2019 年 40 巻 4 号 p. 99-103
近視は世界的に流行し,特に東アジアでは深刻な事態になっている。近視の進行は,青少年の時期で速く,この時期のコントロールが最も重要であると言われている。ここでは近視進行抑制の手段として,非侵襲で扱いやすい眼鏡レンズ,DIMS(Defocus Incorporated Multiple Segments)レンズを紹介する。DIMSレンズはレンズ上に多数のMD(Myopic Defocus)セグメントを配置し,屈折異常補正とMDを同時に実現するレンズである。香港理工大学のチームが行った2年間のTrialでは,DIMSレンズを掛けるグループは単焦点レンズを掛けるグループより,近視度数の進行が52%,眼軸長の伸長が62%少ない,という報告がなされている。
The prevalence of myopia is increasing globally, and the situation is especially serious in East Asia. The progression of myopia is rapid in childhood and adolescence. Therefore, controlling it during this period is most important. A spectacle lens that is noninvasive and easy to use, called the “defocus incorporated multiple segments (DIMS) lens,” has been introduced as a solution in myopia control. Many defocus segments on the lens provide myopic defocus while the lens is correcting the refractive error of the wearer. A 2-year randomized clinical trial, conducted by a team at the Hong Kong Polytechnic University (Hung Hom, Hong Kong), showed that myopia progressed 52% and axial length elongated 62% more slowly for children in the DIMS group than children in the single vision (SV) group.
近視は世界的に流行し,今のままのトレンドが続くと,2050年で全人口の50%が近視になると言われている1,2)。東アジア,東南アジアでは事態が特に深刻で,70–80%の青少年が近視で1,3,4),その中に強度近視に発展していく割合も増えていると予想される1,3)。強度近視になると網膜剥離,緑内障などの眼病に発展する可能性が高くなると言われている1,2,4,5)ので,そうならないようになるべく早く,つまり児童期から近視進行を抑えることが肝心である。
児童期の近視の進行については,現在主に行われている方法として,Orthokeratology(オルソK),低濃度Atropine点眼,多焦点のコンタクトと眼鏡レンズが挙げられる。近視抑制効果の指標としては,治療グループとコントロールグループを比較し,近視進行度数と眼軸長伸長の差のパーセンテージが挙げられる。オルソKは就寝時にコンタクトレンズを装着し角膜を扁平化させて近視を弱め,日中取り外して過ごす治療法である。Atropine点眼は眼軸長の伸展を抑制し,近視進行を遅らせる作用があるといわれている。文献6によれば,近視抑制効果は両方法とも平均で77%に達する。Bifocalコンタクトレンズは48%である。ただ,これらの手法は侵襲的で,眼科医の関与が必須であることと,若干の副作用があることで,児童に適用するには慎重を要する。眼鏡レンズは非侵襲で扱いやすく,児童にも容易に掛けられる。今まで臨床試験が行われた累進レンズ7–10),周辺部プラス度数を付与する非球面レンズ11)は,Atropine点眼やオルソKと比べて効果が乏しいとされている。EX型バイフォーカルレンズ+近用部ベースインプリズムのレンズは進行性近視に対しては3年間で51%の近視抑制効果があると報告されている6,12,13)が,遠用視野と近用視野が不連続で,外見的にも課題がある。
ここで紹介するDIMS(Defocus Incorporated Multiple Segments)レンズは眼鏡レンズにMD(Myopic Defocus)を付与し,眼球回旋しても作用が変わらない初めての眼鏡レンズである。このレンズはHOYA株式会社ビジョンケア部門と香港理工大学が共同開発のレンズである。
