視覚の科学
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総説
特集:近視 学校でのICT活用の現状と近視予防
柴田 隆史
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キーワード: 学校, ICT, 教育, 近視, 視覚疲労
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2019 年 40 巻 4 号 p. 79-84

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要旨

学校教育ではICT活用が推進され,子どもたちが教室でタブレット端末を利用する機会が増えている。しかしその一方で,子どもの視力低下や視覚疲労などの健康面への影響が懸念されている。実際に,学校保健統計調査によると,小学生の裸眼視力における1.0未満の割合は毎年増加している。本稿では,学校教育における情報化の状況や,児童のタブレット端末利用による身体疲労,学校でデジタル機器を安全安心に用いるために検討されている指針について解説した。

Abstract

The use of information and communication technology (ICT) has been promoted in school education, and opportunities for children to use tablet computers in the classroom have been increasing. However, there are concerns about the health impacts of ICT use, such as visual acuity loss and visual fatigue, among children. In fact, according to a school health statistics survey, the percentage of elementary school students with <1.0 vision is increasing every year. Herein, we review the current state of ICT use in school education, physical fatigue in children using tablet computers, and guidelines for the safe and secure use of digital devices in schools.

1. はじめに

毎年,文部科学省が学校保健統計調査1)の結果を発表するたびに,子どもの視力の低下が話題にのぼる。ニュースでは,「小学生の裸眼視力における1.0未満の割合が過去最高になった!」などと,子どもの視力低下を強調して取り上げることも多い。学校保健統計調査は,明治33年(1900年)に「生徒児童身体検査統計」の名称で開始され,「裸眼視力1.0未満の者」については昭和54年度(1979年度)から調査が実施されている。調査内容は視力だけではなく,子どもの発育状態や健康状態のいくつかの項目が含まれているが,視力が注目されることが多いのは,視力低下の経年変化が客観的なデータとして示されていることに加え,眼に関する健康面への影響に対して,社会的関心が高いことと関係していると考えられる。

一般に,新しい機器やメディアが社会に普及し始める頃に,ユーザーの健康面に対する関心が高まる傾向がみられる。例えば,1970年代にオフィスでの仕事においてパソコンが急速に普及し,また,その頃から家庭でもワープロやパソコンが使われるようになった。それまでの紙の書類を用いたワークスタイルから,ディスプレイを用いるVDT(Visual Display Terminals)作業によるワークスタイルへと変わった。そして,眼精疲労や肩こり,頭痛などの心身の疾患を引き起こすVDT症候群といった健康障害が懸念された。2003年に厚生労働省より発表された「平成15年技術革新と労働に関する実態調査」2)によると,仕事でのVDT作業で身体的な疲労や症状を感じている労働者の割合は78.0%であり,その具体的な症状として「目の疲れ・痛み」を挙げる人が91.6%であった。その5年後の2008年調査における結果では,VDT作業で身体的な疲労や症状を感じている割合は68.6%と減少していたが,最も多い具体的な症状は「目の疲れ・痛み」で変わらず,90.8%であった3)。また,VDT作業が増えた社会的状況を鑑み,日本人間工学会による「ノートパソコン利用の人間工学ガイドライン―パソコンを快適に利用するために―4)」や,厚生労働省による「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン5)」などが策定され,安全で快適なディスプレイ利用に関して指針が示されている。

現代社会における情報化についてはここで改めて取り上げるまでもなく,昨今では,子どももスマートフォンやタブレット端末,ゲーム機などのデジタル機器を日常的に用いている。また,就学前の子どもがデジタル機器を用いる現状が話題となることもある。そして,学校教育における近年の大きな変化も「情報化」であり,授業で児童生徒がタブレット端末などのデジタル機器を使い始めている。児童生徒が日中の多くの時間を過ごす学校において,これまでは,紙の教科書や紙のノート,紙の資料などを用いていたのに対して,これからは,デジタル機器を用いて学習をする方向に進んでいる。1970年代にVDT作業が増えたときと状況が似ているが,現在では,成長期の子どもがデジタル機器を使うという点で異なっている。そのため,健康面への影響に対する懸念も一層高まり,現状を把握するための調査や子どもの健康に配慮して教育の情報化を推進するための対策や指針を示すことが求められている。

そこで本稿では,子どもの視力変化及び学校教育における情報化の状況を概説し,学校でタブレット端末を児童が用いることによる身体疲労の現状,さらには,学校でデジタル機器を安全安心に用いるために検討されている指針について解説する。

