視覚の科学
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総説
眼内レンズ度数計算の現状と今後
神谷 和孝
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2021 年 42 巻 3 号 p. 39-43

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要旨

現代の白内障手術は安全性が向上し,完成度の高い手技となっており,眼科医が考える以上に,白内障手術に対する患者の意識は日々変化しつつある。実際に術後矯正視力が1.0出ていても,患者が見え方の不満を訴えることも少なくない。このように白内障手術は,確実に屈折矯正手術のとしての比重が増加していて,術後屈折誤差をできる限り軽減し,予測性を向上することが重要となっている。

2020年JSCRS Clinical Surveyによれば,第3世代となるSRK-T式は,依然として国内において最も頻用されている。しかしながら,SRK-T式は眼軸長や角膜屈折力の影響を受けやすく,その欠点を克服すべくBarrett Universal II式,Hill RBF式,Kane式など,さまざまな計算式が提唱されており,IOL度数計算は新しい時代を迎えつつある。また,国内多施設共同研究からは,自施設のデータ蓄積による最適化の重要性が示唆される。

Abstract

Modern cataract surgery has significantly improved as a complete surgical procedure, and patient awareness of cataract surgery has been changed beyond the expectations of ophthalmologists. However, some patients are still dissatisfied with their postoperative visual performance, even when the visual acuity is 20/20 or better. Since cataract surgery is increasingly viewed as refractive surgery, it is important to reduce postoperative refractive errors and to improve the predictability of outcomes as much as possible.

The Japanese Society of Cataract and Refractive Surgery Clinical Survey in 2020 showed that the SRK/T formula is still most preferred in Japan. However, this formula can be influenced by axial length and corneal refractive power. To overcome these disadvantages, new generation formulas, such as the Barrett Universal II formula, the Hill RBF method, and the Kane formula, have been proposed, and we are facing a new age of intraocular lens power calculation. A nationwide multicenter study suggests that it is critical to optimize accumulation of biometric data from all institutions.

はじめに

白内障手術の安全性が飛躍的に向上し,視力が向上することが一般化している現代の白内障手術は,屈折矯正手術としての比重が高まっている。せっかく上手に白内障手術を行っても,屈折ずれを生じて患者が不満を抱くようなことは,臨床の現場において誰しも経験しているのではなかろうか?患者満足度を最大限に向上するためには,安全な白内障手術の遂行だけでなく,より精度の高い屈折矯正をできるだけ目指すべきであろう。日常生活において眼鏡やコンタクトレンズから開放される恩恵は,多くの眼科医が考える以上に大きいことも事実である。医師の先入観や固定観念がこの恩恵の妨げとならないように,屈折矯正に対しても細心の注意を払い,患者の視機能・満足度を向上するためにより正確な眼内レンズ(IOL)度数計算が必要とされる。

眼の屈折力は主として角膜屈折力,前房深度,眼軸長,水晶体屈折力により決定される。白内障手術におけるIOL度数は,角膜屈折力,眼軸長,術後予想前房深度(IOL固定位置)によって算出される(図1)。角膜屈折力はケラトメータ,眼軸長は光学式眼軸長測定装置,術後前房深度は眼軸長や角膜屈折力から得られる予測値を用いることが一般的である。通常の角膜屈折力測定は,前面曲率のみの測定であり,角膜前後面比から得られる換算屈折力1.3375を用いて全屈折力が算出される。術後前房深度と眼軸長や角膜屈折力の相関は決して高いわけでなく,理論上の補正も困難であることから,近年術後屈折誤差の最大の要因となっている1)。特にLASIK後のIOL度数計算は予測性が低く,通常白内障眼と同様に計算するとリフラクティブサプライズと呼ばれる大きな屈折誤差(多くは遠視化)を生じ,眼内レンズ交換やタッチアップが必要になることもある。本稿では,正常眼におけるIOL度数計算決定の理論的背景と実際のIOL度数計算の現状と今後について概説する。

