視覚の科学
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総説
特集:眼鏡を学ぼう 快適な矯正のための基礎と臨床 累進屈折力眼鏡レンズの技術
白栁 守康
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2022 年 43 巻 4 号 p. 125-134

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要旨

1959年に初めて累進屈折力レンズが登場して以来,レンズ設計・加工技術はめざましい発展を遂げてきた。特筆すべきは,1997年の内面累進屈折力レンズの登場で,これを機にレンズ設計・加工に関する概念が大きく変わった。注文を受けてから1枚ずつ最適な光学設計をし,モールドを用いない自由曲面を創成する技術は,現在のインディビジュアルレンズへと受け継がれている。装用状態で最適な光学性能を目指したインディビジュアルレンズは,これをレンズメータで測定すると処方屈折力と異なる値となる場合がある。眼鏡の性能を十分に発揮させるには,眼科医・視能訓練士・眼鏡作製技能士・眼鏡販売店・眼鏡レンズメーカー・眼鏡機器メーカーなどの眼鏡に関わる方々が新しい累進屈折力レンズの技術的背景知識を共有し,役割を適切に分担することが重要である。

Abstract

Since the introduction of the first progressive-power lens in 1959, lens design and processing technology has progressed considerably. Notably, the introduction of the back surface progressive-power lens in 1997 brought about a major change in the concept of lens design and processing. After receiving an order, the optimal optical design is established for each lens, and the technique of creating a free-form curved surface without using a mold is passed down to the current individual lenses. Individual lenses that aim for optimal optical performance in the as-worn position may have values different from the prescribed power when measured by a focimeter. To fully demonstrate the performance of spectacles, people involved in making spectacles, such as ophthalmologists, orthoptists, opticians, spectacles dealers, lens manufacturers, and equipment manufacturers must share technical background knowledge of new progressive-power lenses and divide roles appropriately.

1.累進屈折力レンズ概論

累進屈折力レンズは,レンズの一部又は全体にわたって屈折力が連続的に変化する非回転対称面をもつレンズである。主に老視の調節力の補助に用いられているが,近年では調節緊張を和らげる目的で30歳代・40歳代でも利用されるようになり,その用途は拡大している。学童の近視進行抑制にも累進屈折力レンズが試みられたが,残念ながらその効果は不十分であった1とのことである。

1は累進屈折力レンズの累進面の原理を表す図で,レンズのほぼ中央部から下部に向けて段階的に曲率が大きくなる(曲率半径が小さくなる)球面を,Y軸に沿った垂直断面での面のサグと傾きが連続になるように繋げたものである。これを無段階にすると基礎的な累進面になる。

図1

累進屈折力レンズの累進面の原理

2は典型的な累進屈折力レンズのレイアウト2を示したもので,レンズ上部に遠用部(相対的に遠くを見る領域),レンズ下部中央に近用部(相対的に近くを見る領域),遠用部と近用部の間に連続的に屈折力の変化する累進部が配置され,これらの間に明確な境界は存在しない。図中の薄グレーの範囲は,非点収差がある閾値(0.5, 0.75, 1.0 Diopterなど)以下の範囲であり,明視範囲と呼ばれる。レンズのほぼ中央を上下に通る主子午線(あるいは主注視線)と呼ばれる線の近傍は視線の通過頻度が高く,できるだけ収差が少ないことが望まれる。主子午線に沿った屈折力変化は,フィッティングポイントから加入が始まり,近用部測定基準点を中心とする近用度数測定円の上端で公称加入度に到達するのが日本では標準的とされるが,実際の商品では様々なバリエーションがある。屈折力の変化している長さは累進帯長と呼ばれ,レンズの重要なスペックのひとつであるにもかかわらず,その明確な定義は無い。海外では累進帯長よりMinimum Fitting Heightの方がスペックとして取り上げられていることが多いが,どこからどこまでの長さなのか,どれだけ近用部がフレームに入れば十分と考えているのか定かでない。近用部は近方視時の輻輳に対応させて鼻側に偏位している。インセット(偏位量)は,黎明期の累進屈折力レンズでは2.5 mm程度で固定であったが,最近のレンズでは近方視線のレンズによる偏向を考慮して,プラスレンズでは大きめ,マイナスレンズでは小さめに設定されている。

