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データベース付きオープンアクセスジャーナル「Human Genome Variation」の出版:日本人類遺伝学会の取り組み
徳永 勝士
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2018 年 60 巻 12 号 p. 882-886

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著者抄録

人類遺伝学あるいはゲノム医学分野においては,医学研究のみならずゲノム医療の発展のためにも,疾患遺伝子変異のデータ共有の重要性が高まっている。日本人類遺伝学会は,独自の簡易データベースを備えたオープンアクセスジャーナル「Human Genome Variation」を2014年から出版している。その構想から創刊まで,さらに現状と今後の課題を述べる。

1. はじめに

近年,オープンサイエンスあるいはオープンリサーチの重要性が広く唱えられている。人類遺伝学分野あるいはゲノム医学領域においても,関連諸分野の研究推進のみならず,ヒトゲノムデータを活用するゲノム医療の実現のために,ヒトゲノム解析データの蓄積と共有が必須であると認識されるようになった。日本人類遺伝学会が出版する2つの学会誌の一つ,「Human Genome Variation」注1)はまさにこの目的に合致する学術誌として創刊されたものである。すなわち,疾患に関わるゲノム変異の簡易データベースをもつオープンアクセスジャーナルである。ここではその創刊に至る状況を説明するとともに,現状および今後の目標を述べたい。

なお,日本人類遺伝学会は1956年に創立され,人類遺伝学の研究を通じ科学の進歩に貢献すること,遺伝情報を活用した診療を推進すること,疾患や健康の研究を通じ医療や福祉に貢献すること,さらには教育や啓発を通じ社会に人類遺伝学の知識の普及を図ることを目的とする学会である1)。近年,ゲノム解析技術の急速な進展に伴ってさまざまな疾患に関わる遺伝要因が続々と特定されるなど,発展の著しい学問領域を反映して新入会員がますます増え,現在の学会員数は5,000名近くに達している。

2. 遺伝学系学術誌にみられる近年の傾向

まず,このような学術誌Human Genome Variationの発行を着想した背景を説明したい。編集長を務める筆者は,日本人類遺伝学会の学会誌である「Journal of Human Genetics」の編集長を2013年まで6年間務めていた他に,いくつかの国際学術誌の編集委員も経験していた。その頃すでに,ゲノム解析技術の急速な進展が始まっており,論文投稿数の増加がみられていた。特に,中国や東南アジアなど研究レベルの向上が著しい国・地域からの投稿数の増大が顕著であった。当時,これらの国・地域の研究者から投稿される原稿の多くは,既知の疾患遺伝子(これらの遺伝子の機能を損なう突然変異が生じると特定の疾患の発症につながることがすでに論文報告されている)に見いだした新規の病因変異(pathogenic variation/variant)を報告するものであったが,Journal of Human Geneticsを含む既存の学術誌は限られた数の論文しか掲載できないことから,そのような投稿原稿をacceptして出版することは難しかった。

1は,近年の遺伝学分野全体における学術誌の数と出版論文数の増加傾向を示している。年間の学術誌数,出版論文数ともに,2005年と比較して2016年ではそれぞれ38%,50%増加した。しかしながら,Impact Factorが上位10%の学術誌に掲載される論文数には大きな変動はないので,これら以外の学術誌に掲載される論文の数が増加していることがわかる。なお,これらの学術誌に投稿された論文原稿の数についてはわからないが,筆者の経験に基づけば,学術誌数や出版論文数の増加傾向をさらに上回る増加率を示していると推測される。

