論文ID: 2301006
本稿は,近年人口学分野においても実証研究の蓄積が進んでいる空間統計学を用いた地域人口分析について研究動向を整理することを目的としている。はじめに空間統計学の概要と空間的特性として空間的自己相関と空間的異質性の説明を行い,次に人口学分野における研究動向として(1)出生力転換における拡散仮説の検証における方法論的刷新として空間計量経済学モデルを用いた新たなアプローチ,(2)回帰モデルにおける,地域によって従属変数と独立変数の関係が異なることを許容するローカル・モデルについて解説した。
出生力転換における拡散仮説は「ヨーロッパ出生力プロジェクト(1963-1986)」の一連の研究により提示され,出生抑制に関する考え方や行動が民族等の文化的共通性をもった集団の間を中心に,社会経済的要因の変化とは独立に拡散したとする有力な仮説である。空間統計学を用いた検証では,これまで否定的であった社会経済的要因の影響についても検出されるという点に新規性がみられた。しかし,依然として拡散効果の方が大きいという点は従来の仮説と同様である。
ローカル・モデルの代表的な分析手法である地理空間加重回帰モデルはノンパラメトリックな空間回帰モデルの一つであり,通常の回帰モデルに緯度経度情報を用いて回帰モデルの偏回帰係数の推定に空間的加重をかけることで,偏回帰係数の空間的なばらつきを表現する。地域の出生力分析や小地域人口推計,Covid-19における地域の死亡率分析などでの分析事例があり,制約を緩和したモデルやパネル構造への拡張など開発が進んでいる。
日本においても空間データの充実は近年目を見張るものがあり,QGISやR,空間統計学用ソフトGeoDaなどフリーで利用できる環境も整ってきており,空間統計学的手法を地域人口分析に適用する範囲は拡大の途上にある。