図2

典型的な累進屈折力レンズのレイアウト

2.用途別設計

累進屈折力レンズでは,一枚のレンズの中で屈折力の異なる領域を配置させているので,そのしわ寄せとしてレンズ側方に像のボケや歪み・揺れといった収差が発生する。図1で示したように,各帯状領域を単純な球面(水平断面形状を円弧)とすると,遠用部明視幅・近用部明視幅を広くすることができるが,側方での収差は非常に大きなものとなる。水平断面形状を単純な円弧ではなく,中央から側方に向けて,累進面の上部では曲率を徐々に大きくし,累進面の下部では曲率を徐々に小さくするような変調をかけることによって,側方での収差が改善されるが,遠用部・近用部での明視幅は狭くなる。また,累進部では,累進帯長を短くするほど,加入屈折力を大きくするほど,明視幅は狭くなることが,ミンクビッツ(Minkwitz)の法則3から導かれる。

収差をいかに分散し,装用感を高めるかということに各眼鏡レンズメーカーは様々な工夫を重ねているが,基本的に累進帯長の短さと累進部の明視幅,遠用部・近用部の広さと側方部の収差の少なさはトレードオフであり,全てが都合の良い(即ち累進帯長が短く,遠用部・累進部・近用部の明視幅が広く,側方部での収差が少ないような)レンズは原理的に存在しない。そこで,レンズメーカーは異なる収差バランスのレンズを,装用者が用途や好みに応じて選択できるように,複数タイプ用意している。

累進屈折力レンズの用途別設計2には,以下のようなものがあり,その明視範囲および主子午線に沿った屈折力変化の模式的表現を図3に示す。

図3

累進屈折力レンズの用途別設計

〈遠近累進〉代表的な累進屈折力レンズであり,無限遠方から手元まで汎用的に用いられている。比較的遠用部が広く,近用部はそこそこ,累進部はくびれている。

〈中近累進〉主に室内での使用を目的とし,遠用部はあまり広くないが,累進部が長く,累進部と近用部の明視幅が比較的広いので,手元および数m先までを見るのに適している。

〈近々累進〉長い累進部と広い近用部を有する。手元作業を主体に,少し先までを見たい場合に適している。近用屈折力と逆進屈折力(マイナス加入屈折力)で処方する。

〈遠中累進〉広い遠用部と比較的長い累進部を有し,近用部は狭い。無限遠方および中距離を見るのに適しており,揺れ・歪みが少ない。

この他に,初期老視対策用に調節サポートレンズと呼ばれるものもあるが,遠近累進の加入屈折力の弱いものと考えて良い。なお,近々累進レンズおよび調節サポートレンズは,以前のJIS規格(JIS T 7315: 2006) 「屈折補正用累進屈折力眼鏡レンズ」では適用外であり,単焦点レンズ扱いとする眼鏡レンズメーカーもあったが,同規格の2020年の改訂版4によって,累進屈折力レンズとともに「屈折補正用屈折力変化眼鏡レンズ」としてまとめられた。

主に遠近累進レンズにおいて,図4に示すように,遠用部・近用部の明視範囲のバランスを変えたいくつかの設計を用意し,装用者が好みや慣れなどに応じて選べるようにシリーズ化されている商品がある。ハードタイプは遠用部・近用部ともに明視範囲が広く,側方部での収差は多いレンズであり,ソフトタイプは遠用部・近用部ともに明視範囲が狭く,側方部での収差は少ないレンズである。バランスタイプは両者の中間的なものである。

