植物学雑誌
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植物のリジン代謝
I. エンドウの芽生えにおけるリジン代謝中間物質のクロマトグラフィーによる検索
畑中 信一
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1966 年 79 巻 940-941 号 p. 608-618

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抄録

リジンの生合成および分解の機構は, 微生物, 特にその突然変異株や動物を材料とし, アイソトープや酵素化学的方法で詳細に研究されている. リジンは多くの高等動物では必須アミノ酸の1つであるが, リジン合成能をもった諸生物群は, このアミノ酸をα, ε-ジアミノピメリン酸を通る径路で合成するものと, α-アミノアジピン酸を経てつくるものに分けられ, 進化学的にも興味ある問題を提起している. 著者は1962年 Virtanen と共に, 若いエンドウの芽生えに一時的にあらわれるアミノ酸を単離し, これをα-アミノアジピン酸と同定した. Α-アミノアジピン酸は上記のように, リジン生合成の1径路の中間産物であるばかりでなく, 動物や微生物ではひろくリジンの分解の場合にも生ずると考えられている. また Fowden が Acacia の仮葉でおこなった実験もこのことを裏づけている. そこでエンドウからわれわれが単離し同定したα-アミノアジピン酸が同様にリジン代謝中間産物であるかどうかを確認し, さらに14C-リジンをエンドウに加えた場合, どのような物質がラベルされるかを観察し, 一般に考えられているリジン代謝径路と比較検討することを目的として実験をおこなった. 本論文はその第1報である. エンドウの種子を14C(U)-L-リジンを含む水に浸して吸水させたもの, さらにこれをシャーレに播き25°±1°の暗所で3日および5日培養したものを, それぞれエタノールで抽出し, イオン交換樹脂を用いて“.ミノ酸分画”. “有機酸分画”. “糖分画” をとり, また別の試料を2,4-ジニトロフエニルヒドラジンで処理し, ケト酸を2,4-ジニトロフエニルヒドラゾンとした. ペーパークロマトグラフィおよびイオン交換クロマトグラフィにより, 各分画からラベルされた物質を分離し, その性質を調べた. 1. “アミノ酸分画”. 吸水種子では, 吸収された14Cのほぼ1/3の活性があり, すでにα-アミノアジピン酸とグルタミン酸への14Cの急速なとり込みがみられ, さらに未同定の1物質へも14Cが高い放射比活性でとり込まれることがわかった. 3日および5日後の芽生えでは, 他の多くのアミノ酸へのとり込みがあらわれる. 未同定の物質は, 今のところ, 一般にリジン分解の中間産物と考えられているもののいずれとも一致しない. 2. “有機酸分画”. 吸水種子および3日目の芽生えで, 3種の物質へのとり取みがみられ, そのうち1つはいずれもリジン分解産物と考えられているグルコン酸あるいはグルタコン酸と一致する. 有機酸として認められるのはクエン酸, リンゴ酸, コハク酸などであるが, ペーパークロマトグラムでは上の3種の標識化物質の位置には, 恐らくこれらの物質が極めて微量なため有機酸の反応が見られない. 3. “ケト酸分画”. 吸水種子のケト酸としてはα-ケトグルタル酸, オキザロ酢酸, ピルビン酸が検出され, 14Cのとり込みがあった2つのピークのうち活性の低い方はα-ケトグルタル酸と一致するがさらに検討を要する. 活性の高い方の物質はα-ケトアジピン酸とも一致せずまだ同定にいたらない. 以上の実験事実からわれわれがエンドウの芽生えからえたα-アミノアジピン酸は他の材料でみられたと同様に, リジン分解産物の1つであることが確められた. 他の中間物質の同定は植物のリジン代謝を知る手がかりを与えると考零られるので, 最近報告されたリジンアシル化化合物の可能性も考慮にいれつつ現在さらに実験中である.

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