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図書紹介
図書紹介 『レコード・マネジメント・ハンドブック:記録管理・アーカイブズ管理のための』
石井 昭紀
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2016 年 59 巻 7 号 p. 498

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  • 『レコード・マネジメント・ハンドブック:記録管理・アーカイブズ管理のための』
  • エリザベス・シェパード,ジェフリー・ヨー共著;森本祥子,平野泉,松崎裕子編訳
  • 清原和之,齋藤柳子,坂口貴弘,清水善仁,白川栄美,渡辺悦子訳
  • 日外アソシエーツ,2016年,A5判,393p.,3,700円(税別)
  • ISBN 978-4-8169-2611-2

本書は2002年,実に15年近く前に英国で出版された『Managing Records: A Handbook of Principles and Practice』の訳書である。一昔以上前に海外で作られたハンドブックがなぜ今になって訳されるのか。もちろん,本書が現在の日本にとって有用だからである。言い換えれば,本書の内容は国や地域を問わず通用するが,日本で翻訳出版されなかったのは日本と他国・地域の間に大きな環境の違いがあった,ということである。

国や地域を問わず通用するという点については,原題にもあるとおり本書が「原則(Principles)」を扱っているから,という明確な理由がある。「原則」には,時と場所などの条件を選ばず通用することが期待される。本書は各章において具体的な作業手順を示しつつも,その目的を適宜説明しており,現実の課題への適用を助ける構成となっている。これにより国・地域の違いを超えて,日本の読者も自身の課題を重ねることができる。また,制度や公的なガイドラインの紹介においては,英国だけでなくオーストラリアの例なども積極的に参照し,初めから広い範囲への適用を意図していることがわかる。レコードマネジメントではなく(一般的な)文書管理の原則としても十分有用なトピックが豊富に掲載されているため,初学者にとっても理解しやすい。

次に,日本と他国・地域との環境の違いだが,これにはやや複雑な事情がある。たとえば日本において文書管理システム(本書ではEDMと記載されているもので,現在IT業界ではECMと呼ばれている)導入のプロジェクトを行う際に,レコードマネージャーやアーキビストといわれる人たちが参加するケースは極めてまれである。対象の文書を主管する部門とIT部門だけが関与者となるのが一般的だ。また,レコードマネージャーとアーキビストの間の連携も,日本では原著の出版より後の,日本アーカイブズ学会の発足や公文書管理法の施行後にようやく議論されるようになってきたと聞く。それこそ「原則」のレベルでは共通点も多く密接に関連していそうにみえるこれらの分野だが,人的連携が乏しく,縦割り構造に閉じこもってしまったかのような状況があったわけだ。翻って本書で紹介される具体的な手法をみると,他分野で確立した手法の援用なども多く,たとえば経営コンサルティングやビジネスアナリシスの分野で使われるような分析手法なども適宜取り入れられており,文書管理・IT・レコードマネジメント・アーカイブズの間の(恐らくは人的なものを含む)交流の存在を感じさせる。

現在,日本の状況もまた変化しつつある。たとえばレコードマネジメントという表題を持つ本書の翻訳は,主にアーカイブズの専門家たちによってなされた。そして今,文書管理やITを専門とする人間がそれを紹介している。この状況自体が,縦割り構造が克服されつつある証左といえるかもしれない。レコードマネジメントとその隣接分野にかかわる人にとって,本書の知見を生かす機会は今後増えていくことだろう。

(公益社団法人日本文書情報マネジメント協会 ECM委員会 石井 昭紀)

 
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