世界中の研究者への一意の識別子付与を目的とする国際非営利組織ORCID Inc.が,2012年10月にサービスを開始してから3年余りが経過した。2014年11月にアジアで初のORCIDアウトリーチ・ミーティングが東京で開催された直後に100万人を超えたORCID のID登録者数は,その後1年余りで180万人を超え,研究者識別子の業界標準として急速に浸透している。本稿では,研究者およびメンバー機関にとってのORCIDの意義を再確認するとともに,2015年末までのORCID Inc.の活動状況を概観する。特に,国や地域レベルで導入を進めるORCIDコンソーシアムの動向や,DOI発行機関によるORCIDレジストリの自動アップデートなど,加速度的に進展するORCIDの原動力となったイニシアチブを紹介し,今後ORCIDの活用を目指す日本の研究機関,出版社,研究助成機関などに参考情報を提供する。
世界中の研究者への一意の識別子付与を目的とする国際非営利組織ORCID(オーキッド)Inc.が,2012年10月にサービスを開始してから3年余りが経過した。ORCIDのID登録者数はすでに188万人を超え注1),研究者識別子の業界標準として急速に浸透している。研究コミュニティーにおけるORCIDへの支持が高まる一方で,一部には消極的反応もみられる。ORCIDの基本情報についてはすでに複数の文献1)~9)があるが,本稿では,まず研究者および機関メンバーにとってのORCIDの意義を再確認のうえ,ORCIDの成立経緯から2015年末までの活動状況を概観するとともに,世界各地でのORCID導入状況について主要なものを概説し,今後の活動について展望する。
ORCIDとは,Open Researcher and Contributor IDの省略形である。文字通り,研究者のみならず学術コミュニケーションにかかわるすべての貢献者の識別子となるIDを発行するオープンなシステムであり,またそれを運営する組織の名称としても使われる。本稿では,曖昧さを回避するため以下の名称を用いる。
ORCIDレコードは属性情報と業績を含めた研究者の登記情報であり,ORCIDレジストリは研究者とORCIDメンバー機関が相互に協力してデータの品質と信頼性を維持するためのプラットフォームである。それらは単なる同姓同名の解決のためのリソースにとどまるものではなく,また研究者が個人で管理するためだけのプロフィールシステムでもない。
個人によるORCID識別子の取得は無料であり,希望すれば誰でも登録することができる注2)。取得したORCID識別子は,所属機関や連絡先,あるいは姓の変更などにかかわらず生涯同じものを使うことが原則である。
研究者は自身のORCIDレコードとして16桁のORCID識別子の下に略歴,所属機関や電子メールアドレスといった属性情報や,研究業績・出版物・助成金獲得などの業績を記述することができる(図1)。アルファベット表記や漢字表記,旧姓など氏名のバリエーションも入力可能である。属性情報や業績のそれぞれについて,公開・非公開を選択することができ,非公開を指定しない限り,登録情報はWeb上で閲覧可能となる注3)。
ORCIDレコードは一見すると,数ある研究者プロフィールシステムと同様の体裁をとっているため,自身での管理が面倒だと考える研究者もいる。また,他の研究者とのネットワーキングや,ディスカッションフォーラム,ブログなどの機能がないことで,他のシステムより見劣りするかもしれない。しかし,ORCIDの目的は,研究者プロフィールを含むあらゆるシステムのソースとなる情報を研究者自身によって提供し,これにより研究者の入力負担を軽減することである。
ORCIDの主な利点は,以下の2点に集約される。
ORCID開発の背景として,学術コミュニケーションにおける名前の曖昧さの解消(name disambiguation)が筆頭に挙げられるが,この曖昧さは,論文の出版や助成金供与後のデータ収集・分析が,それを必要とする第三者によって行われていたために生じる問題である。研究者自身の参加によって学術コミュニケーションの下流で行われていた名寄せの問題を,ORCIDは上流で解決し,研究者のみならず研究コミュニティー全体の労力を軽減するためのインフラとして機能する。