図1

眼内レンズ度数決定の基本 

    眼内レンズ度数は,角膜屈折力,眼軸長,術後予想前房深度(レンズ固定位置)によって決定される。

眼内レンズ度数計算の変遷

眼内レンズ度数計算は,幾何光学の模型眼から得られる理論式と統計学的な回帰による経験式の二つに分類される。最初の理論式としてFyodrov式,Binkhorst式,Colenbrander式などが提唱された。次にSanders,Ritzlaff,Kraffらは,術後成績を統計処理してSRK式という経験式を考案した。術後正視群の結果をもとに,角膜曲率半径,眼軸長,IOL度数を多変量解析して得られた一次式である。平均的な眼軸長では予測性は高いものの,一次線形回帰となっており,長眼軸眼では近視ずれ,短眼軸眼では遠視ずれを生じやすかった。SRK II式は,眼軸長20 mm未満,20~21 mm,21~22 mm,24.5 mm以上に対して段階的な補正を加えたが,それでも長・短眼軸長眼における予測性は高くなかった。そこで初期理論式に修正を加えた第三世代SRK/T式(SRK theoretical)式,Holladay式,Hoffer Q式などが考案された。SRK/T式は幾何光学模型眼を基にした理論式であるが,A定数と呼ばれる回帰式からの経験値も使用することで,SRK式の特徴を残している2)。予測前房深度は,角膜ドーム高とIOL特有のオフセットの和であり,角膜ドーム高はケラト値と角膜径から算出される(図2)。また角膜径は補正眼軸長と角膜屈折力を用いた重回帰式から算出しており,眼軸長から一次回帰した網膜厚を眼軸長に加えている。さらに個々の術者の前房深度変化をそれぞれのpersonal A値として含めることで,経験的な補正も可能である。本邦では未だに最も頻用されている計算式であり,予測性も高いが,長眼軸長やフラットな角膜を有する眼では僅かながら遠視化傾向を認める。Hoffer Q式も理論式であり,前房深度の予測にpersonal ACDという経験値を代入する。眼軸長,IOL度数を一定にした上で,前房深度を術後結果より回帰式からpersonal ACDを求める。他の計算式と比較して短眼軸長眼における予測性が比較的良好である。Holladay式も理論式であるが,前房深度の予測にsurgeon factorという術者による経験値を代入する。第4世代となるHaigis式では,術後予測前房深度をA定数から計算される定数と術前前房深度と眼軸長の重回帰式から算出している。その際,現在は更新されていないがUser Group for Laser Interference Biometry(ULIB: http://ocusoft.de/ulib/)内の最適化A定数を使用するか,各自の光学式専用の最適化A定数を使用する必要があるが,予測性は高い。Holladay 2式(Holladay IOL Consultant: http//www.hicsoap.com)では,年齢,性別,角膜屈折力,角膜径,前房深度,眼軸長から,術後前房深度を予測している。さらに各レンズ表面の曲率,厚み,屈折率をもとにSnellの法則で通過する光線の軌跡を計算する光線追跡法も測定精度の向上が期待できる(図33)。光学理論上は最も優れた方法には疑いがないが,OKULIXでは,最も重要な誤差因子となる術後前房深度が予測できないため,眼軸長からの回帰式で推測している。Olsen式(PhacoOptics: http//www.phacooptics.com)では,前房深度や水晶体厚を含んだより多くの術前データを組み込んで更なる精度向上を目指している。また,両眼白内障手術症例では,臨床経験からのフィードバックとして両眼バイオメトリーの相同性を考慮して,先行した片眼の屈折誤差の半分を今後行う僚眼の目標屈折誤差から差し引く方法も提唱されている4)

図2

SRK/T式のおける術後前房深度予測 

    予測前房深度は,角膜ドーム高とIOL特有のオフセットの和であり,角膜ドーム高は角膜屈折力と角膜径から算出される。角膜径は補正眼軸長と角膜屈折力を用いた重回帰式をもとに計算される。

図3

光線追跡法の概念図

眼内レンズ度数計算の現状と今後の展開

近年になってBarrett Universal II式やHill RBF式の有用性が数多く報告されている57)。SRK/T式に比較して,個々の角膜形状や眼軸長の影響を受けにくいことが知られており,特別な補正も不要であることから,臨床上の汎用性が高い。

Barrett Universal II式は,SRK/T式に凌駕し得る計算式として,人気が高まってており,確実に普及しつつある。詳しい内容については公開されていないが,厚肉レンズ式であり,角膜後面形状を反映した前眼部と眼球形状を反映した後眼部と2つの球体で光学的にモデル化している(図4)。前房深度,水晶体厚,角膜横径など,より多くのバイオメトリーデータを用いて前眼部形状を正確に捉えることが可能である。

図4

Barrett Universal II式に想定される眼球モデル 

    ACD=前房深度,LF=眼内レンズ固有のlens factor,AL=眼軸長,RT=網膜厚,RG=後眼部半径,RC=角膜中心曲率半径,RCP=角膜周辺部曲率半径,CD=虹彩根部の毛様体径。文献6より改変引用