2. 子どもの視力低下と近視進行

2019年3月に公表された「平成30年度学校保健統計調査」によると,裸眼視力が1.0未満の小学生は34.10%であり,1979年の調査開始以来,最も高い数値であった6)。また,中学校では56.04%,高等学校では67.23%になり,年齢とともに高くなっていることが分かる(図1)。

図1

「裸眼視力1.0未満の者」の割合の推移(文部科学省の資料より6)

裸眼視力が1.0未満となる原因はいくつか考えられるが,その多くが近視であることが知られている。例えば,Yotsukuraらは,2017年に東京都内の小中学生1,416人(小学生689人,中学生727人)における近視有病率を調査した7)。その結果,小学生の近視有病率(等価球面度数≦−0.5 D)は76.5%であり,中学生の近視有病率は94.9%であることを報告している。また,日本を含む東アジアは以前から近視の有病率が高いことが知られているが,近年,世界的にみても近視有病率は増加傾向にあり,2015年にNature誌で「The myopia boom」8)として取り上げられたのは記憶に新しい。Matsumuraらは,学童期における近視の割合は年齢とともに高くなり,特に10歳から12歳にかけての変化が大きいことを報告している9)。そのため,小学生の近視進行を予防する対策やそのための体制を整えていくことは極めて重要だと言える。

3. 学校におけるデジタル機器の利用

裸眼視力が1.0未満の児童の割合が毎年増加しているという事実に対して,その原因として,スマートフォンや携帯ゲーム機を使う時間が長くなったことが影響していると指摘されることもある。その因果関係に関しては科学的根拠に基づく議論が必要とされるところであるが,それらのデジタル機器は,基本的に手で持って利用することから,VDT作業と比較して視距離が短くなることが予想される。例えば,窪田らは,大学生を対象にスマートフォンを用いる際の視距離を調査した。その結果,座位においては視距離の平均値は約32 cmであるがばらつきが大きく,20 cm程度の者もいたことを示している10)。子どもは身体が小さく前方前腕長も短いことを考えると,視距離はさらに短くなる可能性が考えられる。近業により過度に近くを見続けることで近視が進行すると考えられているため,日常的にできる対策としては,デジタル機器を用いる際は十分な視距離をとるように心掛けることが挙げられる。なお,子どもの近視が進行する主因は,眼軸長の過伸展による軸性近視と考えられており,網膜後方での結像による焦点ぼけである遠視性デフォーカスが関与していると言われている。近業時には調節必要量よりも調節反応量が少なく,調節ラグが生じ,視対象からの光は網膜後方に焦点を結ぶ(図2右)。この網膜後方へのデフォーカスが近視進行のトリガーであると考えられている。なお,軸上だけではなく,周辺部網膜の遠視性デフォーカスが眼軸長の過伸展の重要なトリガーになっているとも報告されている11)

図2

正視眼(左)と近業時に生じる調節ラグ(右)

上述の通り,学校では教育の情報化が推進され,教育の効果を高めるために,ICT(Information and Communication Technology)の活用としてデジタル機器を積極的に導入していく方向にある。学校教育で用いられるデジタル機器はICT機器と呼ばれ,主なものとして,大型提示装置や実物投影装置,学習者用及び指導者用コンピュータが挙げられる。大型提示装置とは,プロジェクタやデジタルテレビ,電子黒板などのことを言い,児童生徒に対して教材などを大きく映し出すものである。実物投影装置は,教科書や教材などの手元の資料を撮影して,それをリアルタイムに大型提示装置に映し出す装置である。そして,学習者用及び指導者用コンピュータとは,児童生徒及び教員が授業などで用いるタブレット端末などである。

学校で子ども自身が使う主なICT機器はタブレット端末(学習者用コンピュータ)であり,授業においては,デジタル教科書やデジタル教材を使ったり,カメラ機能で撮影したり,シンキングツールを使って考えをまとめたりと,学習を支援するために活用されている。現在,全国の公立学校ではタブレット端末などの教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は5.4人であり(図3),タブレット端末の学校での利用は年々進んでいる12).ここで,1.0(人/台)が1人1台であることを示すため,現在の学校でのタブレット端末の普及は途上にあり,今後ますます普及が進み,児童生徒がタブレット端末を利用する機会は増加すると予想される。文部科学省は,「平成30年度以降の学校におけるICT環境の整備方針13)」に基づき,学習者用コンピュータを3クラスに1クラス分程度整備することを目標としている14)。しかし,これは最終的には1人1台が望ましいとした上で,全国的な配備状況等を踏まえ,各クラスで1日1コマ分程度,児童生徒が1人1台環境で学習できることを想定したものである。つまり,教育の視点からみれば,現在の目標はあくまでも最低限のICT環境であり,ICTを十分に活用するためには1人1台が必要だと述べている。

