【目的】哺乳類精子が卵と受精するためにはハイパーアクチベーション(HA)を示すことで強い推進力を獲得しなければならない。私たちは,ウシ精子でのHAの発生は他の動物種の精子よりも強く抑制されており,その抑制に頸部のカリクリンA(CL-A)感受性プロテインホスファターゼ(PP1・PP2A)が機能することを明らかにした。しかしPP1(α,βおよびγ)とPP2A(αおよびβ)のうちウシ精子でのHAの抑制に機能するアイソフォームの種類は不明である。本研究ではウシ精子のHAの抑制に機能するCL-A感受性プロテインホスファターゼのアイソフォームの特定を,阻害剤を用いた培養実験,mRNAレベルでの発現解析およびタンパク質レベルでの免疫学的検出により試みた。【方法と結果】cAMPアナログ添加培養液中で4時間インキュベートされた精子の鞭毛運動をビデオ画像解析により観察したところ,HAの効率的な誘起には10 nMのCL-A(PP1とPP2Aを同程度に阻害)の添加が必要であった。一方PP1よりもPP2Aをより強く阻害するオカダ酸を10 nMの濃度で添加してもHA誘起率はCL-A(10 nM)添加区より低い傾向にあった。これらの結果から,ウシ精子でのHAの抑制にはPP2AよりもPP1がより強く作用すると考えられる。他方RT-PCRによる精巣のPP1アイソフォームの発現解析では全種類のアイソフォームの発現が認められた。また間接蛍光抗体法により精子頸部においてタンパク質レベルで検出されたPP1のアイソフォームはαおよびγであった。【結論】ウシ精子のHAの抑制に頸部のPP1αおよびPP1γが機能すると推察される。