Hill RBF式は,人工知能の応用として放射基底関数(Radial Basis Function; RBF)を使った計算式であり,Wall Hillが中心となって開発された。術前生体計測データ(眼軸長,角膜屈折力,前房深度)および術後の等価球面度数について放射基底関数(RBF)を用いて学習させ,最適なIOL度数が出力される(図5)。既知の情報とは無関係にデータだけを基準として学習する特徴を有しており,実際のIOL度数誤差が少なくなるように,症例数を増加させて繰り返し学習を行い,予測精度を継続的に向上していくモデルである。

図5

放射基底関数(RBF)ニューラルネットワークのシェーマ

さらに,最新のIOL度数計算式として,Kane式やEmmetropia Verifying Optical(EVO)式なども提唱されており8,9),更なる精度向上が期待されている。Kane式は,光学理論と人工知能を組み合わせた計算式であるが,多くは非公開とされている。眼軸長,角膜屈折力,前房深度以外に,性別を考慮に入れており,オプションとして,レンズ厚,中心角膜厚を加えた上で予測している。特に円錐角膜眼における精度向上が期待されている。EVO式は厚肉レンズ式であり,眼軸長,角膜屈折力,前房深度,オプションとしてレンズ厚,中心角膜厚から予測している。いずれも非公開としている部分も多く,今後母集団の異なる多数例による更なる検討が待たれる。

国内における眼内レンズ度数計算式使用の現状

日本白内障屈折矯正手術学会(JSCRS)による2020年Clinical Survey(複数回答可)によると,本邦では依然SRK/T式が最も多く使用されているが,以下,Barrett Universal II式,Haigis式,Holladay 2式,SRK II式,光線追跡法(OKULIX),Hoffer Q式,Hill RBF式と続く(図613)。国内におけるトレンドとしては,SRK/T式の使用割合が徐々に低下し,Barrett Universal II式の使用割合が大幅に増加する一方,Hill RBF式は未だ限定的な使用に留まっている。バイオメトリー装置内への標準搭載が多い計算式ほど,汎用性の観点からは有利であろう。短眼軸長,長眼軸長,スティープ角膜,フラット角膜など正常な眼球形状分布から外れる症例では,SRK/T式より最新世代の計算式の有用性が高く,できれば複数の計算式を試してIOL度数の一致性を確認するようにしたい。また,国内2施設における術前バイオメトリーデータは数多く有意差があり,IOL度数計算式の予測性も有意に異なることが報告されている(図714)。JSCRSではこの先行研究をふまえ,国内12施設間における白内障術前生体計測データ・最適眼内レンズ度数計算式の多施設比較研究を行った15)

図6

本邦におけるIOL度数計算式の使用割合(複数回答可) 

    SRK/T式が最も多く,以下Barrett Universal II式,Haigis式,Holladay 2式,SRK II式,光線追跡法(OKULIX),Hoffer Q式,Hill RBF式と続く。文献13より改変引用

図7

国内2施設間のSRK/T式の予測性の比較 

    2施設間の予測誤差に有意差を認める。文献14より改変引用

国内多施設共同研究による術前生体計測・最適眼内レンズ度数計算式の比較

本研究では,白内障手術を計画し,前眼部光干渉断層計を用いた生体計測が可能であった連続症例2143例2143眼(年齢72.8 ± 8.3歳)を対象として,平均角膜屈折力,角膜乱視,角膜厚,眼軸長,前房深度,水晶体厚を比較したところ,角膜乱視を除くすべてのデータにおいて,全国12施設間に有意な地域・施設間差異を認められた。特にIOL度数計算で重要となる眼軸長,角膜屈折力,前房深度は差異が大きかった(図8)。次に本邦において最も使用頻度の高いSRK/T式,Barrett Universal II式の予測性を比較したところ,全国的にはBarrett Universal II式はSRK/T式に比較して有意に近視側に予測しやすく,絶対誤差は有意に少なかった。特に長眼軸長眼における予測性が優れていた。しかしながら,各施設でそれぞれ評価したところ,SRK/T式が有意に良好であった施設も散見された(表1)。以上の結果から,術前バイオメトリーは一定の地域・施設間差異が存在し,他施設データは応用困難であることが示唆された。これまでの自施設におけるデータの蓄積は最高の財産であり,今後白内障手術を受ける患者にとっても役立つであろう。やみくもに最新のIOL度数計算式に飛びつくのではなく,各施設における既存のデータからのフィードバックによるIOL度数計算式の最適化の重要性を強調しておきたい。