図3

教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数の推移(文部科学省の資料より12)

さらに,教育の情報化に関わる最近の動向として,児童生徒が使う学習者用デジタル教科書の活用が挙げられる。小学校で用いる教科書は,学校教育法の定めるところにより,文部科学省の検定を経た教科書または文部科学省が著作の名義を有する教科書を使用しなければいけない。従来は,小学校,中学校,高等学校等の授業では,紙の教科書を使用しなければならないとされていたのに対し,2018年5月に学校教育法の一部が改正され,2019年4月から,紙の教科書の代わりにデジタル教科書が使用できるようになった。そのため,今後,デジタル教科書やデジタル教材がより一層活用されていくことが予想され,多くの児童生徒がICT機器を利用していくと推測される。

紙の教科書からタブレット端末で使うデジタルの教科書への変化により,学校ではデジタル情報の利点を活用した教育が展開されている。文部科学省では,「デジタル教科書」の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン検討会議15)において,学習者用デジタル教科書の活用法について検討し,2018年12月に「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン16)」を,そして2019年3月に「学習者用デジタル教科書実践事例集17)」を発行している。その検討会議では,児童生徒の健康面への配慮に関しても検討されており,上記2つの資料にも関連事項が記述されている。詳細は後述する。

4. 学校でのタブレット端末利用による児童の身体疲労

学校でのICT機器利用が進む一方で,児童生徒の健康面への影響が懸念されている。例えば,文部科学省の「学びのイノベーション事業」による調査では,教員が懸念していることとして,特にドライアイ(眼精疲労含む)や視力の低下,姿勢の悪化を報告している18)。また,柴田らは,学校でのタブレット端末利用に対して,生徒も保護者も眼の疲れなどの健康面への影響を心配しており,それは,生徒よりも保護者の方が顕著であることや19),学校でタブレット端末を使い始めたことにより,視力の低下や視覚疲労に関する生徒の懸念が増加したこと20)を報告している。

子どもの健康面への懸念があるにも拘わらず,状況や課題を把握して対策を考えていく根拠となる調査データや知見は十分とは言えない。それに対して,柴田らは,小学校でタブレット端末を1年以上使用している小学1年から6年までの児童830名を対象として,児童の身体疲労に関する質問紙調査を実施している21)。その結果から,児童の3人に1人が眼や首,肩などに身体疲労を感じていることを報告している。また,約31%の児童が,タブレット端末を使うときは,紙の教科書を使うときよりも眼を近づけていると感じていること,及び,約55%の児童が,タブレット端末を使うときの方が,紙の教科書を使うときよりも眼が疲れると感じていることを報告している。さらに,体の図が描かれた調査用紙を使って疲れ等がある部位を児童にマークさせたところ,最も訴えの多かった疲労部位は眼であり,約23%の児童からその訴えがあった。眼の疲れについて,小学4,5,6年生に分けて分析した結果からは,学年が上がるにつれて訴え率が上昇し,4年生では約11%であるのに対して,5年生では約16%,6年生では約25%となることを報告している(図4)。なお,眼の疲労に次いで疲労の訴えが顕著であった首や肩の疲労についても,同様の傾向が示されている。

図4

眼,首,肩における疲労の学年比較の結果(柴田らの論文より引用21)

5. 学校でデジタル機器を安全安心に用いるために検討されている指針

視覚疲労の軽減や近視の発症や進行の抑制を含め,子どもの健康を阻害することなく,ICTといったテクノロジーを活用していくためには,安全で快適な学習環境を構築することが必要である。

文部科学省は,「学びのイノベーション事業」の成果として,2014年に「児童生徒の健康に留意してICTを活用するためのガイドブック22)」を発行している(図5)。そこでは,タブレット端末の画面が見やすくなるように,児童生徒の姿勢がよくなるように指導するとよいことや,児童生徒の年齢が上がるにつれて近視の子どもが増えることなどが記載されている。しかし,教員や児童生徒が授業においてICTを円滑に活用するための留意事項がまとめられているが,近視の予防や対策などについてまでは言及されていない。