ここ数年では,いわゆる「次世代シークエンサー」などゲノム解析技術がより広範に普及したことにより,疾患遺伝子変異データが産生されるゲノム医学研究が世界的に大幅に増加してきた。これらの研究によって検出される変異は加速的に増加しているが,そのほとんどは疾患発症にはまったく関係のない変異である。つまり,検出された膨大な数の変異の中から,さまざまな機能的解析によって疾患発症につながるごく少数の変異を特定することも極めて重要な作業である。このようにして特定された病因変異の多くは,上述のように既知の疾患遺伝子に見いだされた新規変異であるために,新規性に富む論文を出版して高い評価を得たい通常の国際学術誌では採択されにくい。しかしながら,これらの成果がいずれかの学術誌から出版され,またデータベースに登録されることによって情報共有されれば,関連分野の研究者にとってはもちろんであるが,「ゲノム医療」に携わる臨床医,遺伝カウンセラーなどにとっても必須の情報源となる。たとえば基礎研究者にとって,ある疾患遺伝子について多数の病因変異と非病因変異のカタログができることは,どのような特性をもつ変異が病因性をもつのか解明する助けとなる。また,ゲノム医療に携わる臨床医,遺伝カウンセラーなどの関係者にとっても,患者ゲノムのシークエンス解析(clinical sequencing)結果から病因変異の有無を判断して診断を確定するための貴重な参照情報となる。実際,筆者が毎年参加してきた人類遺伝学関係の国際学術誌の編集者会議においても,このような投稿論文を採択することはできないが,何らかの形で情報共有することが望ましいと繰り返し話題に上っている。

表1 遺伝学領域の学術誌および出版論文数の推移

3. 新学術誌で目指すデータ共有

このような状況を踏まえて,筆者らとNature Publishing Group社の担当者(2012年当時。現在はSpringer Nature社)は新しい学術誌Human Genome Variationの創刊を構想した。すなわち,出版需要が増加している各種疾患に関わるゲノム多型・変異データの報告論文を受け入れ,コミュニティーで共有する場をつくることを目指した。そのためにはまず,オープンアクセスジャーナルが望ましい。また特に,既知の疾患遺伝子の新規変異は比較的簡潔に報告することができるので,「Data Report」という短報のジャンルを設けて出版する。さらに,ジャーナル自体が簡易データベースである「HGV Database」注2)をもっていて,誰でも閲覧,検索できるようにする。もちろん,人類遺伝学の各分野における原著論文や総説も掲載する。以上,2にまとめたコンセプトに基づいて,人類遺伝学会が長年刊行して国際的評価も定まっているJournal of Human Geneticsの姉妹誌として創刊する構想とした。幸いにして,この提案は日本学術振興会の科学研究費補助金「研究成果公開促進費(国際情報発信強化)」に採択され,2014年7月に創刊することができた。

なお「Data Report」は,原則1,500words以内,図版は2点以内に収めるshort reportの一種であり,疾患に関わる新規の遺伝子変異の報告や,ある集団において疾患遺伝子にみられた変異の種類と頻度分布の報告が含まれる。また,「HGV Database」は3に示すようにData Reportで報告された遺伝子変異のデータを登録して公開している。つまり,特定の疾患,遺伝子,集団,地域などを指定して遺伝子変異データを検索し,絞り込むことができる。登録される個々の情報としては,国際的に広く利用されている複数のデータベースに共通して掲載されている情報を選び,また過度な手間がかからないよう配慮したうえで,論文を執筆した研究者自身がこれらの情報をデータベースに登録できるようにした。これらのデータは研究者,「ゲノム医療」関係者のほか誰でも自由に利用できる無料公開クリエイティブ・コモンズ・ライセンスCC0となっている。

編集委員の構成は学術誌の評価にも関わる重要なポイントと考え,Advisory EditorおよびAssociated Editorには各分野で活発に研究活動をしている日本,中国,東南アジアの研究者に加えて,米国やヨーロッパ諸国の著名な研究者を迎えることができた。また,Editorial BoardはJournal of Human Geneticsと共通メンバーとし,日本,東南アジア,米国,ヨーロッパ諸国の研究者に加えて,新たに中東諸国やロシアなどからも招いた。

Human Genome Variation創刊時の反響の一つとして,2014年10月29日発行のNature Genetics誌のEditorialに以下のように紹介され,出版の意義を認めていただいた。

「疾患や表現型の原因・関連遺伝子変異を焦点に,Data Reportやデータベースを用いて単独の遺伝子変異から包括的な遺伝子座の多様性データまで,ゲノム・遺伝子変異に関するあらゆる研究結果の公表と共有の場をつくることを目的としたジャーナルが創刊された」2)(原文を日本語訳)。

