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介護サービスとロボット技術:研究開発および社会実装の現状と展望
柴田 智広
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2016 年 59 巻 9 号 p. 607-615

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著者抄録

高齢化の進展により介護現場での人材不足が懸念される中,介護予防(要介護者の増加の抑制)や要介護者の生活支援サービスなどの分野ではロボット技術の活用が喫緊の課題となっており,国主導での研究開発が盛んに進められてきた。しかし,ロボット技術の社会実装にあたっては,安全性,コストとともに,要介護者一人ひとり異なる認知能力や身体的特性にどのように適応させるかが大きな課題となっている。本稿では,ロボット介護機器やITによる介護支援や介護予防サービスの現状を概観するとともに,筆者の研究グループによる低コストな装置(KinectやWii Balance Board)を応用した姿勢維持のリハビリテーション支援や,強化学習理論を応用した着衣介助ロボットおよびダーツ投てき運動学習支援の研究を取り上げ,現状の課題および今後の見通しを示す。

1. はじめに

日本は世界で最も高齢化が進む「課題先進国」である。内閣府による平成28年(2016年)版高齢社会白書1)によれば,高齢化率(総人口に占める老年人口割合(65歳以上人口割合))は,1950年以降一貫して増加しており,高齢化率の推移について主要国と比較してみると,わが国の高齢化率が最高水準であり,かつ高齢化のスピードが著しく速いことがわかる(1)。

また,2060年には2.5人に1人が65歳以上,4人に1人が75歳以上になると予測されている。2060年には,高齢者(65歳以上)1人を,現役世代(15~64歳)1.3人で支えねばならないという。このままでは,現役世代が生産活動に携われなくなってしまう。

筆者も実際に,これでは大学院教員が続けられないかもしれない,と思った時期がある。パーキンソン病を患って20年ほどになる母を,長男一人っ子の私が長年在宅介護をしていた時のことで,現在は介護保険制度を十分に活用しながら,母には老人ホームで健やかに暮らしてもらっており,私も教育・研究・子育てを何とかこなしている。

ところで,平成27年(2015年)版厚生労働白書2)によれば,自宅での介護を希望する人(本人)は70%を超えている(2,1〜3の合計)。しかし,そのうち家族に依存せずに生活できるような介護サービスがあれば,という条件付きの人が多い(46%)。また,家族に依存せずに生活したいと希望する人(3〜6の合計)は67%もいるのである。

介護保険制度の行く末は険しい。先述の平成27年版厚生労働白書3)によれば,2025年には約37.7万人の介護人材が不足するという。また,2013年度6月の社会保障審議会介護保険部会資料4)によれば,介護職員の離職率(2011年時16.1%,24万人)は産業平均(2011年時14.4%)より高い傾向にある。さらに介護現場における人員不足感は増大している。たとえば,公益財団法人介護労働安定センターが介護事業所を対象として実施した調査5)によれば,2013年度にすでに56.5%もあった不足感が,2014年度には59.3%へと増大している。

不足する介護職人材を補うために,厚生労働省はゴールドプラン21(2000年)ですでに,予防医療により元気な高齢者を増加させること(総体的に被介護者の増加を抑制すること)を目標としていた。また近年の内閣府の高齢社会対策大綱(2012年)では,介護予防により,要介護度の高い被介護者の増加を抑制することも目標となっている。しかしながら,65歳以上の要介護者数は3に示すように上昇の一途をたどっている(増加率も2008年以降上昇し続けている)。

そこで今後の介護社会を健全に維持するには,予防医療や介護予防をより強力に進める必要があり,そのためにロボット技術をいかに社会に導入してゆくかは,非常に重要な鍵の一つとなる。

図1 世界主要国の高齢化率の推移
図2 介護が必要になった場合の本人の希望
図3 第1号被保険者(65歳以上)の要介護度別認定者数の推移

2. ロボット介護機器分野の動向

ロボット介護機器の分野は,市場性・安全性・実用性の問題から開発・製品化が一般に困難である。そのため,現場のニーズを踏まえて重点分野を特定し,使いやすさ向上とコスト低減の加速を企業に課しつつ,現場への導入を手厚く支援することを目的としたロボット介護機器開発・導入促進事業7)が,2013年度から経済産業省により,2015年度からは国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED: Japan Agency for Medical Research and Development)により実施されている。重点開発分野を4に示す。基準策定・評価事業を担当する,国立研究開発法人 産業技術総合研究所を中心としたコンソーシアムにより運営されている素晴らしい取り組みである。

これまでは,いわゆる「ロボット」というよりは情報通信機器(ICT)といった方がしっくりくる,見守り支援機器(介護施設型)の製品化が主流であったが,いよいよ移乗介助ロボットが製品化され,社会実装が試される段階に来ている。