幼い動物の眼球は,成長しながら屈折力が変わり,網膜に像を結ぶようになっていく(正視化emmetropization)と考えられている。その過程で眼球の前にレンズを置くと,眼球成長の速さが変わる。マイナスレンズを前に置くと,像が網膜の奥にあり,眼球は速く成長して網膜を像の位置に近づかせ(マイナスレンズを含めて正視化),結果的に眼球が長くなり,近視の状態になる。逆にプラスレンズを前に置くと,像が網膜の手前にあり,眼球はゆっくり成長して網膜を像の位置に近づかせ(プラスレンズを含めて正視化),結果的に眼球が短くなり,遠視の状態になる,と言われている(図1)14)。
成長中の眼球の正視化現象
これらは動物実験での結果であるが,像が網膜の奥にある状態は,児童の近視が進むリスク要因になると考えられる。網膜の奥に像がある状態となるのは,マイナスレンズが眼の前にあるときだけではない。遠方視の屈折異常が正しく補正されていても,近方視のときは,調節して物を見る必要がある。その調節が不十分なとき,つまり調節ラグがあるときは,像が網膜の奥にある状況が発生する。これは,前述の近視が進む条件と同じ状態である。
調節ラグの解消方法としては,例えば累進眼鏡やバイフォーカル眼鏡レンズを装用し,近方視の調節を減らす方法が考えられてきたが,前述のように,それぞれ課題がある。また,単純に像を網膜の手前に形成するためだけならば,近視をただ弱矯正すれば良い。しかしこの場合,遠方視がぼやけて日常生活に支障が生じてしまう。近方視の時は確かに少ない調節で見えるが,調節ラグがないわけではない。事実近視の弱矯正で近視進行を抑制する効果は得られないことが報告されている15,16)。
近視進行を抑制するには網膜の手前に焦点を結ぶMD(Myopic Defocus)光が必要だが,眼に入るすべての光がMD光(弱矯正)だけでは明瞭な視野が得られない。そこで,同時視バイフォーカルレンズのように,一部の光がMD光,残りは網膜に像を形成するFocus光に分配できるレンズであれば,明瞭な見え方を獲得しながら,近視進行抑制効果も確保できるというアイディアが考案された。図2にこのコンセプトで設計されたソフトコンタクトレンズとその光学的効果を示す。リング状交互に近視処方度数領域とMD領域を配置し,瞳孔範囲内の面積比がそれぞれ50%:50%になっていて,MD度数は+2.50 Dである。このレンズはDefocus Incorporated Soft Contact lens,略してDISCレンズという20)。図2のように,無限遠方を見るとき,網膜位置Aに像を形成しながら,常に網膜の手前Bにも像を形成し,眼球の成長を抑制する効果を生み出す。たとえ近方視で調節ラグが発生し,網膜の少し奥に像が形成されても,網膜の手前にも像があるので,眼球の成長を抑制する効果が得られると期待できる。
DISCレンズの光路図
DISCレンズの近視進行抑制効果は文献20で報告されており,一日8時間装用で60%の近視進行抑制効果が得られたとのことである。
DISCレンズは近視進行抑制に効果があることは先の文献で報告されたが,児童に毎日コンタクトレンズを装脱着し,日常の洗浄消毒,定期検査等きっちりこなすのは難しい。そこで,侵襲性のない眼鏡レンズで,DISCレンズと同様の機能が実現できれば,実用性は高い。しかし,DISCのリング型MD領域設計をそのまま眼鏡レンズに適用しても,その目的は達成できない。図3に,その理由を示す。コンタクトレンズは角膜に装着され,眼球回旋に追従していて,常にMDリング全体が瞳孔範囲内に収まるので,光学性能は眼球回旋によって変わらない。一方眼鏡レンズは,眼球から一定の距離があり,眼球が回旋するとレンズ上の使う位置(視線が通過する位置)も変わる。通過位置が眼鏡レンズの周辺部の時,瞳孔内に収まるのはリング全体ではなく一部となる。その一部はMDの役割が果たせないだけでなく,プリズム効果でFocus像と異なる網膜位置でボヤケを生成し,複像の状態を形成する。当然その状態は一定ではなく,処方度数領域の面積比率や,MD領域によるプリズム効果などが回旋によって大きく変わる(図3)。これでは,近視進行抑制機能が得られないばかりか,安定した見え方も得られない。
リング型MD領域を持つコンタクトレンズと眼鏡レンズ
眼鏡レンズ上の視線通過位置にかかわらず,瞳孔内に作用するレンズ上のMD領域と処方度数領域の比率を一定にし,且つMD領域が不必要なプリズム効果を生まないことが,近視進行抑制用眼鏡レンズの設計要件となる。その要件を達成するための方法として,小さいMDセグメントをレンズ上分布させる構造が考案された。MD領域をセグメント型にすることにより,リング型で課題となる不必要なプリズム効果は発生しなくなる。MDセグメントのサイズが瞳孔より大きいと,その位置を通して物を見る際の瞳孔範囲ではMD度数だけになってしまい,網膜上にMD度数と処方度数の効果を同時に与えることができない。また視線がレンズ上のその位置から離れると,今度は処方度数領域の比率が大きく増えるので,処方度数領域とMD領域の比率が急激に変わることになる。したがって,MDセグメントのサイズは瞳孔径範囲に複数個入るほどの微小サイズでなければならない。さらに,レンズのどの位置を通して見ても,瞳孔径範囲内のMD領域の面積の比率が安定している必要がある。これらを勘案して開発した設計を図4に示す。このレンズは多数のMDセグメントをレンズ上に分布させているので,Defocus Incorporated Multiple Segments(DIMS)レンズという。MD度数は+3.5 Dである。
