抄録
近年, 口腔内常在微生物の一つであるStreptococcus mutansは実験的に単独でう蝕を誘発しうるレンサ球菌として微生物学的にも生化学的にも注目を集めている。そして実際に, う蝕との関連を示す臨床成績も重なりつつある。筆者は今回, 歯面におけるS. mutansのecologyを知るとともに, う蝕との関連を追究する目的で, 歯科治療に来院した136名の患者についてS.mutansの分離を行い次のような結果を得た。1. 同一人において, う蝕部位と非う蝕部位歯面では, う蝕部位にはるかに高い分離率, 分離菌数 (健全歯の102倍以上) が認められること。総レンサ球菌数は両群で殆んど異ならないことからう蝕部位のS. mutansの総レンサ球菌比は健全歯面の数10倍も高いこと。2. このう蝕部位でのS. mutansの高い分離率, 分離菌数, 対総レンサ球菌比は咬合面, 隣接面, 平滑面いずれでも認められたこと。3. 咬合面においては極めて初期う蝕 (C0) と考えられる時期にS. mutansの定着が証明されたこと。4. より進行したう蝕からの分離成績は初期のものと大差を示さなかったこと。以上のことから, S. mutansはう蝕形成の極く初期の過程で, 恐らくう蝕誘発をうながすような歯垢の形成過程に働いているであろうことが示唆された。健全歯面, う蝕歯面いずれからも分離菌はM型が少く, m型が圧倒的に多く, う蝕, 非う蝕による分離菌型の差は認められなかった。しかし, この二つの異なる菌型には溶血性, 糖分解性などの生物学的性状で明瞭な差が示された。