図4

累進屈折力レンズの収差バランス

最近は,用途別を装用者に分かり易く訴求する目的で,〈遠近〉〈中近〉〈近々〉などに代わって,〈オールラウンド〉〈タウン〉〈オフィス〉〈ルーム〉5,〈アクティブ〉〈ウォーク〉〈ホーム〉〈クラフト〉6,〈フィールド〉〈シティ〉〈ルーム〉7などという表現を採る眼鏡レンズメーカーが増えてきている。また,〈遠近〉〈中近〉〈近々〉の中間的なバランスのレンズも登場するようになり,多様化が進んでいる。

3.面構成

眼鏡レンズの光学面は,通常,前面(物体側の面)と後面(眼側の面)の2面から成る。前面は外面,後面は内面とも呼ばれ,JIS T 7330「眼鏡レンズの用語」8では前面・後面として定義されているが,眼鏡業界では外面・内面の呼び名が一般的である。累進屈折力レンズの外面または内面のどちらを累進面にするかで,以下のタイプ2がある。

〈外面累進〉外面を累進面,内面を球面としたもの。

〈内面累進〉外面を球面,内面を累進面としたもの。

〈両面累進〉外面・内面の両方を累進面とし,加入屈折力をある比率で外面・内面に配分したもの。

〈両面複合累進〉外面に縦方向累進要素を,内面に横方向累進要素を配置したもの。

5にこれらの面構成と主子午線上での曲率変化の様子を示す。各タイプの図の中央のレンズ断面図の橙色部分の曲率が変化しており,外面の曲率増加または内面の曲率減少とともにレンズとしての屈折力が増加する。乱視処方がある場合には,外面累進では内面をトロイダル面とし,他のタイプでは内面を累進成分と乱視補正成分を融合させた面としている。さらに,いずれのタイプも外面または内面に非球面成分を融合させることで高度な収差補正を行っているのが一般的である。

図5

累進屈折力レンズの面構成と曲率変化

眼鏡レンズメーカーによれば,内面に累進要素を配置したものは明視範囲の広さと揺れ・歪みの少なさが,外面に累進要素を配置したものは遠用・近用の視線移動の少なさが特長として訴求されている。眼鏡販売店では,レンズ商品を外面設計・内面設計・両面設計に括り,後者ほどグレードが高いという扱いが一般的になっているが,筆者はこの扱いに懐疑的である。設計・加工・評価技術の進歩とともに,ひと昔前に設計された外面累進レンズより最近設計された両面累進レンズの方が良いということは有り得るが,実際には収差バランスの違いが装用感の違いに大きく影響しており,面構成は本質的では無いと筆者は考えている。どの面構成を採用しても,装用時光学性能の収差バランスをほぼ等価とする設計が可能であることを文献9)で示した。

4.加工方法の進歩

世界初の累進屈折力レンズがエッセル社(仏)から世の中に送り出されたのは1959年のことである。当初はガラスブランクをひとつずつ直接削り出し磨く加工方法だったようで,それに要した手間と時間が多大だったことは想像に難くない。

1970年代頃から,眼鏡レンズにプラスチック素材が用いられるようになると,図6に示すように,外面側を累進面とするガラスモールドで重合成形した半完成品(セミフィニッシュブランク)をストックしておき,注文に応じてセミフィニッシュブランクの内面側を球面またはトロイダル面に加工して完成品とする製造方法が採られた。今でも外面累進屈折力レンズではこの方法が採られている.

図6

従来の外面累進屈折力レンズの製造方法

1997年にセイコーから発売された内面累進屈折力レンズ10は,その設計方法および加工方法において画期的であった。内面累進屈折力レンズにおいては,乱視処方がある場合には,内面を累進面とトロイダル面の融合した曲面とする必要があり,あらゆる加入屈折力・乱視屈折力・乱視軸の組み合わせを考えると,その種類たるやほぼ無限であり,モールドで対応することは不可能である。注文毎に,瞬時に最適な曲面を設計し,直接ブランクを削り出し研磨する技術が開発された。現在では,各眼鏡レンズメーカーが独自に設計ソフトを開発しており,そのアルゴリズムは極秘事項であるが,一部商品において設計ソフトウェアとして販売されているものもある。図7は自由曲面加工機による内面累進屈折力レンズの製造方法を示しており,予めストックしてある球面のセミフィニッシュブランクの内面を,注文毎に設計されたデータに基づき加工する。図7左は旋盤タイプの自由曲面加工機の模式図で,主軸の回転とダイヤモンドバイトのZ方向の動きが同期し,非回転対称な曲面が加工できる。

