抄録
発癌は多段階に遺伝子に異常(変異)が発生・蓄積し,最終的に悪性化に繋がるが,小児の悪性腫瘍については発癌発症までの期間が短く成人における発癌と背景が異なると予想される。遺伝子変異については_丸1_細胞増殖_丸2_増殖抑制_丸3_細胞周期制御に関わるものが特に重要とされる。遺伝的背景と発癌についてはp53, BRCA1, ATMといった細胞周期制御に関わる体細胞遺伝子異常で高率に発癌する事が示されている。一方,小児期に発病した白血病細胞に見られる遺伝子異常が出生数日後に採取・保存された同一患者の血液から検出されたという報告や,一卵性双生児に発生した白血病細胞が同一クローンであったとの報告などから白血病化の過程は胎生期に既にみられる,という考えに至っている。
小児白血病の中で1歳未満に発症する“いわゆる”「乳児白血病」では11q23に位置するMLL(Mixed Lineage Leukemia/Myeloid Lymphoid Leukemia)遺伝子の再構成(相互転座)を多く認める。この遺伝子再構成は2次性白血病でもよく認められ,そのbreakpointは90kbpからなるMLL遺伝子のうち8.3kbpのbreakpoint cluster region(BCR)に限定され,その領域にはtopoisomerase_II_(Topo_II_)結合部位が散在している。Topo_II_は細胞生存に必須の蛋白であり,2量体としてDNAに共有結合してDNA2本鎖を切断し,そのDNA切断端間に別の2本鎖DNAを通過させた後に切断した2本鎖DNAを再結合する。抗癌剤であるetoposideはTopo_II_阻害作用を持ち,DNA再結合の過程を阻害し,DNA2本鎖切断を安定させることによりDNA損傷を蓄積し抗腫瘍効果を発揮する。細胞周期チェックポイント機構は不可逆的DNA損傷を認識し,アポトーシスを誘導し,発癌過程を阻止する。細胞を高濃度etoposideに曝露するとMLL-BCR部位特異的切断が確認され,食物中に含まれるTopo_II_阻害活性をもつbioflavonoidを用いた場合も同様な切断が確認される。
われわれはearly G2/Mチェックポイント異常がetoposide曝露に起因する染色体転座発生のリスクになることをin vitroで示した。一方, 7例のMLL遺伝子再構成陽性乳児白血病小児の寛解期末梢血リンパ球を用いてATM蛋白の機能およびATM遺伝子異常を検索し,2例で放射線照射時にATM依存性のp53Ser15リン酸化が低下し,うち1例では一方のアレルがdominant negative効果をもつheterozygoteであることを報告した。以上のことから,胎生期でのTopo_II_阻害活性物質への暴露とそれに伴うDNA損傷と細胞周期チェックポイント機構のバランスの不均衡が小児白血病発症の背景のひとつと推測される。