2018 年 60 巻 11 号 p. 836-839
ビットコイン(BTC)をはじめとした仮想通貨の騰落が世間の耳目を集めている。2017年初めには1BTC10万円くらいだったのが2017年末には一時200万円を超えて,その時価総額は30兆円超えに達した。まるで金融商品のように扱われて投機の対象となっている一方で,実際に街中で使われているのを見る機会は少ない。それほど使われているようにはみえないビットコインの価値がなぜ高騰し,2017年これほど話題を集めたのだろうか。
私がビットコインのことを知ったのは2013年秋,通勤途中にスマートフォンでBBCワールドニュースを聞いてのことだ。米国で違法ドラッグを扱う「シルクロード」という闇サイトが摘発された。そこで使われている決済手段「ビットコイン」は日本人のサトシ・ナカモトが開発したとされているが,その正体は明らかではないというニュースだった。
ネット上で現金のように扱える電子マネーの方式は,インターネットでECサイトが流行(はや)る前,1990年代半ばから模索されてきた。インターネット上では誰がWebサイトを運営しているのか簡単に確認することができず,安心してクレジットカード番号を預けるわけにはいかない。電子マネーが実用化されれば,消費者はプライバシーを気にせず安心してネットでも買い物ができるようになり,電子商取引が活性化するのではないかと期待されていた。
現実にはご承知のように,電子マネーの普及を待たずしてネット上でも楽天やAmazonといったブランドが確立し,利用者は安心してクレジットカードをECサイトに預けてネットで買い物するようになった。電子マネーが現金を模倣しようとした匿名性は確保されなかったが,むしろ顧客を分析するうえでは事業者にとって好都合だった。フィッシングサイトでクレジットカード番号が悪用されたり,ECサイトのIDが詐取されて不正に買い物されることはあったが,TLS(Transport Layer Security)の電子証明書を使ってWebサイトの実在性を確認することで,ECサイトを信用できずクレジットカード番号を預けられないといったことは起こらなかった。
摘発されたシルクロードのような闇サイトではそうはいかない。違法ドラッグだけでなく児童ポルノやクレジットカード番号なども売買され,闇サイト運営者は信頼できない。Tor(The Onion Router)と呼ばれる匿名化プログラムを使って闇サイトの場所や運営者は秘匿されており,利用者も身分を隠したまま取引を行う。そういった厳しい環境でビットコインは匿名のままやりとりでき,受け取ったビットコインを現金と同じように次の支払いに充てることができた。
ビットコインは2008年10月末に論文がメーリングリスト上で発表され,2009年1月から運用され始めた。それから数年で広く使われる過程を活写したのが『デジタル・ゴールド:ビットコイン,その知られざる物語』だ。政府を信用しない暗号専門家サイファーパンクたちが,いかにしてインターネットで自由に使うことができる政府から独立した貨幣をつくり出したか。それらが取引所で売買され,実際に初めてピザの売買に使われ米国政府からにらまれてクレジットカードによる寄付の送金を凍結されたウィキリークスの話や,いかに犯罪者の闇取引に利用され目ざといベンチャーキャピタリストたちの目に止まるに至ったか。最近は仮想通貨を巡るうさんくさいもうけ話や価格の騰落ばかり話題になりがちだが,ビットコインが生まれた背景には,野放図に量的緩和を続ける各国・地域の中央銀行や,金融取引を監視して都合の悪い組織に対しては送金を遮断する政府に対する根強い不信感と,コーディングされたとおりにしか動かないコンピューター・システムに対する楽観的な信頼といった初期の関係者の青臭い活気を感じることができるだろう。
