2015 年 58 巻 7 号 p. 572-576
IATUL(International Association of University Libraries:国際大学図書館協会)注1)は,1955年に国際図書館連合(IFLA)の1セクションとしてドイツで設立された,工科系大学図書館の国際組織である。学術情報発展への寄与と課題解決のために,図書館長やシニアマネージャーを中心に協力・連携の推進を目指している。主な活動には年次大会とリーダーシップアカデミーの開催,SIG(Information Literacy),図書館員海外研修プログラム,英語翻訳編集サービスがある。近年の総合大学からの会員増加により,2014年にInternational Association of Technological University Librariesから現在の名称に変更した。会員は図書館単位で,欧州,北米を中心に約60か国の約230館である。日本の会員はおらず,会場でお会いした会長のReiner Kallenborn氏(ミュンヘン工科大学)から,「日本の大学図書館もぜひ会員になって欲しい」とのお話をいただいた。
本大会のテーマは“Strategic Partnerships for Access and Discovery”(アクセスと発見のための戦略的協力)であった。情報技術やネットワーク技術の進展により,これまで以上に組織間の戦略的な連携が求められ,本大会で大学図書館をめぐる最先端の状況を知り議論を深めようというものである。プログラムの主な内容注2)は,基調講演(4件),14セッション,計約40の発表(7テーマ:Strategic Partnerships, Digitization and Digital Preservation, Changing Environments for Librarians, Library Strategy and Management, Management of Research Data, Learning & Information Literacy, Lightning Talk: The Future is already here),ポスターセッション,見学ツアー(ヘルツォーク・アウグスト図書館とフォルクスワーゲン本社)であった。大会後のプログラムとしてドイツ国立科学技術図書館(German National Library of Science and Technology: TIB)注3)への見学ツアーが行われた。参加者数は37か国から178人であった。
以下に印象に残った発表を中心に報告する。多数のセッションが同時に行われたため,限られた発表についての報告になることをお許しいただきたい。
バイオインフォマティクスの研究者であるFraunhofer Institute for Algorithms and Scientific Computing SCAIのMartin Hofmann-Apitius氏は,臨床文献のテキスト・データマイニング(TDM)にオープンフレームワークOpenBELを用いた事例で構造化されていない情報資源の分析方法を示し,セマンティックWeb活用の可能性や課題を論じた。TDMを使って短期間で画期的な治療方法を発見し末期患者を救える可能性もあるとして,TDB利用許可の拡大やグランドチャレンジ開催を提言した。
Wilma van Wezenbeek氏はオランダのデルフト工科大学図書館の組織変革を伴ったオープンアクセス・オープンサイエンス推進の取り組みを報告した(図1)。国際共同データリポジトリ3TU.Datacentrumの運営者でもある同館は,研究データ管理・保存やオープンアクセス出版の支援に注力している。Elsevierを含む出版社との電子ジャーナル契約交渉戦略にも触れ,状況改善のための国際協力を参加者に呼びかけた。
L3S Research CenterのコンピューターサイエンティストWolf-Tilo Balke氏は,ドイツ研究振興協会(DFG)の新規助成プログラムSpecialised Information Services注4)の対象が専門分野ごとに特化したサービスであることを例に,従来の目録法や索引技術にセマンティックWebを取り入れ,カスタマイズし付加価値を付けたサービスの提供を説いた。
TIBのAngelina Kraft氏は,多分野で公開されないロングテールの研究データの学際的な管理基盤構築を目的とするプロジェクト,RADAR(Research Data Repositorium)注5)の開発(2013~2015年)を紹介した。リポジトリとサービスの提供により,研究データの共有や出版の可能性拡大と持続可能なデータ保存の保証を目指す。サービス対象は研究者・研究機関,図書館,出版社等で,メタデータスキーマ,ライセンス,ソフトウェア等を検討しビジネスモデルを開発する。データ出版サービスとして,メタデータセット,デジタルオブジェクト識別子(Digital Object Identifier: DOI)登録,利用レポート,長期保存,API等のサービス提供を予定している。
(2) Digitization and Digital Preservation英国情報システム合同委員会(JISC)のデータセンターEDINAのPeter Burnhill氏とLisa Otty氏は,アーカイブ機関での電子ジャーナル保存状況把握のためのポータルサイト,The Keepers Registry注6)を紹介した。現在,英国図書館,米国議会図書館,HathiTrust,CLOCKSS,Portico,e-Depot等10機関が参加している。このポータルで行った保存状況調査で,10機関での保存率の低さが明らかになった。たとえば,ISSNをもつ全電子ジャーナルタイトル中,1機関以上で保存しているタイトルは17%,3機関以上で保存しているタイトルは6%のみであった。図書館はe-collections(電子コレクション)を誇っているが,単なるe-connections(電子コネクション)の保持者になりさがったとして,学術記録の長期的なアクセス・保存の欠如に強い危惧を示し,参加者に国際的な協力を求めた。
チェコ工科大学図書館Lenka Nemeckova氏は,図書館が大学出版雑誌の編集者を支援して雑誌の評価を高めている事例を紹介した。図書館が出版の必要要件(Open Journal Systems,DOI,CrossCheck,ORCID,機関リポジトリへの登録等)を作成し,またオープンアクセス出版のための手順,著作権,DOAJへの登録,雑誌の品質評価,Web of Science/Scopusの収録基準等についてガイダンスを行っている。
