工学と生物学の世界がかけ離れているからであり,その距離を埋める何かが必要となる。

3. オントロジーとは

異なるドメイン(概念世界)の橋渡しをするものとして,オントロジーが注目されている3)。オントロジーとは,世界に存在する物事の本質的な構造を高い抽象レベルで表現したものであり,工学と生物学のような異なるドメインの上位に位置して,両者をつなぐ役割を果たす可能性があるからである(1)。オントロジーで補強されたシソーラスがあれば,適切なキーワード探索をサポートするシステムの開発が可能になると期待される。

さらに,オントロジーはセマンティックWeb3)で用いられるメタデータ(データがどんなデータであるかを書き表したデータ)に現れる語彙(ごい)に意味を付与する役割があり,近年注目を集めている。AI(Artificial Intelligence)という言葉が使い古されたきらいがあるので,Web情報処理の分野では,新しい言葉として,Semantic technologyという言葉が使われるようにもなっている。Semantic technologyはもちろんAIより極めて狭い意味内容をもっている。

セマンティックWebとは,WWWに存在する情報源の適切な場所にタグと呼ばれるメタデータ情報を付加して(タグ付け操作全体は「アノテーション」と呼ばれる),情報検索の性能を向上させようとする技術である。そのタグとして用いられる情報(概念/用語)を意味に着目して組織化しておくと,気の利いた検索ができるというものである。Semantic technologyはそのような操作における意味処理技術全般を指す用語であり,オントロジー技術はその1つである。

図1 異なるドメイン(概念世界)の橋渡しをするオントロジー

3.1 簡単な例

例をあげよう。バイオミメティクスへの人工知能技術の応用を扱っている文献を探しているとする。その時,ある論文に「バイオミメティクス」と「セマンティックWeb技術」というタグが付いていたとする。検索エンジンは通常は文字のマッチングを行い,一致するかどうかを調べる能力しかないので,検索キーワードが「バイオミメティクス」と「人工知能技術」であると,「人工知能技術」と「セマンティックWeb技術」は一致しないのでその文献は検索されない。しかし,Semantic technologyの1つであるオントロジー技術を用いて,「セマンティックWeb技術は人工知能技術の一種である」(後述の概念「一般特殊階層」)ことが記述されていれば,検索エンジンはそれを参照して,その文献は「バイオミメティクスと人工知能技術」を論じていると判断できるので,無事検索されることになる。オントロジーはこのようなタグに用いられる情報(概念/用語)をたくさん集めて,それをうまく組織化し適切な意味情報を提供するものである。

これはオントロジーの典型的な応用例であり,実際,バイオミメティクスにおけるデータベースとそのインテリジェント化の研究4)では2に示すような研究が始められている。しかし,オントロジー,そしてオントロジー工学はさらに深く有用な技術も提供していることに注意が必要である(4章参照)。

図2 バイオミメティクスDBにおけるオントロジー利用

3.2 2種類のオントロジー3)

オントロジーには,前述のSemantic technologyで用いられる概念階層を指すオントロジーと,より高度なオントロジーの2種類ある。前者はLight-weight ontologyと呼ばれ,後者はHeavy-weight ontologyと呼ばれる。Light-weight ontologyはその名のとおり,概念の一般特殊階層以外の余計な物は何もなく身軽である。一方,後者のHeavy-weight ontologyは哲学まで関連しているので重たい。よくいえば重厚である。そして,根本的なところまで及ぶ本質的な応用が可能となる。

概念の一般特殊階層は,英語では“A tree is a plant”といわれることから,is-a階層と呼ばれることが多い。<A is-a B>というとき,B(上位概念)がA(下位概念)の一種であり,より一般的な概念であることを指す。生物種のTaxonomy(分類学)とほぼ同じ構造をもっているといえるが,一方,Heavy-weight ontologyはis-a階層の質自体を問う。概念の混同を避け,正しい概念分類の理論や技法を提供し,さらに対象世界に潜んでいる基盤的な概念構造を明らかにする理論と技法をも提供する。

このようにLight-weight ontologyとHeavy-weight ontologyはそれぞれ異なった性質をもっており,応用先も異なる。いずれもそれぞれ興味深い応用があるが,本稿で述べるOETは,これら2つのオントロジーの応用の中間ともいえる新規な応用だといえる。