ORCIDは研究者自身による登録(オプト・イン)を基本としている。全登録数のうち,約30%が研究者による直接登録(ORCID.orgでの直接登録)である。一方,約70%はORCIDメンバー機関により提供される他システムを経由しての登録(メンバー機関によるバッチ登録+メンバー機関からの認証登録)である(図2)が,この場合も研究者自身によるログインを必要とする。ORCIDメンバー機関はすでに350を超え注4),その多くが論文投稿査読システムや大学・研究機関の研究者ディレクトリ,機関リポジトリ,研究者SNSなどのシステムの中でORCIDを運用している。
図3にORCIDレコードと研究者,ORCIDメンバー機関の関係を示す。研究者はORCID識別子を取得し,自身のORCIDレコードを編集・管理することができる。また,ORCIDメンバー機関が提供するシステム上でORCID識別子を使ってログインすることにより,ORCIDレジストリより認証トークンが発行され,自身のORCIDレコードへのアクセス許諾を与えることができる(電子認証プロセス)注5)。メンバー機関にはこの認証トークンを使って,当該研究者のORCIDレコードから情報を読み取ったり,研究者に代わって情報を追加したりする権限が与えられる。所属情報,業績などの記述は研究者自身によるマニュアル入力も可能であるが,第三者であるORCIDメンバー機関が入力することによって情報の信頼性が高まるとともに,研究者の入力負担が軽減される。ORCIDメンバー機関が書き込んだ情報を他のメンバー機関は参照することができ,ORCIDレジストリを介して効率的な人名および研究活動情報の流通が可能となる。以下に幾つかORCIDメンバー機関による典型的な活用例を挙げる。
(1) オンラインジャーナルの投稿査読システム出版社は投稿時に著者のORCID識別子を取得し,出版物にそれを記述するとともに,著者のORCIDレコードにも新たな出版物情報を反映させる。また,査読者のORCID識別子を取得し,査読実績をORCIDレコードに追加する。
(2) 大学の研究者ディレクトリ研究者のORCID識別子とリンクし,所属情報として大学名をORCIDレコードに追加する。また,略歴や出版物リストなどをORCIDレコードの内容と同期させる。
(3) 研究助成機関助成金申請時に申請者のORCID識別子を取得し,助成金供与の際にはその事実を申請者のORCIDレコードに記述する。助成金を得た研究者が後に新たな論文を出版した際には,研究者自身の報告を待たずにORCIDレコードから直接出版情報を把握できる。
上記(1)の事例としてF1000Researchによって追加された査読実績(図4),また(2)の事例としてコロラド大学ボルダー校によって登録された研究者の所属情報を図5に示す。
ORCIDレコード上のすべてのアイテムにはそのソース名が含まれており,第三者が登録した情報であればその機関名(もしくはサービス名)が表示される。一方,研究者自身が登録した情報の場合は,その氏名がソースとして表示される。ORCIDメンバー機関によって登録された情報であっても,その管理権限は研究者個人にあり,また1度与えたアクセス許諾も研究者自身のORCID設定画面で取り消すことが可能である。
サービス開始から3年余りが経過し,ORCIDはコミュニティー志向型の業界標準(de facto standard)としての位置を獲得しつつあるが,国際標準や既存システムとの互換性,相互運用性についても考慮されている。
ORCID識別子の16桁のフォーマットはISNI(International Standard Name Identifier,ISO規格27729)のそれにならい,すでに両者の間では重複番号が発生しないように取り決めがされている。フォーマットは同じでも,ISNIは広くテレビ番組や音楽,映画といったメディアコンテンツまでを対象とし,個人だけでなく法人や架空の人物についても公的アイデンティティー(Public Identity)として記録する。ISNIは,OCLC(Online Computer Library Center, Inc.)によって運用されているバーチャル国際典拠ファイルVIAF(Virtual International Authority File)とも互換性がある。ISNIやVIAFが知的・芸術的生産物のアウトプットを起点とした第三者による典拠作成を主眼としているのに対して,ORCIDは研究者自身とメンバー機関の相互協力の下,識別子の事前提示と電子認証によるワークフローの改善と効率化を目指すものであり,目的も存在意義も異なる点に注意されたい。
