視覚の科学
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総説
特集:近視 多焦点コンタクトレンズによる近視進行予防の現状
不二門 尚洲崎 朝樹
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2019 年 40 巻 4 号 p. 89-94

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要旨

軸外収差抑制のコンセプトの累進多焦点コンタクトレンズ(MFCL),および近視性の網膜像のボケを誘発する設計の同心円型多焦点MFCLが,光学的な近視進行抑制法として注目されている。CLは眼鏡と比較して,眼球運動の影響を受けないため,網膜像を理論通りにコントロールできる利点がある。MFCLの近視進行抑制率は,30%程度と報告されている。累進低加入度の累進MFCLを用いたパイロット臨床研究で,近視進行抑制が可能であることが示されたが,その機構は軸外収差理論では説明できず,調節反応量は少ないことから,調節努力軽減の機構が働いている可能性が示唆された。近年被写界深度を深めるコンセプト(extended depth of field; EDOF)のコンタクトレンズでも,臨床研究で近視進行抑制の効果が示されており,調節努力を少なくする設計のMFCLが近視抑制効果をもたらしている可能性がある。

Abstract

Progressive multifocal contact lenses (MFCL) based on the concept of off-axis aberration suppression and concentric MFCL designed to induce blurring of myopic retinal images are attracting attention as optical myopia progression suppression methods. Compared to glasses, CL has the advantage of being able to control the retinal image as theoretically because it is not affected by eye movement. The rate of inhibition of myopia progression of MFCL has been reported to be about 30%. A pilot clinical study using progressive MFCL with progressively low addition showed that myopia progression can be suppressed, but the mechanism cannot be explained by the off-axis aberration theory, and the amount of accommodative response is small. It was suggested that the mechanism of accommodative effort reduction might be working. In recent years, contact lenses with an extended depth of field (EDOF) have also been shown to be effective in suppressing myopia progression in clinical research. Therefore, the MFCL designed to reduce accommodative effort has been effective in suppressing myopia.

1. はじめに

成長期の近視の進行を抑制することは,中高年になってからの近視による視機能障害を減少させる上で重要と考えられている。本稿では,近視化の機構について動物実験で解明されたことに触れた後,多焦点コンタクトレンズ(MFCL)による,光学的な近視進行抑制法の臨床研究の現状について述べる。

2. 近視化の機構(実験近視の研究から分かったこと)

成長期のヒヨコに凹レンズを付加して飼育すると,付加した度数に応じて近視化することから,網膜より後ろに焦点を結ぶような網膜像のボケ(遠視性のボケ)が近視化を進める要因になると考えられている。近視眼では必要とされる調節より実際の調節量が少ないので,軸上に遠視性のボケが生じることにより,近視化が促進するという仮説が,調節ラグ理論である1)。遠視性のボケは軸上だけでなく,周辺部網膜においても近視化を促進することが示され,近年では軸外収差理論として注目されている2)。一方,ヒヨコに凸レンズを付加して飼育すると,付加した度数に応じて遠視化することから,網膜より前に焦点を結ぶような網膜像のボケ(近視性のボケ)が近視化を抑制する要因になると考えられており,近年このコンセプトの近視進行抑制を目指したCLおよび眼鏡の臨床研究も進んでいる。近視化への調節の関与は,実験近視は局所の網膜で起こること,視神経や毛様神経を切断しても起きること等から否定されてきた3)。しかしながら近年被写界深度を深める(extended depth of field; EDOF)コンセプトのCLも,臨床研究で近視進行抑制の効果が示されており,調節努力を少なくすることが近視抑制につながる可能性がある(図1)。

図1

近視進行抑制に関係する仮説

①調節ラグの抑制:近視眼では必要とされる調節より実際の調節量が少ないので,軸上に遠視性のボケが生じ,近視化を促進するため,これを抑制する。②軸外収差の抑制:遠視性のボケが周辺部網膜に生じると近視化が促進されるため,これを抑制する。③近視性ボケの形成:網膜より前に焦点を結ぶ近視性のボケを形成することにより,近視進行を抑制する。④調節緊張の緩和:動物実験では否定されているが,臨床的に毛様筋の緊張緩和が近視進行を抑制する可能性がある。