4. オントロジー工学の要素技術

オントロジー工学には「内容を扱う理論(theory of content)」と「内容を扱う技術(content technology)」というそれぞれの側面がある。理論的な側面の解説は他に譲り3),本稿では技術面について述べる。機能オントロジーを例として,1993年ごろより行ってきた機能モデリングと機能オントロジーに関する研究の一部の応用に重点をおいて紹介する。

4.1 機能オントロジーと機能分解木5)

この研究の最終目的は任意の人工物の機能構造の記述システムの開発である。われわれは機能に関するオントロジー工学的考察を深めることから研究を始めた。その結果,機能に関してよくわかっていないことが多くあることを見いだし,本質的な貢献をするべく問題に立ち向かった。3は,その結果得られたオントロジーの階層である。

主な成果としてデバイス・オントロジーという人工物の振る舞いを考察するうえで不可欠かつ概念的な計算モデルを開発し,そのうえで人工物の振る舞いを定義し,機能を定義した。そして,結果として約90個の機能概念を得た。

その当時,機能に関する理解が今ほど進んでいなかったので,機械設計の専門家の間では,機能概念はこの世にはそれこそ無数にあり,機能のオントロジーを構築することは不可能であると思われていた。われわれはそのような中で,90個余りの機能概念を抽出し,極めて多くの人工物の機能構造を記述できることを実証した5)6)。このことは画期的な成果であり,機械設計の分野に大きな影響を与えた。

理論的なことは一切省略して,実用的な観点から技術の核になるところを紹介する。

溶接機械があるとする。その機能は「溶接する」であると多くの研究者,技術者は信じていた。われわれはその常識を覆したのである。「溶接する」は何を達成したいのかという新機能概念(What to achieve)と,それをどのようにして達成するのかという方式概念(How to achieve)という2つの概念から構成されている複合概念であると主張したのである。すなわち,

溶接する = 接合する + 溶融方式

あるいは

糊(のり)付けする = 接合する + 糊方式

  • というわけである。もちろんこれは一般化すると以下のようになる。

旧機能概念 = What to achieve(新機能概念) + How to achieve(方式概念)

方式は達成方法を概念化したものであり,達成するための部分機能列で構成されている(4)。その部分機能のそれぞれがさらに別の方式で分解される。この分解を繰り返していくことによって,当初のゴールである最上位の機能を達成するための機能分解木をつくることができる。4のように,方式が複数ある場合にはそのうちのどれかを選択して機能の分解を進めるので,1つの方式は選択肢の1つとなる。このように機能を分解すると,物を接合するには溶接以外にも「糊方式」という方法があることがわかり,「接合する」という1つの機能に2つの(実際には多数の)達成方式を紐(ひも)付けることができる。

機能概念のことを暗黙的に扱ってしまったが,ノードが機能概念に対応し,従来の複合概念を分解して生まれたWhat to achieveに対応する概念を新しい機能と定義したのである。したがって前述の例では,「接合する」が新しく生まれた機能概念である。そして,それは達成方式から独立した概念であるため領域独立性が高いという顕著な特徴をもつ。換言すれば,これまで無限にあると思われていた理由は,機能概念が領域固有性を併せもっていたためであり,領域固有性の原因である達成方式を除いた残りの機能概念は領域独立性が高くなるというわけである。

図3 機能オントロジーの階層
図4 機能分解の例

4.2 行為分解木

少し脱線するが,行為分解に関しても触れておく。例をあげる。「歩く」という行為を分解できるであろうか? 「歩く」は「溶接する」のように他動詞ではなく自動詞であり,処理の対象をもっていることから,機能分解の方法が適用できないように思える。「走る」も同様である。しかし,「状態変化の概念化」という方針に従うと,歩くと走るに共通な状態として,実行後にはともに行為者の居場所が変わっている。したがって,

歩く = 場所移動する + 歩行方式

走る = 場所移動する + 走行方式

  • と行為分解することができる。この例題1つで示唆するところは小さくない。すなわち,一般化していえば,すべての行為からその達成方式概念を取り除いて,残りを方式に依存しない状態変化として概念化できるといえる。

5. 発想支援型情報検索

シソーラスの情報検索における役割はすでに述べた。5章では,従来のシソーラスに基づく情報検索に攻めの姿勢を加えた発想支援型情報検索の概念の1例として,バイオミメティクスで研究開発されているオントロジーを用いて強化されたシソーラス,OETについて述べる。

