抄録
【目的】国内における使役犬不足に対し,凍結保存精液を用いた人工授精による育種改良が有効である。しかしながら,現在のイヌ凍結精子は融解後の質の低下が著しく,受胎性が低い。本研究では,イヌ凍結精子の質の向上を目的に,凍結希釈液に添加する耐凍剤の細胞毒性および凍結時に生じる氷晶の悪影響に着目し,耐凍剤であるグリセロール(GL)濃度と凍結速度(FR)の影響を検討した。【方法】ラブラドール・レトリーバー種9頭より採精した射出精液を卵黄・トリス・クエン酸・糖類・抗酸化剤を含む1次希釈液で希釈した。最終GL濃度が0, 1.5, 3, 6または9%となるように2次希釈を行い,0.25 mlストローに充填した。凍結は,密閉箱内で液体窒素(LN2)蒸気にストローを1, 3, 5, 10, 15および20分間曝した後,LN2へ浸漬することで行った。LN2液面からストローまでの距離を1, 4, 7および10cmとしてFR区を設定した。また,凍結時のストロー内温度変化を観測し,各GL濃度区および各FR区における凍結曲線を求めた。凍結融解0, 4, 8, 12および 24時間後における精子の運動性,生存性,ミトコンドリア活性,ならびに融解直後の形態異常について評価した。【結果】融解24時間後の運動性および生存性は,FR 1cm区(–12℃/min)のGL濃度3および6%区で高い傾向があった。また,GL濃度1.5, 3および9%区では,FR 1cm区で他のFR区と比較して高い傾向があった。ミトコンドリア活性は,全てのFR区においてGL濃度3および6%区で高く,0および9%区で低い傾向があった。また,1および3分後の浸漬では,FR 4, 7および10cm区において生存性および形態の正常性が低下したが,FR 1cm区のような速い凍結速度では向上した(P<0.05)。以上より,イヌ凍結精子の至適GL濃度はFRにかかわらず3–6%であり,FR 1cm区での凍結は,凍結時の氷晶形成によるダメージの軽減に有効な凍結条件である可能性が示された。