図7

自由曲面加工機による内面累進屈折力レンズの製造方法

外面累進屈折力レンズでは,加入屈折力毎に,全製作範囲(SPH×CYLの組み合わせ)をベースカーブが異なる数種類のセミフィニッシュブランクでカバーするように予め区分が決められており,図8左はその例である。各区分の外面の累進面は共通であるので,光学性能を最適に設計できるのはその区分の代表屈折度数(図中の黄色の屈折度数)のみで,他の屈折度数では若干の性能低下は免れない。内面累進屈折力レンズでは,加入屈折力によらず,数種類のベースカーブの球面セミフィニッシュブランクを用意するだけで良く,しかも内面の累進面とトロイダル面の融合した面は非球面補正も含め,屈折度数毎に異なる最適な形状を採用できるので,図8右のように,外面累進屈折力レンズのような性能低下は起きない。この設計・加工方法は,屈折度数毎に最適化を図るだけに留まらず,さらに後述するインディビジュアルレンズに発展していくことになる。

図8

製作範囲のセミフィニッシュ区分と光学性能のばらつき

5.装用時光学性能評価

眼鏡レンズ装用時屈折力Fwは,図9に示すように,眼球回旋点を中心とし,レンズ内面に接する参照球面から距離L1[m]にある物点から発した光束が,眼球回旋点を通り,参照球面からL2[m]の距離に集束したとき,入射バージェンスV1=1/L1[diopter]と射出バージェンスV2=1/L2[diopter]の差

Fw=V2-V1[dipoter]

で求められる。一般的には射出光束には非点収差が存在するので,射出光束の最大・最小バージェンスV2max,V2minより

平均屈折力:AP=(V2max+V2min)/2-V1

非点収差 :AS=V2max-V2min

とし,処方屈折力からの差をマップで表す。物体距離としては,累進屈折力レンズの部位毎に想定される物体距離(例えば遠用部では∞,近用部では30 cm程度,累進部では∞から近用距離の間で連続的に変化)が設定されるが,より詳細な評価条件は業界内で統一されていないのが現状である。図10は,ある累進屈折力レンズ(SPH0.00 ADD2.00,累進帯長14 mm)の装用時光学性能の表示例であり,平均屈折力と非点収差のマップは0.5 Diopterステップで色分けされ,縦横のメッシュは眼球回旋角10°毎である。

図9

装用時屈折力を評価する光束

図10

累進屈折力レンズの装用時光学性能の表示例

実際のレンズを評価するには,可変物体距離回旋レンズメータを用いる方法11や,超高精度3次元測定機で測定した面形状から光学性能をシミュレーションする方法12が知られている。眼鏡機器市場ではレンズの収差マップを短時間で測定・表示する装置が数社から販売されているが,これらの装置の測定原理は,図9に示したような光束の通り方とは異なるものであり,得られた収差マップは眼鏡レンズの装用時光学性能を直接意味するものではないので,注意が必要である12

累進屈折力レンズの装用時光学性能評価は,ここに述べた平均屈折力と非点収差のマップによる表現が代表的であるが,これ以外にも歪み・揺れの評価13や3次元的な明視域の評価14なども研究されている。

6.カスタム設計(個別設計)

通常,眼鏡レンズメーカーが眼鏡レンズを設計する時には,標準的なフィッティング状態を想定して設計する。しかし,実際に眼鏡を装用した時には,設計時に想定されたフィッティング状態からずれることもあるし,また眼鏡フレームによっては,想定されたフィッティング状態を再現するようには調整できなかったり,ハイカーブフレームなど,意図して標準とは異なるフレームデザインを採用しているものもある。