シソーラスは情報検索において非常に有望なツールであるが万能ではない。その原因はつくられ方にある。シソーラスは膨大な情報源を解析してその領域に現れるキーワードを組織化する。換言すれば,シソーラスの性能は参照する情報源の質に左右される。十分に枯れた分野であり,情報源が豊富である場合には優れたシソーラスを構築することが可能であるが,そうでない場合には十分満足のいく性能をもつシソーラスが構築されない可能性がある。バイオミメティクスは勃興期にあり,まだ成熟していない新しい分野なので,運悪く後者に対応する。特に生物学と工学という大きく離れた分野にまたがる正真正銘のinterdisciplinaryな分野なのであり,両者の間には無視できない大きなギャップが存在する。したがって,そのギャップをいかに埋めるかが大きな課題となっている。

工学者と生物学者が日常的に用いる用語には大きな分野固有性があり,互いにそれぞれの世界は未知の世界であると同時に,用語は外国語かと思えるほどに異なるケースもある。そこで,5に示すように,オントロジーを活用してシソーラスの機能を高めることを考える。それがOETである。

構築されるOETに基づいたキーワード探索ワークベンチも併せて開発する。本ワークベンチは,オントロジーでシソーラスを強化するだけでなく,強化されたシソーラスを用いて適切なキーワード探索を対象とした積極的な支援を行い,利用者の発想支援を促すことも1つの支援機能である。

その典型例として,見つかった生物を説明している種々の情報源に直接アクセスし,さらに詳しい関連情報を見いだす機能がある。これは,OETをLinked Open Data(LOD)として実装することによって実現可能となる7)。そのようにして得られた情報を総合して,キーワードを整えて本格的な情報検索を実行することができる。

図5 OETによる発想支援型情報検索

5.1 オントロジー強化型シソーラス

それでは,OETの具体的な解説に入っていこう。OETの基本的な考えの1つは,適切なキーワード探索を1つのタスクととらえ,それを積極的にサポートすることにある。通常のシソーラスではさまざまな検索キーワードを提供するが,それを探索することはタスクと見なされることはない。

OETでは,オントロジーという抽象的な概念の体系を媒介として,ギャップによって切り離された2つの領域のキーワード世界の橋渡しをすることが期待され,そこでの自由な探索を支援することによってより適切なキーワードを見つける可能性を高める(5)。

情報検索の問題点は,次の3つに集約される。

(1)どのようなキーワードを選ぶべきか見当がつかない。特に不得意な異分野のキーワードを見つけることができない。

(2)意味的に同じキーワードを見つけたとしても用語のぶれの問題がある。

(3)選んだキーワードが対象のインデキシングに使われていないMissing link問題

問題(1)のような利用者を支援するには,もっている問題を部分問題に分割することや,その問題の実現に貢献する機能を数えあげることなどが必要になる。しかし,これらを一般的な方法で支援することは容易ではなく,その支援は将来的な課題である。(2)は基本的にはシソーラスがカバーすることができる問題である。(3)は,どのようなキーワードを探してこようが,そのキーになる概念から目的とする情報を見つけてくるパスが存在しない場合といえる。言い換えると,その概念が情報のインデキシングに使われていない場合である。そのような場合はあきらめるしかないのが現状だが,OETは(3)を支援するために考案された強力なシソーラスである。5に示したように,抽象的な概念の体系であるオントロジーを上位に位置付けて,明示的にはつながっていない情報同士をつなげる「架橋」としてオントロジー,特に機能オントロジーを利用する。