図4 ロボット介護機器開発・導入促進事業の重点開発分野

3. IT系介護サービスの動向

スマートライフケア社会を実現するための技術は,もちろんロボット技術だけではない。比較的元気な高齢者や軽度の障害者に対しては,スマートフォンなどの普及型デバイスを用いて多くのライフケア支援ができると考えられる。日本では,たとえばオムロンヘルスケア(株)がオムロン コネクト8)という健康支援プラットフォームを運用している。一方,Microsoft社はHealthVault9),Google社はGoogle Fit10),Apple社はHealthKit11)など,世界のIT系大手もこぞって予防利用に関する国際プラットフォーム競争を仕掛けてきている。これまで,介護予防の分野は未開拓であったが,Apple社は最近,ResearchKitやCareKit注1)12)を用いて,医学研究分野の開拓に取り組んでいる。これはいずれ,日常的な運動習慣の動機付けによる筋力低下予防や認知症進行の予防など,介護予防分野の開拓につながってゆくことが期待される。

これらのIT系各社がスマートライフケア分野で何よりも利用しているのは,スマートフォンに一般に搭載されている加速度センサーである。Google Scholarで「accelerometer AND healthcare」で検索すると,2万件以上の発表が見つかる。そのうち2011年までは約7,000件しかないのに対し,2012年以降の発表が約1万3,000件以上と,近年に発表が増加していることがわかる。これはスマートフォンの普及と足並みがそろっている13)。加速度センサーを用いたデジタル万歩計や活動量計としての応用は,予防医療や介護予防の観点から基本的かつ重要なものであるため,スマートフォンを用いたヘルスケアサービスでは必ず用意されているといってよい。

加速度センサーから得られた信号データに対して機械学習を適用することで,さらに高度で有用な情報を得られることが,大規模データセットを用いた研究によって示されてきている。たとえば,井上らは実際の病棟において,スマートフォンを携帯する延べ400名以上の看護師の加速度センサーデータを2年間収集して,データ,行動分析を機械学習(教師あり学習)で行ったところ,看護師は電子カルテシステムへのデータ入力に相当の時間を要している,といった客観的な知識を発見することができた14)5)。このような成果は,従来のような小規模で非現実的なデータセットから得るのは難しかったが,20名以上の看護師から,行動ラベル付き加速度センサーデータを2週間収集して構築したデータセットを利用することによって,行動認識の精度を高めることができ実現したという15)

近年では,加速度センサー以外にも,モーション,足圧中心,表情,筋電位信号など,さまざまな生体信号を計測する低コストデバイスが入手可能となった。筆者らの研究グループでもこれらさまざまな低コストデバイスを用いて,スマートライフケア社会の創造に取り組んでいる。

一例として,パーキンソン病など,姿勢維持が困難な病気を抱えた患者のリハビリテーション支援を念頭に,マーカーなしでモーション計測可能なMicrosoft社のKinectと,足圧中心計測が可能な任天堂のWii Balance Boardを用いた,簡便な姿勢・バランスの評価・リハビリテーションシステムを開発している(616)18)。KinectおよびWii Balance Boardによってモーションと姿勢データを取得し,正しい姿勢とのずれをディスプレーに表示することで,自宅でもリハビリテーションが可能な環境の実現を目指している。現在,医療機関や介護施設と共同・連携して臨床応用や社会実装を進めている。

前述のように,ロボット介護機器の開発や導入促進は容易ではない。ロボット単体による介護ロボットやサービスは,コストパフォーマンスの点で利用者を満足させることが難しい。そのため,コストを抑えるため,またサービス価値を向上させるために,インターネットやセンサーネットワークと可能な限り連携してゆく必要があると考えられる。ITの観点からはロボットもIoT(Internet of Things)機器の一つと考え,ロボティクス(ロボット学)の観点からはユビキタスネットワークロボット注2)と考える必要がある。4の「移動支援機器(屋外型)」でいえば,すでに発売されているRT.ワークスの歩行器(ロボットアシストウォーカーRT.1)19)がよい事例である。上り坂のパワーアシスト機能,下り坂の自動減速機能,傾斜路走行中の片流れ防止機能,急加速時のブレーキ機能などの安全な歩行アシスト機能,天候などの歩行地域情報の配信機能を備えている。加えて,歩行時間や距離などの活動量の計測機能,GPSによる位置確認機能,カート転倒時などの緊急通知機能などを「おさんぽケアサービス」というクラウド型のオプションサービスとして提供している。