フィッティングがずれた状態では,レンズの屈折度数効果がどのように変化するか,以下に単焦点レンズでの簡単な実験15を紹介する。SPH-4.00のトライアルレンズをレンズメータで当て付けずに20°傾けて測定すると,測定値はS-4.12 C-0.48 A180程を示す(図11上段)。次に,SPH-4.00とCYL+0.50のトライアルレンズを重ねて,CYL+0.50の乱視軸がレンズメータの水平軸(0-180°方向)に一致するようにして,先程と同様にレンズメータに当て付けずに23°程傾けて測定すると,S-4.16 C-0.02 A0程の値を示し,乱視屈折力が消失する(図11下段)。このことから,もし設計時に想定されたフィッティング状態と異なる状態で装用することが分かっているならば,その状態で所望の屈折効果が得られるように補正を掛けてやるのが良いことが分かる。このようにフィッティング状態を考慮してカスタム設計されたレンズをカスタムレンズまたはインディビジュアルレンズと言う。

図11

レンズが傾いた時の屈折度数の変化

12にフィッティングに関わるパラメータを示す。その代表的なものは,装用時そり角・装用時前傾角・頂点間距離・ビジュアルポイント位置・瞳孔間距離であるが,これに加えて玉形形状やレンズのベースカーブなどもフィッティングに関係してくる。標準的なフィッティングパラメータとして想定される値は,眼鏡レンズメーカーおよびレンズ種別によって多少異なることがあるが,例えば,累進屈折力レンズであれば,装用時そり角0°,装用時前傾角10°,頂点間距離12 mmなどである。眼鏡フレームのボックス中心とビジュアルポイントの位置が異なる場合には,眼鏡レンズメーカーは装用時そり角および装用時前傾角をレンズ水平傾き角および垂直傾き角に換算してレンズを設計する。

図12

フィッティングパラメータ

例として,ある累進屈折力レンズSPH-4.00 ADD2.00の装用時光学性能を,カスタム設計有り無しで比較したものを図13に示す。(a)は標準フィッティング状態,(b)(c)(d)は標準と異なるフィッティングで補正無しの場合,(b’)(c’)(d’)は標準と異なるフィッティングでカスタム設計による補正有りの場合である。(b’)(c’)(d’)は本来の(a)と完全一致とまでは至らないものの,何の補正もしない(b)(c)(d)に比べてかなり改善されているのが分かるであろう。

図13

累進屈折力レンズのフィッティングずれによる装用時光学性能の変化とカスタム設計による補正

カスタム設計では,フィッティング状態を考慮した設計以外にも,装用者のリクエストによって収差バランスの味付け(遠用部・累進部・近用部の明視幅や累進加入開始点位置の微調整など)が可能なレンズもある。

7.屈折力確認

累進屈折力レンズの屈折力測定方法および許容差は,日本産業規格JIS T 7315: 20204) に規定されている。標準的な屈折力測定方法としては,図14に示すように,遠用部測定基準点での後面頂点屈折力は,遠用部測定基準点でレンズの後面をレンズメータのレンズ当てに当て付けて測定する。加入屈折力は,遠用部測定基準点と近用部測定基準点で測定基準面をレンズメータのレンズ当てに当て付けて測定し,その差を計算する。測定基準面とは面屈折力変化のある側の面であり,外面累進では前面(外面),内面累進では後面(内面),両面累進ではより大きな面屈折力変化がある面または製造業者によって指定された側の面である。