3. 多焦点コンタクトレンズ(MFCL)による近視進行抑制

軸外収差理論に基づく近視抑制法として,累進MFCLが有効であるという報告がある4)。一方,軸外収差軽減の作用はないが,網膜より前に焦点を結ぶボケを生じる遠近のMFCLも,近視進行抑制に有効であるという報告がある5)。眼鏡に比べ,CLは眼球運動の影響を受けにくいため,網膜像を設計通りコントロールできる利点がある。

a.軸外収差理論に基づく累進MFCLによる近視抑制法

Smithらの動物実験2)の結果を受けて,軸外収差を低減する設計のソフトCL(SCL)による近視進行抑制の臨床研究が行われている。多くは初期老視用のMFCLを用いており,中心遠用,周辺部近用の累進多焦点の設計になっている。中心遠用のMFCLは周辺部から入ってくる光線はより多くの屈折を受けるため,近視眼の周辺部網膜における遠視性のぼけを軽減する作用がある(図1)。2016年までに報告のあった,8グループの報告(この中には同心円型の遠近のMFCLも含む)をまとめた報告によると6),近視進行抑制率は38.0%,眼軸長抑制率は37.9%であった。

b.低加入度累進MFCLを用いた近視の進行抑制パイロット研究

低加入度累進MFCLは,もともと初期老視をターゲットとして調節努力を軽減することにより,眼精疲労を防止することを目的として開発されたSCLである。ここでは当該施設で行った,中心遠用低加入度累進MFCL(メニコン社製:Duo)を用いた近視進行抑制のパイロット研究の結果を示す7)

小児24例(年齢:10歳~16歳,屈折−0.75 to −3.50 D,乱視−1.0 D以下)を対象とした。Test群に用いた低加入度累進MFCLは,周辺部加入度+0.5 D,光学部が偏心した設計である(図2A)。Control群には単焦点のSCLを用い,1年間のランダム化比較試験を行った。結果は,眼軸長の延長は,装用後1ヶ月を起点として12ヶ月後に低加入度群0.09 ± 0.08 mm,単焦点群では0.17 ± 0.08 mmと有意に低加入度群で眼軸長の抑制が見られた(47%,p < 0.05)。屈折度には有意差はなかったが,装用後1ヶ月を起点として12ヶ月後に低加入度群−0.37 ± 0.33 D 単焦点群では−0.50 ± 0.18 Dと低加入度群で近視化が抑制される傾向が見られた(図37)。一方CL装用時に軸外収差を測定すると,Test群とControl群で有意差はなかった(図2B)7)。これらの結果は,周辺部の加入度が少ない累進MFCLでも近視抑制が可能であることを示しており,またこの効果は軸外収差抑制効果に基づくものではないことを示唆する。

図2

低加入度累進コンタクトレンズのデザイン(A)および軸外収差への影響(B)

(A)周辺部に+0.5 Dが加入されており,光学中心は瞳孔の位置に合うように鼻側に偏心したデザインになっている。(B)低加入度群(◇)では単焦点群(□)と比較して軸外の相対的屈折度(等価球面値)に有意差はなかった。

図3

低加入度累進コンタクトレンズによる近視抑制

A:眼軸長の延長(装用後1ヶ月を起点として11ヶ月間のフォロー)

低加入度群(◇)では単焦点群(□)と比較して有意(47%)に眼軸長の抑制された。

B:屈折度の近視化(装用後1ヶ月を起点として11ヶ月間のフォロー)屈折度は,有意差はなかったが,低加入度群(◇)では単焦点群(□)と比較して近視化が抑制される傾向が見られた。

