視覚の科学
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総説
特集:近視 オルソケラトロジーと低濃度アトロピン点眼液の併用による近視進行予防
木下 望
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2019 年 40 巻 4 号 p. 95-98

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要旨

オルソケラトロジーの近視進行抑制効果について,2005年以降世界中より多数の研究が報告されメタ解析も報告されるに至り,オルソケラトロジーは現在最も信頼性が高い近視進行抑制治療法であると認知されるようになった。一方,0.01%アトロピン点眼液は2012年にその効果が報告され近年注目されている。両者ともに作用機序の詳細は不明だが,オルソケラトロジーは光学的,アトロピンは薬理学的であり,両者の作用機序は異なる可能性が高い。我々は両者の併用の有効性を確かめる前向き臨床研究を施行し,相加効果があることを報告した。

Abstract

Many studies from around the world have reported the efficacy of orthokeratology in slowing myopia progression since 2005, which has been supported by a meta-analysis. Orthokeratology (OK) is now recognized as the most reliable treatment to slow myopia progression. Atropine 0.01% ophthalmic solution has recently been attracting attention, since the report of its efficacy in 2012. It is generally considered that atropine can slow the progression of myopia by a pharmaceutical mechanism, and that OK can slow the progression by an optical mechanism. We conducted a prospective clinical study to confirm the effectiveness of the combined treatment and reported that additive effects were achieved.

1. はじめに

近視の有病率は近年世界的に,特に東アジア諸国で増加傾向にあり,発症が低年齢化している1)。子供の近視は年齢が低いほど進行が速いので,近視発症の低年齢化により,将来的に強度近視の有病率の増加が懸念されている2)

近年,IOLマスター®(カールツァイスメディテック)などの非接触式眼軸長計測機器の進歩により簡便かつ精確な眼軸長の測定が可能となり,子供の近視進行の原因は軽度のものも含めてほとんどが眼軸長の伸展であることが明らかになった。近視の進行が止まらず強度近視になると眼軸伸長によって網膜が引き伸ばされ菲薄化することにより,近視性黄斑症,網膜剥離,緑内障の発症リスクが高まり失明に繋がる3)。したがって,強度近視への進行を予防するためには幼少期からの近視進行抑制(=眼軸伸長抑制)が重要である。

2. オルソケラトロジーによる近視進行抑制効果

オルソケラトロジーは,21世紀初頭にまだエビデンスはなかったが近視進行抑制効果が経験的に信じられて,中国を中心に東アジア諸国で急速に普及した。その後,2005年香港のChoらによる世界初のパイロットスタディの報告4)を皮切りに,2011年日本のKakitaらによる世界初の非ランダム化比較試験5),2012年スペインのSantodomingo-Rubidoらによる白人を対象とした欧州初の非ランダム化比較試験6),日本のHiraokaらによる世界初の5年間の非ランダム化比較試験7),香港のChoらによる世界初のランダム化比較試験8)が相次いで報告された。さらに,2016年Liらは上記の研究を含む3つのランダム化比較試験と6つの観察研究における6~16才の667人を対象として,オルソケラトロジー群と単焦点眼鏡群の2年間の眼軸長変化量を比較するメタ解析を報告した9)。近視進行抑制率は24~63%で平均43%であった。アジア人の方が白人よりも抑制効果が大きく,中等度~強度近視の方が弱度近視よりも抑制効果が大きいことが示された。メタ解析が報告されるに至り,オルソケラトロジーは現在最も信頼性(=エビデンスレベル)が高い近視進行抑制治療法であると認知されるようになった。

オルソケラトロジーが近視進行を抑制する機序は不明だが,軸外収差を抑制するとの仮説が支持されている。単焦点眼鏡による近視矯正の場合,網膜中心部のピントは網膜上に結ぶが,網膜周辺部でのピントが網膜より後ろに結ぶため,眼軸伸長を刺激する。オルソケラトロジーによる近視矯正の場合,角膜の中心部は薄く,中間周辺部は厚くなる形状の変化により網膜中心部のピントは網膜上に結ぶが,網膜周辺部のピントが網膜より前に結び眼軸伸長を刺激しないため,単焦点眼鏡に比べて近視が進行しづらいと考えられている。したがってこの軸外収差理論では,レンズのセンタリングが重要である。ところが2015年Hiraokaらは,コマ様収差などの非対称な高次収差成分が眼軸伸長を抑制することを報告した10)。レンズが偏心すると非対称な高次収差が増大するため,センタリングが重要である軸外収差の抑制以外の機序の可能性が示唆された。非対称の高次収差は,偽調節量の増加や焦点深度の拡大に寄与し,調節負荷を軽減すると考察されている。