表2 Human Genome Variationの特徴
表3 HGV Databaseに含まれる情報

4. 研究倫理面について

いうまでもなく,ヒトゲノムデータの取り扱いは適切に行われる必要がある。特に,2015年9月に「個人情報の保護に関する法律」が改正され,大規模なゲノムデータは「個人識別符号」と定義され,個人情報の一つとなった。この動きに対応するため,医学研究に関する倫理指針の改正が急務となり,3省(厚生労働省,文部科学省,経済産業省)の「医学研究等における個人情報の取扱い等に関する合同会議」によって改正指針が作成され,2017年5月から施行された。筆者もその委員の一人であった。人類遺伝学領域では,研究の場において個人ごとの大規模なゲノムデータを扱うことは多いが,研究倫理指針にのっとってすべての研究が研究計画書の提出,患者ほか研究協力者の理解と同意(informed consent),倫理委員会による審査と承認を経ている。また研究倫理指針は,得られたゲノムデータの匿名化や安全な管理についてもルールを設けている。

人類遺伝学関連の学術誌やデータベースに発表あるいは登録されるゲノムデータは,大規模なゲノムデータを解析して得られた結論の部分だけを格納している。個人識別性という観点では,Human Genome VariationのData Reportの主要なコンテンツとなる遺伝病(ある一つの遺伝子のまれな変異が高い確率で疾患発症につながる)の病因遺伝子変異については,「正確な頻度が不明である」「遺伝的浮動による影響を受けやすい」「シークエンスエラーの影響を受けやすい」などから,個人識別性はないと判断されている。また,多因子病(多数の遺伝子変異と多数の環境要因がそれぞれ少しずつ発症に関わる)に関わる遺伝子変異についても,「それぞれのリスクが小さい」「一般集団でも高頻度でみられる変異が多い」「患者ごとのデータではなく患者集団中の頻度しか掲載されない」などから,個人識別性はないと判断される。すなわち,学術誌やデータベース上で公開されているゲノムデータには個人情報に関する問題はないと考えられる。

5. 現状と今後の目標

2014年の創刊以来,論文出版数は少しずつ増加している状況であり,Webサイトの利用状況も増加傾向にあるので,まずは順調なスタートを切れたといえる。ただし,当初期待したような大きな増加はまだみられていない。その理由として,新規の学術誌ということでまだ知名度が足りない,Journal of Human Geneticsや他の雑誌からのtransfer論文が期待したほど増えていない,Impact Factorがまだついていない,といったことが考えられる。これらに対しては,出版社の担当者とも定期的に話し合い,協力しあって,可能な対策を実施している状況である。出版社の合併によるtransfer論文の増加も期待している。

今後の技術課題としては,HGV Databaseの機能の強化,Googleなどのthird party検索エンジン等からも検索,アクセスを可能にすることなど,機能面や実用面での利便性の向上を目指したい。HGV Databaseに掲載されたデータは,代表的な国際的データベースであるHGMD(Human Gene Mutation Database)注3)にも掲載されるようになっているが,この他にも国内外の既存のデータベースとの提携を実現することが望ましい。いずれにせよ,「Clinical sequencing」を活用した「ゲノム医療」が徐々にではあるが目に見えて実現してきた今日,ゲノム変異データの共有は必須の基盤的環境であり,オープンアクセス,Data Report重視,データベース付きジャーナルというユニークな特徴をもつHuman Genome Variationが果たし得る役割は大きいと考えている。

執筆者略歴

  • 徳永 勝士(とくなが かつし) tokunaga@m.u-tokyo.ac.jp

1977年東京大学理学部卒業,同大学理学系大学院単位取得,理学博士。1983年より東京大学理学部助手,東京大学医学部附属病院助手,日本赤十字中央血液センター研究部課長を経て,1995年より東京大学大学院医学系研究科人類遺伝学分野教授。Journal of Human Genetics, Human Genome Variationの編集長,他Tissue Antigensなどの編集委員を歴任。研究課題は,HLA遺伝子群およびゲノム全域の変異・多型解析による,各種の多因子疾患および薬剤・治療応答性に関わる遺伝要因の探索。

本文の注
注1)  Human Genome Variation:https://www.nature.com/hgv/

注2)  HGV Database:https://hgv.figshare.com/

注3)  The Human Gene Mutation Database:http://www.hgmd.cf.ac.uk/ac/index.php

参考文献
 
© 2018 Japan Science and Technology Agency
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