学術コミュニティーに特化した人物同定の試みは,ORCIDが初めてではない。これまで開発された多くのシステムが,レコードの記述を研究者自身による自己申告か,他者(機械的な判別を含む)による同定のいずれかに依拠していた。ORCIDレジストリは両方の長所を取り入れたハイブリッド型で運用されており,既存のIDシステムとの連携は各サービス機関がORCIDメンバーとなってORCID APIを実装することによって実現する。
たとえばトムソン・ロイター社の研究者ディレクトリResearcherID注6)は自己申告型であり,エルゼビア社の文献データベースScopusには機械的アルゴリズムで名寄せを行うScopus Author Identifier注7)が実装されている。いずれもORCIDとすでに連携しており,研究者は前述の電子認証プロセスによって両サービスを自身のORCID識別子に結び付けることができ,情報の同期も可能である注8)。
こうしたORCIDとの連携はすでに多くの研究者プロフィールシステムで実現しているが,中には電子認証プロセスではなく,16桁のORCID識別子を直接入力することを求めるサービスもある。ResearchGate注9)やresearchmap注10)などがこれにあたるが,誤入力や他者のIDを使ったなりすましなどの懸念があるため,ORCID Inc.が提供するAPIを用いた認証プロセスへの早期移行が望まれる。こうした状況について利用者への注意を喚起し,サービス提供者に適切なORCID APIの実装を促すため,2016年にさまざまなシステムの実装レベルを判定するイニシアチブ(ORCID Integration Levels Initiative)の実施が予定されている。
ORCIDレコードに記述される情報は,登録の際に研究者が同意するプライバシーポリシーにのっとり運用される注11)。多くのシステムと同様,ORCIDはクラウド上に蓄積された情報のセキュリティーについて細心の注意を払っており注12),なりすましや不適切なID利用などセキュリティーおよびプライバシー上で生じる疑義については,提供されたWebフォームを用いてORCID Inc.に申し立てることができる注13)。
すでにジャーナル投稿管理システムを中心としてORCID識別子を用いたシングルサインオン(Single Sign-on: SSO)注14)の採用が進んでおり注15),2016年にはeduGAIN注16)経由でのShibboleth(シボレス)注17)認証を用いたORCIDへのログインもサポートされる予定である。これにより,所属機関による認証とORCIDへのログインが結び付き,本人確認の真正性が高まることが期待される。
2009年11月に米国マサチューセッツ州において開催された名前識別子サミット(Name Identifier Summit)に参加した出版社,学会,研究助成機関,大学・研究機関から成るグループは,名寄せの問題を共有し,それを解決するためのコミュニティー志向型イニシアチブとしてORCIDを提案した。紙媒体から電子媒体へと移行しながら肥大化しつつある学術情報の管理には,信頼性の高い研究者情報とその業績への正しいリンクが不可欠であり,そのような情報サービスの母体として,営利・非営利にかかわらずすべてのサービスをつなぐためのプラットフォームが模索された注18)。
当初20余りの組織が支持を表明したORCIDイニシアチブは,2010年8月に米国デラウェア州において登記され,正式に非営利団体ORCID Inc.が発足した。以来,発案メンバー機関の代表を中心に構成される理事会が意思決定機関となり,ORCIDレジストリをプラットフォームとしてAPIを提供する技術モデルやその運用原則,機関メンバーからの会費徴収によってオペレーションコストを賄うビジネスモデルなど,今日のORCIDが提供するサービスの原型が提案された。続いて技術検討部会,アウトリーチ検討部会などが組織され,ORCIDレジストリの技術要件やコミュニティーへの啓蒙などについて話し合いが進んだ。満を持してORCIDレジストリとAPIサービスの提供が開始されたのは2012年10月16日のことである。