図5 看護行動分析結果の例
図6 姿勢・バランスの評価・リハビリテーションシステム

4. 強化学習理論に基づいた,個人適応的なロボット支援

ロボットの最大の特徴は,人に力学的影響を直接与えることである。人は一般に,認知能力,身体能力など一人ひとりが異なる特性を有し,しかもそれは経時的にも社会的にも変化するものである。そのため支援ロボットは,一般に自律的な個人適応能力を有する必要があるが,まだ研究の余地が非常に大きい。筆者は近年,「強化学習理論」を応用して個人適応を実現する,運動学習支援ロボットや生活機能支援ロボットの研究を推進している。

強化学習理論は,行動主義心理学の基本理論であるオペラント条件づけ理論注3)20)21)を源とし,その後,機械学習分野22)や神経科学分野23)における重要な理論分野となった。強化学習は,たとえ環境の正確なモデルがなくとも,またたとえ報酬が遅れてくるとも,試行錯誤を繰り返すことによって,累積報酬を最大化する行動を選択することを目的としているため,自律知能ロボット研究にも以前から盛んに応用されてきた。7を用いてもう少しだけ詳しく説明する。ここで学習をする主体はコンピューターエージェントであり,ある方策に従い,現在の環境状態で,ある行動を確率的に選択することにより,環境状態が確率的に遷移するとともに,環境から確率的に報酬を得る。エージェントは経時的な累積報酬を最大化するべく,方策を改善していく。

筆者らの研究グループが,強化学習を生活支援ロボットの環境適応的な制御に応用した研究事例が「着衣介助ロボット」の研究である24)。着衣は人々の日常生活に欠かせない重要な動作であるが,上肢の可動域や運動能力が制限される高齢者や片まひ患者にとっては容易ではない。そこで筆者の研究グループでは,介護ヘルパーの代わりに着衣介助を行うロボットシステムの実現に向けた研究開発を行っている(8)。

ロボットがつかみ操作する衣類は柔軟物であり,その形状状態は多様に変化する。また衣類は被介助者と物理的に複雑な接触をするうえに,衣類を操作することで被介助者の姿勢変化も起こる可能性がある。そのため,被介助者の姿勢と衣類の形状を既知として,あらかじめ介助動作を計画することは極めて困難である。

そこで筆者らは強化学習理論を応用するアプローチを採った。まず第1段階として,そのロボットの腕を使い着衣介護の動作を人が実際に行う。第2段階で,マネキンに服を着させる基本動作をロボットに学習させる。そして最終段階で,ロボット自身が衣服の絡まり具合を認識しながら,強化学習という試行錯誤を重ね,できるだけ少ない回数で介護を受ける人に最適な動きをしてもらおうというものだ。

実応用の観点からは,いかに被介護者に適した動作の試行錯誤の回数を減らすかがポイントとなり,そのためには環境状態や方策の表象空間の低次元化が大きな鍵となる。被介助者の姿勢および衣服形状などの環境状態をそのまま表現すると高次元空間となるが,高次元のままでは探索空間が広すぎて学習が困難なため,いかに次元を圧縮して低次元空間に落とし込むかが重要である。当初はその部分を研究者がマニュアルチューニングしていたが,現在はその自動化に取り組んでいる25)

次に,筆者らの研究グループが,個人適応的なリハビリテーションを実現する知能ロボット研究を念頭におき,健常者に対して行った基礎研究事例が,「ダーツ投てき運動学習支援」の研究である26)9)。その際に取り入れた支援原理が,「Assist-As-Needed」原理(以下,AAN原理)である。「運動学習支援に用いる外在的フィードバックに学習者は依存しやすく,本来中心的に利用すべき内在的フィードバックを使用しなくなり,学習効果を阻害してしまう」というスポーツ科学で用いられるガイダンス仮説27)などを根拠に,学習者の身体性に合わせた支援や学習者の自発的な学習を促すAAN原理に基づいた研究が,近年リハビリテーションロボティクスの分野でも増えてきた。筆者らは強化学習エージェントが学習者の熟達度を定量的に評価し,学習者への支援量をAAN原理にしたがって試行錯誤的に調整することにより運動学習を加速することが可能な知能ロボットシステムの枠組みを早くから提案してきた。最も単純な投てき運動の一つといえる健常者のダーツ投てき運動学習を題材として,その枠組みの有効性を科学的に示した26)