DIMS眼鏡レンズの設計
図5はDIMSレンズを装用した状態の眼内の光路図を示している。図5のように,正面無限遠方からの入射光は二手に分けられる。ベースの処方度数領域部分を通過する光は網膜に焦点Aを結ぶ。一方,MDセグメントを通過する光は網膜の手前の位置Bに焦点を結ぶ。MDセグメントには,不必要なプリズム効果がなく,MDセグメントの中心を通過する主光線はその位置のベースレンズを通過する光線と重なり,焦点Aを通過する。MDセグメントを通過する他の光線は主光線上のB位置に焦点を結ぶが,網膜上はAを中心とするフラットなボヤケを形成する。個々のMDセグメントは焦点位置こそ異なるが,網膜上の同じA点にボヤケを形成するので,複像になることはない。近方の物体に対しても,眼球が調節し,処方度数による像が網膜にある場合は,個々のMDセグメントの焦点位置が網膜の手前にあり,網膜のA点を中心にボヤケを形成する状況は変わらない。眼球が回旋すると,レンズ上異なる位置のMDセグメントが寄与するが,網膜上に処方度数の像が形成されると同時に,網膜の手前に複数のMDセグメントによる像が形成される状況は変わらず維持できることになる。
DIMSレンズの光路図
実際のレンズ製品は図6のように,直径約9 mm~33 mmの範囲にMDセグメントが配置された設計になっている。中央部約Φ9 mm範囲にMDセグメントを配置しないことにより,装用者に鮮明な見え方を提供できる領域を少なくとも残すとともに,レンズメータでの度数確認が可能となっている。
実際のレンズ設計
DIMSレンズの歪みは,ベースとなる単焦点レンズの歪みに,MDセグメントのプリズム効果を加えた結果である。MDセグメントのサイズは瞳孔径内に収まるので,そのプリズム効果はMDセグメント中心部のプリズムで決まり,ほぼゼロに等しい。したがって,DIMSレンズの歪みはそのベースとなる単焦点レンズの歪みに等しくなる。
図7に現在使用されている眼鏡レンズによる近視進行抑制手段の比較表を示す。眼鏡に近視進行抑制機能を導入すると,何らかの形で見え方に影響を与えることになるが,DIMSレンズは他のレンズに比べて,その影響が最も軽微であると考えられる。
各種Myopia Control用眼鏡レンズの比較
DIMSレンズの近視進行抑制効果を確認するため,香港理工大学Lam教授が率いるチーム(Carly Siu Yin Lam, Wing Chun Tang, Chi Ho To and etc.)は香港の児童に対して2年間のClinical Trialを行い,その結果を文献22に公表した。詳細は文献を読んで確認していただくとして,ここでは結果だけを紹介する。
8–13歳の児童183名をランダムにDIMSグループ(93名)と単焦点グループ(90名)に分けて装用実験を行った。離脱者を除くと2年間装用実験に参加したのはDIMSグループ79名,単焦点グループ81名であった。
図8は両グループの近視度数平均値の変化(上図)と眼軸長の変化(下図)が示している。単純に2年間装用完了した児童のデータを集計すると,近視度数の抑制効果は59%,眼軸長伸長の抑制効果は60%だが,途中で離脱した児童のデータや,グループ間の差異(年齢,性別,屈折異常値,近方視斜位,調節ラグ値,両親に近視者の数,近方視作業時間,屋外活動時間)を考慮して統計モデルを調整した結果,近視度数の抑制効果は52%,眼軸長伸長の抑制効果は62%になる,という結果が報告されている。
2年間Clinical trialの結果
児童の近視進行抑制用眼鏡レンズとして,DIMS(Defocus Incorporated Multiple Segments)レンズを紹介した。DIMSレンズは眼球成長を抑制するために必要なMD(Myopic Defocus)度数とモノをはっきり見るために必要な処方度数を同時に実現し,眼球回旋してもその性能を維持できる眼鏡レンズである。レンズ上に分布している多数のMDセグメントは歪みを発生せず,網膜に若干ボヤケを発生させるが,それによる視力の低下は軽微であり,常用に耐えられるものであった。香港理工大の2年間の臨床実験の結果では,一般的な近視用の単焦点レンズを掛けたグループに比べ,DIMSレンズを掛けたグループの平均近視進行度数は52%,平均眼軸長伸長は62%少ない結果であった22)。
祁華(カテゴリーE:HOYA,カテゴリーP)