5.2 OETの支援

まず,想定利用例を示す。

 家の建築に携わる技術者が,上司に「床や壁に使える素材でエコの観点で何か新しいアイデア」を提案するようにいわれたとする。
 ・彼女は,「清掃しやすい」とか「汚れにくい」というキーワードを思いつくかもしれないが,「防汚」というインデックスに使われているキーワードを思いつくことは難しい。
 【1つ目の支援:by Ontology-Enhanced Thesaurus】
 (1)彼女の意図を満たす最善のキーワードの発見を支援し,
 (2)「防汚」の入力へと導く。
 ・バイオミメティクスDBで,「防汚」でインデックスされた情報はすべて得られる。
 ・一方,「防汚」でインデックスされていないが,彼女の意図を満たす可能性のある情報は見つからない。
 ・このような「リンクが切れている(Missing Link)」情報を見つけるにはどうすればよいのか? 言い換えれば,「防汚」と生物DBの間のギャップをどのようにして埋めることができるのか?
 【2つ目の支援:by Keyword Explorer】
 ・支援の結果,蓮(はす)の葉,カタツムリ等に加えて,(防汚→自浄→親水→集水→砂漠→サンドフィッシュ,という連鎖を経て)サンドフィッシュ,なども得られるかもしれない。
 得られた情報をもとにして,さらに詳しい情報を求めてから,本命と思われるキーワードを使いながら本格的な情報検索を行い,最終的に,大いに参考になる考えやデータを得ることができる。
 たとえば,サンドフィッシュは体の表面が砂の中を泳ぐように移動できることから低抵抗表面をもつ生物として知られているが,防汚機能があるとは認識されていない。しかし,砂で汚れたサンドフィッシュは見たことがないので,低抵抗機能を実現している構造が結果的に防汚機能も同時に発揮していると考えることができる。これをヒントにして,サンドフィッシュに関する情報を調べて,その構造に関するキーワードを得て本格的な情報検索をすることによって,当初の防汚機能の新しい実現方式に関するヒントを得る可能性がある。

OETによるキーワード探索支援は,5.1の(2),(3)の問題に対応し,大きく2つの方法に分かれている。

方法1:選択された適切な概念に対応する工学分野のキーワードが見つかった場合に,それを生物学分野のキーワードに変換する支援を行う。この変換は理論的には,バイオミメティクス分野を対象として作ったシソーラスが行うことができる。しかし,前述したように分野が未成熟であることが原因で,作られるシソーラスの機能が不十分となる可能性が高い。そこで,バイオミメティクスにおいて重要な役割を演じる機能概念に着目して,機能概念を翻訳する支援を開発する。

米国において機械設計における機能のオントロジーを研究しているグループが,われわれと同様,バイオミメティクスを対象とした情報検索支援を研究しており,そこでの成果を援用する。文字通り,工学機能の生物学機能への翻訳である。例として,6に概念レベルでの翻訳過程を示した。詳細は原著論文を参照されたい8)

方法2:ここで扱うのはいわゆるMissing Linkの問題である。情報検索の肝は適切なキーワード選択にあることはすでに述べたが,それが容易でないことは周知の事実である。ましてや,工学者が革新的な設計を目指して,生物学から学ぼうとしているバイオミメティクスにおいては,発想支援ともいえる機能も要求され,その実現はさらに困難になる。この方法では,キーワード探索自体を対象タスクとして支援することを目指している。

高度な支援(発想支援)としてどのようなものがあるか考えてみよう。工学者は革新的な機能の実現がゴールである。そして,ほしい情報は,ゴール実現に貢献する生物機能とそれを実現している生物種に関する情報であろう。とすれば,直接的には目的としている機能をすでに実現している可能性の高い生物種に関する情報が,適切な情報の第1候補であろう。

まず,これまでの研究での成功例は,それを知らない利用者には有用な情報となる。しかし,それだけでは十分でない。ここで有効なのは,成功例からの類推や,特徴的な構造がもつ多様な可能性などを駆使した探索である。このような探索は成功するとは限らないが,予期しない候補生物種を見つける可能性もある。たとえば,飛翔(ひしょう)に興味のある研究者は,飛翔する生物種すべてが候補になるわけだが,実際にはその中でも特殊な機能,たとえば非常に軽いのに風に負けないで飛ぶことができるトンボ,非常に静かに飛ぶことができるフクロウ,などの例が特に興味深いはずである。

さらに,「飛ぶ」を機能分解すると,揚力(ようりょく)を得る,推進力を得るという2つの部分機能が得られる。したがって,飛翔する生物種はそのいずれの機能をも実現していると考えることができる。その生物種には飛翔機能だけしか記述されていない場合でも,一般的な機能分解を用意しておけば,揚力や推進力を得る機能の実現方法に関する情報を探している工学者がその生物種がもつ情報にたどり着く可能性が生まれる。

図6 機能概念の翻訳過程と例

5.3 基盤となる技術

前節で述べた方法2は6で示したオントロジーで架橋された概念空間をキーワード空間と見なして探索する技術が必要になる。この探索は論理に基づいた厳密な推論ではない。厳密な推論は証明のような問題には適しているが,間違っているかもしれないが発想を刺激するような面白い生物種を見つけるという問題には適さない。むしろ,厳密さを捨てて,連想ゲームのような感覚で,適当な制御の下にキーワード空間を探索する手法の方が適している。