3. アトロピン点眼液による近視進行抑制効果

1%アトロピン点眼液は非選択的ムスカリン受容体拮抗作用による散瞳・調節麻痺薬であり,現在主に調節性斜視・弱視の検査目的で用いられている。2006年にシンガポールのTanらのグループによるAtropine for the Treatment of Myopia(ATOM)1スタディにより近視進行を強力に抑制することが報告された11,12)。2年間の近視進行抑制率は屈折値変化量で77%と報告されており,現在最も近視進行抑制効果が高い治療法であると認知されている13)。しかしながら散瞳による羞明や調節麻痺による近見障害などの副作用が強く日常的な使用は実際には不可能で,さらに点眼中止後のリバウンドを認め中止後急激に近視が進行するため,近視進行予防薬としては普及しなかった。

そのため,アトロピン点眼液を希釈して羞明や近見障害などの副作用を弱めることによって,日常的な使用が可能な濃度および近視進行抑制効果を確かめる試みが行われるようになった。2012~2016年にシンガポールのTanらグループによるATOM2スタディにおいて,6~12才,近視度数−2.00 D以下を対象とし,0.5%,0.1%,0.01%のアトロピン点眼液の散瞳・調節麻痺作用,2年間の近視進行抑制効果14),1年間の点眼中止によるリバウンド作用15),点眼中止中0.5 D以上近視化していた対象はさらに2年間0.01%アトロピン点眼を施行し,合計5年間の近視進行抑制効果が検討された16)。その結果,0.01%アトロピン点眼液は羞明や近見障害などの副作用をほとんど認めず日常的な点眼が可能でかつ近視進行抑制効果を有し,さらにリバウンドを認めず,5年間の研究期間において最も近視の進行を抑制したと報告された。しかしながらこの研究はプラセボ群が設定されていなかったため,2006年のATOM1スタディ11,12)のプラセボ群と近視進行が比較され,0.01%アトロピン点眼群の5年間の屈折値変化量はプラセボ群の2.5年間分に相当するので抑制率は50%であるとされた。また眼軸長に関しては,ATOM1スタディではAモードエコー,ATOM2スタディではIOLマスター®が使用され,有意差は出ていなかった。ATOM2スタディのこれらの弱点を考慮して,2019年にYamらは,Low-Concentration Atropine for Myopia Progression(LAMP)スタディを報告した17)。4~12才,近視度数−1.00 D以下を対象とし,0.05%,0.025%,0.01%の低濃度アトロピン点眼群とプラセボ群の4群に二重盲検無作為に割り付け,1年間の屈折値変化量とIOLマスター®による眼軸長変化量が比較された。その結果,低濃度アトロピン点眼群は屈折値と眼軸長の両方において,濃度依存性に近視の進行を抑制することが確かめられた。プラセボ群と各群を比較した時,屈折値ではすべての群で有意差を認めた。しかしながら眼軸長では0.05%, 0.025%で有意差を認めたが0.01%では有意差を認めなかった。日本国内においては,0.01%アトロピン点眼液の近視進行抑制効果についてのランダム化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験であるATOM-Jスタディが施行された。この研究は,国内7大学(旭川医大・ 筑波大・慶応大・日本医大・大阪大・京都府立医大・川崎医大)による多施設共同研究で,6~12才,等価球面屈折値(SER)−1.00~−6.00 Dの171人を対象として,0.01%アトロピン点眼群とプラセボ群の2年間の屈折値変化量とIOLマスター®による眼軸長変化量が比較され解析結果が,2019年の第17回国際近視学会および第73回日本臨床眼科学会で発表された。LAMPスタディでは1年間での比較であったため,2年間での比較の結果が注目された。近視進行抑制率は,屈折値変化量で15%,眼軸長変化量で18%であり,ともに有意差を認めた。

アトロピンが近視進行を抑制する機序も不明である。以前アトロピンは,強力な調節麻痺作用を介して近視進行を抑制すると考えられていた。しかし,調節能力のないヒヨコ眼で眼軸伸長を抑制し18),ヒトでは近見障害を認めないほど低濃度でも効果を認めたため14),現在ではアトロピンが眼軸伸長作用のある網膜や強膜のムスカリン受容体を直接ブロックするとの仮説が支持されている。