図14

累進屈折力レンズの標準的な屈折力測定方法

なお,この規格はかつては「屈折補正用累進屈折力レンズ」というタイトルであったが,前述のように近々累進レンズや調節サポートレンズも取り込まれて,「屈折補正用屈折力変化レンズ」というタイトルに変更された。JIS T 7330「眼鏡レンズの用語」8では,これまで屈折力測定位置として使われていた遠用部測定基準点・近用部測定基準点に加えて,主参照基準点・副参照基準点の定義が与えられた。遠近累進レンズや中近累進レンズではこれまで通り遠用部測定基準点・近用部測定基準点が主参照基準点・副参照基準点である。新たに適用になった近々累進レンズは,規格中では逆進屈折力レンズと呼ばれ,近用部測定基準点が主参照基準点である。調節サポートレンズや近々累進レンズは,副参照基準点を必ずしも明示する必要はなく,その場合は加入屈折力や逆進屈折力(マイナス加入屈折力)も特に規定されない。

インディビジュアルレンズで無くとも,累進屈折力レンズの測定基準点はレンズの中心から離れたところにあり,眼鏡装用時に視線は傾いてレンズを通過するので,図11で説明したように,レンズメータで測定される屈折力と,装用時の眼に対する屈折効果は異なったものとなる。従って,装用時に所望の屈折効果を得るためには,少し補正を加えた屈折力のレンズを作る必要があり,このレンズをレンズメータで当て付けて測定すると処方屈折力とは異なる測定値となる。JIS T 73154) では,このように装用位置に合わせた補正を行ったレンズに関しては,注文屈折力(処方屈折力)と測定屈折力の差に対して許容差を適用するのではなく,製造業者が添付する確認屈折力と測定屈折力の差に対して許容差を適用することになっている。製造業者が添付する確認屈折力は,通常はレンズ袋に書かれており,図15にその例を示す。確認屈折力や注文屈折力などの用語定義は最近 (2022年に)与えられたばかりであり,現時点では各レンズメーカーが独自の呼称を用いているが,将来的には統一されていくであろう。

図15

装用状態を考慮して設計された累進屈折力レンズの屈折力確認方法

8.まとめ

日本の眼鏡レンズ設計技術は世界でも最高水準と言われて久しい。筆者もそれに関わってきたひとりとして誇らしく思っている。本稿に紹介した装用位置に合わせた補正と確認屈折力を実現したレンズは,既に1997年には登場しており16,JIS T 7315: 200017) で言及されている。しかしながら,当初は眼科の先生方の間での理解がなかなか進まず,眼科処方レンズにおけるクレームを回避するために,処方値と一致する測定値となるように敢えて補正を入れないレンズを提供するレンズメーカーもあったが,これでは本末転倒と言えよう。近年,インディビジュアルレンズが盛んになってきて,JIS T 73308) においてもようやくフィッティングや屈折力測定に関する用語が整備されてきた。これを機に,改めてこの概念を眼鏡処方から眼鏡作製までに携わる方々の間で共有することを願う。

眼鏡の仕様において,屈折力(SPH, CYL, AX, ADD, PRISM, BASE)は最も重要な項目であることに異論はなかろうと思う。しかし,遠用部測定基準点と近用部測定基準点の2点の屈折効果が同じであっても,レンズによって全く装用感が異なるということは,しばしば経験することである。実際,市場に出回っている同じ公称屈折力・同じ公称累進帯長の様々な累進屈折力レンズの装用時光学性能を評価してみると,その収差バランスの違いに驚かされる2。このような商品毎の特徴を知らずに,異なるレンズ間での掛け替えをすると,加入度アップ・商品グレードアップのつもりが,期待を裏切る結果を招くことさえある。

眼鏡を必要とする方々の満足を得るには,適切な屈折・調節検査,装用者のニーズとレンズの特性とのマッチング,正確なフィッティングが必須であると筆者は考える。レンズの特性把握には,現状の眼鏡レンズメーカーの提供する情報だけでは不十分で,少なくとも装用時光学特性の収差バランスが公開され,第3者による検証が可能になることが好ましい。そのためには,眼鏡レンズメーカーや眼鏡機器メーカーの協力が欠かせない。今年 (2022年)には国家資格「眼鏡作製技能士」が誕生した。眼科専門医や視能訓練士との知識と情報の共有や,適切な役割分担により,生活者へのより良い視環境の提供体制が期待されている。

利益相反

利益相反公表基準に該当なし

文献
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