抄録
原爆被爆者の乳がんは過剰相対リスク(ERR)が高く、放射線との関連が強く示差される腫瘍である。また、早発症例(被爆時年齢20歳未満で、診断時年齢35歳未満)のERRは特に高いと推測されている。我々は原爆被爆者の早発性乳がんのリスクが高い理由として、乳がん関連遺伝子の変異を親から受け継いだ人(ヘテロ接合体)において、原爆放射線により、正常な遺伝子が機能を失ったために、乳がんが早期に発症するリスクが上昇したのではないかと想定した。この可能性を検証するために、乳がん感受性に関わる遺伝子における日本人に特有な創始者変異(BRCA1 遺伝子に2ヶ所、BRCA2 遺伝子に1ヶ所、ATM 遺伝子に1ヶ所)とこれまでに日本人での調査報告のないCHEK2 遺伝子の創始者変異(ヨーロッパ人)をスクリーニングし、早発症例群に、これらの変異のヘテロ接合体の集積があるか否かを調べた。創始者変異の解析はPCR-RFLP法かPCR-direct sequence法を用いた。試料は、ホルマリン固定パラフィン包埋された乳がんおよび卵巣がん組織を用いた。対象症例(約550症例)は、診断時年齢が45歳以下の(I)放影研寿命調査(LSS)集団と(II)non-LSS集団、診断時年齢が55-69歳の(III)LSS集団と(IV)non-LSS集団の4群(各群ほぼ同数)に分けて解析した。ATM およびCHK2 遺伝子の創始者変異は一例も検出されなかった。BRCA1 とBRCA2 遺伝子ではいずれの変異個所もヘテロ接合体は1-2例で、全体で4例(I群が1例、II群が2例、III群が1例、IV群が0例)であった。従って、原爆被爆者の乳がんおよび卵巣がんの早発症例(I群)のリスクの高い理由として、乳がん関連遺伝子(BRCA1、BRCA2、ATM、CHEK2 遺伝子)の創始者変異に起因する可能性は支持されなかった。