ORCID識別子登録数は半年で10万人を数え,サービス開始1年後には30万人を超えた。この時点でORCIDメンバー機関として80余りの組織が年会費を納めており,当初発案メンバー組織からの寄付や借金によって賄われていたORCID Inc.は徐々に持続可能な運営体制への一歩を踏み出した。
2013年にはスローン財団注19)からの資金援助を受けてORCIDを活用したサービスの開発提案を公募した注20)。選考の結果9プロジェクトが採用され,その成果は2014年5月に米国イリノイ州で開催されたORCIDアウトリーチ・ミーティングにおいて発表された注21)。この9プロジェクトには,大学・研究機関が運用する研究者プロフィールシステムへのORCID識別子の実装や,汎用(はんよう)機関リポジトリソフトウェアであるDSpaceやFedoraのORCIDモジュール開発,学会メンバー管理やオンライン学位論文,研究業績評価システムにおけるORCID運用などが含まれる。これらのプロジェクトにより開発されたコードやプログラムは広くオープンソースとして公開され,後に加入するORCIDメンバー機関のために役立てられている。
2014年初めにはORCID識別子登録数は50万人を数え,同年11月に東京で開催されたアウトリーチ・ミーティングの直後には100万人を超えた。この頃までにはメンバー機関の加入数も160以上を数えた。急速なORCIDメンバー機関の増加は,各国・地域のORCIDコンソーシアムの成立によるところが大きい。
最も早くORCIDコンソーシアム結成の動きを見せた英国では,2014年の後半にJISC注22)とARMA注23)が中心となって試行プロジェクトを実施し,英国の大学や研究機関のシステムにORCIDを実装する利点やそのコストについて検討した注24)。プロジェクト終了後に発表されたレポート注25)では,ORCID活用事例や将来的な実装に向けての提言がなされた注26)。すでにこの時点で広く学術コミュニティーに受け入れられていたORCIDの導入には,コスト以上に潜在的な利点があり,技術的な問題よりもむしろ機関内での周知や運用上の工夫が必要であるとされた注27)。これを受けて2014年6月には英国の50以上の大学・研究機関が参加するORCIDコンソーシアムが成立した注28)。さらに2015年12月には英国研究会議(RCUK: Research Councils UK)が同コンソーシアムに加入し,2016年以降の研究助成金申請システムへのORCID導入を目指している注29)。
米国では,国立衛生研究所(National Institutes of Health: NIH)が中心となって連邦政府の各機関が参加するSciENcv(Science Experts Network Curriculum Vitae)注30)へのORCID導入が進んでおり,ORCID識別子の提示により研究助成金の申請時の情報入力の簡素化を図っている注31)。また,英国の医学研究支援団体であるウェルカム・トラスト(Wellcome Trust)は2013年よりオプションとしていた助成金申請時のORCID提示を2015年8月より義務化した注32)。
こうした英米の研究助成機関でのORCID導入と相前後して,欧州等でも国家レベルでのORCID採用が始まっている(表1)。既存のコンソーシアム組織や研究評価システムの枠組みにORCIDを利活用するケースが多い。たとえばイタリアでは,74の大学・研究機関と教育・大学・研究省が参加する非営利コンソーシアム機関Cineca注33)を母体としてORCIDコンソーシアムが成立し,2016年末までにイタリアの研究者の8割以上について過去10年分の業績をORCIDレコードに登録して国・地域の研究評価システムに資することを目標としている注34)。
ORCID Inc.はコンソーシアム向けに年会費の割引を行っており,たとえば20~29の機関が参加する場合には,通常1万ドルであるプレミアム・ライセンスの年会費が4,000ドルになる注35)。コストの低減だけでなく,事務手続きの一元化や,同じ地域で多くの機関が一斉にORCIDを活用し始めることで知識や経験が共有されるなど,コンソーシアム結成には多くのメリットがある。
