視覚の科学
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総説
特集:眼光学の眼科医療への応用 手術顕微鏡への応用
門之園 一明
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2018 年 39 巻 4 号 p. 90-93

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Abstract

3D画像の高画質化にともない,近年手術顕微鏡の3D化が進んでいる。3D画像は,視差を応用した技術であり眼光学が基礎になる。テクノロジーの進歩にともない3Dを用いた眼科分野での手術治療が急速に進歩する可能性がある。

はじめに

眼光学は,眼球内で生じる光の干渉と屈折現象を科学的に考察をする眼科学の基礎をなす極めて重要な分野である。眼光学は,さまざまな眼科診療において利用されておりその重要性はいうまでもない。しかし,これまでの眼光学は主に前眼部疾患に応用されてきた。例えば,白内障手術を代表とする水晶体疾患であったり屈折を改善する角膜疾患であった。

眼科疾患の中にはさまざまなものがある。その中でも,近年,網膜疾患がその重要性を増している。網膜内には光受容器が存在する。外界から光受容器が受け取った光情報は,電気信号に変換され神経シナプスを介して,視神経および視床さらに大脳後頭葉へと送られる。このような高次機能を営む器官であるために,さまざまな疾病が存在し人間の視覚機能を脅かす存在となっている。眼科の失明疾患の中の代表的なものには,糖尿病網膜症,網膜色素変性症,加齢黄斑変性など網膜疾患がその多くを占める。

これまで,眼光学は視覚の基礎をなす網膜疾患との関わりは少なかった。ところが,近年網膜疾患の治療に眼光学が重要な役割を担ってきている。さまざまな網膜疾患を治療する技術に,硝子体手術と言われる高度に進化した顕微鏡手術がある。硝子体手術は,わずか数マイクロの神経組織を治療することの出来る画期的な外科治療で,さまざまな外科治療の中でも最も繊細な部位を治療することを可能にする。この10年で急速に進歩し,現在日本では年間10万件以上が行われていると推察されている。近年,網膜疾患治療の中心的治療である硝子体手術が,眼光学と強い結びつきが見られるようになってきた。

1. 眼底観察手術顕微鏡の光学的原理

眼底観察を必要とする硝子体手術は,手術顕微鏡を用いて行われる。硝子体術者は,眼球の強膜に小さな孔を作成し,この穴を通して光源と硝子体器具を眼球内に挿入して,経瞳孔的に映像を手術顕微鏡に送り左右の鏡筒から得られた映像情報を獲得して手術を行う。網膜を観察するために,特殊な光学システムが必要であり,非接触型手術顕微鏡と言われるレンズが使用されている。この顕微鏡は以下に述べるように組み立てられている。角膜の約1 cm上に127°凸レンズが置かれ,さらに顕微鏡鏡筒内に内部レンズ(reduction lens)と呼ばれる4°凹レンズが存在し,さらに手術術者の接眼レンズが存在し,この3種類のレンズの組み合わせにより,非接触硝子体手術顕微鏡は構成されている。その結果,高度な網膜の映像化を可能にしている(図1)。

図1

硝子体手術の光学系

図の左は,眼底に焦点をあてた時の顕微鏡内の光路。図の右は,硝子体内に焦点をあてたときの光路。R:reduction lensと呼ばれる凹レンズを用いて簡便に焦点を合わせることが出来る。

2. 硝子体手術のデジタル化

1) 色数

これまでの手術は,顕微鏡鏡筒から術者が直接覗き込んで行うアナログ情報による手術治療であった。近年のデジタル技術の進歩により,手術映像をデジタルに変換して治療を行うことが可能となってきた。8バイトのデジタルモニターの色の数をご存知であろうか。デジタル画面は,RGBの3色の組み合わせで表示されている。この一つは,PIXELという単位である。これは,色の最小単位である。同じREDの種類は,2の8乗で,286種類を表示することが出来る。3色の組み合わせに,2の8乗の3乗,すなわち16,000,000以上の色をモニターの最小単位は,液晶を利用して描出することが出来る(図2)。人間の黄斑部は色覚をつかさどっており,その色認識は約1千万通りと言われる。これを考慮にいれると,現在市販されている液晶画面の色の数は人間の色覚と同様と考えることが出来る。

