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リレーエッセー
つながれインフォプロ 第25回
近藤 則子
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2015 年 58 巻 9 号 p. 705-708

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1. 笑顔の介護を目指して20年

老テク研究会は,会長の大島眞理子さん(66)と私(60),長女で長男の嫁である2人が「過酷な介護を変えたい」と20年前に始めたボランティア活動である。昨日まで元気だった舅(しゅうと)が倒れてから始まった大島さんの介護は,その後,実母(1),実父もみとって25年。今も施設で暮らす姑(しゅうとめ)と病気の夫のお世話に忙しい。

大島さんいわく,「在宅介護」を困難にしているのは老親の「中途障害」と介護者の「孤独」だと。昔なら助からなかった「脳卒中」。命を救えるようになったかわりに,後遺症で食事や排せつ,入浴を1人ではできない重い障害に苦しむ人が増えている。高齢になれば誰もが「老眼」や「難聴」になる。団塊世代の高齢化により,国民の4人に1人が65歳以上注1)という世界一の超高齢社会の現代日本。平成24(2012)年の統計では,65歳以上の高齢者3,079万人のうち,認知症有病者数約462万人,MCI(正常と認知症の中間状態)の有病者数約400万人,両方合わせると約862万人,高齢者の約28%と推計されている注2)

図1 携帯電話のテレビ電話を通して,京都のボランティアと交流中の大島さんと実母のきよさん(故人)

2. シニアネットで介護予防・介護支援

「障害」と「孤独」を解消する処方箋として,シニアネットに取り組んできた。「シニアネット」は米国で始まった高齢者のパソコン学習支援活動である。老テク研究会が,米国「シニアネット」サバナ学習センター(ジョージア州)代表のルース・ギャレット博士を招聘(しょうへい)したのは1995年。Windows95の登場で,パソコンが注目されていた時期と重なり,メディアで大きく取り上げられた。若い人でも使いこなせないというのに「パソコンで高齢者は人生を取り戻せる」という新聞記事は大きな反響を呼んだ。

大学で老年学を教えるギャレット博士は「シニアネット」のボランティアコーディネーターとして,生徒数が1,000人を超える米国最大規模の学習センターを運営していた。忘れられないエピソードがある。

ボランティアの1人,元学校教師のキャサリンさんは70歳。独身で1人暮らしだった。「シニアネット」で初めてパソコンに触れ,彼女の「書く力」と「伝える力」が増強されて暮らしが一変したのだ。毎日,パソコン教室の講師として地域の人たちと交流するようになった。1人の時間は初心者向けの楽しいテキスト作りに夢中になった。持病が悪化して外出が困難になると仲間たちが毎日のように訪問してくれ,一緒にテキストを作るようになった。授業のお礼だと言って,食事の世話など家事は仲間たちがしてくれた。キャサリンさんは「シニアネット」で「友人」と「仕事」を取り戻したのだ。障害を補う「文字拡大」「音声読み上げ」機能は便利そのもの。心の通った仲間たちとの会話は最高のエンターテインメントになった。

高齢者がネットにつながったパソコンを使えるようになれば,「介護」はきっと変わる。課題は,NPOすらなかった当時の日本で「高齢者がどうすればパソコンを使えるようになるか」であった。

3. 楽しいICTイベントを企画して「つながり」をつくり,深める

電子情報通信学会に参加し,専門家と高齢者が共に考えるシンポジウムやセミナー,パソコンや携帯電話の講習会を開催し,国内外の素晴らしい講師や参加者,NPO団体と連携して企業や行政,さまざまな立場の支援者たちとのネットワークを広げてきた。

特に,情報化から取り残されがちの高齢女性のために「編み物」にICTを活用しようと,2011年からは「国際電脳七夕祭り」(2注3)を開催している。友人のタレント服部真湖さんやニットの貴公子,広瀬光治先生に毎年協力していただき,ネット中継もしている。

ネット出演してくださった東京大学の坂村健先生は,新聞のコラムで「今後の高齢者支援でネットが大きな役割を果たす――というかそうしなければ社会は負担に耐えられないだろう。そして,その力を最大限に生かすためには,すべての高齢者がネットを使える状況にする必要がある。老テク研究会の趣旨もそこにある。ビジネスが「クリック&ブリック」なら「ネット&ニット」は福祉のキーワード。ネットとリアルとの融合という成功法則は変わらないのである」1)と応援の言葉を寄せてくださった。