図5

児童生徒の健康に留意してICTを活用するためのガイドブック(文部科学省の資料より引用22)

日本人間工学会では,「子どものICT活用委員会」を設置して,学校においてICT機器を安全で快適に活用するための人間工学ガイドラインの作成に取り組んでいる23)。そして,2019年2月に,学校関係者や一般の方へ情報提供を行うWebサイト24)を公開し(図6),学校でのICT機器利用について,安全面や健康面から配慮した方がよい点に関して情報を提供している。ここでは,学校関係者や児童生徒に分かりやすく伝えることが意図されており,子どもの近視についてまでは言及されていないが,姿勢をよくして十分な視距離をとることや,それにより眼の疲れを軽減できることなどが記載されている。また,タブレット端末を用いた代表的な学習場面を取り上げ,その学習場面ごとに留意事項を示しているところに特徴がある(図6右)。

図6

日本人間工学会「子どものICT活用委員会」による情報発信(日本人間工学会Webサイトより引用24)

上述の通り,文部科学省は,2018年12月に「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン16)」を,そして2019年3月に「学習者用デジタル教科書実践事例集17)」を発行し,それらの中で,児童生徒の健康面への配慮に関しても記載している。「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン16)」では,「児童生徒の健康に留意してICTを活用するためのガイドブック22)」を参考にすることに加え,学習者用デジタル教科書を使用する際には,姿勢に関する指導を適切に行い,眼と学習者用コンピュータの画面との距離を30 cm程度以上離すよう指導することが留意事項として記載されている。また,心身への影響が生じないよう,日常観察や学校健診等を通して,学校医とも連携の上,児童生徒の状況を確認するよう努めることと,必要に応じて,眼精疲労の有無やその程度など心身の状況について,児童生徒にアンケート調査を行うことも考えられることが記載されている。「学習者用デジタル教科書実践事例集17)」では,教員などの学校関係者に対して,人間工学の視点から健康面に関するアドバイスが記載されている(図7)。一つは,授業中における児童生徒の姿勢の変化に注目することであり,もう一つは,姿勢をよくして十分な視距離を確保することで疲労の軽減を図ることである。

図7

学習者用デジタル教科書実践事例集のコラム(文部科学省の資料より引用17)

デジタル教科書に関わるガイドライン及び実践事例集のいずれにおいても,近視の予防や対策などについてまでは言及されていないが,文部科学省の「デジタル教科書」の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン検討会議の中では,子どもの近視に関して,毎年の視力低下の現状や,近視のリスクや予防の必要性などについても議論されている15)

6. おわりに

現在,教育分野のみならず,Society5.0が推進され,AIやIoT,ビッグデータの活用など,多岐に渡る科学技術が発展してきており,情報社会に対応していくことが求められている。2020年度から小学校においてプログラミング教育が必修化されるが,そのねらいの一つは,プログラムの働きやよさ,情報社会がコンピュータ等の情報技術によって支えられていることなどに気付くことができるようにするとともに,コンピュータ等を上手に活用して身近な問題を解決したり,よりよい社会を築いたりしようとする態度を育むことである25)。コンピュータやディスプレイを用いること自体が,子どもの近視の発症や進行に直接関係するわけではないが,子どもが生活する環境が変化していくことには十分に留意する必要があると考えられる。

眼軸長が過伸展した眼球は元には戻らないため,近視が発症しないようにすることが重要である。また,成長期にある子どもは眼軸が伸展しやすく,近視が進行しやすい。そのため,子どもに対する近視予防が極めて重要である。屋外で過ごす時間が長い子どもは,近視の有病率や発症率が低いことが報告されており26),屋外活動が近視予防に効果があることのエビデンスが示されている。子どもは日中の多くの時間を学校で過ごすため,学校教育の中で,近視の発症と進行の予防について対策を講じていく必要もあると考えられる。シンガポールや中国では,近視に関する教育や子どもの屋外活動を積極的に推進し,国を挙げて近視の予防に取り組んでいる。日本においても,眼科や人間工学,教育関係などが連携をして,近視の予防に取り組んでいくことが望まれるであろう。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

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© 2019 日本眼光学学会
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