コンピューター上に実装されたオントロジーは,構造としては定義される概念をノードとして種々の関係でつながれたラベル付き有向グラフ構造を成しているとみることができる。概念間のis-a関係はいうに及ばず,属性定義やpart-of関係(全体と部分の関係)はそれぞれ属性値や部分概念へリンクされているとみることができる。したがって,キーワード探索はそのラベル付き有向グラフ上の探索として実装できる,たとえば,与えられた機能からそれが実現に関連している可能性のある生物種までのあらゆるパスを探索するエンジンを設計することができる9)

5.4 OETの構造

まず,機能をできるかぎり分解し,部分的にでも関連する機能を実現している可能性がある生物種へのリンクを確保することが有効である。そこで,前述した機能分解の方法論が有効となる。次に,各機能の実現に貢献すると考えられている,あるいは予想される構造を各機能に記述する。一方,特徴的な構造,振る舞い,性質,そして典型的な生活環境のオントロジーを構築し,それらを用いて記述された生物種のTaxonomyを用意する。生活環境にはそこで生きるために必要な機能を記述する。

5.5 OETに基づくワークベンチ

5.4の記述により工学者がゴールの実現に利用できそうな生物種の探索が可能になる。有用な情報をもつ可能性がある生物種を見つけた後に,それをもとにしてさらに有望なキーワード探索の情報を得ることができる。OETの実現はLinked Data (LD)を用いているが詳細は別稿7)10)を参照されたい。

7は現在稼働しているデモシステムの実行画面例である。中心にある「防汚,抗菌塗料」は工学者が実現したい設計物であり,それを入力して,その実現に貢献する可能性がある生物種が外周に描画されている。ノードをクリックすると中心からそこに至るパスが表示され,どのような概念を経由してそこに到達したのかがわかる。この例ではすでに知られているカタツムリ,バラの花,蓮の葉などはもちろんのこと,砂漠の砂の中を泳ぐように移動するサンドフィッシュも表示される。利用者は興味ある概念をクリックし,それに関する情報を前述したようなさまざまな情報源から多様な情報を得て,さらによいキーワードが取得できる。

図7 OETワークベンチによるキーワード探索支援の具体例

6. むすび

発想支援型情報検索の実現を目指して開発中のOETを紹介した。OETは科研費新学術領域研究(研究領域提案型)「生物多様性を規範とする革新的材料技術」の一環として研究・開発が進められていると同時に,ISO/TC266 Biomimetics,WG4 Infrastructure of Biomimetics(JSTの恒松氏がConvener,溝口がProject leader,古崎はCommittee memberを務めている)においてJSTのシソーラスとの結合を念頭に置いてOET構築過程の標準化作業が進められている。発想支援型情報検索に関する本質的な貢献をする可能性を秘めるOETの今後の発展に期待していただきたい。

執筆者略歴

  • 溝口 理一郎(みぞぐち りいちろう)

1977年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了。同年,大阪電気通信大学工学部講師,1978年大阪大学産業科学研究所助手,1987年同研究所助教授,1990年同教授,2012年10月北陸先端科学技術大学院大学サービスサイエンス研究センター教授,2014年4月同特任教授,現在に至る。工学博士。パターン認識関数の学習,クラスタ解析,音声の認識・理解,エキスパートシステム,知的CAIシステム,オントロジー工学の研究に従事。

  • 古崎 晃司(こざき こうじ)

2002年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。化学工学会嘱託研究員,大阪大学産業科学研究所助手を経て,2008年同准教授,現在に至る。博士(工学),オントロジー工学の基礎理論および構築ツール,セマンティックWeb,Linked Data,およびそれらの各領域における応用に関する研究に従事。

  • 來村 徳信(きたむら よしのぶ)

1991年大阪大学基礎工学部情報工学科卒業。1993年同大学院基礎工学研究科 前期課程修了。同大学産業科学研究所助手。准教授等を経て,2015年より立命館大学 情報理工学部 教授,現在に至る。博士(工学)。知識工学,オントロジー工学,主に物理的システムや人間の行為に関するそれらの研究に従事。

参考資料

  1. a)   溝口理一郎. “役に立つオントロジー工学”. PEN. 2013. vol. 4, no. 6, p. 3-13.

参考文献
 
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