図2

色相環

デジタルにより色の種類と数を表現する立体構造。16,776,216通りの色があると言われている。

2) 解像度

さらに,近年のテレビ画面の進化にともないPIXEL数の増加が可能になってきている。これまでは,SD【720×480】と呼ばれる液晶画面であったが近年の液晶技術の進歩にともない,2K【1280×720】,4K【1920×1080】と呼ばれる画面大型化が可能になってきている。これにともない,画面の高画質化が可能となり,繊細な画像を得られるようになってきた。人間の眼の解像度と同様もしくはそれ以上の解像度の繊細な画像を得られるようになってきた。硝子体手術で観察する画像は,極めて細かく,例えば硝子体手術で用いられる切除器具は径が約0.5 mmである。このような器具の場合,解像度により画像が大きく異なってくる。高解像度は,デジタル技術の進歩であり繊細な部位の術中の確認が非常に重要な要素になっている(図3)。

図3

硝子体カッターの解像度の変化

SD,HD,full HDになるに従いカッターの断面は鮮明になる。

3) HDR

通常の画像には,色の眩しさの異なる部位は多く存在する。人間の観察する画面には,さまざまな眩しさ:グレアの異なる部位が存在している。通常,人間は瞳孔径を調節したり,あるいは高次機能を利用してこれらのグレアによる視覚障害を解決している。硝子体手術ではさまざまなグレアが眼内に溢れ,手術の遂行を妨げる大きな要因になる。顕微鏡鏡筒を用いた手術では,光の当て方を工夫したり,感覚的,経験的なものを駆使してグレアを克服してきた。グレアの解決は,high dynamic range(HDR)の調節により行われている。光の強度を均質化する技術で,スマートフォンのカメラにもつけられていて,容易に高画質写真を得ることが出来る。このHDRの技術を瞬時に動的に行う技術が開発された。電子処理を行うために手術のような動きの速いすべてのデジタル情報をHDR処理するには,相応の時間がかかるため,いわゆる画像の遅れが見られる。かなり高度な技術を用い今後この画像の遅れ現象を解決する方策がとれるであろう(図4)。

図4

HDR補正を加えた画像と加えていない画像

左眼底画像の黄色丸はグレアが強い。HDR補正を加えるとグレアは減少する(右)。

3. 硝子体手術の3D化

1) 原理

3D画像は主に娯楽の一つとして,劇場映画などを中心に広く普及している技術である。近年,内視鏡手術などの発達にともない3D技術の医療への応用がなされてきた。眼科医療への応用も見られるようになり,硝子体手術の3D画像化が行われるようになり学術的な研究課題になっている。硝子体手術の3Dデジタル化は,従来の手術顕微鏡に代わる可能性があり,顕微鏡鏡筒を覗くシステムから顕微鏡鏡筒を覗かないシステムへの発展を遂げた。

3D方式は,3D表示するための次元ディスプレイ技術,3D記録再生のための規格技術からなる。次元ディスプレイ(3D Display)とは,3次元映像を表示する装置である。左右の眼に別々の画像を見せることで立体感を与えるものが多い。これは,観察者の左右眼に視差のある対象物を置くことで立体的に認識をさせる方式である。視差はparallaxと呼ばれ立体間を認識させる重要な因子である。異なったふたつの画像を3D偏光眼鏡を使用して観察者は立体的にこれを観察することが出来る。現在手術用顕微鏡として市販されているものは,眼鏡を使用してスクリーンを観察する方式である。一方,眼鏡を使用せずに直接画像を観察する方式も存在する。3D画像規格は画像の編集や再生に重要である。一定の距離を持たせて配置するside by sideと呼ばれる規格と上下に複数の情報を配置するline by lineと呼ばれる規格がある。画像の記録や再生には主にline by lineが用いられている。今後記録フォーマットもより規格化されていく。