実際の作者が明らかではなく,国家権力や資産による裏付けのないビットコインが投資家や経済学者の関心を集めた背景には貨幣の発生に関する学説の変化もあった。従前であれば通貨の価値の源泉を商品価値に置く貨幣商品説と,法律による強制通用力に置く貨幣法制説のいずれに照らしても,モノとしての実体がなく法律によっても規定されていないビットコインの価値を説明できない。そんな中でビットコイン黎明(れいめい)期に西海岸のベンチャー企業家がビットコインを理解する補助線としてきたのが『負債論:貨幣と暴力の5000年』だ。これは貨幣の起源を物々交換ではなく貸借関係の流動化に置いている。貸借は人類が稲作を始めた昔から広く行われて,メソポタミア文明時代にはすでに貸借関係を記録する帳簿がつくられていた。ビットコインは価値の移動を記録する分散台帳として機能するため,貸借関係の帳簿こそ貨幣の発祥であるならば,ビットコインの価値を説明できる。
『負債論』は836ページと大部だが,貨幣論の変遷とビットコインの位置づけについて把握するには,『貨幣の「新」世界史:ハンムラビ法典からビットコインまで』が手軽に読めるのでお薦めしたい。冒頭で日本のバレンタインデーにおける義理チョコの風習を,文化人類学的に説明しているところも面白い。
これまで紹介した3冊はビットコインの成り立ちや貨幣論的な位置づけを理解するうえで有用だが,最近ではビットコインの仕組みだけを切り出して,ブロックチェーンとして活用する動きも進んでおり,仮想通貨だけでなくポイント管理,権利関係の公証や証券取引,船荷証券注1)などに応用する実証実験が行われている。応用の期待されるブロックチェーンの仕組みを体系的に解説した書籍としては『ビットコインとブロックチェーン:暗号通貨を支える技術』がある。英語ではすでに第2版が刊行され,そのソースコードはGitHub上で公開されている注2)。
2017年は年初からビットコインが史上最高値を更新し,4月には資金決済法の改正で仮想通貨として日本でも法的に認められるなど,その可能性が広く世の中で認識された。一方で増え続ける取引をさばき切れなくなって取引の輻輳(ふくそう)が続き,優先して処理してもらうための送金手数料が銀行の振込手数料額を超えたり,処理能力の改善策を巡って開発者と処理業者が対立し,ビットコイン・キャッシュやビットコイン・ゴールドに分裂したりするなど,矛盾が顕在化した1年でもあった。そうした事件の背景にある技術的な課題を解説した記事を書籍にまとめ直したのが『ブロックチェーン技術の未解決問題』だ。経済学者やビットコイン愛好家ではなく,暗号や電子署名の専門家が技術的な観点から概説した点に特徴があり,手前味噌になるが私も2章ほど担当した。
しばしば「仮想通貨元年」と呼ばれるように,2017年はビットコインや仮想通貨に対する関心が急速に高まって数百冊もの書籍が粗製乱造された。生まれてからほんの数年で数多くの事件や不正が起こり,それらを乗り越えて急速に技術開発が進んでいる。そのため表面的な解説は書いているそばから陳腐化してしまいがちだ。仮想通貨の開発の多くはオープンソース・コミュニティーで開かれており,本を手に取るよりもネット上のニュースサイトやソースコードの更新,メーリングリストの投稿,海外の大学が公開しているオープンカリキュラムを追った方が最新で生の情報を手に入れることができる。とはいえアーキテクチャーや言葉遣いが独特なこともあって,最初のキャッチアップは本を読んだ方が早いかもしれない。そこで本稿では,陳腐化しにくい歴史的経緯や背景にある哲学を解説した,将来の古典となりえる書籍を中心に紹介させていただいた。
インターネット総合研究所,Microsoft社,Yahoo!社を経て2017年からMUFGグループのJapan Digital Design株式会社のCTO(Chief Technology Officer)。2011年から内閣官房 番号制度推進管理補佐官,政府CIO補佐官としてマイナンバー制度を支える情報システム基盤の構築に携わる。福岡市 政策アドバイザー(ICT),一般社団法人OpenIDファウンデーション・ジャパン代表理事,ISO/TC307 ブロックチェーンと分散台帳技術に係る専門委員会 国内委員会 委員長も務める。