調節に対する影響を両眼波面センサー試作機(株式会社トプコン,東京,日本)8)を用いて若年成人20名に対して検討した。調節反応量は,累進光学系の影響を除くため,Testレンズを優位眼に装用させて誘発される調節を,非優位眼(可視光は遮閉,赤外光は透過)の裸眼の屈折の変化量で測定した9)。遠見5 mと近見40 cm(調節刺激2.50 D)の間で誘発された調節反応量は,Control(球面)SCLの装用下で1.77 ± 0.44 D(平均±SD),低加入度累進MFCLの装用下で1.56 ± 0.37 Dであり,低加入度累進MFCLの方が有意(Paired t-test,p < 0.01)に低値であった(図4A)。これらの結果から,低加入度累進MFCL装用により,調節反応量は低減されることが示唆された。

図4

両眼波面センサーによる調節反応量(若年成人),および小児の調節反応の測定例

A:調節反応量は,Control(球面)SCLと比較して,Test(低加入度)SCLの装用下で有意(Paired t-test,p < 0.01)に低値であった。

B:9歳男児(正視)におけるControl(球面)SCL装用時の調節応答

C:9歳男児(正視)におけるTest(低加入)SCL装用時の調節応答

低加入度SCL装用時の方が,Control SCL装用時より近見時の調節の変動が少ない傾向が見られた。

低加入度累進MFCLの小児の調節に対する影響を調べるために,9歳男児(正視)を対象に,両眼波面センサーを用いて低加入度累進MFCL(Test)と単焦点SCL(Control)を装用した時の調節応答を比較した。その結果,低加入度累進MFCL装用時の方が,Control SCL装用時より近見時の調節の変動(SD)が少なかった(図4B)。若年者において,調節負荷量に応じて調節微動量が増加する10)という報告を考慮すると,小児においても低加入度累進MFCLは調節反応量を低減する効果があることが推察された。

以上をまとめると,低加入度累進MFCLは,既存球面SCLよりも焦点深度の深い光学特性によって,少ない調節応答量で近距離の視標を明視できるレンズであることが示唆された。低加入度累進MFCLを小児に長期装用することで得られる近視進行抑制効果の光学的機序には,調節の影響が関わっており,調節反応量が小さい分だけ眼に掛かる機械的緊張が緩和され,長期的な作用として眼軸長の伸張が抑制されることが推察された。

c.網膜に近視性のぼけを生じるCL(同心円)による近視進行防止

コンセントリックデザインの二重焦点SCL(図5A)で加入度+2.00 DのMiSight®(Cooper Vision, CA, USA)は,近視進行抑制用SCLとして世界で初めてCEマークを取得した1日使い捨てタイプのSCLである。Pomedaらは,8~12歳の近視(球面度数:−0.75~−4.00 D,乱視度数:−1.00 D以下)を有する小児を対象に本レンズと単焦点眼鏡をコントロールとした24ヶ月間のランダム化平行群間比較試験(MiSight群41例,コントロール群33例)を実施したところ,屈折で39.32%(p < 0.001),眼軸で36.04%(p < 0.001)の抑制効果があったと報告している11)。さらに,Chamberlainらは,ダブルブラインドで単焦点SCLをコントロールとする3年間のマルチセンタースタディ(世界4カ国:ポルトガル,イギリス,シンガポール,カナダ)を実施しており,屈折(MiSight群:−0.51 ± 0.64 D,コントロール群:−1.24 ± 0.61 D,p < 0.001)で59%(コントロールとの平均差:−0.73 D),眼軸(MiSight群:0.30 ± 0.27 mm,コントロール群:0.62 ± 0.30 mm,p < 0.001)で52%(コントロールとの平均差:0.32 mm)の抑制効果があった12)。本レンズと同種の二重焦点SCLを用いた試験は,他にもAnsticeら5),Lamら13),Allerら14)によっても有意な抑制効果が示されている。二重焦点SCLが抑制効果を発揮する光学的機序については,そのデザイン構造から軸外収差理論には当てはまらないことから,Pomedaら15)は先のMiSightスタディの中で両眼視(斜位,AC/A比,立体視など)や調節応答が関与しているか調べたが,単焦点SCLと二重焦点SCLとの間に有意な差を認めなかった。Ansticeら5)によれば,二重焦点の加入度領域が装用者の調節距離に寄らず常に網膜上へ近視性デフォーカスを形成することが抑制効果を発現させると推察しており(図5B),動物実験でもその可能性が示唆されている16)