オーストラリアでは,ANDS注36)をはじめとする幾つかの団体が,2015年4月よりORCIDコンソーシアムを協議するワーキンググループを結成し,各機関の参加を求めている注37)。同年末までに40以上の大学・研究機関が参加を表明し,2016年2月にはコンソーシアムの成立が正式に発表される予定である。ニュージーランド,台湾,シンガポールなどでもすでにORCIDコンソーシアムの検討が行われている。
日本国内では,国立情報学研究所(NII),科学技術振興機構(JST)に加えて営利企業2社の計4機関が2013年よりORCIDメンバーとなっている。2015年9月には物質・材料研究機構(NIMS)が新メンバー機関として加入し,同年11月に米国サンフランシスコで行われたORCIDアウトリーチ・ミーティングにおいて,同機構がホストをする研究者ディレクトリおよび機関リポジトリへのORCID導入に向けたパイロット開発の報告を行っている注38)。また2015年12月には,J-STAGEに著者のORCID識別子を表示した初めての論文注39)が掲載され,今後国内学会誌を中心にORCID識別子の利用が広がることが期待される。日本での大学への導入事例はまだないが,幾つかの大学ではすでに機関リポジトリや研究者総覧へのORCID導入に向けた検討が行われている。その際に必ず懸念として挙げられるのが,ORCIDレコードに業績を追加する際に利用できる日本語文献データベースがないことである(図6)。Airitiが提供する総合文献データベースをいち早くリンク対象とした台湾では,すでに5大学によりORCIDが導入されており,日本語文献のソースについても提供各機関の早期の対応が望まれる。
各国・地域でのコンソーシアムの成立に加えて,ORCID識別子の普及を大きく後押ししたのが,「DOI登録機関によるORCIDレジストリの自動アップデート」である。すでに2014年よりCrossrefとDataCiteをパートナーとして試行されていた注40)運用が,2015年10月に正式に開始された注41)ことにより,出版プロセスの入り口で名寄せを完了する道筋がついた。
例として,図7にCrossrefによるORCIDレコードの自動アップデートの概念図を示す。ここで研究者は,論文を投稿する先の出版社だけでなく,CrossrefにもORCIDレコードのアクセス許諾を与えることになる。初めて著作物にORCID識別子が表示された際に受信するCrossrefからのリクエストに対して電子認証プロセスを経て応答することにより,それ以降CrossrefがDOIを付与する当該著者の出版物はすべて自動的にORCIDレコードに反映される。研究データについても,同様の仕組みがDataCiteによって運用されている注42)。
こうしたDOI登録機関による自動アップデートの仕組みによって,研究者自身が出版後に新たな業績を自身のORCIDレコードに追加するという手間が不要となる。さらに,所属大学や助成金を供与した機関などがORCIDメンバーであれば,研究者による報告を待たずに新たな出版物を把握することが可能となる。
英国の王立協会(Royal Society)では,2016年1月から発行するすべてのジャーナルで投稿時に著者のORCID識別子の提示を義務化することを発表注43)した。これに続いて,2016年1月7日には,PLOSやIEEEなどの7出版社が同年中に投稿時に著者のORCID識別子の提示を義務化することを表明注44)し,これに賛同する他の出版社にも公開書簡注45)への署名を促している。
すでに3,000以上のオンラインジャーナルでORCID識別子の入力がオプションとして可能であり,2015年夏に実施されたORCID Inc.によるアンケート調査では,ジャーナル投稿時にORCID識別子の提示を求められたとする研究者が4割を超えた注46)。今後,ますます多くのジャーナルでORCID識別子が使われることが期待される。