図2 第5回東日本大震災復興支援 国際電脳七夕まつり

4. Wordでお絵かき シェイプアート

ビジネス文書を書くためのMicrosoftの「Word」の図形描画機能を使って,絵を描くという方法を考えたのはパソコンボランティアの高倉幸江さん。15年前,老人ホームに寄付された古いパソコンを使って何をすれば喜んでもらえるのか。「ABC」が並んだキーボードの操作は簡単ではない。マウスだけで楽しめる講座にしようと考え,丸やハートの図形を組み合わせ,動物や花を描き,塗り絵のように色をつけると簡単にイラストが描ける。「シェイプアート(Shape Art)」と呼ぶことにした。

色の変更やコピーをすることで一輪の梅から,簡単に紅白の梅林も描ける。自作のイラストで年賀状を作ったり,手芸に応用しても楽しめる。具体的な方法は高倉さんのゆめパレット(3注4)で公開されている。6年前から読売オンラインでの連載も始まり人気コーナーになった。

図3 高倉幸江さんのホームページ・ゆめパレット 右)Wordで描いた椿の花をデコパージュしたピルケース

5. プロも驚いたExcel Art

日本版シニアネットともいうべき「メロウ倶楽部」の副会長,若宮正子さん(80)は自宅でシニアのためのパソコン教室を開催している。シェイプアートをヒントに表計算ソフトである「Excel」を使って楽しむアートを考案注5)。その完成度に驚いたMicrosoftは人気トークイベント「TED」で講演するよう依頼。史上最高齢の登壇者に若い世代から大きな拍手が湧いた(4)。

若宮さんがパソコンを始めたきっかけは「母の介護」だった。60歳から10年におよぶ介護を支えてくれたのは「メロウ倶楽部」の仲間であり,パソコン教室で使う教材作りが生きがいだったという。

図4 「TED」で講演する若宮正子さん

6. グローバルシニアネットへ挑戦

80歳で現役を続けるギャレット博士に誘われて昨年(2014年)秋,中国で開催された国際老年学での医学会議事例発表(BIT's 2nd Annual World Congress of Geriatrics and Gerontology (WCGG-2014): Assistive Devices and Aids for the Elderly)で「シェイプアート」を紹介した。

国立台湾大学のPei-Shan Yang(楊培珊)博士からぜひ台湾で講演をしてほしいと依頼され,今年(2015年)10月に国立台湾博物館で開催された「レガシーアート(伝承芸術)」10周年記念イベントで若宮さんとともに講演し,喜ばれた(5)。中庭で行ったワークショップも学生やシニアで満員。新聞記事にもなった。レガシーアートは,高齢者の体験をアートで表現しながら「楽しい対話」を通じて世代間交流を深め,高齢者の健康増進,特に認知症の改善に効果があると欧米では認められている手法である。

ICTを活用して介護予防や介護支援として「デジタルレガシーアート」を世界各地の仲間たちと連携をしながら広めたい。「過酷な介護・孤独な老後」を改善する「情報力」を高めることによって,生きる力,「エンパワーメント」できる力を育てていきたい。

図5 国立台湾博物館「レガシーアート(伝承芸術)」 10周年記念イベント

執筆者略歴

  • 近藤 則子(こんどう のりこ)

横浜市在住。高校卒業後,米国に留学。高齢者や障害者の立場から情報通信サービスを考える「老テク研究会」を発足,現事務局長。国内外のシニアネット創設,交流を支援。内閣官房IT総合戦略本部地方創生会議や総務省の情報通信審議会委員として情報政策,技術政策,消費者政策等の委員会に参加している。現在の主な活動はNPOブロードバンドスクール協会のWebサイトを参照されたい。

http://broadbandschool.jp/

本文の注
注1)  総務省 統計トピックス No.84:統計からみた我が国の高齢者(65歳以上)―敬老の日にちなんで―http://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics84.pdf

注2)  認知症施策の現状について 社保審-介護給付費分科会 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000065682.pdf

注3)  当日の様子や,ネットライブの録画はこちらから。第5回国際電脳七夕まつり報告 http://region.bz/region/baggage_leo/iodata/0000001145/doc/00042.pdf

注4)  ゆめパレット http://yumepalette.com/

参考文献
 
© 2015 Japan Science and Technology Agency
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