視覚の科学
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乱視と視機能の関係から考えるトーリック眼内レンズの適応
長谷川 優実
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2022 年 43 巻 4 号 p. 143-147

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はじめに

白内障術後に乱視が残存すると,裸眼視力が低下する。矯正視力1.0以上の偽水晶体眼における乱視量と裸眼視力の関係を示したグラフを図1に示す。2Dの乱視でも1.0の視力が得られる症例がある一方,0.5Dの乱視で視力0.6に低下している症例も存在する。回帰式をみると,裸眼視力1.0得るには,乱視1D未満とする必要があることが分かる。裸眼視力に影響する因子を多変量解析で求めると,乱視量,矯正視力,乱視軸(直乱視が倒乱視や斜乱視より良好)であった1。乱視眼に対しトーリック眼内レンズを用いると,乱視が軽減され裸眼視力が向上する。トーリック眼内レンズを用いて最良の矯正を行うには,乱視が視機能に与える影響を理解することが大切である。

図1

偽水晶体眼における乱視量と裸眼視力の関係(文献3より引用 改変)

等価球面度数が-0.125D〜0.0Dで矯正視力1.0以上の偽水晶体眼における乱視量と裸眼視力の関係を示したグラフ。2Dの乱視でも1.0の視力が得られる症例がある一方,0.5Dの乱視で視力0.6に低下している症例も存在する。

どの程度の乱視からトーリック眼内レンズが必要か

どの程度の乱視から視機能は低下するのであろうか。健常人の片眼に0.25〜1.0Dの乱視を直乱視・倒乱視・斜乱視に負荷して,通常の5m視力,実用視力(FVA-100;ニデック),縞視標コントラスト感度を測定した。縞視標コントラスト感度は,CSV-1000E(Vector Vision)を使用し,The area of under the log contrast sensitivity function(AULCSF)を算出して評価した。等価球面度数はゼロに補正した。直乱視では,1.0Dで通常視力と実用視力が低下し,コントラスト感度は低下しなかった。一方倒乱視では,1.0Dで通常視力が低下し,0.75D以上で実用視力とコントラスト感度が低下した。斜乱視では,0.75D以上で通常視力と実用視力が低下し,0.5D以上でコントラスト感度が低下した(図2-4)。つまり,直乱視では1.0D以上,倒乱視では0.75D以上,斜乱視では0.5D以上の乱視が術後に残る予測であれば,視機能が低下するためトーリック眼内レンズの適応となる。また,年齢とともに角膜は倒乱視化するため,トーリック眼内レンズ挿入後の長期経過をみると,倒乱視症例は乱視量が徐々に大きくなり,術後5年以降は有意に乱視量が増加し,裸眼視力が低下することが報告されている2。倒乱視症例は,積極的に乱視矯正することが望ましく,直乱視は視機能が低下しにくいことから,多少過矯正としても良いかもしれない。

図2

軽度の乱視と通常視力の関係

直乱視と倒乱視では1.0Dで乱視なしより視力が低下し,斜乱視では0.75D以上で乱視なしより視力が低下した(P<0.05, Friedman test)

図3

軽度の乱視と実用視力の関係

直乱視では1.0Dで,倒乱視と斜乱視では0.75Dで乱視なしより実用視力が低下した(P<0.05, Friedman test)

図4

軽度の乱視とコントラスト感度(AULCSF)の関係

直乱視では1.0Dの乱視でも乱視なしと有意差がなく,倒乱視は0.75D以上で,斜乱視では0.5D以上で乱視なしよりコントラスト感度が低下した(P<0.05, Friedman test)

片眼だけでもトーリック眼内レンズを挿入するか

片眼白内障手術予定で,もう片眼は乱視があるという症例もある。その際にトーリック眼内レンズを挿入することで両眼での裸眼視機能が向上するのか調べるため,両眼または片眼乱視と両眼開放下の視機能を評価した。

健常人の両眼に1,2,3Dの倒乱視を負荷して通常の5m視力,実用視力,縞視標コントラスト感度を両眼開放下で測定した。等価球面はゼロに補正している。通常視力は2Dから,実用視力と縞視標コントラスト感度は1Dから乱視なしより低下した。一方,片眼は完全矯正として両眼開放下で測定すると,通常視力とコントラスト感度は3Dまで視機能が保たれ,実用視力は2,3Dは乱視なしより低下した。したがって,片眼だけでも乱視を矯正すれば両眼の視機能は改善すると考えられ,片眼乱視のわずかな視機能低下を,実用視力が鋭敏に反映した結果となった(図5-7)。つまり,片眼だけでもトーリック眼内レンズを挿入すれば,両眼乱視なしよりは劣るものの,両眼開放下での裸眼視機能が向上する。

図5

両眼または片眼の乱視と両眼通常視力の関係

両眼乱視では2D以上の乱視で乱視なしより視力が低下したが,片眼乱視では3Dの乱視であっても乱視なしと差がなかった(P<0.05, Friedman test)

図6

両眼または片眼の乱視と両眼実用視力の関係

両眼乱視では1D以上の乱視で乱視なしより実用視力が低下した。片眼乱視では2D以上の乱視で乱視なしより実用視力が低下した(P<0.05, Friedman test)

図7

両眼または片眼の乱視と両眼コントラスト感度(AULCSF)の関係

両眼乱視では1D以上の乱視で乱視なしよりコントラスト感度が低下した。片眼乱視では3Dの乱視であっても乱視なしと差がなかった(P<0.05, Friedman test)

軽度の乱視は偽調節に関与するか

単焦点眼内レンズ挿入後,遠方から近方まで視力が良好な症例がある。これは偽調節と呼ばれる現象であり,角膜の多焦点性,コマ様収差,瞳孔径が偽調節量と関与すると報告されている34。乱視は,倒乱視と偽調節量が相関するという報告がある5。また,軽度の倒乱視を有する眼内レンズ眼は同程度の直乱視眼より中間距離の視力が向上するという報告がある6。これは,乱視眼では,見る距離が近づくことによって網膜面の位置が変化すると,同じ乱視でもぼけの方向が変化するためと推察されている(図8)。つまり,倒乱視は遠方視では横に二重に見える見え方であるが,近方視では縦に二重に見える見え方(直乱視の遠方と一緒)に変化するため視力が良いというものである。しかし実際に眼内レンズ挿入眼に倒乱視を負荷して全距離視力を測定した報告では,乱視負荷によって近方視力は改善しなかった7。さらに乱視によって遠方視力が低下するため,やはり乱視は残さずに矯正したほうが視機能は良いと考えられる。

図8

倒乱視の前焦線,最小錯乱円,後焦線およびその見え方

倒乱視は遠方視(網膜面が最小錯乱円より後焦線側)では横に二重に見える見え方であるが,近方視(網膜面が最小錯乱円より前焦線側)では縦に二重に見える見え方に変化する

まとめ

乱視による視機能への影響は乱視軸によって異なり,我々の結果では,直乱視は1.0Dから,倒乱視は0.75Dから,斜乱視は0.5Dから視機能が低下した。これらの乱視が術後に残る予測であればトーリック眼内レンズの適応となる。また,片眼のみでも乱視を矯正することで両眼視機能は改善するため,例えば片眼は単焦点眼内レンズが挿入され,乱視が残存している症例のもう片眼の白内障手術を行う際,積極的にトーリック眼内レンズを用いて乱視矯正を行うことが望ましい。

参考文献
 
© 2022 日本眼光学学会
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