(3) Strategic Partnershipsドイツ経済学中央図書館(ZBW)のTamara Pianos氏の発表は,経済学・ビジネス分野のポータルサイトEconBiz注7)に国際的なパートナー制度を設け,電子コミュニケーションや年会合で密接な協力を得ている事例の紹介であった。パートナーからのフィードバックによるEconBizの検索性改善ならびに共通課題の解決やプロジェクトのパートナー探し等関連分野での研究促進を進めている。成果の一例として協働作成の世界のイベント・会議開催情報をEconBizにアップしている。現在世界23の学術機関や図書館がパートナーとなっておりさらなる参加を呼びかけた。
ロシアのサンクトペテルブルク工科大学Natalia Sokolova氏は,ロシアの地域図書館コンソーシアム連合(ARLICON)の新しい電子プラットフォーム,雑誌記事索引MARS,電子ドキュメントデリバリーサービス,雑誌総合目録等を紹介した。
(4) Lightning Talk: The Future is already hereドイツのレーゲンズブルグ大学図書館Evelinde Hutzler氏とSilke Weisheit氏は電子ジャーナル図書館EZB注8)へのオープンアクセス出版誌統合の取り組みを紹介した。EZBは約600機関(うち125は国外機関)が所蔵する電子ジャーナル8万800誌の総合目録で,参加館は論文ごとに自館のアクセス可否(無料アクセス,契約購読等)が把握でき(図2),リンクリゾルバ(EZB Linking Service)によって論文本文にリンクされている。最大の課題であるグリーンOAジャーナルの論文単位への直接リンク率の低さ解消のため,機関リポジトリへのリンクリゾルバ機能拡張のプロジェクトを計画中で,グリーンOA出版の促進を目指している。
シンガポールのナンヤン工科大学図書館Chia Yew Boon氏からは反転授業やオンライン授業,研究ラボ,オープンアクセス出版等にブログを活用している事例の紹介で,図書館のイニシアチブによる付加価値を付けたサービスを提言した。
英国のオックスフォード大学ラドクリフ科学図書館Oliver Bridle氏は研究者や学生への3Dプリンターの利用提供サービス実施により,研究ラボや授業で新しい研究・教育方法が生み出された成果を報告した。
TIBから4件の発表があった。Sven Strobel氏は,科学分野の動画検索ポータルTIB AV-Portal注9)のセマンティックWebを使った作成方法を紹介し,テキスト・音声・画像の自動認識,セグメント別自動索引,GND(統合典拠ファイル)オントロジーを用いたメタデータ分析とタグ付け,ファセット検索について説明した。Ina Blümel氏は,研究者情報のオープンソースのセマンティックWebアプリケーションVIVO注10)を使って開発中のVIVOベータ版を紹介した。Leibniz Research Alliance Science 2.0に属する研究者のさまざまな情報をWebサイトから収集して登載し,可視化分析機能は研究者だけでなく研究管理マネジメントとしても活用できる。Lambert Heller氏は2016年に計画中のWikimedia CommonsやWikidataを利用した科学技術分野の写真検索システムの開発を紹介した。Paloma Marín Arraiza氏は新しい科学コミュニケーションとしてのビデオ抄録(video abstract)の重要性や普及を提言した(図3)。
大会後のTIBの見学ツアーに参加できなかったため,7月8日に同館を訪問し,職員の方に館内を案内していただいた。もとはヴェルフェン城だったというハノーバー大学の緑深いキャンパス内に立つTIBは,地上3階地下2階建てでガラス張りの近代的な建物であった。
1959年に科学技術専門の国立図書館として設立されたTIBは,この分野では世界最大級である。科学技術文献・情報を包括的に収集・保存し,ドイツ国内だけでなく世界の研究コミュニティーや産業界へあらゆる科学技術情報へのアクセス提供を使命としている。ハノーバー大学の図書館でもあり,連邦政府と州の双方から財源を得ている。コレクションは図書560万冊,冊子体学術雑誌1万6,900種をはじめ,マイクロ資料,灰色文献,会議録,技術レポート,特許資料,規格等多岐にわたる。電子ジャーナル3万6,000,データベース4,200,電子書籍等10万3,000を擁する。スタッフは約400人である。
科学技術情報ポータルGetInfo(図4)注11)では,TIBの目録データはもとより,電子出版物,一次データ,動画,3Dモデル,シミュレーションデータ等の多様な情報へのアクセスを提供している。TIBに属するDataCite1)は研究データのDOI登録機関であり,DOI登録されている研究データのメタデータをGetInfoに取り込むことにより,GetInfoからDOI経由で保存元機関のデータへのアクセスを可能にしている。
TIBが力を入れるドキュメントデリバリーサービスにおいてGetInfoはサービスのプラットフォームであり,subito等,他の電子デリバリーシステムや図書館間相互貸借も介して,世界80か国余りからの年間約20万件のリクエストを約70人のスタッフで処理している。電子媒体,直接アクセス(ペイ・パー・ビュー),fax,郵送等で著作権を順守したデリバリー方法で提供している。
本大会は事例の発表が大半を占め,オープンサイエンスやオープンアクセス推進への動きを中心に,従来の大学図書館の枠組みを超えた業務やサービス開発に取り組む実践例を知ることができた。
特にTIBは,主にOpen Science LabやCompetence Centre for Non-Textual Materialsという部門で,研究データや非テキスト情報資源までも対象として情報技術開発による新しい研究基盤やサービスの提供を進めている。一方,TIBを訪問し,膨大なコレクションを目のあたりにした。地下書庫には所狭しと学術雑誌,マイクロ資料をはじめ,さまざまな資料が保存されており,しかもバックナンバー等コレクションの半数以上は別の場所の保存庫にある。冊子体学術雑誌も購読を継続しているとのことである。TIBは伝統的な情報蓄積基盤である図書館の強みを生かし他組織との「戦略的協力」を進め,情報技術開発機関としてあらゆる科学技術情報へのアクセス提供を目指している。進化した図書館の姿を知るとともにこれからの情報機関の在り方を学んだ。
(科学技術振興機構 藤井昭子)