2) 臨床への応用

現在,3Dは硝子体手術に主に応用されている13。その利点はいくつか挙げられる。

①光障害の低減化 ②術者の手術姿勢の安定化 ③手術画像の共有化 ④画像のデジタル加工 ⑤マルチモダリティ ⑥被写界深度である。

① 光障害

網膜視細胞は光感受性組織であり,視物質を含むため過度の光による細胞障害の危険性があり,硝子体手術中では光障害に視細胞が暴露されている可能性がある。3D技術では,画像モニターの感度を増感することが可能であるため,低い照度で手術を遂行することが可能である(図5)。このため,光障害の低減化が可能であり術後の視機能への良い効果をもたらす可能性がある。さらに,変性疾患などの視細胞障害のある網膜組織にとっては福音となる手術装置であると言える。

図5

眼底画像の顕微鏡による相違

同一の眼底画像を顕微鏡鏡筒(左)での観察画像よりデジタル画像(右)がより明るくなる。

② 術者の姿勢

顕微鏡鏡筒を覗く姿勢は,生理的に必ずしも安定的な姿勢とは言えない4)。顕微鏡を覗く姿勢は,脊柱に負担をかける姿勢を指摘されることもある。頚椎症や腰痛にわずらわされる術者にとっては,顕微鏡鏡筒を覗く姿勢は術中の操作に影響を及ぼす可能性がある。3D手術は,術者の姿勢を鏡筒から開放する。このため一定の姿勢を保持し続ける必要はない。但し,一定の距離でモニターを確認する必要がある。

③ 術画像の共有化

同一の画面を手術中に観察することが出来る。このため,手術助手,研修医,器械出しナースにとっては術野の共有化が図れるため大きな利点である。教育的な病院では,手術のトレーニングに有効である5)(図6)。

図6

デジタルを用いた手術野風景

術者を含めたすべてのスタッフは同一画面を観察している。

④ デジタル加工

手術画像のデジタル加工技術は急速に進歩している。RGBの色調の変更により特定の色を強調することなど,手術操作で有益なことが多い。デジタル画像のコントラスト,HUE,飽和度を操作することで確認しにくい眼底画像を鮮明に加工することが可能となる。出血で見えにくい部位を見やすくしたり,あるいは膜の染色で使用する色素の色を強調して,低濃度での染色を可能とする。これらは,手術の安定化と安全化をもたらす。

⑤ マルチモダリティ

手術モニターに多くの患者の情報を提供して,手術の簡素化を可能にする。光干渉断層計(OCT)の画像データを組みこむことが可能となり,手術中の情報の利用を容易にする。

⑥ 被写界深度(depth of field)

3D技術を用いることで被写界深度は向上すると言われている。これは,手術操作を快適化する可能性があり,また,調整能力の低下した術者にとっては手術操作を快適にする可能性を秘めたテクノロジーであると言える。

4. 手術顕微鏡への応用の今後の課題

3D技術は,現在硝子体手術に応用されている。いくつかの利点が報告されており,今後の有望な機器になりうる可能性がある。一方,いくつかの問題も指摘されている。例えば,画質の安定化(アジャスト)の問題である。動的な画像を高品質な画像に作り出すためには,さまざまな視覚要素がある。これらの要素を組み立てるには現在のところ専門家の協力が必要である。今後は,機器の進歩により一定の画像が簡便に取り出せる技術的な進歩が必要であろう。

おわりに

眼光学の硝子体手術への応用の解説をした。3D画像の手術への応用にはいくつもの解決すべき光学的課題がある。例えば,3Dでは被写界深度(depth of field)や深さ分解能(depth resolution)がどうして大きくなるのか,など眼光学を駆使した解明が必要な課題と言える。眼光学はこれまで以上に眼科医療に関与していくであろう。

文献
 
© 2018 日本眼光学学会
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