抄録
静磁場や放射線の生物に対する影響は未知な部分も多く、生体への影響がすべて解明されたわけではない。そこで、生物における直流強磁場や電離放射線の影響について、より深い知見を得るためにモデル生物の一種である線虫(C. elegans)を用い、それらが与える影響について、ゲノムDNAマイクロアレイによる網羅的な遺伝子発現の解析を試みた。また、直流強磁場による細胞毒性等について調べた。
3T、5Tの直流強磁場下で実験を行った結果、直流強磁場特異的に発現が一過的に上昇する遺伝子群を確認した。それらの遺伝子には、運動能、細胞骨格、アクチン結合、細胞接着、Ca2+結合関連の遺伝子が含まれていた。これら遺伝子群は電離放射線では誘導されず、直流強磁場による遺伝子発現の変動は電離放射線による変動とは大きく異なることがわかった。更に、変動磁場や電離放射線では、DNAの二本鎖切断が生じることが報告されているが、直流強磁場によってもDNA鎖の切断が生じるかhim-17突然変異体を用いたバイオアッセイによる検証を行った。その結果、2T、3Tのいずれの場合においても直流強磁場の影響によってDNA鎖の二本鎖切断は確認できなかった。また、線虫の生殖腺の減数分裂核ではDNA損傷が生じた場合、アポトーシスが誘導されるが、このアポトーシスを誘発しやすいabl-1突然変異体を用いて、L4幼虫期から5Tで48時間育成させた成虫における生殖腺でのアポトーシス数を測定した。その結果、コントロール区と比較して直流強磁場によるアポトーシスの顕著な誘発は見出されなかった。
以上の結果をまとめると、線虫において直流強磁場と電離放射線では異なる生物応答を示し、また、直流強磁場は電離放射線と比べて遺伝毒性がかなり低いと考えられる。本実験によって発現上昇が確認できた遺伝子には、機能未知なものが多く含まれている。それらの中にはヒトにおいても高度に保存されている可能性を持っており、その機能や制御機構を調べることで、直流強磁場や電離放射線のヒトに対する影響をより詳しく知ることができると考えられる。