図5

CEマークを取得している近視進行抑制SCL:MiSight®

MiSight®プロモーション資料より引用改変。

A:MiSight®の光学デザイン。中心から遠→近→遠→近→遠とリング状に加入度+2.00 Dが配置されている。

B:MiSight®が成す近視性デフォーカスのイメージ。視距離に寄らず常に網膜上へ近視性デフォーカスが形成されることが抑制効果を発現させると考えられている。

d.被写界深度を深める(extended depth of field; EDOF)EDOF CLによる近視進行防止

Cooperら17)は,EDOFを設計思想とする累進デザインで周辺加入度+3.00 DのNaturalVue® Multifocal 1Day(Visioneering Technologies, Inc., GA, USA)(図6)を使用中の6~19歳の32症例をレトロスペクティブに分析したところ(平均装用期間:10.94 ± 4.76ヶ月,範囲:6~25ヶ月),およそ98.4%の症例で本レンズ装用前の年間屈折進行度に比べて有意な減少が認められ,内91%は70%以上の抑制効果を認めたと報告している。本レンズは,近視進行抑制用SCLとしてMiSight®に続く二番目のCEマークを取得しており,実用的なレンズとして期待される。本レンズの抑制効果については動物実験でも認められたとの報告18)もあるが,現在の報告では臨床研究のエビデンスレベルは高いとは言えず,今後はランダム化比較試験による結果やEDOFの両眼視機能への関与を示す結果など詳細な報告がなされることが期待される。

図6

MiSight®に続き二番目にCEマークを取得したExtended Depth-of-Focus(EDOF)を設計思想とする近視進行抑制SCL:NaturalVue® Multifocal 1Day

その光学デザインの詳細は示されていないが,プロモーション資料や登録特許から推測すると表示の度数分布とパラメータで構成されていると考えられる。縦軸は球面度数,横軸は光学中心からの半径を示す。

特許US6474814B1より引用改変。

Sankaridurgら19)は,Brien Holden Vision Institute(BHVI)で開発したEDOF CLを近視(球面度数:−0.75~−3.50 D,乱視度数:−0.75 D以下)を有する小児(8~13歳)に24ヶ月間使用させるランダム化平行群間比較試験をダブルブラインドで実施している。単焦点CLをコントロールに,中心(+1.00 D)と周辺に異なる累進加入度(CL I: +2.50 D,CL II: +1.50 D)が入る2種類の累進CLを含む,加入度が異なる2種類のEDOF CL(CL III: +1.75 D,CL IV: +1.25 D)をそれぞれ装用する全5群での比較したところ(図7),全4種の試験レンズ間では有意な差は認められなかったが,コントロールと比べて屈折でCL IとIIが24%,CL IIIとIVがそれぞれ32%と26%,眼軸ではCL I~IVまでそれぞれ32%,24%,25%,27%の抑制効果が有意に認められ,EDOF CLは一定の抑制効果が得られると報告している。このBHVIが独自に開発したEDOFデザインは,近視進行抑制用SCLとしてMiSight®とNaturalVue®に続く三番目のCEマークを取得し,加入度+1.50 DでMYLO®(MARK´ENNOVY PERSONALIZED CARE, Madrid, ES)(図8)として販売が開始されている。

図7

Sankaridurgら19)が用いた試験レンズの度数2次元マップ

中心Add +1.00 Dと周辺に異なる累進加入度が設定されたCL I(Add +2.50 D)とCL II(Add +1.50 D),および,加入度が異なる2種類のEDOF CL III(Add +1.75 D)とCL IV(Add +1.25 D)

図8

NaturalVue®に続き三番目にCEマークを取得した近視進行抑制SCL:MYLO®

Brien Holden Vision Institute(BHVI)で開発したEDOF CLで,EDOF最大加入度が+1.50 Dで設定されている。

MYLO®プロモーション資料より引用改変。

利益相反

洲崎朝樹(カテゴリーE:メニコン)

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