4. オルソケラトロジーと低濃度アトロピン点眼液の併用による近視進行抑制効果

オルソケラトロジーとアトロピン点眼液が近視進行を抑制する機序はともに幾つかの仮説が提唱されているが未だ不明である。しかしながら大まかには,オルソケラトロジーは光学的機序,アトロピンは薬理学的機序であると言うことができ,両者の近視進行を抑制する機序は異なる可能性が高く,相加効果が期待できると考えられた。

そこで我々は,オルソケラトロジーと0.01%アトロピン点眼液の併用による眼軸伸長抑制の相加効果を確かめる前向き臨床研究を2014年から開始し,1年目の中間結果を2018年Japanese Journal of Ophthalmology(JJO)に報告した19)。8~12才,SER −1.00~−6.00 Dを対象とし,3ヶ月間のオルソケラトロジーレンズ装用に成功した症例をこの時点をベースラインとして,オルソケラトロジー・0.01%アトロピン点眼併用群(併用群),オルソケラトロジー単独群(単独群)の2群に無作為に割り付けた。両群ともブレスオーコレクト®(ユニバーサルビュー)の毎晩6時間以上の装用を指示した。併用群はオルソケラトロジー開始3ヶ月後のベースライン時から0.01%アトロピン点眼液を,レンズを就寝前に装着する5分以上前に1日1回点眼するように指示した。中心角膜厚の変化を考慮して眼軸長はレンズ装用3ヶ月後にIOLマスター®で測定した値を基準値とし,合計40例(併用群20例,単独群20例)の1年間の眼軸長増加量を2群間で比較した。1年間の眼軸長増加量は,併用群0.09 ± 0.12 mm,単独群0.19 ± 0.15 mmで,併用群では統計学的有意に眼軸伸長が抑制された(P = 0.036)。各群における研究登録時のSERと1年間の眼軸長増加量の関係を調べたところ,単独群において近視度数が弱い子供において眼軸長増加量が大きい統計学的有意な強い正の相関を認めたが(r = 0.805, P < 0.001),併用群においては有意な相関を認めなかった(r = 0.306, P = 0.189)(図1)。2019年3月に2年間の最終データが確定し,その解析結果をAmerican Academy of Ophthalmology(AAO)2019および第73回日本臨床眼科学会において発表した。合計73例(併用群38例,単独群35例)が2年間の検査を完了した。2年間の眼軸長増加量は,併用群0.29 ± 0.20 mm,単独群0.40 ± 0.23 mmで,併用群で統計学的有意に眼軸伸長が抑制され(P = 0.032),抑制率は28%であった。各群における研究登録時のSERと2年間の眼軸長増加量の関係は,中間報告と同様に,単独群において近視度数が弱い子供において眼軸長増加量が大きい統計学的有意な正の相関を認めたが(r = 0.563, P < 0.001),併用群においては有意な相関を認めなかった(r = 0.209, P = 0.207)。SER −1.00~−3.00 Dの対象では,併用群(0.30 ± 0.22 mm, n = 27)と単独群(0.48 ± 0.22 mm, n = 23)の差は拡大したが(P = 0.005),SER −3.01~−6.00 Dの対象では,併用群(0.27 ± 0.15 mm, n = 11)と単独群(0.25 ± 0.17 mm, n = 12)の差はなかった(P = 0.735)。

図1

研究登録時の等価球面屈折値と1年間の眼軸長増加量の関係(文献17,Fig. 4を改変引用)

結論として,オルソケラトロジーによる近視進行抑制効果は,オルソケラトロジー開始時のSERすなわち矯正量に影響され,弱度近視においてはオルソケラトロジーの抑制効果が比較的弱く0.01%アトロピン点眼の併用治療が有効で,中等度近視においてはオルソケラトロジーの抑制効果が充分に強く0.01%アトロピン点眼との併用治療と同等であった。アトロピン点眼液は濃度が大きいほど抑制効果が強いため,0.025%などより高濃度のアトロピン点眼液を併用すると中等度近視においても差がでる可能性はあると考えられる。近視進行抑制効果と副作用・リバウンドのバランスを考慮したアトロピン点眼液の最適な濃度の模索が今後の課題であると考えられる。

5. まとめ

人類は長きに渡り近視の進行に対してほぼ無抵抗の状態であったが,21世紀に入りようやくそれに抗う手段を手に入れ始めた。最終的な目標は,失明に繋がる強度近視への進行を予防する治療法の確立であり,更なる近視進行抑制治療の研究が必要である。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
 
© 2019 日本眼光学学会
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