ダーツ投てき運動学習支援の研究内容を以下に簡単に説明する。ダーツ投てきタスクは,ダーツの命中精度によって熟達者と非熟達者の区別が比較的容易であること,投てき動作が容易に抽出できるため個人間の比較が容易であること,ダーツが軽量であるため投数が多くても疲れにくいことなどから,運動の熟達支援の研究対象として優れている。筆者らは,投てき運動中の肩やひじの移動量を抑制する力学的フィードバック(機械インピーダンス)を,ロボットによって与える設定で実験を行った。この枠組みでは,ロボットを制御するコンピューターエージェントだけでなく,同時に人間も学習をするが,ロボットと人間は,ダーツの累積スコアの最大化と,AAN原理に従ったロボットの支援量の最小化という目的を共有していることから,環境が人間とロボットで構成された,単一のコンピューターエージェントの強化学習課題として定式化を行った。各被験者が1日あたり60投の投てきを2日間行う実験を行い,フィードバックの強さの調整にAAN原理による強化学習を適用したグループが,他の手法を適用したグループよりもスコアの上昇度合いが高いという結果が得られた。

今後,提案した枠組みをリハビリテーションなどいろいろに応用したいと考えている。そのためには容易に他の運動学習課題に適用できるよう枠組みを精緻化,成熟化させる必要がある。

図7 強化学習理論の支援ロボティクスへの応用
図8 着衣介助ロボット
図9 ダーツ投てき運動学習支援の様子

5. おわりに

本稿ではまず超高齢社会のわが国における介護サービスの現状とロボット技術やICTの必要性を確認し,次にロボット介護機器分野やIT系介護サービス分野の動向を紹介したうえで,筆者らの研究グループの研究開発活動を紹介した。わが国の現状としては,IT系介護サービス分野の開拓もまだまだこれからといってよい状態であり,ロボット介護機器やIT系介護サービスの普及のためには,技術革新のみならずサービス科学の観点からの取り組みも必須と考えられる。

筆者所属の九州工業大学のある北九州市は国際戦略特区に認定されている。北九州市は,政令指定都市としては最も高い高齢化率となっており,日本がこれから直面するであろう課題に現在進行形で立ち向かっている都市である。国家戦略特区の取り組みの一つとして,本年度から介護ロボット導入の実証事業が進められており,ロボット技術などの導入促進による介護職員の負担軽減や介護の質の向上などを目指している。

スマートライフケア社会を実現するには,多くの分野を横断的にカバーする研究チームを作るとともに,現場の医療従事者や介護従事者との相互理解も進めていく必要がある。筆者は,九州工業大学戦略的研究ユニットの一つ,スマートライフケア社会創造ユニットの代表として,また北九州市介護ロボット特区ワーキンググループメンバーとして,基礎研究だけでなく,地域の医療従事者や介護従事者と緊密に連携を取りながら,サービス科学の観点も考えつつ,実証実験や社会実証を進めている。前述のように,すでにKinectおよびWii Balance Boardを用いたリハビリテーションシステムの現場適用実験を医療機関や介護施設と協力して進めているが,今後は強化学習理論を用いた個人適応的なロボット支援についても現場適用を進めていきたい。

謝辞

本稿で紹介した筆者の学術研究は,JSPS科研費23240028および16H01749の助成を受けたものです。また,本原稿推敲にあたり,(株)ネクストの清田陽司氏に多大なるご協力をいただきました。深く感謝申し上げます。

執筆者略歴

  • 柴田 智広(しばた ともひろ) tom@brain.kyutech.ac.jp

1991年東京大学工学部修了。1996年東京大学大学院 工学系研究科修了,博士(工学)取得。日本学術振興会研究員,科学技術振興事業団研究員,奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科助教授および准教授を経て,2014年1月1日より現職(九州工業大学大学院 生命体工学研究科教授)。ロボティクス,神経科学,信号処理,機械学習やそれらの融合領域研究に従事。日本ロボット学会,インドロボット学会,IEEE,電子情報通信学会,日本神経回路学会などの会員。日本ロボット学会理事,日本神経回路学会特任理事。九州工業大学スマートライフケア社会創造ユニット代表,九州工業大学社会ロボット具現化センター運営委員。

本文の注
注1)  Apple社主導で開発されているオープンソースソフトウェア。いずれも,スマートフォンアプリの開発を容易にするフレームワークを提供している。ResearchKitは医学研究での利用,CareKitは個人の健康管理向けの利用を目的として開発されている。

注2)  環境に埋め込まれた多数のセンサーと連携することによって,さまざまな生活シーンで人を支援することを可能とするロボットの概念。国際電気通信基礎技術研究所(ATR)知能ロボティクス研究所の萩田紀博所長らによって提唱され,高齢者や障害者の生活行動支援などを念頭においている。

注3)  ある行動をした結果,環境がどのように変化したかを経験することによって,環境に適応するような行動を学習すること。Skinnerによって定式化された行動主義心理学の基本的な理論。

参考文献
 
© 2016 Japan Science and Technology Agency
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