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図書紹介
図書紹介 『科学的助言:21世紀の科学技術と政策形成』
小出 重幸
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2017 年 59 巻 10 号 p. 716

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  • 『科学的助言:21世紀の科学技術と政策形成』
  • 有本建男,佐藤靖,松尾敬子著(特別寄稿:吉川弘之)
  • 東京大学出版会,2016年,A5判,222p.,3,500円(税別)
  • ISBN 978-4-13-060316-4

首席科学顧問(Chief Scientific Advisor)という言葉を聞いたのは,2011年3月,東日本大震災に伴う,東京電力・福島第一原子力発電所事故の後のことだった。甚大な津波被害,それに覆(おお)いかぶさるように飛び込む原子炉水素爆発のニュース――新聞社の編集局では,極限状況を伝える作業に追われていたが,英国政府のジョン・ベディントン首席科学顧問の「事故の最悪予想」は事故発生4日後,そんな渦中に発表されたのだ。

「フクシマは不幸な事故だが,チェルノブイリ事故よりはるかに小規模で,放射性物質の放出範囲も限定的。30キロ退避すれば健康への影響はなく,東京から逃げ出す必要などまったくない」

日本政府,東京電力からの情報提供が進まない中で,パニック直前だった日本在住の外国人たちは,英国大使館がネットなどを通して公開したこの「科学的助言」によって,初めて事故の全体観を把握し,動揺を鎮めることができた。いったんは国外に逃げ出した人たちも発表後,日本に戻り,東京から外国人がみな消えてしまう,という最悪のパニックは回避された。日本政府の国際的な信頼を,最後の一線でとどめたのだ。

このエピソードは,緊急時における「科学的助言」の重要性を端的に示す実例だが,津波被害や原子炉事故の報道に追われる日本語メディアがほとんど伝えなかったため,これを知る日本人は,官僚,原子力界,メディアなどの一部に限られていた。

本書の著者の有本建男らは,いち早くその成果に着目。科学顧問,科学的助言をめぐる国際会議などを主催して,「科学情報と政策決定」をめぐる新たな研究領域を開拓し,また,その重要性を社会に訴えてきた。本書は,それをまとめた最初の成果である。

それにしても,科学は生活から経済,医療,エネルギー,環境など,現代のあらゆる局面に浸透し,社会を支えているにもかかわらず,国政の判断,行政の施策に当たって,科学情報がこれほど軽視される日本の状況を,どう受け止めたらよいのだろうか。

世界大戦,そして科学と工業の発展を通して,多くの先進国では,政策決定には科学,技術的評価が不可欠だとの認識が普及してきた。政府への科学的助言を担うのが科学顧問だが,緊急時のリスク評価だけでなく,米国のマンハッタン計画を進めたヴァネヴァー・ブッシュ大統領顧問のように,政策や戦略を支え,また,英国議会には政府と独立した科学顧問がいて,立法に当たってのアドバイスをするなど,重要なポストとして各国・地域に導入されてきている。さらに気候変動枠組条約締約国会議(COP)など,国際的な組織活動にも,科学的評価,助言は欠かせなくなっている。

本書は,こうした各国・地域の動き,実績をたどりながら,現代の社会に果たす科学者,技術者の役割,助言を支える仕組み,政策形成の課題など,科学的助言とは何かを俯瞰(ふかん)してみせる。

残念ながら日本では,「科学」や「技術」を専門家の世界に閉じ込めて,政策決定などは政治家の「かん」に頼る,という歴史が長かったが,国際的な立ち位置を考えても,立法,政策決定に,科学的アプローチに基づく合理的判断を導入せざるをえない状況にある。科学と社会をどのように結ぶか,「科学的助言」も,科学コミュニケーションの重要な領域であり,社会のより多くの人たちに,手に取ってもらいたい。

(日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ) 小出重幸)

 
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