2015年はORCID Inc.にとって大きな飛躍の年となった注47)。米国の公益信託より資金援助を受け注48),年頭には10名であったチームに11名を追加して新たな運営体制を確立した。新たにコミュニケーション担当ディレクター職が設けられ,それまで欧米および出版産業に偏りがちであった情報発信がより広範となり,ソーシャルメディアでの情報発信回数も飛躍的に増加した。また,ボランティアとして活躍するORCIDアンバサダー注49)へのサポートも充実した。また,ORCIDレジストリ登録者へのアンケート調査の実施や,それまで年2回の開催であったアウトリーチ・ミーティングを年3回に増やすなど,コミュニティーからのインプットを積極的に取り入れる体制が強化された。
欧州委員会(European Commission)が進めるHorizon 2020施策の中に位置付けられるプロジェクトTHOR注50)は,ODIN注51)の後継となる国際プロジェクトとして,さまざまな学術プラットフォーム上で研究論文やデータとその作成者を,デジタル識別子を用いてシームレスに結び付けることを目的としている。ORCIDを含む10機関が参加する本プロジェクトの資金は欧州委員会によって助成され,ここにはTHOR専属のORCIDスタッフ1名の雇用が含まれている。
またヨーロッパに加えて,北米,中南米,アフリカ・中東地域,アジア・太平洋地域を担当する計5名から成るメンバーシップチームの確立により,世界各国・地域でのORCID普及活動をさらに進める体制が整った注52)。2015年にはケニア,ブラジル,メキシコ,アラブ首長国連邦,台湾など,これまで要請があってもスタッフの派遣が難しかった国・地域でのワークショップ開催が実現した注53)。ORCIDメンバー機関数も2015年末までに350余りに増加し,前年同期の2倍以上となっている。
参加機関の増加や2015年に実装された多くの機能拡張注47)により,ORCIDレジストリおよび関連サービスのサポート体制にも充実が求められるようになった。2015年の初頭に開設されたメンバーサポートページ注54)は,機関メンバーの情報センターとして機能し,技術ドキュメントなどの参考資料などが提供されている。また,ヘルプデスクを強化し,新機関メンバーの導入サポートや問い合わせに対するタイムリーな回答,スペイン語や中国語など多言語による対応を実現している。
2016年初頭にあたり,ORCID Inc.は以下の3点を組織の重点目標として掲げている。
これらの3つの重点目標の下,ORCID Inc.では四半期ごとの達成目標をWeb上で公開している注55)。非営利組織として限られた人員と経費で運営されるORCID Inc.にはさまざまな限界があり,課題も多い。特にORCID導入やコンソーシアム結成には,各機関やコミュニティーの自発的な努力に頼るところが大きく,そうした草の根の支援のない地域では,ORCIDについて理解と賛同を得ることは難しい。これを踏まえて2016年上半期にはコミュニティー全体との対話とオープンな情報提供を目的として,ORCIDコミュニティーWebサイトの開設が計画されている。出版・研究にかかわるさまざまなステークホルダーが,ORCIDの利用について積極的に議論し活用事例を発信することが,ORCIDのさらなる発展には不可欠である。
ORCIDレジストリのサービス開始から3年余りが経過し,ORCID Inc.はますますその活動の幅を広げ組織としての成熟を遂げたが,コミュニティーの支援を受けて始動した当時のスタートアップ精神はいまだに健在である。筆者は2012年末よりアウトリーチ部会のメンバーとして2年以上にわたりボランティアとして活動した後,2015年7月より現職に就任した。延べ10か国・地域に点在する20名の同僚とのコミュニケーションには,地理的・時間的な制約も多いが,彼らと共に働く機会を得たことは幸甚である。アジア・太平洋地域でのますますのORCID識別子の普及を目指して微力を尽くす所存である。
執筆にあたり,大学評価・学位授与機構の土屋俊教授,科学技術・学術政策研究所の林和弘上席研究官,ORCIDアンバサダーの坂東慶太氏に,それぞれ多大な助言と示唆をいただいたことを記して感謝する。
ORCIDアジア・太平洋地区担当のディレクターとして,研究者識別子ORCIDの普及活動と機関メンバーサポートに従事。ハワイ大学マノア校にて図書館情報学修士取得後,トムソン・ロイター・プロフェッショナル株式会社の学術情報部門のアジア主任コンサルタント,ネイチャー・パブリッシング・グループのコンサルタント/アナリストを経て,2015年7月より現職。