図8

国内12施設間の前房深度の比較 

    国内施設間の前房深度に有意な差異を認める。文献15より改変引用

表1 国内12施設間におけるSRK/T式およびBarrett Universal II式の予測性
SRK/T式 Barrett Universal II式
予測誤差
(D)
絶対誤差
(D)
絶対誤差中央値
(D)
予測誤差
(D)
絶対誤差
(D)
絶対誤差中央値
(D)
   全体 0.01 ± 0.54 0.39 ± 0.37 0.30 −0.11 ± 0.49 0.36 ± 0.34 0.27
   95%信頼区間 −1.05 to 1.06 −0.33 to 1.11 −1.07 to 0.85 −0.31 to 1.04
   短眼軸長 −0.06 ± 0.55 0.39 ± 0.39 0.30 −0.18 ± 0.60 0.44 ± 0.45 0.38
   95%信頼区間 −1.14 to 1.03 −0.37 to 1.16 −1.36 to 1.00 −0.44 to 1.32
   標準眼軸長 −0.02 ± 0.55 0.38 ± 0.40 0.29 −0.15 ± 0.50 0.37 ± 0.37 0.28
   95%信頼区間 −1.1 to 1.06 −0.4 to 1.16 −1.14 to 0.83 −0.36 to 1.10
   長眼軸長 −0.13 ± 0.54 0.42 ± 0.36 0.32 −0.11 ± 0.46 0.36 ± 0.31 0.29
   95%信頼区間 −1.18 to 0.93 −0.29 to 1.13 −1.01 to 0.80 −0.25 to 0.97
江口眼科 北海道 −0.05 ± 0.60 0.46 ± 0.38 0.36 −0.00 ± 0.55 0.42 ± 0.35 0.34
−1.22 to 1.13 −0.28 to 1.21 −1.08 to 1.07 −0.26 to 1.11
佐藤裕也眼科 宮城 0.05 ± 0.39 0.30 ± 0.25 0.24 −0.13 ± 0.38 0.29 ± 0.27 0.20
−0.71 to 0.82 −0.20 to 0.80 −0.86 to 0.61 −0.23 to 0.82
獨協医大 栃木 0.01 ± 0.59 0.46 ± 0.37 0.40 −0.06 ± 0.55 0.44 ± 0.32 0.41
−1.15 to 1.17 −0.26 to 1.18 −1.13 to 1.01 −0.20 to 1.08
北里大 神奈川 0.15 ± 0.47 0.34 ± 0.35 0.25 −0.04 ± 0.36 0.25 ± 0.26 0.17
−0.77 to 1.06 −0.33 to 1.02 −0.75 to 0.67 −0.27 to 0.77
順天堂大静岡 静岡 0.41 ± 0.47 0.44 ± 0.44 0.32 0.27 ± 0.39 0.29 ± 0.37 0.17
−0.50 to 1.33 −0.42 to 1.30 −0.49 to 1.02 −0.43 to 1.01
中京眼科 愛知 0.02 ± 0.56 0.39 ± 0.40 0.31 −0.13 ± 0.5 0.36 ± 0.37 0.27
−1.08 to 1.13 −0.40 to 1.18 −1.11 to 0.84 −0.37 to 1.08
金沢医大 石川 −0.03 ± 0.59 0.42 ± 0.42 0.34 −0.03 ± 0.61 0.43 ± 0.43 0.36
−1.19 to 1.12 −0.40 to 1.23 −1.23 to 1.17 −0.42 to 1.28
ツカザキ病院 兵庫 −0.06 ± 0.46 0.34 ± 0.32 0.26 −0.23 ± 0.42 0.37 ± 0.31 0.32
−0.97 to 0.85 −0.29 to 0.97 −1.06 to 0.60 −0.24 to 0.98
岡本眼科 愛媛 −0.06 ± 0.56 0.43 ± 0.37 0.32 −0.17 ± 0.5 0.38 ± 0.37 0.29
−1.17 to 1.04 −0.29 to 1.15 −1.15 to 0.82 −0.33 to 1.10
林眼科 福岡 0.01 ± 0.61 0.41 ± 0.46 0.27 −0.18 ± 0.45 0.36 ± 0.32 0.26
−1.19 to 1.21 −0.49 to 1.30 −1.05 to 0.70 −0.28 to 0.99
宮田眼科 宮崎 −0.21 ± 0.47 0.40 ± 0.33 0.31 −0.34 ± 0.46 0.45 ± 0.35 0.40
−1.14 to 0.72 −0.24 to 1.04 −1.24 to 0.55 −0.24 to 1.14
安里眼科 沖縄 −0.06 ± 0.43 0.34 ± 0.27 0.29 −0.19 ± 0.40 0.33 ± 0.30 0.27
−0.90 to 0.78 −0.20 to 0.87 −0.97 to 0.60 −0.25 to 0.91

D = diopter.

利益相反

(カテゴリーF:ノバルティスファーマ,日本アルコン,三井化学,Johnson & Johnson Vision)

文献
 
© 2021 日本眼光学学会
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